第7話:完全復活




 愛称で呼ばれたマリアンヌは、呼んだ人物へと顔を向けた。

「大丈夫か?マリア」

 心配そうに顔を覗き込んでくる兄へ、マリアンヌは微笑んでみせる。


「久しぶりに皆に会えて嬉しくて、思ったより興奮していたようです。ちょっと疲れてしまったみたい」

 これは嘘では無い。

 体は休息を求めており、とても眠かったのは確かだ。


「それはそうだな。配慮が足りなかった、すまん」

 今度は兄ではなく、ジュベル伯爵がマリアンヌへと声を掛けてくる。

 そして次にモニクへ視線を合わせると、ゆっくりと頷いた。

 モニクは黙礼した後、マリアンヌの体を支えていたクッションを退けて、その体をそっとベッドへ横たえた。



 マリアンヌは、久しぶりに何も考えずに熟睡した。

 いつもケヴィンに遠慮して、呼ばれたらすぐに動けるように気を張っていた。

 緊張から、眠りは浅くなった。

 昼間は侯爵夫人代理として、タウンハウスを仕切る。

 自分の伯爵夫人としての仕事もあった。


 ケヴィンが帰宅してからは、彼の意に沿うように常に先回りをして行動するように努力していた。

 それでも気に喰わない事があると、ケヴィンは暴力を振るった。

 それなのに、夜は閨へと呼ばれるのだ。


 事が終わると、部屋へ返された。

 帰されるのではない。返されるのだ。

 意識の無い状態で、自室のベッドへと運び込まれていた。

 だがそれを屈辱と感じる事も出来ないくらい、麻痺していたのだろう。




「あぁ、生きているって感じだわ」

 マリアンヌは、太陽の光を浴びながら目覚めた。

 モニクがカーテンを開けてくれたのだろう。

 もう大分日が高い。


 控えめなノックの後に扉が開き、モニクが部屋へと入って来た。

「おはようございます。起きてらしたのですね」

 目を開けているマリアンヌに気付いて、声を掛けてきた。

「おはよう、モニク」

 自力で起き上がれないマリアンヌは、挨拶だけを返した。


 ジェルマン侯爵邸から付いて来た医師の診察を受け、朝食を摂りまた休む。

 日がな一日ベッドで過ごした。

 精神の安定と、食事を摂取出来るようになった為、マリアンヌは順調に回復していった。

 それでも、完全に元気になるには1年と半年掛かってしまった。



 その間に、ケヴィンから何度も連絡が来ていた。

「いつ帰ってくるのか」「伯爵夫人としての仕事はどうするのか」「一度話し合いの為に屋敷へ来い」等、謝罪も反省も無いものだった。

 しかも本人は一度も、ジュベル伯爵家に顔を出さなかった。


「相手の有責で離縁しても良いのだぞ?」

 父であるジュベル伯爵にそう言われても、マリアンヌは首を縦に振らなかった。

「負けたみたいで悔しいじゃないですか」

 そう言って優雅に微笑む。


 すっかり結婚前の健康な状態に戻ったマリアンヌ。

 むしろ前以上に丈夫になったかもしれない。

 何しろ、伯爵家の護衛と一緒に朝の鍛錬をこなせるようになったのだから。



「何をお綺麗な騎士の剣技を披露してるのよ!らなきゃられるのよ!?卑怯だろうが、生きてた者が勝ちなのよ!!」

 護衛達の対戦を見て、マリアンヌがげきを飛ばすのがすっかり定番になってしまった。


「死んで花実が咲くものか!」

 マリアンヌが模擬剣を片手に叫ぶ。

「死んで花実が咲くものか!」

 護衛達もマリアンヌにならい、まるで勝鬨かちどきのように声を上げる。


 それを複雑は表情で眺める家族と、幸せそうに見つめるモニクが居た。

「死んで花実が咲くものか」

 モニクも、こっそりと呟いた。




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あれ?作品の題名「死んで花実が咲くものか」の方が良かったかも?(笑)

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