魔力チョコレート

凍死しそうな俺の頭の中に、突如として聞こえてきた声。


――スキルが覚醒しました。


『こんな時にスキル? いや、今それどころじゃ……』


――あなたに与えられたスキルは、『氷人(アイスマン)』です。


『アイスマン?』


――一定以上の冷たさを確認しました。

――パッシブスキル「耐冷」を発動します。


『パッシブスキル? 耐冷?』


だがスキルの効果は、すぐに実感できた。


『体が……』


俺は目を見開く。


体の芯から、温かさが戻ってくる。


氷を皮膚の上に押し当てられたような痛みも、頭蓋をハンマーでかち割られているような衝撃も。


跡形もなく消えてしまった。


俺は自分の手を見る。


血が通っている。指の先まで、じんとあたたかい。


「これが、耐冷……」


たれていた鼻を啜る。

この寒さなら凍っていてもおかしくないはずなのに、ちゃんと液体だった。


どうやら俺はスキルを覚醒したらしい。


おかげで何とか、死を脱することもできた。


「ふっ。ははっ!!」


笑いがこみ上げてくる。死を免れたからなのか、スキルが手に入ったからなのか。


理由はわからない。


だが自分では止められないほどの笑いが腹から湧いて、口をついて出た。


「ははっ、はははっ、はははははっ!!」


おかしくて仕方なかった。俺は真っ白な絨毯の上に、思い切り寝転がった。


空からはとめどなく雪が落ちてくる。


ジュッ、ジュッ、と俺の顔に触れた瞬間、それが水滴に変わるのがわかった。


「氷人、か」


スキルは使えば使うほど力を増し、できることが増えていくという。


今のところ、寒さに対する免疫ができるということ以外は分からなかったが。


名前や効果からして、氷属性のスキルであることは間違いなく。であるならば、この『ホッキョク』という極寒の地に対しては。


相性が悪いはずない。


現に初っ端から、命を救うという大技をやってのけてくれたわけだし。


「氷人、最高だ」


いくら寝転がっていても、寒さが忍び寄ってくる気配はまるでなかった。




さて。


俺は雪のクッションから体を起こす。


「ははっ。背中がびしょびしょだ」


服を伝って、俺の体温は地面へと伝わり雪をとかしてしまったようだ。


まぁ、死ななかったのだからなんだっていい。


俺は立ち上がって歩き始めた。


ハーンから渡された土地の権利書には、どこからどこまでが所有の土地であるのかということを示す周辺の厳密な地図がついていた。

正式な土地の権利書にはありがちな、現在地が赤点で表示される魔法がかかっている。それに従って道を歩く。


しかし周辺地図の端にぎりぎり入ってはいるものの、ここから屋敷までにはそれなりの距離がありそうだ。

転移陣と屋敷の距離がこんなにも遠いのはなぜなのか。効率が悪すぎる。立地の都合なのかもしれないが、よくわからない。


吹雪は相変わらず止まない。むしろだんだんと強くなっている気さえする。視界の遮られ方は、雪山で遭難した人間の気分。


だが寒くはないので不思議な感覚だった。


まるで体の中に太陽を飼っているかのように、内側からじんわりと熱を感じる。パッシブスキルと声は言っていたけれど、どうやら状況に応じて自動で発動するスキルらしい。


そういえばスキルも魔法の一種なんだから、当然、魔力を消費するよな……

大丈夫かな?


俺はステータスを確認する。


『魔力:22/1120』

おいおい、結構やばそうな数値だぞ……って、え?


なんでこんな魔力の最大値が上がってんの。

そう思い確認すると、ホッキョクに来るまでは軒並み100~200程度だった他の基礎能力値も、全て3~4倍に跳ね上がっている。


魔力1120に関しては、元がたしか100いってなかったから単純に10倍以上の数値だ。


『スキルは使えば使うほど、経験値となって、本人の全体的な能力値も上がっていくとは聞いていたけれど……

どうやらホッキョクの寒さ×耐冷スキルは、スキル発動し放題で成長するにはもってこいらしい』


にやにやが止まらない。


『しかしまぁ、魔力切れには気を付けないとな』


俺は持ってきた収納袋の中から、魔力チョコレートを取り出す。


魔術学園の卒業時に贈られる定番の祝い品だ。

このチョコレートは、いつまでもスキルを覚醒しない劣等生の俺を何かと気にかけてくれた先生から直接手渡されたものだった。


『先生。

俺が自分の才能スキルに目覚めるために必要な経験は“尋常じゃない寒さ”だったみたいです。

そりゃディルセゥト国の温暖な地域にいたら、この力が目覚めるはずないですよね……

先生からもらった祝いの品。ありがたく、使わせていただきます』


「いただきます」


俺は綺麗なギフト用の箱に入った6つのチョコを一つ、口に放り込んだ。


「う、うめぇ……」


魔力を激しく消耗していた体に、甘いチョコがしみわたる。


その暴力的な甘さはいとも簡単に俺の本能を乗っ取った。


『何個かは後に残しておかないと』という理性の声をガン無視して、俺は6つ全て、あっという間に食べ切ってしまった。


『魔力:1054/1120』


魔力は回復したけれど、唯一の魔力回復系アイテムがなくなっちまった……


早いところ、ハーンに押し付けられた屋敷とやらに行って暖をとろう。

少しでも温かいところへ行けば、このパッシブスキルも発動をやめて魔力消費が抑えられるだろう。


『食べたもんは仕方ない!』


俺は開き直り、チョコレートが入っていた箱を収納袋にしまった。地図を頼りに、また歩行を再開した。




『ようやく屋敷までの距離が半分くらいのところまで来たな』


地図を見ながら、やれやれと俺が首を振ったそのとき。


突如として、激しい声が耳に飛び込んできた。

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