第16話:契約というもの




 コンコンコン、コンコンコン。


 モニクがノックをするが、室内からは返答が無い。

 しかし、人が居る気配は間違いなくするのだ。

 コンコンコン。

 もう一度ノックをしたが、やはり反応が無いので、モニクは扉を開けようとノブを掴んだ。


「鍵が掛かってます」

 ノブを持ち回そうとするが、ガチャガチャと音がして回らない。

「マスターキーを取って来ま」

 モニクが振り返り、言葉を言い切る前に、横で何かが振り下ろされた。


「そんな面倒な事しなくて良いわよ」

 モニクが認識する間も、護衛が止める間も無く、マリアンヌが鉄扇を振り下ろしていた。

 重い音がして何かが足元へと落ちる。

 皆の視線が床へ向いた。



「うえぇぇぇぇえ!?」

 コロコロと転がるドアノブを見て、モニクが声を上げる。

 同じタイミングで室内から悲鳴が聞こえてきたので、扉の内側のノブも落ちたのだろう。


「あらぁ?返事も出来ないくらい切羽詰まった状態だと思ったのに、違ったのかしらぁ?」

 中へ聞こえるように大きな声を出してから、マリアンヌは扉をやぶった。


「第二夫人、大丈夫?監禁でもされたのかしら?」

 扉を蹴破った姿勢のまま、素晴らしいバランス感覚で止まっているマリアンヌの足を、モニクがそっと手で下ろさせる。

「奥様、はしたのうございます」

「あら、ごめんなさいね」

 うふふ、とマリアンヌとモニクが笑い合うのを、室内のシモーヌとメイド達が震えながら見つめていた。




「あら、美味しい」

 出されたクッキーを食べて、マリアンヌは持って来た料理人へ笑顔を向ける。

「クソオヤジが居なくなったので、クッキーを焼く時間が出来ました!ありがとうございます」

 年若い料理人は、料理長に理不尽な雑用を押し付けられていて、契約にあったお菓子作りが出来なくなっていたのだ。


「契約は守らないと駄目よね」

 マリアンヌがクッキーを頬張りながら、視線を動かす。

 ソファの後ろで立っているシモーヌの体が微かに揺れた。

「明日のお菓子も楽しみにしているわね」

 マリアンヌの言葉に笑顔で一礼した料理人は、女主人の部屋を後にした。



 ソファに座ったマリアンヌは、部屋の中を見回す。

 部屋の主であるはずのシモーヌは、マリアンヌの許しが無い為に、座る事も出来ずにいた。

 シモーヌの横には、一緒に部屋に立て籠もっていたメイドが三人。

 やはり同じように直立不動でいた。


「この趣味の悪い宝石は要らないわよね?」

 テーブルの上には、シモーヌの宝石箱の中身が全て並べられている。

 デザインの新しさや、宝石の等級から見て、第二夫人になってから購入された物ばかりだった。


「ねぇ、これの購入代金ってどうしたのかしら?」

 質問に答えず、微動だにしないシモーヌへ、マリアンヌは更に問い掛ける。

「普通に女主人として自由になるお金じゃ無理よねえ?」

 シモーヌは下唇を噛み、黙っている。

 答えないとの意思表示だろう。



「契約を破棄するのって本来は解約金とか払うものなのに、貴女はジェルマン侯爵の名前を使って脅し、払わなかったそうね」

 シモーヌの顔色が目に見えて悪くなった。

「この先、解約金分は第二夫人に支払われるお金から天引きしておくわね」

 この部屋にマリアンヌが入って来て初めて、シモーヌと目が合った。


「そこのメイド達も、貴女が子爵家から連れて来たらしいじゃない。貴女がお金を払ってね」

 こちらでは契約書は交わしていないからね、とマリアンヌはメイド達を静かに見回した。



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