遁走皇子の公開婚約破棄はハッピーエンドの序曲

アソビのココロ

第1話

 カイル・ヨークランスは智勇・美貌・品性において、文句の付けようのない皇太子だと思われていた。

 三日前までは。


 何故カイル殿下は夜会で男爵令嬢を抱き寄せながら、アメリア・フォレスタル公爵令嬢を公衆の面前で婚約破棄するなどという、愚かしいことをしでかしたのか?

 自らの行いが何をもたらすのか、カイル殿下ほどの聡明な皇子が理解できないはずはないのに。


 皇帝がため息とともに言葉を吐く。


「仕方ない。カイルは皇族の身分を剥奪、平民に落とす」


 カイル殿下は罪を犯したわけではない。

 しかしフォレスタル公爵家を軽んじては国を割るおそれがある。

 平民落ちが妥当なところであろう。


 宰相デズモンドが躊躇いながら言う。


「仰せのままに。しかしどうもおかしゅうございます」

「デズモンドは何をおかしいと見るのだ?」


 カイルのやっていることは恋に盲目な男の愚かしさだ。

 皇帝はそう思っている。

 それ以上におかしいことがあるのか?


「カイル殿下のお相手とされるメイジー・ヒューム男爵令嬢ですが、どうも殿下と仲睦まじくしていたという証拠はないようです」

「は?」


 皇帝は混乱した。

 メイジー・ヒュームなる男爵令嬢と結ばれたいがために、アメリア嬢を婚約破棄した。

 そういうことではないのか?


「カイル殿下の動機に不明な点があります。調査させておりますので、数日お待ちを」


          ◇


 ――――――――――メイジー・ヒューム男爵令嬢の取調べの場面。


「間違いないのだな?」

「はい。カイル殿下とは二、三度話したことがあるだけです。殿下には常に護衛騎士が従っていますし、影と呼ばれる隠密もついていると伺っております。その者達の証言もあるかと思いますが」


 取調官である私は頭を抱えていた。

 メイジー嬢の言うことと他の状況に矛盾がなかったからだ。

 どういうことだ?

 カイル殿下はメイジー嬢を好いたため、アメリア公爵令嬢を公開婚約破棄するなどという暴挙を起こしたのではなかったのか?


「カイル殿下はわたくしの名も存じ上げないのではないかと思います」

「まさかそんな……。では何故メイジー嬢は殿下の破廉恥劇に手を貸したのだ!」

「たかが男爵の娘が皇太子殿下の行いに異を差し挟むことができましょうか」


 もっともだ。

 公正に見てメイジー嬢に非はない。

 ではどうして殿下は公開婚約破棄などというマネを?

 アメリア公爵令嬢との婚約を解消したいということならば、もっと穏便な方法があったはずではないか。


「申し訳なかった。ついメイジー嬢があの聡明な殿下を誑かしたものだと思い込んでいたのでな」

「まあ。そう思っていただけるのはむしろ女の誉れですわ」


 メイジー嬢は肝が据わっている。

 カイル殿下がメイジー嬢に役を振ったのは、その辺りに原因がある?


「……試みに問う。この笑劇のパートナーにメイジー嬢が選ばれたのは何でだと思う?」

「カイル殿下はわたくしの胸が気に入ったと仰っていました」

「は?」

「こう、抱きかかえる時に胸が当たると。それくらいの役得があってもいいだろうと」


 言いそう。

 カイル殿下には確かにそうした茶目っ気がある。


「もう一度確認する。夜会の前日に協力するよう、カイル殿下に言われたのだな?」

「正確には前日に手紙を渡されたのです。内容を読んで驚きましたが、いかんともできませず」

「そうであろうな。その他に殿下からプレゼントされたものはないか?」

「プレゼント、と申しますか……」


 ん? 何かを受け取っているらしい。


「あの日夜会が始まる直前に、殿下の使いの者から手紙をいただきました。これです」

「手紙というか、これは……」


 資料か報告書のようだ。

 封がしてある。


「司法の追及やフォレスタル公爵家から慰謝料の請求があった場合に使えとの仰せでした」

「取調官の職責において内容を確認したい。開けてもよろしいかな?」

「はい。よろしくお願いいたします」


 封蝋は完全。

 皇室の印だ。

 メイジー嬢が中を見たはずがない。

 封を開けて中身を取り出す。


「これは……」


 アメリア・フォレスタル公爵令嬢の不貞の証拠?

