ゆるダン! ~わんこ系ナマイキ後輩男子と共に、ゆるっと潜る現代ダンジョン~

瘴気領域@漫画化してます

ゆるダン!

 ――1923年。天は裂け、大地は砕け、異界につながる無数の穴が現れた。その名はダンジョン。不可思議な魔法と膨大な資源に満ち溢れたそれは、折からの不景気にあえいでいた日本経済に一筋の光明を垂らした。後世に言う大ダンジョン時代の幕開けである。これは、ダンジョン黎明期に未知へと挑んだ冒険者たちの物語――


「って感じの歴史モノを考えてるんだけどさ、ツカサはどう思う?」

「いや、どうって言われてもこれだけじゃなんとも……」

「もう、煮えきらないなあ。男ならもっとズバズバっと決断しなくちゃ!」

「決断力云々の話じゃないと思うんですよねえ……」


 私とツカサは放課後の教室で、新作小説の相談をしていた。

 我が神沼高校文芸同好会は、私こと高町みゆきと犬山ツカサの2人しか部員がいないため、部室が存在しないのである。神沼高校において部活動として認められるためには、最低5人の部員を揃える必要がある。

 そのため、早急に書籍化などを決めて実績を作り、それをエサに部員を増やして正式な部活に昇格させるのが目下の目標であった。


「先の展開もちょこちょこ書いてみたんだけどさ、これとかどうかな? 主人公の男の子が、パーティに裏切られて、ひとりでダンジョンをさまようシーンなんだけど」

「うーん、明かりってどうしてたんですかね?」


 ツカサが、前髪をかき分けてメガネをキラッと光らせる。

 この文学少年め……いちいち細かいことを気にするんだよなあ。


「ダンジョンの中ってヒカリゴケで明るいんじゃないの?」

「メイキュウヒカリゴケが本格的に植えはじめられたのはたしか1950年代以降ですよ。いまだって、脇道や深層は真っ暗なはずです」

「それじゃ、懐中電灯とか」

「一応発明されてたみたいですけど、何時間ももつんですかね? 設定的には何日もダンジョンをさまようみたいですけど」


 ツカサは1歳年下の幼なじみで、学年もひとつ下だ。中性的な童顔で、子どものころは一緒に遊んでいるとよく女の子に間違えられていた。

 私よりもずっと勉強ができるのに、なぜか公立の神沼高校に入ってきたので、これ幸いと私が巻き込んで文芸同好会を立ち上げることにしたのだ。


「むむむむむ……もう、細かいな! そんなに考証が大切なら自分で書きなさいよっ」

「ええっ、逆ギレ!? っていうか、ボクも書いてますし。ほら、見てください。先月から投稿をはじめた新作がついに10ブクマに達したんですよ」

「むきー! 最高記録2ブクマの私に対する挑戦か! くそうっ、ちくしょうっ、おめでとう!」

「悔しがるのかお祝いしてくれるのかはっきりしてくださいよ」

「祝 っ て や る 。駅前の喫茶店でケーキをおごってしんぜよう」

「そんな『呪 っ て や る』みたいなイントネーションで言われても……。でも、ごちそうにはなりますね」

「お主も抜け目がないのう」

「ははは、お代官様ほどでは」


 そんな軽口を叩きながら、私たちは学校を出て喫茶店へ向かった。


 * * *


「でさあ、ダンジョンものを書くんならさ、実際に潜ってみなきゃダメだと思うわけよ」

「ボクは潜ったことありますけどね」

「男子は体育で潜るじゃん。なんかこう、古臭い男女差別ーってかんじがするよね」

「まあ、女子の匂いに引き寄せられるモンスターもいるらしいし、しょうがない面もあるんじゃないですかね」

「もうー、ああ言えばこう言う!」


 喫茶店でケーキをつつきながら、そんな話をする。

 創作に必要なものはリアリティだ。あれこれ調べるよりも、ひとつの体験の方がずっと勝るというのが私の持論である。


「というわけで、文芸同好会初の合宿を実施したいと思います」

「合宿? 急になんですか?」

「察しが悪いなあ。ダンジョンに潜ってみるんだよ」

「まあ、かまわないですけど。みゆきちゃんはダンジョン用の装備とか持ってるんですか?」

「ない!」

「あー、じゃあ先にそれを揃えないとですね」


 胸を張る私に、ツカサが呆れ顔でため息をつく。


「どんなものが必要なんだろうね?」

「ボクも泊まりでダンジョンに潜ったことはないし、装備も学校指定でしたからね。詳しいことはちょっと」

「うーん、とりあえずネットで調べてみよっか」


 タブレットに『ダンジョン用品 初心者』と打ち込むと、『はじめてのダンジョンアタックにおすすめ! 安くて強くてカッコいいダンジョン用品◯選!』みたいなサイトが大量にヒットした。

 とりあえず一番上のやつをタップして、ざざっと商品を眺めてみる。


「ダンジョン用品って色々あるんだね。人気のやつを買っておけば間違いないのかなあ」

「でもどれも高そうですよ? あっ、HO-OHホウオウのブランド品ばっかりじゃないですか」

「なにそれ?」

「なんで知らないんですか。みゆきちゃんのクラスにいる鳳凰院先輩の家がやってる有名メーカーです」

「鳳凰院……? ああ、リョウガ君のことか。そういえばお金持ちだったね」

「気にしないのはみゆきちゃんぐらいですよ……。ほら、ここに鳳凰院先輩が映ってる動画広告もありますよ」

「ほう、どれどれ」


 動画広告の再生ボタンをタップし、流れる映像をチェックする。

 精悍な顔立ちの細マッチョな青年が、真紅の長髪をたなびかせながら大剣を振るってモンスターをばっさばっさと切り捨てていく。青年が剣を片手にカメラ目線でポーズを決めると『大好評! 伝説の聖剣シリーズ最新作EVORTER-V4! お求めはお近くのダンジョンショップへ!』というテロップが表示されて終わった。

 うーん、老けている。同じ17歳とは思えんな。5歳くらいは上に見えるぞ。


「リョウガ君のことはともかく、この剣は強そうだね。ちょっと値段見てみよっか……って、たっか!?」

「自動車が買える値段ですね……」


 その後も別の商品を確認してみるが、HO-OHホウオウの商品は軒並み目玉が飛び出るような値段だった。いや、大人ならそんなことはないのかもしれないが、高校生の財布で買えるようなものはほとんどない。


「ふっ、文芸部初の合宿は幻に終わったようだ……」

「ちょっと、諦めるの早いですよ。別にHO-OHホウオウだけがダンジョン用品メーカーじゃないですし」

「そうだな。HO-OHホウオウは見た目に凝ってばかりで性能はそこまでじゃねえ。コスパがいいもんは他にもたくさんあるぞ」

「あー、やっぱりそういうものなんですね。……って、鳳凰院先輩!?」

「えっ、リョウガ君?」


 横から急に声をかけられ、タブレットから視線を上げるとそこには長身の少年が立っていた。燃えるような赤い髪に真紅の瞳。ダンジョンへの適応が進み、炎属性の魔力を身に宿した証拠だ。

 この喫茶店の制服なのであろう、黒いエプロン姿がちぐはぐで少し笑ってしまう。


「なんでリョウガ君がこんなところに?」

「見たらわかんだろ、バイト中だ。客とくっちゃべってると思われるとマズイからよ。大声を出すんじゃねえ」

「鳳凰院先輩ならバイトなんてする必要ないんじゃ……プロに混ざってダンジョンアタックしてるくらいですし」


 ツカサの言葉を聞いたリョウガ君がチッと舌打ちをする。


「俺を鳳凰院と呼ぶな。リョウガと呼べ」

「え、は、はい。リョウガ先輩……?」

「ああ、それでいい」


 リョウガ君は筋肉質な腕を組んでうなずいた。


「それでさ、なんでバイトなんかしてんの? こういう広告とか出るといっぱいお金もらえるんじゃない?」

「そんなのは俺が稼いだ金じゃねえ。鳳凰院家の名前が稼いだもんだ」

「へえ、意外にストイックなんだね」

「うるせえ、それよりお前ら、ダンジョン潜るのか?」

「うん、そのつもりだったんだけど、思ったより用具が高そうでさあ」

「潜るダンジョンはどこなんだ?」

「それはまだこれから決めるところ」

「チッ、これだから初心者は……」


 リョウガ君は顔をしかめてまた舌打ちする。


「ちょっとー、誰にでも初めてはあるんだから初心者だからってバカにしないでよね。っていうか、リョウガ君ってプロみたいなもんなんだからさ、初心者向けになんかアドバイスちょーだいよ」

「図々しいやつだな。まあいい。ダンジョンに潜るときはな、まず潜りたいダンジョンを決めるのがセオリーだ」

「へー、なんで?」

「ダンジョンによって必要な装備が変わるからだよ。ダンジョンごとにまるっきり別の装備が必要になるわけじゃあねえがな」

「そしたら、初心者におすすめのダンジョンはあるの?」

「このへんだと八王子の高尾ダンジョンが入門に向いてるだろ。難所はほとんどねえし、危険なモンスターも少ない。観光で潜るやつが多いダンジョンだな」

「なるほどなるほど、高尾ダンジョンね。じゃあ次、おすすめの装備は?」

「ぜんぶ俺に聞くつもりかよ。まあいい。とりあえず靴には金をかけろ。ネットで買わず、必ず店で試着して足に合うか確認するんだ。次に服だが――」

「リョウガくーん! お友だちが来てるのわかるけど、ずっと話しこまれちゃ困るよ」


 話を聞いていると、店の奥から響いてきた店長さんらしい声に遮られた。

 リョウガ君は「すんませんっ!」と短く会釈をする。いかにも体育系って感じだ。


「商店街の端っこに『東天光』ってダンジョンショップがある。安くていいもんを揃えてるから、あとはそこで相談しな」

「さんきゅー! 仕事の邪魔してごめんね!」


 仕事に戻ったリョウガ君は、キビキビと歩き回ってオーダーを聞いたり注文を届けたりしていた。その姿は、学校や動画で見るよりも大人びてるように感じた。


「みゆきちゃんって、リョウガ先輩と仲がいいんですか?」

「んー? 仲がいいってほどじゃないけど、1年の時はちょくちょく絡んできてたね。スマホのフリック入力のやり方を教えてくれとか、なんかおじいちゃんみたいな相談をたまにされてたよ」

「……なるほど。ボクがいない隙にそんなことが」


 なぜかリョウガ君を見るツカサの目つきが妙に鋭い。

 お、おい、いったいどうした……。


 * * *


 リョウガ君のアドバイスに従い、私たちは商店街の外れに向かった。

 ペンキが剥がれてところどころに錆が浮いた看板に、『東天光』という文字がやたら角張ったフォントで大書されている。店の前面はガラス張りになっているが、曇っていて中の様子が見えない。


