決意

極寒の辺境『ホッキョク』について、俺が知っていることは一つ。


雪に閉ざされている極限の地は、その昔、罪人を流す場所として利用されたという。


『つまり誰にも知られないうちに、一人でひっそりと死ねってことだ』


事実上の追放、死刑宣告。


自室のベッドに倒れ込む。

屋敷があるとは言っていたが、あの男が気まぐれにつくったまま、結局利用することがないまま放置した別荘か何かだろう。人が住める状態になっているのかどうか。


いやそんなことよりも、俺が授かったとかいうスキル『開拓者』についてだ。


――ステータスオープン。


そう念じると、頭の中に情報が浮かんでくる。


名前や所属など、俺にまつわる社会的なデータ。

それに加えて、身体的な能力や状態、備わっている魔力の大きさなどが数値で表されたもの。


そしてその情報の中には、「スキル」を示す文字もあった。


『スキル:なし』


だよな。


俺はそれを見て、確信する。


あの男はありもしない「開拓者」というスキルをでっち上げて、俺を未開地に送る理由をつくったってわけだ。


俺に対してというよりは、おそらく周りに対してそのような説明(言い訳)ができるように。

専属の鑑定士も、あの様子ではおそらく口を割らないように脅されているのだろう。


だが俺にその手は通用しない。


物心ついた時から、俺は自分にまつわるありとあらゆる情報ステータスを頭の中で把握することができたからだ。


やり方は簡単。『情報開示ステータスオープン』と心の中で念じるだけ。

すると頭の中の真っ白な空間に文字が現れて、そこで自分に関するあらゆる情報を確かめることができるのだ。


歩くことや言葉を発することと同じように、『情報開示ステータスオープン』は生まれつき自然とできていた行為だったため、幼い頃は当然、周りの人たちも皆これができるものだと勘違いしていた。

しかし段々と『どうやら自分以外にこの行為ができる人はいないらしい』と察するようになり、俺はこの能力を隠すようになった。


一族の見栄ばかり気にするあの男に知られたら、『変なことを言うな』『俺に恥をかかせる気か』と殴られることが分かっていたからだ。


父親であるハーンはあまりにも気の短い男で、俺は子供の頃から彼を怒らせないようにとにかく神経をとがらせて生活してきた。


だが、そうやって何とか彼を怒らせないようにと生活してきた結果がこれだ。


あの父親から離れられると考えると、せいせいするという気持ちもなくはないが。


それでもこれまで住んできた場所をはく奪されて、全く知らない土地に投げ出されるという不安は小さくない。


全ては極寒の辺境――「ホッキョク」で、俺が幸せな生活を築くことができるか、いやそれよりもまず、そもそも生き延びられるかどうかにかかっている。


たぶんあの男の見立てでは、俺は生きて戻ってくることはできないということなのだろう。


おそらく考えていることはこうだ。

折を見てホッキョクに使いの者をよこし、俺が行方不明になったか、凍死しているかを確認させる。


周りには息子を失った悲劇の父親という役回りで同情を誘いつつ、長男でありながらスキルを授かっていないという邪魔者でしかない俺を処分する。


あの男が気に入っているのは、俺よりも二歳下の次男レオンの方だ。


事あるごとに、「レオンが長男でさえあれば……」と誰彼構わずこぼしていることを俺は知っていた。母がその言葉に「本当にね」と返していることも。


ずっとあの人の顔色を窺って生きてきたから、腹で何を考えているかなんて手に取るようにわかる。


俺を処分し、レオンを正式な家の跡取りに指名する。これが俺をホッキョクへと送る父の本当の狙いだ。


だからこそ、俺は決意する。


スキルがなんだ。極寒の辺境が何だ。


絶対に生き延びて、あんたの鼻を明かしてやる。


もちろん俺はグライゴッド家の後を継ぐつもりなんてさらさらない。


「わざわざ処分するのも面倒な土地」とでも考えたのか、正式な書類までつくって俺に押し付けた土地。


俺は二度とこんな家に帰らなくても済むよう、ホッキョクとやらを開拓し、俺だけの楽園をそこに築き上げてみせる。




決意を胸に、俺は荷物をまとめた。


――コンコン。


部屋の扉をノックする音が聞こえた。

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