第152話 07
戦闘のあと、アリエルは血に濡れた斧を手に周囲を見回す。みすぼらしい木製の家屋が並ぶ通りには、僧兵たちの死体が横たわっていて、血液が染みこんだ地面や土壁は、惨劇の痕跡を刻み、戦場で嗅ぎ慣れた死のニオイが漂っている。結局のところ、〈森の子供〉たちはどこに行っても死を振り撒く運命にあるのかもしれない。
炎に包まれた家屋からは黒煙が立ち昇り、
空気は煙と死のニオイで満ちている。沈黙は重く、その静寂が戦闘の凄惨さを一層際立たせているように感じられた。昆虫や鳥の
ノノとリリは死が横たわる通りを歩きながら、自分たちがつくりだした地獄を眺めていく。破壊された住居の中には、焼け焦げた人々の姿が散在している。戦いから逃げ出した僧兵の亡骸なのだろう。苦痛と恐怖が表情に刻まれている。破壊された壁の下敷きになり、無念のまま息絶えた男の表情には、迫りくる無慈悲な現実に対する怒りすら感じられた。
煙と灰が漂い、焼けた肉の臭気が
アリエルは敵味方が入り乱れる戦場で、豹人の姉妹から逃げ惑う僧兵の姿を何度も見ていた。まるで豹人を見たことがないような反応だった。あるいは、辺境で生活する部族のように、亜人を見たことがないのかもしれない。いずれにせよ、彼らの反応は大袈裟で、まるで混沌からやってきた化け物に怯える子どものような表情をしていた。
家屋から立ち昇る黒煙が日の光を
僧兵の多くがそうであるように、神職らしき者たちは男性ばかりで、女性の姿を目にすることはなかった。それは奇妙なことだった。部族では巫女たちが神事で重要な役割を果たしていることを知っていたので、彼女たちの姿が見えないことに疑問を感じていた。その不在に何かしらの理由があるのかもしれない。
けれど戦闘の悲惨さを目の前にした今、この虐殺に巻き込まれずにすんだことは、少なくとも彼女たちにとって幸運なことだったと考えるようになっていた。
逃亡した僧兵を追って平原に出ていた
木製の両開きの扉の前には、数多くの僧兵たちの死体が積み上げられており、かれらが最期のそのときまで神殿を守ろうとしていたことが判明した。鮮血が白壁に飛び散り、死のニオイが
大扉を押し開け、神殿内に足を踏み入れる。
その先には金の装飾品で飾られた祭壇があり、外から射し込む光が色とりどりに彩色されたガラスを照らし出している。けれど、この静寂な空間も戦いの影響を受けていて、それなりの価値があると思われる銀の器や燭台が地面に転がっているのが確認できた。
その祭壇には、あの十字に交差した特徴的な〝象徴〟も設置されていて、その姿は圧倒的な存在感を放っていた。それはまさに信仰の象徴であり、この神殿で生活する信者たちにとって心の拠り所になっていたことが
「ねぇ、エル」
青年のとなりにやってきたラライアが、その象徴を見ながら首をかしげる。
「あれって異教徒たちの大事なモノなんだよね。どうして
「さぁ」アリエルも顔をしかめた。
「〈赤の魚人〉のように、神に
「ふぅん。へんなの」
彼女は周囲を見回して、それから眉をひそめた。
「それにしても、ひどい臭いだね」
神殿内には
祭壇の奥には壁画があり、信仰に関する大切な場面が――
美しい壁画の一部が失われたことは、神殿の神聖さの喪失と、この悲劇的な結末を予言しているようでもあった。
祭壇の床には血溜まりが広がっていて、手足を失った僧兵が横たわっている。鮮やかな赤が床を染め、その惨状は、異教の神が何の役にも立たないことを
光が射し込むガラス窓が割れていて、床に破片が散らばっている。かつては美しい色彩で輝いていたガラスも、寂れた神殿のように
その神殿内の空気は重く、沈黙が支配している。ただし、その静寂を破るように神殿の奥から足音や争う音、それに悲鳴が聞こえてくる。まだ僧兵の生き残りがいるのかもしれない。
リリとノノは戦闘に備えて体内の
短い廊下を歩いて、となりの部屋を確認する。そこには無数の寝台が並んでいたが、血まみれの死体も転がっていた。騒ぎに気がついて、僧兵のローブを身につけようとしていたのだろう。半裸で横たわり、腹部から飛び出していた内臓を押し込もうとしている状態で息絶えていた。
争う音が聞こえると、満身創痍の僧兵が廊下に転がり出る。すると血に濡れた刀を手にしたイザイアがやってきて、男性の目に切っ先を突き入れる。それは脅威を排除するための行為というより、殺しそのものを純粋に楽しんでいるような嫌な雰囲気があった。
イザイアは一瞬、アリエルたちに殺気を向けるが、すぐに冷静で寡黙な戦士の表情を見せた。混乱した戦場では仕方のない行為だと思う一方、イザイアに対する不信感が
「兄弟、こっちだ」
ルズィの声が聞こえると、アリエルたちは返り血に濡れたイザイアの横を通って部屋に入る。そこには金の装飾品やら見慣れない銀貨が詰まった木箱が置かれていた。
「僧兵のひとりが
『それより――』と、ノノが鳴いたときだった。
「わかってる」ルズィは銀貨に刻まれた肖像を眺めながら彼女の言葉を
「俺たちがこの世界に来た痕跡が残らないように、すべての建物に火をつけよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます