その耳をかじってしまえばいいのだろう

よなが

本編

 現時点で自分がサディストではないのを確信していても、どうにか検証しないことには苛まれ続けてしまう。

 

 椎名優子しいなゆうこがそう結論付けたのは、夏休みの終わりのことだった。厳密に言うのであれば、優子にとっての夏休みはあと一カ月足らずほど残っている。彼女が一年余り通っている大学においては九月の下旬までがいわゆる夏休み期間とされるからだ。つい先日、優子とは別の大学に通う彼女の高校時代の友人に羨ましがられたばかりである。その友人の大学の夏休みはもう少し短い。

 

 では誰にとっての夏休みの終わりか。他の高校時代の友人ではない。

 ある意味でもう少し近く、人によっては全然遠いと認識する間柄にある人物。




 まだ日の沈みきっていない午後六時過ぎ。

 閑静な住宅街の隅、自動販売機の前に立つ少女。ボーダーカットソーにハーフパンツ。胸元までかかる長い髪を束ねずに垂らしており、両耳はすっぽり隠れてしまっている。ずっとそうしていてほしいと、優子はここ数日は切に願っていた。


「もう諦めなよ」


 少女の横顔に向かって、優子が言葉を投げかけた。ほんの二、三歩の距離だというのに妙に距離を感じているのは優子だけで、少女はその声にすぐさま反応して「あと、もう一回だけ」と優子を見ずに返答する。

 

 優子は黙って成り行きを見守る。はじめからそうするべきだと思ってもいたのに、ついうっかり声をかけた彼女は自身に苛立ち、少女に聞こえない程度に舌打ちする。


 投入口に五百円硬貨を入れてもお釣りとしてそのまま出てくる。少女はそれをもう十七回繰り返している。彼女の年齢より二つ多い数だ。

 最初の数度は普通に入れ直した。それから、ゆっくりと入れてもみた。願いを込めるようにそっと入れてもみた。銃弾を詰め込むかのような心地で入れもした。目にもとまらぬ速さで入れようと試みだってした。

 

 でもその自動販売機は少女の持つ五百円硬貨を認めてくれないのだった。

 言わずもがな、問題があるとすれば硬貨そのものか機械かの二択であり、硬貨の所有者たる少女には何の罪もない、そのはずだ。理屈としては。


 十八回目――――。


 同じ音がした。

 釣り銭口に硬貨が落ちる音。


理紗りさちゃん、もうよしなよ」


 半歩近寄って優子が言う。


「でも……」

「意地張りすぎ。そろそろ帰ろうよ。あんまり遅いと怒られる」

「兄にそんな度胸ないですよ。優子さんに怒るだなんて。付き合っていた時にも怒ったことなかったんでしょ?」

「それはそれ、これはこれ。私が心配しているのは親御さん」

「まだ帰ってきていませんよ、たぶん」

「たぶんじゃ困る。せめてスマホを持ってきてくれていたら」

「書置きでもしておけばよかったじゃないですか。ううん、優子さんが財布を持ってきてくれていたら、こんな惨めなことにならなかったのに」

「今更よ。ほら、帰ろう」

「はぁい」


 間延びした口調で返事をした理紗。小銭入れを取り出す。自販機では役に立たない一円玉や五円玉はけっこう入っていた。頼もしげに取り出した五百円玉だったが、それを溜息まじりにしまうこととなった。

 

 優子が歩きだす。理紗はその隣にはいない。数歩の距離を保って後ろをついてくる。目指しているのは理紗の自宅であるのに、先導するのは優子。

 この夏、こうした奇妙な夕暮れの散歩を何度かしているが、最後まで慣れなかったなと優子は思う。そして煩わしくなる。自分の中に湧き上がるある欲求が。


 優子が原田宏はらだひろしから、彼の妹で中学三年生の理紗の勉強の面倒を見てくれるよう頼まれたのは、宏と別れてから半年してのことだった。理紗の夏休みの間だけでいいと。

