第5話:身勝手な愛 ※胸クソ注意




「娘は連れて帰りますよ」

 マリアンヌの父であるジュベル伯爵が、ケヴィンを威圧する。

 侯爵家令息で伯爵であるケヴィンだが、所詮はまだ学生の延長のような、見習い貴族である。

 百戦錬磨の本当の貴族にかなうはずがない。


 ベッドから自力で立ち上がる事も出来ないマリアンヌを、兄であるファビアンが抱き上げる。

 そのあまりの軽さに、涙が浮かんだ。

「幸せにすると、そう言っていたではないか」

 悔しそうに呟くファビアンの頬を、マリアンヌはそっと撫でた。

 ありがとう、ごめんなさい、そんな気持ちを込めて。




 ケヴィンは連れ去られるマリアンヌを、ただただ見送った。

 結婚してからマリアンヌと離れるなど、初めてだった。


 学生時代、ケヴィンがマリアンヌに一目惚れをして、3ヶ月掛けて口説き落としたのだ。

 そして両家に了承を貰い婚約し、マリアンヌの花嫁修業を経て結婚した。

 素直で真面目なマリアンヌは、すぐにケヴィンの両親に気に入られた。

 娘がいないからか母親は「マリアンヌがいないとケヴィンは駄目ね」と、やたらとマリアンヌを持ち上げるようになっていった。


「そんな事無いです。ケヴィン様は素晴らしいですわ。私には勿体無いほど」

 マリアンヌは、必ずそう答えていた。

 それもケヴィンには気に喰わなかった。

 最初こそ「さすがマリアンヌ。謙虚だな」と思っていたが、余りにも頻繁でそのうち「本当にそう思っているのか?」と思うようになってしまう。

 そして最後には「家の中でヘラヘラしてるだけで褒められて、女は楽で良いよな」へと変化していった。



 両親に気に入られていたマリアンヌを、ケヴィンがどうこうする事は無かった。いや出来なかったが正しい。

 夫婦の会話が少し減り、丁度仕事が忙しくなり顔を合わせる時間も減った位だった。

 決定的に変わったのは、侯爵領での仕事の為に、両親がタウンハウスから居なくなってからだろう。

 ケヴィンの言動に、誰も逆らわなくなったのだ。


 マリアンヌを嫌いになったわけではない。

 ただ、マリアンヌが自分へとへつらうのを見ると、今までの鬱積うっせきが晴れていくのを感じた。

 自分は偉いのだと、外での仕事の鬱憤うっぷんも晴らせ、マリアンヌの愛を実感出来ていた。




 それまでは当主であるケヴィンの父親が1番上の存在だった。

 それが居なくなり、仮とはいえタウンハウスの主人はケヴィンになったのだ。

 色々失敗しないように、家令が最後の確認はしてくれていた。

 彼が何も言わなければ、それは大丈夫という事だった。


 残念な事に、ケヴィンは盛大な勘違いをしていた。


 家令はケヴィンの仕事に対して助言をする立場であり、私生活には一切口を出さない関係だったのだ。

 彼はランドスチュワートであり、あくまでも領地管理やその他の仕事の補佐をする職種である。


 家の中の事は、執事が管理していたのだ。

 その執事は、何度もケヴィンを諌めた。

 昼間、マリアンヌはノンビリ過ごして居るわけでは無いと。女主人としての仕事は山程あるのだと。

 しかし執事は基本的に女主人の命令も聞く立場の為、ケヴィンはその話を聞き流していた。


 家令に注意されないのだから、まだ大丈夫だと。


 そして、今回の騒動である。

 マリアンヌの実家から家族総出で迎えが来た。

 マリアンヌを見て、実家へ連れ帰ると言われてしまったのだ。


 勿論、ケヴィンも抵抗はした。

 ちゃんと医師を付けている事、食事も自分と同じ物を出しているのに、マリアンヌが勝手に食べない事、夫婦の営みはちゃんとあり、関係は良好である事等を説明した。



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