最終話 レベル9999の悪役令嬢
翌朝。トーストと卵焼きをいただきながら、わたくしはぼんやりと過ごします。目は腫れぼったいですが、良子様は何も言いません。彼女にもお仕事などがあるのではないかと思いましたが、どうも『求職中』とのことで今はお休みの最中だそうでした。
「この年齢になるまでさ、夢を追いかけるとか結構いい加減な生き方をしてきて、ようやく就いた仕事はブラックだしで本当にろくなことがなかった。それでテンキラにハマったりしてさ、二次創作を追いかけたり考察サイトに回ったりするのが本当に楽しかった。ゲームの中で酷い目に遭っている人たちを見て楽しむなんて、ちょっとアレだけど、頑張ってあがいて必死に生きる人たちの姿って、なんだか勇気を貰えるような気がしたんだ。たとえ復讐に身を落とした悪役令嬢でもさ」
どう答えていいかわかりませんでしたが、「良子様の助けになれたのなら、きっと少しは彼女も報われますわね」と応じておきました。物語の中のアンドロメダはわたくしであって、わたくしではない。今の自分がこれからどう生きるかはわたくし次第です。
ヒューベルトは必ず目覚めさせます。物語の理なんかには決して縛られません。たとえ涙が枯れ果てようとも、負けるわけにはいきません。あの魔界での日々によって得た妙な回復力とたくましさのようなものが、わたくしを支える力となっていました。
とは言え、現在のわたくしに出来るのは良子様のお世話になりながら、ひたすらにゲームをプレイするだけなのですけれど。
この世界とわたくしたちの世界の相関関係はいまだ不明です。ゲームの中から出てきたわけではありませんし、自分の生きてきた世界が作りものだとはとても思えません。わたくしたちには自由意思があり、物語の筋書きから離れた出来事もたくさんありました。ただ、明らかにゲームそのものの部分もあり、人間にはあずかり知れないところで奇妙な力が働いているのは間違いない気がしました。
冷静に考えてもさっぱりわかりませんが、そこはそういうものだとでも思うよりほかないのかもしれません。理解できない現実は、しばしば突然人間を襲うもの。理不尽なのも人生の内です。
「アン、アンドロメダ、ちょっと見て!」
良子様に呼ばれ、彼女の元へ向かいます。なにやらテレビを小さくしたような板の中で『天に綺羅めく絆』のイラストが映っていました。なんですの、これ。
「DLC追加コンテンツの情報なんだけど、スタッフインタビューで『魔界』のことを話してる!」
そのパソコンの情報と、彼女に説明していただいたお話を総合すると、以下の通りでした。
元々『天に綺羅めく絆』では構想として悪役令嬢アンドロメダを主役とした外伝が収録される予定だった、とのこと。
魔界に堕ちた彼女を操って魔王の元に向かうという戦闘要素があり、実際の作品では納期の問題とシナリオ上の兼ね合いからやむなく没にした部分と言うことでした。けれどデータ上には途中まで作ったダンジョンや没データがあり、ユーザーからの要望もあったため、追加コンテンツの一つとして更にシナリオを強化した『悪役令嬢の救済』を描く予定とのことです。
魔王様のイラストや、アンドロメダの前に立ちはだかる真の黒幕であり、愛するヒューベルトの魂を捕らえている『大魔王』の存在が示唆されていました。彼女は彼を助けるために魔王の助けを借りて魔界の最深部へと向かっていく……そんなストーリーとなるそうです。
そういえば、魔王様がそんなような話をしていましたわ。「行きたいなら送ってやろう」と台詞までそのままのゲーム画面が掲載されています。
「良子様、わたくし、これ心当たりが……」
「つまり、大魔王を倒せば彼を助けられるってことよね!」
わたくしたちは抱き合って、その降ってわいた『救いの道』を喜び合い、神様に感謝しました。理不尽であまりに救いのない世界ではありますけれど、ときにはすごく大ざっぱで出来過ぎているほど人を幸せにもするものだと、そんな風に思えます。
ヒューベルトを助ける糸口も見つけましたし、一度元の世界に帰ることにしました。これからの道のりはそれなりに険しく、恐らく長い戦いとなるでしょう。そのための準備やまた魔王様のお力を借りなくてはいけません。さすがにお世話になりっぱなしで心苦しいですわ。せめて、こちらの世界でお土産でも用意して持って帰って差し上げなければ。
最後の日、良子様といっしょにお出かけをさせていただきました。服は彼女のものを借りて、髪型を変えこの世界でもあまり違和感のない格好をします。
「でも滲みだすオーラと言うか、雰囲気が違うわ。美人はどこまでも美人ね」
「いやですわ、そんなこと言われましても」
魔王様へのお土産はゲーム中に貰うと彼が喜ぶというチョコレート菓子にしました。お金は良子様に立て替えていただくことになりましたが、一応わたくしたちの国の金貨をお渡ししておきます。
「売れば高値が付くかも……でも売るのもったいないわぁ。一生の宝物にしちゃう」
喫茶店で二人してタピオカドリンクを飲みます。この蓋についている棒は口を付けて吸うものらしいです。ダンジョンで手に入れたときは普通に捨てていましたわ。香ばしく甘い味わいと独特の噛み応えのタピオカはなかなかに面白くて美味でした。さすがは師匠の味ですわね。
別れ際には良子様は少し泣いておられました。ヴィオーラ侯爵家のこと。わたくしの両親と兄の処刑。国王陛下の凶行を止められなかったこと、自身の軽薄な態度と迂闊な行動。ヒューベルトのこと。現実とも思えない世界の中で自由に振舞ってしまったことなどを改めて謝罪されました。良く考えて行動していれば、無駄に傷つく人は減ったかもしれない、と。