 ちなみに報酬は優子が好きなバンドのライブチケット。交通費付き。優子は二つ返事で快諾した。


 同じ大学のそれぞれ別の学部に所属している優子と宏は、大学一年生の冬にアルバイト先で知り合った。そして宏から告白して交際を始めた。しかし春を迎えずして二人は別れた。以来、友人関係にある。

 彼らはおよそ恋人同士らしい特別なことをしなかった。交際してからデートを数回してみて、あとはアルバイト先で仲睦まじく働いただけである。

 

 ちなみに別れを切り出したのは優子で、それに「だよなぁ」と平然と応じた宏であった。優子が仕事でミスをして、それを宏がフォローして、それでちょっといい雰囲気と呼べるものが間に流れたから、つい告白してみたに過ぎず、どうも宏の側も優子を恋愛対象として見続けることはできなかったようである。

 交際経験がなく「いい機会だから」という勢いで了承した優子も優子であるが。

 この話を聞いた優子の友人は「なにそれ」と言って、それから「まぁ、優子っぽいかも?」と感想を述べた。


 優子は理紗の足音を聞き、その気配を確かめながら歩く。もしも彼女が不意にどこかへ姿を消してしまえば、監督責任を問われてしまう。

 静かな路地に鈍く響く二人の足音はやがて重なる。自然と。どちらかがそうしようと意識したわけではないのに。

 

 なぜ理紗が一学期に学校にほとんど行かなかったのかを聞きそびれたままであることが優子の気を滅入らせた。

 

 もとより宏からは「面倒見るの、勉強だけでいいよ」と言われている。

 年下の女の子が抱える不登校事情、その原因究明やら真相の解明やら改善・対策を担うなんてのは優子には不向きな自負がある。

 とはいえ学習指導という名目であっても、同じ空間に夏休みの間中そこそこ長く一緒にいたのだから、話を弾ませ、そこまで聞き及んでもよさげではあった。

 もしもそのまま「どうして不登校になったの?」と訊けば、理紗は答えてくれるだろうか。今でも遅くないだろうか。

 けれど、知ってどうする? 優子の頭ではこの夏何度も同じ問答が繰り返されていた。その帰結はいつも「自分が関与しなくてもいいはずだ」というもので、それを彼女は自分に言い聞かせていたのである。


 それとは別に問題がある。

 それは不意に姿を現した。深海に沈んでいたのが浅瀬にまで浮かんできて、やがて陸に上がらんとするかのごとく。優子にとっての、理紗に関するある問題が。

 

 原田家に到着すると、さすがに二人の距離は縮まる。並んで歩いているところを目撃されると同級生に説明する際に困るから、というのが理紗が優子の隣を歩かない言い分であった。

 たしかに兄の元カノという立場は正直に明かすと、打ち明けられたほうが反応に困ってしまう立場だろう。困るだけで、それ以上は何もないと思う、つまりはさほど好奇心をそそられるような関係性ではないとは優子はみなしている。実際は知らない。

 嘘をつけばいいのに。家庭教師のお姉さんだって。これはある意味正しく、まるっきり嘘でもない。

 

 もしかすると、と優子は疑いもする。

 隣を歩きたくない別の理由があるのでは、と。ひょっとして理紗は自分が苛まれている衝動を本能的に察知しているのではないかと。まさか。それはないと優子は不安を打ち消す。


 理紗が鍵を使い、玄関の扉を開く。

 履物から察するに母親は帰宅していない。兄である宏は男友達と遊びに出かけていてまだ帰ってきておらず、父親は遅くに帰ってくる予定だった。

 優子は理紗の部屋に入ると、出しっぱなしになっていた参考書の類をバッグにしまい、そのまま肩に提げる。

 冷たい麦茶をひとりで一杯飲んできた理紗が後から部屋にくる。


「宿題の残り、あともう少しあるよね。ちゃんと終わらせて提出するのよ」


 ベッドに腰掛け、まるで大仕事をしたあとみたいに大きく伸びをしている理紗に向かって優子は忠告する。

 膨大な量の夏休み課題は、三日に一度以上の頻度で原田家に通った優子のおかげで大部分が消化できていた。せっかく時間をかけたからには、その成果というのをまずは形として学校に持っていき、そしてテストの点数として出してもらいたいものだと真剣に思う優子だった。