「な、なかなか入りづらい雰囲気だね」

「田舎の営業しているのかしていないんだかわからないおもちゃ屋みたいですね」


 思わずひるんでしまった私を尻目に、ツカサが遠慮なく扉を開けて店の中へ入っていく。見た目は小動物みたいなくせに、妙なところで度胸があるんだよな。

 私はツカサの後ろについて、恐る恐る薄暗い店内に入った。


【あー、マイクテス、マイクテス。どもどもー! いらっしゃいっすー! 本日はじめてのお客さん、ようこそいらっしゃったっすー!】


 メガホンを通した大声とともに、あちこちでクラッカーが弾けて紙吹雪を舞い散らせた。天井ではミラーボールとパトランプが光っている。寂れたおもちゃ屋のようだったが店内が、東南アジアの謎クラブのような雰囲気に一変した。


「ででんでんででんでんでんでん。ででんでんででんでんでんでん。ふーわー! ふーわーわー! ででんでんででんでんでんでん。ででんでんででんでんでんでん」


 店の奥から通路を進んで、シルクハットをかぶった細い人影がステッキ片手に近づいてくる。軽快なステップを踏み、くるりと一回転してから帽子を脱いで深々とお辞儀した。


「ようこそいらっしゃいませっす。記念すべき本日初のお客様方。ご用命はなんでございましょうっすか? ついでに、先ほどのヒューマンビートボックスの感想もお伺いしたいでございますっす」


 ひゅ、ヒューマンビートボックスのつもりだったのか、さっきのアレは。

 というか、情報量が多すぎて脳内の処理が追いつかない。


「と、とりあえずここはダンジョンショップで、あなたは店員さんということであっているんでしょうか?」

「ご名答! ここはダンジョンショップ東天光! 父から受け継ぐこと七十年。小生こそが東天光が誇る二代目店主、ビャッコちゃんっす!」


 ビャッコちゃんを名乗る怪人物は、タタタタターンとステップを踏んでバック宙をし、再び深くお辞儀した。

 印象を言うなら「白猫」。真っ白な髪に、真っ白な肌。色素の薄い灰色の瞳は見えているのか疑ってしまうほどだった。そして、猫の目のように瞳孔が細い。そんな瞳に見つめられて、一瞬ドキリとしてしまう。


 っていうか、さっき七十年って言った? どう見たって二十歳そこそこにしか見えないんだけど……。


「ええっと、ボクたち、初心者なんですけど……。鳳凰院先輩に勧められて、用品を揃えるならここがいいって」

「おお! 鳳凰院っすか! リョウガの坊っちゃんかな? 新規顧客を紹介してくれるとはお客のカガミっすねえ」


 ビャッコちゃんがくるくる回りながら私たちの前にしゅたっと着地する。


「うーん、こちらのお兄さんはダンジョン経験ありっすねえ。レベルは3っすか?」

「は、はい。授業だけですけど、潜ったことあります」

「こっちのお嬢さんはダンジョン未経験っすね。レベルはナシ、と」

「う、うん、今回が初めてのダンジョン」

「なるほど、なるほど。それで、今回潜るのはどちらっすか? 高尾ダンジョン? まさか、いきなり富士ダンジョンに潜るとか言わないっすよねえ」

「い、一応、高尾ダンジョンの予定です」

「はっはー! 無難で安全で確実で慎重な素晴らしい選択っすね! 小生もこのあたりで初めてのダンジョンを勧めるなら、高尾ダンジョン一択っすから。それで、第何層まで潜るおつもりっすか?」


 第何層? そういえば、高尾ダンジョンが何層まであるかすら知らない。


「せっかくなら最深部まで潜ってみたいけど……」

「ほほう。高尾ダンジョン最深部っすね。それなら第8層っす。まあ……初心者でも潜れないことはないっすが……普段は運動とかされてるっすか? ああ、武術とか格闘技の経験じゃないっす。ジョギングとか、自転車とか、持久系のスポーツの話っすね」

「じょ、ジョギングくらいなら」

「えっ、みゆきちゃん、ジョギングなんかしてたんですか?」

「乙女のたしなみよ。察したまえ」


 ちょっと見栄を張ってしまった。

 私がジョギングをするのは、食べすぎてしまって罪悪感を打ち消したいときだけである。しかもほとんど最低速のルームランナーで。動画を見ながらのだらだらウォーキングではあるが、これもジョギングと言えばジョギングの範疇だろう。うむ、嘘はついていない。


「ふーむ、あまりスポーティなタイプには見えないっすけど、まあ、お客さんの自己申告・・・・にケチをつけるのも野暮ってやつっすね。とりあえず靴から見立てればいいっすか?」


 すでにケチをつけられている気がするんだが……なんて思っている間に、足元に色んな種類の靴がシュババババとすごいスピードで並べられていく。


「どれも靴底にクッションが入ってて、疲労と関節への負担を軽減するモデルっす。一概に良し悪しが言えるものじゃないっすから、とりあえずぜんぶ履いてぴょんぴょんしてもらっていいっすか?」

