第6話:覚醒するマリア




 実家のジュベル伯爵家へと救出されたマリアンヌは、なるべく正確に今の自分の置かれた状況を説明した。

 自分でも驚く程冷静に話せているのは、自分の中にある別の自分のお陰だった。


 別の自分。

 真面目で素直で淑女の鑑のようなマリアンヌ……とは正反対な、斜に構えた捻くれ者で「文句が有るならかかってきな」な自分。

 おかしな感覚だった。


 マリアンヌの記憶も気持ちも残っているのに、別の記憶と感情が湧き上がってくる。

 今、1番感じている事は「あんなクソみたいな男のどこが良いんだろう?」である。



 マリアンヌが夫であるケヴィンに虐げられていた事は、本人から淡々とした報告がされた。

 奴隷のような扱いに、常に「お前は駄目な奴だ」と否定され続けていた日々。

 精神的に追い詰められて、食事もまともに食べられないのに、心配もせずに仕事や雑用を強要するケヴィン。


 何よりもジュベル伯爵家の人間を怒らせたのは、マリアンヌに与えられていた暴力だった。

 それについては、マリアンヌ本人ではなくモニクが詳細しょうさいに語っていた。



「体が吹き飛ぶほどの暴力は今回が初めてでしたが、頬を叩く事や、腕を強く掴んで引っ張る、水やお茶を掛けるのは日常にちじょう茶飯事さはんじでした」

 皆が余りの酷さに絶句する。


「そして必ず言うんです。『お前の為にやっている』と」

 モニクが両手を体の横で強く握りしめ、フルフルと体を震わせる。

「愛しているから、何も出来ないお前の為に躾をしてやってると!」

 悲痛な声でモニクが叫んだ。




 そういえば、強く頭を打ったのは、ケヴィンに殴られたからだったわね。

 他人事ひとごとのようにマリアンヌは思い出す。

 頬を張られたのだが、足に力が入らず、そのまま壁まで体が飛んでしまった。

 そして壁にぶつかった反動で、床に頭から倒れてしまったのだ。


 あんな腰に力も入っていない軟弱な殴り方。

 それに飛ばされてしまった貧弱な体。



 レディースの特攻隊長が、何という為体ていたらく



 レディースって何かしら?

 特攻隊長って、騎士隊長みたいなもの?

 自分の思考なのに、意味が解らない。

 マリアンヌは、皆の話も聞かず、思考の海へと沈んでいた。




「マリア!」

 名前を呼ばれ、覚醒する。

 舞璃愛。

 そう、それが私の名前。


 女暴走族レディースの特攻隊長だった、くれないの舞璃愛。

 髪を赤く染め、黒の特攻服を着ていた。

 裏地は赤で、黒の昇り龍が刺繍してあった。

 ゴツいシルバーリングをナックルダスター代わりとして使っていた。

 カチコミの時には、鉄パイプを持って行った。

 一度木刀が途中で折れたから、鉄パイプに変えたのよね。


 若気の至りってヤツよ。

 さすがに成人前には落ち着いたけどね。

 ちゃんとしたOLとして働いて、結婚退職して子供は二人。

 その二人も成人して、私を反面教師に真っ当な人生を歩んでくれた。


 そして、子供達と孫達に見守られて、天寿を全うした。


 はずなのに!

 何!?ここはどこなの?

 何でこんな、骨と皮になってるの?

 マリアンヌってまだ二十歳そこそこよね?



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