「もう帰っちゃうんですか」

「ええ、そうよ。それに」


 今日で会うのは最後になるわね、と優子は喉元まで出かかったその言葉を飲み込んだ。ただ、何も言わずに去るのもな、と思い直した。


「それに、えっと……楽しかったわ、私にも妹ができたみたいで」

「それにしてあんまり楽しそうにしていませんでしたよ」

 

 唇を尖らす理紗だったが、少し間を置いてニヤリと笑う。


「兄と結婚したら、ほんとにお姉ちゃんって呼べますね」

「しないわよ」

「即答ですか」


 別段、驚いたふうでもなく理紗が言う。

 優子は肩に提げたバッグをもう一度、床にそっと下ろした。でも座りはしない。

 手持無沙汰に髪を指で掬い、軽く弄りはじめる。理紗と違って、肩にかからない長さの髪だ。癖っ気が強く、その点では理紗のまっすぐな髪を羨ましくも感じる。

 

 不登校と言っても、衛生面にだらしなくなってしまう引き籠るタイプではないのだと宏に聞かされていた。たしかに優子にとっての理紗の第一印象は身繕いの小奇麗なか細い子というものだった。勉強するときは髪をヘアゴムで束ねているのも、その印象を作る要素となっていた。

 ついでに言うなら勉強終わりに散歩しましょうと言い出したのは理紗である。外の空気を吸うことを部屋で涼むのと同じぐらいに大切なふうに思っているみたいだった。


「復縁はあり得ないんですねー」

「うん。ああ、でも勘違いしないで。あいつ、けっこうモテるから。だから、理紗ちゃんがお姉さんと呼ぶに相応しい人、もしくは呼ばないといけなくなる人とは、案外、早くに会えるかもね」

「優子さんみたいな人だったらいいな」

「変なお世辞はよしてよ。私、勉強教えただけじゃない。あと、散歩の付き添い」

「あれこれと詮索してこないんで、逆に助かりましたよ」

「へぇ」


 最後だから教えてくれる? 優子はその言葉をまた飲み込んだ。でも顔に出ていたからか、理紗は微笑みを崩して不安げに「聞きたいですか?」と問う。

 数秒の沈黙の後、口を開いたのはまたも理紗だった。


「大した話じゃないんですよ、実は。学校に行かなくなった理由」

「私としては二学期から行くというのをここで聞ければ、そうね、約束してくれたらそれで安心する。だから、無理に話してもらいたいとは思っていない」


 ベッドの中ほどに腰掛けていた理紗が、枕元の側へ座り直した。優子を手招きして「座って話しませんか。聞くだけ聞いてくださいよ。そうしたら、私、二学期から学校に行くって約束しますから」とぎこちない笑みをみせる。

 優子は促されるがままに、彼女の隣、ベッドの足を置く側に腰掛ける。

 

 いつもは部屋の中央にこれ見よがしに置かれたテーブルに向かい合ってクッションの上に座る二人だ。いわゆる勉強机は別にあり、そのテーブルは宏がどこからか買ってきた新品だ。優子たち二人は、それが簡素なつくりの安物ではなく無駄に立派なことに対して彼に半ば呆れ、もう半分は憎めないやつだなと思ってもいた。


「二年生の終わりに私、告白してフラれちゃったんですよ」

 