「は、はい」


 流れ作業のように靴を履き、その場でぴょんぴょんを繰り返す。

 あ、この3番目のやつ、なんかすごく楽な感じがするな。


「それじゃあこれでサイズを合わせるっす。ちょっと緩かったっすかね? ダンジョン用の靴はぎゅっと締め付けるくらいでちょうどいいっす」


 ワンサイズ下の靴に足を押し込められ、ぴょんぴょんする。

 うーん、さっきよりも窮屈だな。歩いてたら疲れそう……。


「こんなもんでいいんすよ。力が逃げないし、捻挫も防げるっす。絶対じゃないっすけどね。靴ずれしないように、分厚い靴下もセットで。さて、靴の次は服っすね。それからモンスターよけの退魔香と、万が一に備えた撃退スプレーと……。あ、退魔香は普通のやつと無香料のやつがあるっすけど、どっちがいいっすか? これははっきり言って好みっすね。効果はどっちも一緒っす。武器はまあ、レベルなしじゃ持ってても持ってなくても変わんないっすね。十尺棒を持っておけば十分っす。剣? おすすめしないっすねえ。ど素人じゃ自分の足を刻むのがオチっす。モンスターにあったら逃げる。そもそもモンスターには出会わないようにする。それがダンジョン探索の基本っす。それからそれから――」


 大量の情報に押し流されながら、私たちは3つの買い物かごに山積みにされたダンジョン用品を会計する。

 締めて3万2千円也……。お年玉貯金に大ダメージを与える出費だったが、帰ってから調べたら相場よりもずっと安かった。


 リョウガ君がおすすめしてくれたお店はとんでもなく奇天烈だったが、どうやら誠実な商売をしているらしい。


 * * *


「それでは、神沼高校文芸部、記念すべき第1回合宿を開始します! えいえいおー!」

「えいえいおー。って、二人でやってもしまらなくないですか、これ?」

「いいのいいの、こういうのはね、雰囲気づくりが大事なの。いかにも『青春部活モノ』って感じがするじゃん」

「まあ、みゆきちゃんが楽しいならそれでいいですけど」


 私たちは高尾ダンジョンの入り口に立っていた。

 すでに探索届の提出も済み、あとは潜っていくだけだ。


「ダンジョンの道って、ボコボコしてて意外と歩きにくいんだね」

「ここは道が整備されてますから、これでも歩きやすい方だと思いますよ。未開発の深層アタックの動画見ましたけど、平らなところの方が少ないくらいでした」

「ふうむ、これが生の体験の強さだね。まっ平らな石畳が続いているイメージだったよ」

「写真じゃキレイに見えますもんね」


 ダンジョンの石畳は、凹凸が多く、湿っていて滑りやすい。

 壁や天井にメイキュウヒカリゴケがびっしり生えているから足元が暗いということはないが、アスファルトで舗装された地上の道に比べて圧倒的に歩きにくいのは間違いなかった。


 リョウガ君やビャッコちゃんがまず靴を用意しろと言った理由が理解できる。

 普段履いているスニーカーやローファーじゃ、まともに歩くこともできなかっただろう。


 しかし、柔らかい明かりにぼんやりと照らされたダンジョンは、まだ入ったばかりだというのに幻想的で美しい。岩山を掘り抜いた通路は、どこまでもどこまでも長く伸びて、吸い込まれるような魅力を放っていた。


「ふふふ、これはテンション上がるねえ」

「授業だと大勢だったから感じなかったですけど、なかなか雰囲気がありますね」

「この、十尺棒でコツコツやるのも楽器みたいで癖になるね」

「あんまり張り切りすぎると手に豆ができますよ?」


 十尺棒とは、その名の通り3メートルほどの長さがある木の棒だ。

 ちなみに、HO-OHホウオウ製のものはカーボン繊維でできていて、百倍も値段が違う。百倍というのは比喩ではない。たかが1本の棒が5万円もするとか……ちょっと信じられない世界だった。


「一流の冒険者を目指すなら、HO-OHホウオウブランドで揃えなきゃダメって空気があるらしいですね。プロのトップチームなんて、ほとんどHO-OHホウオウがスポンサーについてるみたいですよ」

「ふうむ、我ら神沼高校文芸同好会のスポンサーにもなってもらおうか」

「なってくれるわけないでしょ」

「わかってるって。じょーだんじょーだん」


 十尺棒でコーンコーンと地面を叩きながら、奥へ奥へと進んでいく。

 別に遊んでいるわけではない。生成される罠を事前に察知し、また物音を立てることでモンスターが近寄ってこないようにする役割がある。


「モンスター避けといえば、そろそろ退魔香を焚きましょうか。そろそろ2層の深度ですよ」

「えっ、意外と早いね」

「まだ浅層ですからね。勾配もゆるいですし」


 ツカサがぐるぐる巻きの線香にオイルライターで火をつけ、腰のホルダーに収めた。

 独特な臭いのある煙があたりに漂う。ビャッコちゃんは、高尾ダンジョンに現れやすいという獣系のモンスターにとくに効果が高いというものを選んでくれた。

 せっかくだし、一度くらいはモンスターに遭遇してみたいものだけど。


「ちょっと、みゆきちゃん、そういうフラグを立てるのはやめてください」

「えー、だって、生でモンスター見たくない?」

「動物園で見たことあるでしょ」

「飼われてるやつと野生のやつとじゃ違うじゃん」


 わーぎゃーと話をしながら、ほの明るいダンジョンを進んでいく。

 計画通りなら、最深層までは3時間ほどだ。ちょっと気合を入れたウォーキングだと思えば余裕で乗り切れる。


 途中で休憩やおやつタイムを挟みつつ、気がつけばあっという間に第7層だ。

 コーンコーンコゥーンコーンとリズムよく地面を叩きながら歩いていると、途中でツカサが「ちょっとストップ」と止めてきた。


「ん、どうしたの?」

「いま、音が違いました。罠があるかもしれないです」

「えっ、マジで。ぜんぜん気づかなかった」

「ジョブは《斥候》を取りましたから。こういうのに敏感になるんです」

「へー、私もレベルアップしたら《斥候》になろうかなあ」


 ダンジョンで経験を積み、レベルを取得するとジョブというものが得られる。前衛向けの戦士に、探索に向いた斥候、アタッカーの花形である魔法使い……などなど、適正にもよるが、さまざまなジョブを選べるのだ。