 おそらくアメリア嬢の不貞は真実なのであろう。

 でなければわざわざメイジー嬢にこれを渡す意味がない。


 しかしこんなものがあるなら婚約解消は容易だったはずではないか。

 何故カイル殿下は自らが泥を被ってまで公開婚約破棄を?

 何故これを証拠として提出しない?


「殿下は言っておられました。人を愛することは素晴らしいことだと。そこに罪を見出してはいけないと」

「つまりカイル殿下は、アメリア嬢を醜聞から守るために婚約破棄を選択したと?」

「わたくしも殿下をよく知っているわけではありませんが、お言葉には真実がこもっていたように思われます」


 考えられん。

 しかしそれ以外にカイル殿下が身を捨てる理由がないではないか。

 殿下はそれほどアメリア嬢を思っておられたのか?


「メイジー嬢。このことは他言無用に願う。どうやら公になってはカイル殿下の御心にそぐわぬようだ」

「心得ました」

「それとこのアメリア嬢の不貞の証拠を写させてくれ。フォレスタル公爵家からメイジー嬢ないしヒューム男爵家に圧力や不当な要求があった場合には、私に教えてくれ。証拠を盾に注意勧告を行う」

「よろしくお願いいたします」


 カイル殿下は希代の天才だ。

 天才なりの考えがあるのやもしれぬが、私にはわからん。

 宰相デズモンド閣下にそのまま報告だ。


          ◇


 ――――――――――スティーブン帝と宰相デズモンド。


「カイルに非はないではないか!」

「そのようにございます」


 取調官からの報告を受けて絶句した。

 カイル殿下と(既に平民落ちしているから殿下ではないのだが、あのお方を敬称なしなど憚られるのだ)件の男爵令嬢は親密な関係などではなく、婚約者アメリア・フォレスタル嬢にこそ非があったとのことだ。

 急ぎ追加調査させたが、アメリア嬢の不貞の証拠が補強されただけだった。


「カイルの平民落ちは間違いであった。撤回する」

「なりません。陛下の言葉の軽さが問題視されます」

「ではどうすればよいのだ!」


 唇を噛む。

 事件後、フォレスタル公爵を宥めるために一刻も早い措置が必要と思われたが、それが完全に裏目に出た。

 カイル殿下の名誉を回復する手段がない。


「そもそも何故カイルは婚約破棄劇などを引き起こしたのか?」


 一番の疑問点はそこだ。

 取調官の報告には、アメリア嬢への配慮で自らが泥を被ったのではないかとある。

 あり得るか?

 その説は弱過ぎる。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「ルークか。うむ、入れ」

「失礼いたします」


 第二皇子ルーク殿下が入室する。

 ルーク殿下はカイル殿下と異なり、亡き正妃様の御子ではない。

 とはいえマーカッフ辺境伯家出身で大きな勢力を社交界で発揮している側妃様の御子である。


 カイル殿下があまりにも優秀かつきらびやかであったため人々の口に上ることはまずなかったが、貴族間のパワーバランス的にはルーク殿下の方が次代の皇帝に相応しいのではないか、との考えもなくはなかった。

 皇太子カイル殿下の失脚で最も得をした人物とも言える。


「陛下とデズモンド閣下に申し上げたきことがあります」

「許す。申せ」

「昨日始まった皇太子としての教育の内容なのですけれども」

「不服か? 厳しくても努力せよ。その方が次代の皇帝となるために必要なことだ」

「いえ、あの、一年ほど前から兄上に出されていた課題とほぼ同じ内容なのです」

「「えっ?」」


 どういうことだろう?

 皇太子教育の内容は、皇室の暗部や秘密に触れることも多いと聞いている。

 至尊の位に就く者だけが知っていればよいことをかなり含むのだ。

 何故カイル殿下はそれをルーク殿下に?