 理紗が切り出す。

 淡々と話そうとしている。でも声が震えてしまっている。

 きっと事情をはっきりと誰かに説明するのは初めてなのだろうな、と優子は思った。そのうえで、ありふれた話であるのだとみなした。色恋沙汰。痴情のもつれ。

 優子も、中高生であった頃、傍観者として何度も見聞きしてきたものだ。


「相手が悪かったんです」


 戦いに敗れてしまったような物言いをする理紗、その瞳に浮かんだ哀切な色合いに優子は励ましの言葉を練っていた。

 ような、ではなく理紗にしてみればそれは戦いであったのだ。だから、休息が必要となった。そういう道理なのだと優子は信じた。


「三年生の先輩で、もう卒業しちゃったんですけど、それは不幸中の幸いでした」

「そう」

「でも、こうも考えるんです。そういう形で離れ離れになるからこそ、あの人はあんな言い方したのかなって。無遠慮にああも、私を切り捨てたのかなって」


 切り捨てる。それは元々は繋がっていたのを暗に意味している。

 分が悪い、ようは手の届かない憧れの先輩に愛の告白をしたのとは違うみたいだと優子は思案した。相手が悪かった、でもそれまでに交友は重ねていた?


「優子さん、ここからは兄にも秘密ですよ?」


 ここまではいい。つまり告白してフラれたことについては。

 そう示した理紗に優子は妙に心をざわつかせつつも「わかった」と頷いた。


「相手は同じ部の先輩だったんです」

「え? 理紗ちゃんってたしか――――」

「女子バドミントン部です。あ、うちはバドミントンって女子しかないんですけど」


 理紗が笑おうとしてそれがうまくできずにいるのが優子は痛ましく感じた。そして優子は理紗がついさっき口にした「あんな言い方」というのを、そして「切り捨て」を、具体的な台詞や身振りまでもを想像してしまった。端的に言うなら嫌悪と拒絶。そして差別。


「優子さん、そんな顔しないでくださいよ。いつもみたいに凛としていてくださいよ。じゃないと、惨めですよ、私。自販機に五百円が拒まれちゃうことの何倍も」

「ごめん。……その先輩に、心無いことを言われたのね」

「しかたないですよ」


 理紗が肩をすくめる。そして訥々と言葉を紡ぎ始める。


「仲のいい同性の後輩から、いきなりヘビーでグロテスクな愛情を、それも志望校合格直後の心が晴れ晴れとしているときにぶつけられたんですからね。通り魔みたいなもんですよね、ほんと。どうかしていました。

 髪を褒められたのがきっかけなんです。好きになったの。他の子たちは邪魔になるから切ったらなんて言ったんですけどね、あの人は綺麗だからもったいないって。そんなやりとりから、しだいに後戻りできない想いを私は……。

 ぜんぶ、わかっていたんですよ? 私がほしい答えをぜったいにあの人はくれないって。万に一つも勝ち目ないって頭で理解していたんですけどね。勝ち負けで考えている時点でダメなのかもしれませんね。少なくとも優子さんと兄との間に、そういうのなかったそうですし、ははは」


 渇いた笑いに対して、理紗の瞳は潤む。

 優子は隣に座る彼女の声がしだいに揺れ、定まらず、心の在り様をそのままに映し出して、空気を弱々しく震わせていくのに耳を塞ぎたくなりさえした。

 さっさと立ち去ればよかった、笑顔で別れを告げてそれで終わればと思ったのは一瞬で、その後悔と理紗が抱いているであろう後悔とが微かにでも重なったのを感じた時に優子は静かに泣きはじめた理紗の肩を抱き寄せていた。

 年下の女の子を慰める。この夏、多くの時間を一緒に過ごした彼女を。


 


 そこまではよかった。

 優子は後になって、すなわち冷静になってから振り返る。

 

 客観的に。そのとき、その部屋を。何もおかしな風景ではなかった。理紗の失恋というのが、相手が同性であったとしてもそれがおかしいとは思わなかった。そういう人たちがいるのを優子はわかっていた。当事者でないからこそ、差別意識は微塵もなかった。


 優子は理紗の耳元に、優しい言葉を囁こうとした。

 そうするべく、彼女に適切に、場に応じた言葉を届けるために、ただそのことを考えて、優子は理紗の肩を抱き寄せた。

 

 それなのに、それだけだったのに。


 不意に理紗が髪をかきあげる。自然に。痒みでも生じて、それを払いのける生理的で、反射に等しい動作。

 

 そして露わになる彼女の右耳。

 それを優子は目にする。逃れられない。

 