「どうやら落とし穴の罠みたいですね。発動させちゃった方がよさそうです」


 地面をまさぐっていたツカサがドンと床を叩くと、目の前の地面がパカッと開いて大口を開けた。

 穴はそれほど深くなかったけど、気が付かずに落ちたら大怪我をしていたかもしれない。ダンジョンでは、こういう罠が勝手にできたり消えたりするらしい。


「おおっ! すごい! 宝箱ありますよ!」

「えええ!? ほんとに!? ツカサ、引き強くない!?」

「引きが強いとしたら、先輩の方じゃないですか? ボク、天然の宝箱ってはじめて見ましたよ」


 深さ1メートルほどの穴の底には、いかにも「宝箱ですっ!」って感じの箱が鎮座していた。

 これもまたダンジョンで勝手にできたり消えたりするもののひとつだ。


「罠はなさそう……ですかね。じゃあ、開けてみますんで、みゆきちゃんは下がっててもらえますか。念のため、ポーションの準備をお願いします」

「う、うん。わかった」


 ツカサの指示に従い、私は素直に下がって鞄から治療用のポーションキットを取り出す。

 宝箱には毒針などの罠が仕掛けられていることが少なくない。万が一、引っかかってしまったときのためにすぐにフォローに入れる体勢を整えておく必要があるのだ。


 ツカサがピッキングツールで宝箱の鍵穴をガチャガチャしている。

 黙ってそれを見ていると、ついこちらまで手に汗を握ってしまう。カチカチ、ピキピキと音が響いて、ようやくカチャリと鍵の開く音がした。そしてツカサが宝箱の蓋をゆっくり開く。


「ふー、とりあえず無事に開けられたみたいです」

「すごい! さすがはツカサ!」

「いや、罠はなかったみたいなんで。それで中身は……おっ、短剣が入ってますよ!」


 指を広げたほどの刀身を持つ短剣を、ツカサがうれしそうに掲げる。

 柄には蛇をモチーフとした彫刻が刻まれていて、なかなか雰囲気がある代物だった。


「すごっ! 結構レア物なんじゃない?」

「わからないですけど、これでコモンってことはないと思いますよ」


 コモンというのはダンジョンで取れる資源につけられた等級のことだ。希少性、有用性に基づいて、ガラクタ、コモン、アンコモン、レア、エピック、レジェンダリー……と続く。正式名称は他にあるようだけど、私はおぼえていない。


 なお、高尾ダンジョンのようにすっかり開発されたところでは、ガラクタばかりでコモン以上のものが見つかるのは珍しいことらしい。


「へへっ、神沼高校文芸同好会の記念すべき第一回合宿に、とんだお土産ができちゃったね」

「あんまり期待しすぎるのもアレですけど……ひょっとして、レジェンダリーだったりしたらどうします?」

「うむ、売っぱらって海沿いの家を買って一生海を眺めて暮らす。そしてフローズンダイキリを片手に小説を書きながら余生を過ごすのだ」

「ヘミングウェイ気取りですか……」


 グラス片手に葉巻を吸うジェスチャーをした私を、ツカサが呆れ顔で笑う。

 ま、レジェンダリーなわけないんだけどね。そんなクラスのアイテムは、世界でも年に数個しか見つかっていないのだ。宝くじで1等賞を狙う方がよっぽど現実的なくらいだ。


「ま、地上に戻ったらきちんと鑑定をお願いしてみようよ。装備で溶けたお年玉分くらいは取り戻せるかもしれない」

「そうですね。もしも余れば次の合宿の予算に当ててもいいですし」

「ふふふ、第一回合宿が終わる前から気が早いな。しかし、そうだね、高尾ダンジョンを制したら、次はいよいよ富士ダンジョンかな?」

「いや、それはさすがに飛ばしすぎですよ」


 初めて獲得したダンジョンアイテムの喜びをひとしきり噛み締めたところで、私たちは最深層に向かって再び歩きはじめた。


 * * *


「おおー、すっごい! めちゃくちゃキレイだね!」

「これは……苦労して潜ってきた甲斐がありますね」


 最深層に辿り着いた私たちの眼前に広がっていたのは、巨大な地底湖だった。

 湖面には何かがキラキラと瞬いていて、まるで星空で満たされているようだ。魚がいるのか、ときどき水面がばしゃりと弾ける。それに反応し、キラキラが波紋を描いて広がっていく。


「光ってるのは、メイキュウヤコウチュウですね。魔力を含む鉱物を食べるので、体内にたまった魔力で発光するそうですよ」


 私がため息をつきながら湖を眺めていると、ツカサが解説してくれた。


「ちょっと捕まえて持って帰りたいね」

「飼うんですか? うーん、冷たい水じゃないと生きられないので、飼育はクリオネなみに難しいらしいですけど」


 クリオネなみに難しいと言われてもピンと来ないが、飼うのが大変というなら諦めよう。


「それより、そろそろキャンプの準備をしましょう。ヒカリゴケがだいぶ暗くなってきました」

「うん、そうだね。とりあえずテント張ろっか」


 ダンジョン由来植物であるメイキュウヒカリゴケには不思議な特性がある。地上の日照に合わせて明るさを変えるのだ。夏は長時間にわたって輝き、冬は短い。

 なぜ地下深いダンジョンで、地上の太陽の動きがわかるんだろう。太陽ニュートリノがうんぬんかんぬん……という話をテレビの科学番組で見た記憶があるが、難しくってよくわからなかった。


 テントを張り終わったころには、辺りはほとんど真っ暗だ。

 LEDランタンのスイッチを入れ、テントのフレームに吊るす。地上で試したときは眩しいくらいだったのに、いまはどことなく頼りなく感じる。

 私たちの他にも泊まり客が1組いるようで、離れたところにぼんやりと光るテントが見えた。


「じゃ、そろそろ夕飯作ろっか」


 ランタンの明かりを頼りに、キャンプ用の小型コンロを2つ並べ、1つに鍋を置き、1つに飯盒を置く。


「みゆきちゃんが任せろって言ったから何も用意しなかったですけど、何作るんです?」

「じゃじゃーん! これを見たまえ!」

「あ、カレールー」

「キャンプと言えばね、やはりカレーではあるまいかね?」

「安直ですけど、否定はできないですね」


 肉や野菜はあらかじめカットしてジップロックに入れてきた。

 あとはこれを煮てカレーを仕上げ、炊いた無洗米にかければ完成だ。


「でも、量が多くないですか?」

「すなわち、お代わり自由! ごはんが足りなくてひもじい思いをするよりずっといいでしょ?」

「そりゃそうですけど、残ってもゴミ箱とかないですよ」

「そこは男子、がんばりたまえよ。女子の手料理を残すなど許されない暴挙だ」

「ええ……勝手だなあ……。まあ、がんばりますけど」


 雑談をしている間にも、煮えた野菜のいい香りが漂ってくる。

 そろそろルーを入れてもいいかな……という頃だった。


 ――ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃばしゃばしゃ


 激しい水音が、近づいてくる。


「な、何の音?」

「湖の方ですね。ちょっと照らしてみます」


 ツカサが懐中電灯を取り出し、スイッチを入れた。

 白い光条に照らされた湖面が、不気味にうねっている。

 目を凝らすと、細長いものがこちらに向かって泳いできているような――


「みゆきちゃん! 危ないっ!」

「きゃっ!」


 ツカサに突然突き飛ばされ、私は尻もちをついた。

 湖から飛び出した黒い何かが、私のいた場所を通り過ぎていく。


「何これ!? 蛇!?」

「ええ、それも特大のやつですね。危ないから下がってて」


 ランタンの明かりに照らされたそれの正体は、真っ黒な鱗をもつ大蛇だった。

 私の腕よりもずっと太いそれは、鎌首をもたげてシュルシュルと肉色の舌を出し入れしている。


「ボクが気を引きますから、スプレー、お願いします」

「わ、わかった!」


 ツカサが十尺棒を持って大蛇を牽制している間に、私はテントに入って荷物からモンスター撃退スプレーを引っ張り出してくる。思いっきり吹きかけると、大蛇はイヤイヤをするかのように首を振り、逃げ出していった。


「はは、すごい。モンスターやっつけちゃったよ……」

「とても武勇伝にはならなそうですけどね……」


 膝から力が抜けて、地面にへたり込みそうになった私をツカサが支えてくれる。

 華奢な体つきだと思っていたのに、その腕や肩は想像していたよりずっとたくましかった。


 ――ばしゃばしゃ


「「えっ!?」」


 ほっとしたのも束の間、またも水音が響く。

 私はびくっとして思わずツカサに抱きついてしまう。


 ――ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃ、ばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばしゃばばばばばばばばばばばばばどどどどどどどどどどどど


 水音が、勢いを増して迫ってくる。

 暗い湖面が、津波のように盛り上がっている。


「こ、これ、やばくない?」

「に、逃げましょう!」

「おい、夜中にやかましいぞコラ」


 手に手を取って逃げ出そうとした瞬間、背後から聞き覚えのある声がした。

 暗闇にゆらゆらと揺れる真紅の長髪。強い意志を感じさせる鋭さを持った瞳。右手に片手剣を持ってやってきたのは――リョウガ君だった。


「オオミズチの群れにかち合うなんて、なかなかおもしれーことになってんな。どうする? 手出ししていいのか?」

「ももももももちろん! た、助けて!」

「お願いします!」


 リョウガ君は「おう」と、ぶっきらぼうに返事をすると、右手の剣を無造作に振るった。

 どういう仕掛けなのか、剣から炎の斬撃が放たれ、津波の前で爆発した! 熱風がこちらまで届き、思わず目をつむって短い悲鳴を上げてしまう。


 そして、恐る恐る目を開けると、すぐそばまで迫っていたはずの津波が消え去っていた。


「オオミズチは炎とデカい音に弱いからな。火炎魔法で脅かしてやれば、すぐに逃げちまうよ」

「す、すごい……あっ、助けてくれてありがとう!」

「あ、ありがとうございました!」


 私とツカサが揃って頭を下げると、リョウガ君はどこか照れくさそうに鼻をかいた。


「ふん、ダンジョンじゃ助け合いが基本だからな。気にすんじゃねえよ。ところで、なんであんな群れに襲われたんだ? 退魔香はちゃんと焚いてるんだろうな?」

「う、うん。夜はモンスターが活性化するっていうから、2ついっぺんに」

「そうか。じゃあ、何か変わったことはなかったか? 高尾ダンジョンであんな大群が出るなんて滅多にあることじゃねえ」

「変わったこと……あっ、宝箱! 蛇の彫刻がついた短剣拾ってた!」


 布にくるんでリュックにしまっていた例の短剣を取り出すと、リョウガ君がそれを手に取りまじまじと観察する。


「ふうん、なんかのエンチャントがついてるみてーだけど、たぶん呪われてんな、これ」

「えっ、呪いのアイテムなの!? せっかくいいもの拾ったと思ったのに……」

「アンコモンか、下手したらレアかもな。物は悪くねえ」

「でも呪いのアイテムなんか価値ないでしょ?」

「いや、研究者や好事家は高値で引き取ることがあるぞ」


 リョウガ君は「ちょっと待ってろ」と言い残すと、離れたところにあったもうひとつのテントに向かって歩いて行く。私たち以外にも泊まり客がいると思ったら、リョウガ君がソロキャンしてたのか。

 少しして、リョウガ君が手提げ袋を持って戻ってきた。


「とりあえず、この短剣は封印する。これで一晩くらいは大丈夫だろ」

「封印? 魔法とかそういうの?」

「いや、こうする」


 リョウガ君は短剣をラップでぐるぐる巻きにすると、さらにその上から銀色のアルミテープをがちがちに巻き付けた。


「魔物を呼ぶタイプの呪いは十中八九、臭い、音、電磁波のどれかで魔物を誘引する。こうやって厳重に保管しちまえば無害化できるんだよ」


 リョウガ君は私が野菜を入れていたジップロックに目をつけると、最後にそれに短剣をしまってぴっちり封をした。

 呪いの封印ってそんなのでいいんだ……おばあちゃんの知恵袋みたいだなと、くすりと笑ってしまう。


「なんだお前? あんな目にあったばかりで笑ってんのか。やっぱり度胸があるな」

「みゆきちゃんは変なところでネジが外れてますからね……」

「ネジが外れてるって何!? それにリョウガ君も『やっぱり』って何!? 私はか弱い女の子なんですけどー!」

「か弱い女の子は1年のときから一人で同好会立ち上げたりしねえだろ」

「文学に対するほとばしる情熱がか弱い女を突き動かしたのだっ!」

「ははっ、なんだそりゃ。やっぱりおもしれーやつだわ。ところでよ、その飯盒は大丈夫なのか? ちょっと焦げ臭せぇぞ」

「あっ!」


 慌てて飯盒を火から下ろす。匂いの感じは……たぶん大丈夫。いくらかお焦げが多めに出来るくらいだろう。

 鍋も一旦火からおろして、カレールーを割って溶かす。


「そういえば、リョウガ君は夕飯まだ? お礼に手料理をごちそうするよ」

「ボクたちだけじゃ食べきれないくらいありますしね」

「くれるってもんを断る理由はねえな。お呼ばれするよ」


 リョウガ君は乱暴な物言いをするが、たまに育ちの良さがにじみ出る。「お呼ばれする」とか、私でも口に出したことがない。

 そんなちょっとしたことにおかしみを感じつつ、出来上がったカレーをみんなに取り分ける。家じゃよく料理をつくるけど、キャンプ飯は初体験だ。ドキドキしながら一口目を頬張る。


「んー! おいしい! 外で食べるごはんってなんでこんなおいしいんだろうねえ」

「みゆきちゃん、料理だけはホント上手ですよね」

「『だけ』は余計よ。小説の腕だってめきめき成長中なんだから!」

「あっ、そういえばそろそろ更新時間。書き溜め大丈夫です?」

「バッチリよ。あとは公開ボタンを押すだけ。あ、でもちょっといじりたいな。せっかく生ダンジョンを体験したんだし」

「慌てて直すと誤字脱字が増えますよ」

「でもさあ、ライブ感って重要だと思うんだよね」


 私とツカサはカレーを食べつつ、片手でスマホをいじる。

 そういえばよくこんなところまでアンテナを敷いたな。通信会社の努力に感謝だ。


「よし、更新っ! 会心の出来! これは一気に読者増えちゃうなあ」

「そうなるといいですね。ボクも更新完了です」


 ひと仕事終えたところで、文芸部活動に夢中になってリョウガ君を蚊帳の外にしてしまっていたことに気がついた。リョウガ君はリョウガ君でスマホをいじって何かしている。


「ごめん、こっちの話に夢中になっちゃった。カレー、お代わりいる?」

「ああ、もらおうか。ところで、こことここ、誤字あるぞ」

「えっ、マジで? ……って、なんでリョウガ君が私の小説読んでるの!?」


 リョウガ君が見せてきたスマホの画面には、私の小説『わふもふコボルトと行くダンジョン探索記』がたしかに表示されていた。お気に入り登録者数2名という、私の最大記録を誇る連載作品である。


「そりゃ昼休みや放課後にいつも騒いでたからな。どんなの書いてんだか気になったんだよ」

「へえ、読んでくれてありがとう! ねえねえ、感想教えてよ! 好きなキャラとかいる?」

「あー、そうだな……」


 リョウガ君はしかめっ面になって腕を組んだ。


「コボルトはかわいい。以上だ」

「えっ、それだけ? いいんだよ、気になったこととかなんでもさ」

「何でもか……。まず主人公の剣士だが、剣士のくせに戦い方がなっちゃいない。装備選びからして素人丸出しで、戦術にもリアリティがない。こんなやつと深層に潜ったら足を引っ張られて間違いなく死ぬ。それからパートナーの魔術師だが――」