 まさか……。


「兄上は僕を皇太子に推す意図があったとしか思えないのです」

「わしもルーク殿下と同様の考えです」

「何とな……」


 カイル殿下は次代の皇帝が自分があろうとルーク殿下であろうと、帝国の将来にそう違いはないと考えた。

 ならばアメリア嬢の醜聞を表に出さない方が、フォレスタル公爵家に貸しを作る分得だと。

 皇室と帝国の安寧を一番とする思考ならば一応納得できるが、自身が平民落ちではカイル殿下にメリットが全くないではないか。


「兄上は先を見通すことのできる賢者です。お願いですから連れ戻してください」

「もとよりそのつもりだ」

「平民落ちは陛下の決定ですから仕方ありません。その上でカイル殿下の能力を生かせる地位に就け、徐々に引き立てればよかろうかと」

「それしかないな。とにかく急ぎ連れ戻せ!」

「はっ!」


          ◇


 ――――――――――三大陸貿易商会事務所にて。


「いや、だから当商会はもうカイル殿下とは関係ないんです」

「ば、バカな!」


 商会長の言葉に耳を疑う。

 平民落ちして王宮から追放されたカイル殿下ではあったが、生活は安泰だと思われていた。

 何故なら殿下が三大陸貿易商会初期からの大出資者であることはよく知られており、その配当金で騎士団正隊員の三倍の収入はあると見込まれていたから。

 そして殿下がどこへ行こうとも、その足取りは商会から追えると考えられていたのだ。


「先日殿下が当商会の債権を持っていらっしゃいましてね。全て買い取って欲しいと」

「いくらで?」

「破格でしたよ」


 一〇年分の配当金程度か。

 結構な金額ではあるが、三大陸貿易商会はまだ拡大を続けている。

 将来の配当増額が見込まれ、正直一〇倍の価格でも安いくらいだ。

 確かに破格としか言いようがない。


「殿下は何故債券を売ってしまわれたのか……」

「追っ手を撒くためだと言っておられましたよ」

「えっ?」


 何と?

 カイル殿下は追放の身でありながら、追われることを予想していた?

 商会長は笑って言う。


「殿下は犯罪者じゃありませんよ? いかに王家からの使いとは言え、普通なら資産売却等の個人情報を漏らすわけないじゃないですか。信用に関わりますよ」

「で、ではどうして……」

「殿下が話してもいいと言っておられたからです」


 愕然とする。

 どうやら本気でカイル殿下は我々の前から姿を消そうとしている!


「殿下がどちらへ行かれたか知らないか?」

「それは言えませんね」


 急に商会長が真顔になる。


「というのは建前でして。実は我々も全く把握できていないんです」

「本当だろうな?」

「本当です。当商会の急発展はカイル殿下の出資とアドバイスによってなされたものです。債権を手放そうとした時だってもちろん慰留しましたよ。殿下との関係が切れる方が怖いですからね。殿下に見限られたなんて噂が立ったら、こっちだって経営のピンチなんです」

「それもそうだな」

「結局定期的に連絡を入れてくれることを約束してくれました」

「ははあ、では商会を見張っていればカイル殿下を捕捉できるわけだな?」


 慌てる商会長。


「絶対に協力しませんよ? 殿下に愛想を尽かされたくないですからね」


 望みはある。

 しかし連絡と言ったって年に一度くらいかもしれない。

 というか姿を隠すつもりなら殿下本人が来るはずもないか。


「カイル殿下は天才です。本気で逃げるつもりなら捕まりゃしませんよ」

「そうかもしれぬな」

「ちなみにあなたは殿下がどこへ行ったと思います?」

「外国だろうか? 殿下の訪れた国は片手に余るはずだ」

「可能性は高いですな。殿下の才能を欲しがる国は多いでしょうし。しかし……」


 視線を宙に浮かせ、そして俺に戻す商会長。


「殿下の本質は愛国者だと思いますけどね。我が商会に肩入れしてくださったのも、国を富ませるためと仰っていました」

「それが殿下の本心と何故言い切れる? いや……」


 自ら身を引いて第二皇子ルーク殿下に皇太子を譲り、皇室の派閥争いを防ぐのは国のため?

 アメリア嬢の醜聞を封じ、フォレスタル公爵家に傷を付けぬのも?

 筋は通っている。


「では外国に行くことはない?」

「さ、それはどうですか。外国に行っても政権と関わらない生き方はありましょう。またカイル殿下の才ならば、政治の中枢に入って状況をコントロールすることも可能でしょう。何でもアリですよ」

「君はどう思う?」

「殿下の行先ですか? さて……」


 表情の陰る商会長。


「死を選ばなければいいんですけどね」

「死だと?」


 体温が冷える心地がする。

 カイル殿下が死を選ぶ可能性があるだと?