 ふっと。優子から力が抜けた。理紗を、抱き寄せることができなくなる。

 芽生えていた親愛が壊れる。理性が奪われる。

 なぜと問われても、優子にはわからない。

 すべてが終わってしまったあとでなお、彼女は理由がわからない。


 優子は


 より詳らかに言うと、優子はその耳を穢したいと、齧ってしまいたいという欲求を募らせていた。

 その夏、どのタイミングでその異常な性欲、あたかも加虐的な欲求に身を堕落させたのか優子はもはや知り得ない。

 気がついたら、勉強を教える傍らでその耳、それに視線が行き、そこに齧りつきたい自分自身を発見し、戦慄していた。

 たしかに綺麗な耳だ。量産されてなどいない、はるか古の神秘的な美を感じさせる。そんな大それたイメージを抱いた自分を笑い飛ばせない優子であった。


 耳以外はどうなのだと優子が真剣に考え始めないといけなくなったのはここ数日だった。もはや目を背けていられなくなったのだ。加虐嗜好すなわちサディズムの覚醒と結び付けて検討するようになった。確かめないといけないと優子は思った。

 そして優子はサディスティックな衝動に駆られているのは、あくまで理紗の耳を対象としている状況のみであり、それをして自身はサディストでないとひとまず判断した。ただ単純に理紗の耳が非凡であるのだと。そんな話を彼女自身からも兄の宏からも聞いた試しがなくとも、そう思うしかなかった。

 

 その耳に触れたい。刻みたい。残したい。痕を。消えない痛みを。

 愛撫ではない。慈愛を持って飴玉を舐めるように舌を這わせたいのではない。

 

 その耳を齧り取ってしまいたい。繋がれたままなのが正常であるはずのそれを、あどけない少女に正当に付随し機能するその器官の外貌。切り捨てるのではなく、自分のものにしたい。

 

 優子は理紗に勉強を教えている間に、何度も唾を呑みこんだ。

 欲望を抑え、疑い、鎮めた。

 

 仮初の証明では気持ちが晴れず、苦悶し続けるのは予感していた。

 ただ、もうすぐ理紗とは会わなくなるからと割り切ってもいた。


「――――痛っ!」


 優子が彼女の本来在るべき意識を取り戻したのは、理紗の右耳に歯形をつけ、そして彼女の苦痛な声が頭にこだましたそのときになってからだった。


 理紗が優子を見る。その目にまず恐怖があった。見つめ返す優子の目にもそれがあった。それで理紗は恐れることをやめた。未知のものでなくなったことで、怖さは失せ、むしろ得心して口角が上がりすらした。


「なぁんだ……優子さんも、なんですね」


 理紗の言葉に優子は恐れが増した。理紗が優子の突拍子もない行動に、彼女なりの道義を見出して納得を示したのに対して、優子は己の行いに未だ、あるべき解釈を見つけられずにいた。


「左には興味ないですか?」


 そう言って、理紗が左の耳を裸にしたのが優子には許せなかった。

 

 優子は自分が年下の女の子相手に、唐突にその片耳に噛みついて、それを受け入れられてしまったのが、しかももう片方も曝け出されて誘われている、この事実をこの上ない屈辱だと思った。


 声にならない悲鳴を情けなく上げて、優子は理紗をベッドに押し倒す。

 華奢な身体は抵抗なく横たわった。

 そうすると視線がそれまでと異なる様相でぶつかる。

 吐息のかかる距離。優子は理紗の瞳の奥をほぼ真上から覗き込む。そこに得たいのは優子自身の姿であったが、自分が落とす影でそれは叶わない。


「いいですよ」


 理紗が微笑み、発するのは官能的な声。

 小奇麗どころか小悪魔だ、優子はそんなふうに理性を朦朧とさせた。

 

「めちゃくちゃにしてください、私のこと」


 優子はその声を確かに聞いた。

 

 ――――この子の耳は私を惑わせ、淫らにした。私の耳やそれ以外が誰かをそうしないと、どうして言えるだろう?


 誰も答えてくれなかった。 

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