第15話:粛清




 応接室で寛いでいたマリアンヌの元に、執事が申し訳無さそうに訪れた。

「料理長が紹介状が欲しいと言っておりますが」

 即日解雇を伝えられた料理長は、最初は抵抗していてが、紹介状で手を打つと言い出したようだった。


「主人の指示に対応出来ず、前から決まっていた量しか作れない。臨機応変能力皆無だと書いて渡しなさい」

 マリアンヌの言葉に、執事が固まる。

 そのような内容の紹介状ならば、紹介状無しの方がマシである。


「それは……」

 さすがに長年一緒に働いた同僚に同情したのか、執事が言葉を濁す。

 紹介状が有るのに出さないのは、後から問題になる行為である。

 一度出された紹介状は、どこかに提出されるまで付いて回る物だった。

「欲しいと言ったのは、彼でしょう?嘘を書く気は無いわ」

 マリアンヌは無表情でキッパリと言い切った。



 料理長が屋敷を出て行く時、何人かのキッチンメイドも一緒に付いて辞めていった。

 マリアンヌがケヴィンに奴隷のような扱いを受けていた時、わざと料理を遅く出したりして、躾と称した暴力を受けるように仕向けていた者達だった。


「直接手を出さなければ罪じゃないと思っているあたり、性質たちが悪いわ」

 マリアンヌが溜め息を吐きながら零す。

 しっかりと紹介状には『料理の提供の手際が悪く、冷めた料理を提供するのが日常茶飯事』と書いてある。

 これで次の職場では、表に出る事は叶わず、裏で皮剥きなどの下拵したごしらえだけをする事になるだろう。



「こうやって冷静に見ると、敵だらけだったのね」

 マリアンヌは、使用人達の態度を改めて確認し、笑うしかなかった。


 一所懸命に頑張っていたのに、誰にも認められていなかった。

 いや、ここにいるモニクだけは認めて味方になってくれていたので、マリアンヌはどうにか壊れずに済んだのかもしれない。




「さてと。本丸ほんまるに行きますか」

 マリアンヌはソファから立ち上がり、護衛に手を差し出した。

 スッと渡されたのは、例の鉄扇である。

「本当は鉄パイプを地面に擦って音を立てながら、相手を追い詰めるんだけどね」


 アスファルトやコンクリート等の硬いものの上を、鉄パイプを引き摺りながら歩くとカラカラと音が鳴る。

 舞璃愛は、追い込み漁のようにそうやって敵を追い詰め、戦意喪失させるのが得意だった。


 鉄パイプがどんなものだか解っていない護衛達だったが、 えて質問はしなかった。



「金喰い虫には、きちんと責任を取ってもらわないとね」

 屋敷の主人達の部屋へ向かいながら、マリアンヌは楽しそうに笑う。

 手の中では、鉄扇を手の平に一定の律動で打ち付ける音がしている。


 屋敷の修繕費用を捻出するには、無駄な人件費と分不相応な贅沢を削るのが1番であった。。

 そもそもケヴィンがシモーヌに変に権限を与えたり、シモーヌが勝手に点検を破棄しなければ必要無かったお金である。


「どんな抵抗をしてくれるのかしら。楽しみだわ」

 女主人の部屋の前に立ち、後ろを付いて来ている護衛とモニクへ向かい笑顔を見せてから、マリアンヌは扉をノックした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る