「投資だけ見てたって理解できます。殿下の才能は実に偉大です。政治的な識見にしても魔道理論にしても同様なのでしょう? 殿下は遠くまで見え過ぎる。自分がいない方が国がうまくいくと考えてしまうことはあり得ないですかね?」

「……」


 あり得る。

 ルーク殿下との後継者争いや婚約者アメリア嬢の不貞問題は特にそうだ。


「殿下は当商会に定期的に連絡を入れてくれることを約束してくれました」

「そうだったな」

「殿下が約束を違えることはないと信じていますがね」


 商会に連絡を入れるならば生きているということか。

 随分と心細くなったものだ。


「邪魔をした。失礼する」

「お仕事が首尾よく運ぶことを祈っておりますよ」


          ◇


 ――――――――――スティーブン帝と宰相デズモンド。


「まるで行方が掴めません」

「全く使えぬ!」


 陛下の怒声が響く。

 わしも同じ思いだ。

 あれほど目立つカイル殿下の足取りを何故追えない?


「三大陸貿易商会との関係を断って出ていってしまうというのは、まことに意表を突かれましてございます」


 金がなければ何もできないというのは世の常識。

 現実主義者のカイル殿下がそれを知らないなどということはないから、何があっても三大陸貿易商会は切れないと軽く考えていた。

 ところが殿下は我々の思惑など軽く超越してみせた。


「どうやらカイル殿下の公開婚約破棄劇は、自らが逃亡するための狂言だったようです」

「そんなことはわかっておるわ!」

「は」


 周辺に並ぶものなき大国である帝国の第一皇子。

 自らの優秀さを存分に見せつけ、帝国史上最高の栄華を現出させるだろうと思われていた皇太子が、その地位を何の価値もないものかのように捨て去ってしまう。

 考えられないことだ。

 しかし現実に起きているのはそういうことなのだ。


「一体何故だ?」

「側妃様の実家マーカッフ辺境伯家とフォレスタル公爵家への配慮からは、カイル殿下が退いた方がいいという意見は確かにありましたな」

「カイルが皇帝になった暁の期待の方がうんと大きかっただろうが!」

「問題はカイル殿下自身がどう判断していたかなのですよ」


 カイル様の叡智は、自らが引くべきとの答えを出していたのか?

 わしのような凡骨にはわかりかねるが、今やらねばならないことはわかる。


「陛下。カイル殿下の捜索は後でもようございます」

「何だと!」

「カイル殿下が戻ってくるにせよ来ないにせよ、今後第二皇子ルーク殿下中心の帝国になっていくことに変わりはないのです。ルーク殿下の立太子の予定も決めずにカイル殿下の捜索を強化しては、臣民に誤ったメッセージを与えてしまいますぞ」

「う、うむ。一理あるな」


 むしろカイル殿下が戻ってくることによって、後継者争いが起きるまである。

 カイル殿下の才能は用いるべきだが、最早今の帝国にとってその存在は危う過ぎるのだ。

 陛下は先妃殿下を愛しておられたから、その息子に拘るのはわからなくはないのだが。

 皇帝として優先順位を誤ってはならぬ。


「捜索規模は縮小いたします」

「……うむ、仕方ないな」

「元気を出されませ。ルーク殿下も優秀でございます」

「……そうだな」


 ルーク殿下は間違いなく優秀だ。

 しかしカイル殿下のきらめく才気とは比べるべくもない。

 カイル殿下が自ら出て行ったのなら、その身を再び視界に入れることはかなわぬのだろう。

 そんな気がする。


「ルークの立太子式を可及的速やかに執り行う。典礼省にそう伝えよ」

「はっ!」


          ◇


 ――――――――――二年後。マーカッフ辺境伯領にて。


「精が出るな、カイよ」

「あ、これは辺境伯様」


 ただの『カイ』と名乗っている目の前の男。

 表情筋を完全にコントロール下に置いた貴族の習慣を捨て去り、快活に笑う男。

 よく日焼けし、筋肉が付いて一回り身体が大きくなったこの男を見て、二年前まで皇太子だったカイル第一皇子と同一人物だと一目でわかる者がいるであろうか?


「薬草栽培はどうだ?」

「去年より天候がいいので上々ですよ」


 誇らしげに畑を眺めやるカイ。

 突然転がり込んできたかと思えば、孫のルークを皇帝にしてやるから畑を寄越せを言い放ったのは、今でもハッキリ思い出せるほど鮮烈だった。

 鮮烈過ぎて何を言ってるのか意味を掴めず、説明を繰り返し求めてしまった。


「見事だ」

「でしょう?」


 この才気溢れる若者は、栽培が不可能と考えられていた数種の稀少薬草の生育条件にマナが必要であると突き止めた。

 地脈に干渉しマナを流す魔道具を作り上げ、稀少薬草の営利栽培を可能としたのだ。

 体力や魔力回復のポーションを、今までよりも格段に安価に作製できることになる。

 我が領と帝国に莫大な利益をもたらすだろう。


「辺境伯領は魔物が多いです」

「そうだな」

「一方で無限の可能性がある地です。我が国にとっても世界にとっても」


 頷かざるを得ない。

 魔物を倒すと得られる魔石は、利用価値が高いが非常に高価だ。

 それは魔物を倒すことの難しさに起因する。

 回復のポーションが安ければ。

 そしてまたしてもこの若者が発明したものであるが、回復の魔法陣が各地に設置されるならば、魔物退治は容易になるのかもしれない。


「火力についても考えがあるんですよ。強大な攻撃力を誇る伝説レベルの魔法剣、あれは量産できる」

「カイはすごいな」

「これは私にしかできないことですから」


 俺の孫ルーク殿下でも皇帝は務まるが、世界を変えるのはカイにしかできないと言っていた。

 正直なところ、二年前にこれを初めて聞いたときは何を言っているんだと思ったものだ。

 今となっては確定的な未来の予想図に過ぎない。


 任せるところはルーク殿下に任せて支持を一本化させ、一方でアメリア嬢とフォレスタル公爵を醜聞から救う。

 我が辺境伯領の魔物の脅威を減少させて耕地を拡大、さらに魔物由来のアイテムと素材で経済を潤す。

 最も得をするのが誰あろうこの俺とあっては、王家に通報してカイを手放すはずもない。

 完璧な策だ。


「そして私も愛する人を手に入れました」

「ハハッ」

「来ましたね」

「カイー!」

「ネル様、いらっしゃい」


 カイの胸に飛び込むネル、俺の孫の一人だ。

 一度帝都のパーティーで会ってビビッときた、当時六歳のネルを愛しているから伴侶にくれと言った時は、こいつは頭がおかしいのかと思った。


 冷静になって考えてみれば、一二歳差はそう無茶な年齢差でもない。

 皇帝家の捜索班は当然カイの交友関係女性関係も洗っているだろうが、さすがにネルはノーマークだろうなあ。


「ネル様、愛しておりますよ」

「わたくしもだ。カイはいい男だからな!」

「光栄です」


 我が孫ながらネルは生きがよいというか、野性味があり過ぎる気がする。

 辺境伯領ではそう欠点にもならないが、帝都の社交界では問題になるだろうなあとは思っている。

 ましてや元第一皇子の妃としてはどうなのかと。


 しかしカイはネルの飾り気のない瑞々しさを気に入っているようだ。

 虚飾で塗り固められた令嬢を好まないのかもしれない。


「私はネル様に出会えて大変光栄です」

「わたくしもだぞ」


 イチャイチャして。

 今は大人と子供だが、もう五、六年も経つと男女として見られるようになってくるだろうな。


「ああ、メイジーが結婚するそうだ。俺のところに式の招待状が来た」

「そうでしたか」


 ヒューム男爵家はマーカッフ辺境伯家の分家だ。

 婚約破棄劇にメイジーを助演女優としたのも、うちの親戚だからに違いない。

 まったくどこまで計算しているのやら。


「む? メイジーとは誰だ?」

「私が辺境伯領に来る際に世話になった男爵令嬢ですよ」

「カイの元恋人ではあるまいな?」

「まさか。私の最愛はネル様ですから」


 ネルの悋気がいっちょまえで笑える。

 魔道具師にして篤農家のカイ。

 いずれ何らかの姓を名乗らせて余剰の爵位を与えよう。

 いや、ネルが辺境伯を継ぐ手もあるか。


 輝かしい未来が温かな愛情に包まれているのを確かに感じる。

 俺も幸せだ。

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