第14話:日常から判る事




 宿での食事を済ませ、マリアンヌは早々に部屋へと戻った。

 食休みを済ませると、身軽な服装へと着替える。

 それは、護衛達の訓練着と同じ物だった。


「マリアンヌとしての記憶があっても、やはりドレスは肩が凝るわ」

 動きやすい伸縮素材の服は、日本で言うカットソーみたいな物だが、女性が着ていると肌着扱いになる。

 男性ならばこれ1枚でも問題無いのだが、女性ははしたないとされてしまう不思議。


「夜会でケツの割れ目が見えそうなほど背中の開いてるドレスは良いのに、何で首元まで閉まってる長袖が駄目なんだか」

 マリアンヌがブツブツと文句を言いながら、体を動かし始めた。

 日本人なら体に染み付いている、ラジオ体操第一である。



 一通り頭の中の音楽に合わせて体をほぐしたマリアンヌは、次は本格的な筋トレへと移行する。

 腹筋背筋、腕立てにスクワット。

 千里の道も一歩から。

 ローマは一日にして成らず。

 基礎の動きは魂に刻まれていても、それを活かす筋肉が無ければ意味がない。


 隣の部屋ではモニクも、逆隣では護衛達が交代で、同じように筋トレをしている事だろう。

 いい汗を掻いてから入浴を済ませ、その日は早めに床にいた。


 明日は、今日は曖昧になってしまった話し合いをしなければならないのである。

 英気を養う為に少し良い宿を選び、美味しい食事も済ませ、体を適度に動かし、温かいお湯にも浸かった。

 後は質の良い睡眠を取るだけである。


「おやすみなさい」

 フカフカの布団に包まれて、マリアンヌは目を閉じた。




 翌日、マリアンヌ達は昼前にはジェルマン侯爵邸へと着いた。

 早い時間に帰って来たのはわざとだった。

 夕方と言っておけば、その前の対応が見られるからだ。

 案の定、予定より早く戻って来たマリアンヌ達を見た使用人達は焦っており、本性が垣間見えた。


 門番達は突然の訪問者の対応に慣れているのか、特に問題は無かった。

 執事も通常通りの出迎えのように見える。

 内心は焦っていたのかもしれないが、それを表に出しはしない。


 エントランスでマリアンヌを見掛けた途端に屋敷奥に走って行ったメイドは、格下げ決定。

 これから先、訪問者どころかマリアンヌの視界に入る事は許されなくなるだろう。

 洗濯メイドでも下の立場になるか、紹介状無しで退職するか。

 最終的に選ぶのは本人である。


「いきなり人数が増えたら、昼食が用意出来ません」

 そう言った料理長は、有無を言わさず解雇が決定した。

 突然人数が増える事など、高位貴族ならば当たり前に有る事柄だ。

 それを対応出来ない能無しなど、要らないのである。


 マリアンヌの結婚前から働いていた料理長は、前女主人の侯爵夫人やケヴィンの態度を見て、マリアンヌの事を下に見ていた問題有りの人物だった。


「本当は出来るのに、奥様相手だからと舐めてかかったんですよ!」

 モニクが怒っている姿が、マリアンヌと護衛達の笑いを誘った。

 小動物が怒って右往左往しているようにしか見えない。


「良いのよ。粛清しゅくせいしやすくて助かるわ」

 モニクを見てなごやかに笑いながらも、口から出てくる言葉は酷く恐ろしいものだった。



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