 がっつりダメ出しが続き、私は涙目になった。

 そして禁じ手の言葉を吠えてしまった。


「うぐぅ、そこまで言うなら自分で書いてみなさいよ! 小説がどれだけ難しいかわかるんだから!」

「……書いてんだよ」

「えっ!? いま、なんて?」

「だから! 書いてるっつってんだろ!」

「マジで!? どんなの書いてんの!?」


 リョウガ君は赤い髪をがさがさと掻いてから、スマホの画面を切り替えた。

 ほう、タイトルは『ダンジョンの行商人』。ふっ、シンプルすぎるな。生き馬の目を抜くWeb小説界でこんなタイトルで読まれることはあるまい。ペンネームは山田太郎。雑か。お気に入り登録者数を確認してみると――


「ひゃ、104人!?」

「おお、リョウガ先輩すごいですね!」

「お、おう。けどランキング上位なんか数千、数万が当たり前だからな。自慢できねえよ」


 お気に入り数一桁、二桁の世界で一喜一憂していた私とツカサに、この謙遜は逆に刺さった。漫画だったら二人そろってゴフッと血を吐いてる演出が入るやつだ。

 しょ、小説は数字を比べ合うものじゃない。しかし、この話題を続けると私とツカサの精神がもちそうにない。と、とりあえず話題を変えてみよう。


「そ、それにしてもリョウガ君が小説書いてるなんて意外だね。有名人なんだし、自分のSNSとかで宣伝したらもっと読者が増えるんじゃないの?」

「あー……それが嫌なんだよ」


 リョウガ君は、言いにくそうに続けた。


「俺が何をしても、いちいち鳳凰院家の名前がついて回る。俺がやってることなのに、鳳凰院の名前で評価されるんだ。実際、中学までは親父の言いなりでなんでもしてきたしな……」


 名家の御曹司には、それなりの悩みがあったってことか。

 学校のスポーツ大会で活躍する姿や、ダンジョンの動画しか知らないから想像もしなかった。


「それで、高校に入ったら、お前が文芸部を作るっつって毎日騒いでただろ。一人でよくやんなあと思ったよ。だけどよ、匿名で小説を書けば、家のことも、親父のことも関係ねえなって思ってな……ああ、なんでこんなこと話してんだ。この話はこれで終わりだ。おら、お代わり寄越せ」


 リョウガ君は黙ってカレーをがつがつとかき込む。

 途中でむせたので、水を渡してあげた。


「それにしても、どうして高尾ダンジョンなんかに来たんですか? 普段はトップチームと深層のアタックしてるんですよね?」


 どことなく冷たい口調でツカサが尋ねる。どうした、なんで急に不機嫌になった?


「新しい装備の慣らしだよ。普段はHO-OHホウオウのやつしか使えねえからな」


 改めてリョウガ君の格好を見てみると、HO-OHホウオウの製品がひとつもない。


「なるほどー、それで喫茶店でバイトしてたんだ。自分のバイト代で稼いだお金だけで装備を揃えたと」

「そういうことだ」

「へー、なんかいいじゃん。青春ってかんじ」

「うるせえ、からかうな。おら、お代わりくれ」


 リョウガ君が頬を赤く染めつつ再びスプーンを使う。

 さすがは見事な食いっぷりだ。


「でも、わざわざ高尾ダンジョンじゃなくてもよかったんじゃ? リョウガ先輩のレベルだと、岩殿ダンジョンとか、雲取ダンジョンとか、せめて中級者向けじゃないと慣らしにもならないんじゃないですか?」


 うーん、ツカサが妙に突っかかるな。ほら、君にもお代わりをあげるから機嫌を直しなさい。


「お前らに話して懐かしくなっただけだよ。ガキんときに何度も潜ってたからな。たまたまだ、たまたま」

「本当にたまたまなんですか?」

「た、ま、た、ま、だ」


 ツカサは一体何に引っかかってるんだろう?

 それに答えるリョウガ君も、なんか隠し事をしているような、言い訳をしているような雰囲気がある。

 なんだろう、男子同士じゃないと伝わらないコミュニケーションってやつ?


 ま、わからないことは放っておこう。

 それよりも、いまは祝うべきことがある!


「ともあれ、これで我が文芸同好会は無事3人目の部員を得たわけだね。部室獲得まであと2名だ!」

「は? お前、何言ってんだ?」

「え? まさか、リョウガ先輩を入れるんですか?」

「当然じゃん。私の影響で小説書いてるんだから、もはや実質文芸部員でしょ。明日、入部届を渡すね」

「ばっ、俺が文芸部に入ったら小説書いてるってもろバレじゃねえか!」

「そうですよ! 部員ならボクだけでも十分……じゃなかった。無理やり入部させるなんて迷惑ですって!」

「えー、誰が所属してるかなんて先生にしかわかんないんだしさ。大丈夫大丈夫。ペンネームだって公表しなきゃいいんだし」

「あ……それなら大丈夫なのか?」

「リョウガ先輩も流されないでください! 絶対ファンに突き止められますよ!」


 そんな感じでわーぎゃーしながら、初合宿の夜はにぎやかに更けていくのであった。


(了)

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ゆるダン! ~わんこ系ナマイキ後輩男子と共に、ゆるっと潜る現代ダンジョン~ 瘴気領域@漫画化してます @wantan_tabetai

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