「酷いことをしたわ、ごめん。彼が回復することを祈ってる」
「ありがとうございます」
そのときは必ず報告に戻ってきます。
私も少し、泣いてしまいました。
世の中は理不尽で、取り返しのつかないこともたくさんあります。わたくしの心もいまだその一部が凍り付き、麻痺していて、どこか深い穴が開いています。
憎かった聖女様と何事もなかったかのように明るくお話して居る時点で本当はおかしいんですよね。ですが、自らのふるまいを悔いて涙を流せる人のことをわたくしは、嫌いにはなれません。短い間のお付き合いですが、良子様のことをご友人として好きになっていました。
「でもこれからが大変よね。大魔王とか得体の知れない存在と戦わなくちゃいけないわけだし」
「大丈夫ですわ、良子様。だってわたくしレベル9999の悪役令嬢ですもの」
ちょっと悪戯っぽく笑います。
それからのことは、とても語りきることはできません。と言いますか、はい。予想を超える壮絶な旅路になりました。考えようによってはあの魔界での日々すらも生ぬるいと感じるほどに。ですが、苦しく辛い出来事をいつまでも語っていてはわたくしも、皆様も疲れてしまいますわね。最後に語るのはわたくしのある日の出来事についてです。
暖かく心地の良い空気を感じる日。窓から入ってくる春の風を頬に受けます。ベットに体を横たえたまま、目をつむっている背の高い男性に向かって声をかけます。
「わたくしね、貴方のことが好き。小さいころから元気な貴方の笑顔を見ているのが好きでした。何気ない話をしているときや、ちょっとぼんやりとした顔も、わたくしの為に一生懸命言葉を探してくれている様子も好きでした。貴方はいつだってどんなときでもわたくしを励ましてくれましたわ。辛いことがあっても、どれだけ感情が逆立っても、貴方の笑顔を思い浮かべるだけで気持ちが安らぎました。本当はもっと早くに、この気持ちを伝えたかった」
彼は黙ってわたくしの話に耳を傾けていてくれます。
「辛い目に遭って、全てを失ってはじめて気づくなんて、本当にもう遅いですわよね。もっと何気ない日々に、当たり前のことが当たり前のときに気づくことが出来れば、良かったのに」
失われた日々に、今は遠いあの時を振り返り、今でも胸には痛みが押し寄せます。
「だから、何でもない今日に言いますわ。貴方のことを愛しています。とても優しくて人間的で誰より愛しい人、ヒューベルト」
聞こえているのかどうかもわからない、その言葉を、わたくしは何度だって口にします。貴方が好き、愛している。誰かへの復讐より、この世界のすべてより、何よりも貴方のことが大切です。それだけを、伝えます。ひときわ風が強く吹き、目を閉じてからもう一度彼の顔を見ました。
そこには、わたくしの大好きな穏やかで優しい笑みが浮かんでいます。
「きみはいつだって誰よりも綺麗だよ。愛している、俺のアンドロメダ」
誰よりも愛しい彼の言葉を聞き、わたくしの目からは涙がこぼれ落ちました。嬉しいときにも涙は流れるもの。理不尽であまりに醜く凄惨でときには目を覆いたくなるような世界ですけれど、それでも生まれることが出来て、わたくしはとても幸せです。たとえ、どんなに大変で辛いことがあったとしても、たった一つの素敵なことで、全部許してしまえます。ね、ヒューベルト。
★★★★☆『天に綺羅めく絆』レビュー
ユーザー名■リョーコさん
本編は聖女になって国を穢れから救うRPG要素のある恋愛アドベンチャーゲームです。攻略キャラは全部で四人+一人。王子・騎士団長の息子・宰相の息子・大神官の息子と、隠しキャラ。独特の闇の深いキャラクターが魅力で特にメインの相手役のルセウス殿下がたまりません。ここまで暗愚な王子も珍しい。他のキャラクターもヤンデレや犯罪者やらまともな相手が一人としていないのはもはや確信犯的。隠しキャラの魔王様が一番人が良いってのがまた(この魔王様についても某キャラ好きだと色々……)。ライバル役の悪役令嬢が気の毒過ぎて可愛い。戦闘面の難易度が結構おおざっぱというのかバランス感覚が危ういなと思ったんですが、総合的には良い作品だと思います。ダークな展開やストーリーがお好きな方にオススメです。
追記
追加DLCで悪役令嬢視点でプレイできるのはいいんですが、難易度ヤバすぎ!!本編の大味な戦闘バランスを大幅にパワーアップさせたような仕様です。レベル上限は本編99に対して、なぜか9999。やりこみ要素としてもここまでする必要はあるんでしょうか……?魔物はアンドロメダの強さに合わせてパワーアップするし、トラップの解除方法も複雑、先に進行するための必須アイテムがランダムドロップしかないってどういうこと?入手できるアイテムにも鑑定が必要で回復アイテムの取得一つにも手間がかかります。しかもダンジョン階層99ってもう狙ってやってるのかと。あとエネミーのタピオカ軍団がエグすぎ。制作スタッフはアンドロメダに恨みでもあるんでしょうか。彼女にもっと優しくしてあげてほしいです。悪役令嬢に厳しすぎる世界ですが、ストーリーはハッピーエンドで良かったと思います。こんな言葉じゃ全然足りないけど、本当によく頑張ったね、アン。
婚約破棄で地獄に堕とされた悪役令嬢ですが『没ダンジョン』でレベル9999になって憎き聖女と王太子たちに復讐します! @suzubayasi3210
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます