第12話
西川口のアパートの1階には青山ふとん店という店舗があって大家が経営していた。事情を話すと大家立ち合いの下で中を見せてくれるという。
ワンルームの居室に入ると、押し入れというかクローゼットの横にベッドがあって、反対側にデスクとその上にPCがあった。
クローゼットの取っ手にはとじ紐がついていて”大人のおもちゃ”らしき何かがつながっていた。
「なんだ、ありゃ」と小林。
「アナルビーズです」と加藤。
「詳しいな。何で紐でしばってあるんだ」
「ああやって縛っておいて、ケツを動かして抜きながら前をいじる」
「変態だな」
言いながら部屋の中へ入って行く。
「pcがスリープ状態ですね」と明子巡査。
「立ち上げてみな」と小林。
電源ボタンを押す。パスワードは設定されていなかった。サインインするとyoutubeの画面だった。「Movie CLIP - Sayonara, RoboCop!」
「再生してみな」と小林。
再生してみると、ロボコップの頭上に鉄骨が落ちるシーンだった。
「ガイシャは、これをやったのか?」と小林。
「多分、そうですよ」と明子巡査。
「何で?」
「分かりません」
ニューハーフリブレ高田馬場に向かう途中、池袋署の近所で、明子巡査が言った。「ロサ会館のツタヤに寄って下さい」
「何で」と加藤
「「ロボコップ」を借りて行くんですよ」
「なんでそんなもの」
「よく観たいんです」
TSUTAYA池袋ロサ店に立ち寄って、「ロボコップ」を借りると、警察車両はリブレ高田馬場に向かった。
店のあるマンションに到着すると、表のオートロックから「池袋署のものだ、ちょっと聞きたい事が」と言う。
504室のカウンターまで行くと、巨漢オカマと対峙した
「あら、なんですの」と巨漢オカマ。「うちはいわゆる本番行為はやっていないお店なんですよ」
「そういうんで来たんじゃないんだよ。生活安全課じゃないんだ、刑事課だ。おたくの客の一人が事故で亡くなったんだ。その事でおたくの風俗嬢に聞きたいんだよ」
「まあ、玄関に突っ立っていてもなんなんで、じゃあ、あがります?」
「じゃ、あがらせてもらうよ」
刑事3人は、リビングに上がり込む。
「この向こうに女がいるの?」小林は引き戸を指して聞いた。
「そうよ」と巨漢オカマ。
「話しを聞きたいから、全員出てきてもらえないかなあ」
「しょうがないわねえ」
言うとオカマは引き戸をあけて中のトラニーに言った。
「みんな、ちょっとでておいで」
トラニー6人が引き戸の前に勢揃いした。
「こりゃあすごいなあ、完璧な女だな」小林はにやけた。
「そうですかぁ。よく見れば男っぽいのもいますよ」と明子巡査が小林に小声で言った。「そんな事より、誰がガイシャに「ロボコップ」のシーンをインストールしたか調べないと」
「ああ」
「誰がやったか私に突き止めさせて下さい」
「そうだな、臨床心理士だものな」
「じゃあ、みなさーん」明子巡査は引き戸の前に立っているトラニー6人に言った。「何が起こったのか説明します。
みなさんのお客さんが一人が勤務先マンションの足場の下敷きになって亡くなりました。
自分で足場を揺らして倒壊させたそうです。
しかも、ここでのプレイの最中に後催眠をかけられてそうやったって噂です。
そんな事、あり得ると思いますかー?」
「え、なんのこと」などいいながら、トラニー達は顔を見合わせている
「じゃあ、何が起こったのかを最初っから私が説明します。
その前に、みなさんの荷物をもってきて、このテーブルの上において」
「え、荷物?」
「カバンの事?」
「そうじゃなくて、プレイの時に使う道具とか」
「そんなもの…」
トラニー達は、指図を仰ぐように巨漢オカマの方を見た」
「いいから、もってらっしゃい」と巨漢オカマ。
トラニー達は和室に入ると、トートバッグに入った商売道具をもってきた。
「はい、ここに並べて、ここに」と、明子巡査は「ロボコップ」のDVDを持った手でテーブルを指図した。「ここに置いたら、どっか適当なところに座って。話は長くなるかも知れないから」
トラニー達はソファーやひじ掛けやカーペットの上に座った。
明子巡査はDVDでトートバッグをつつくと中身ちチラ見した。
「これは何?」と、SODのローションをつつく。
「ローションよ。男のアナルに塗るのよ、はっ、ははっ」とトラニーの一人が冷やかす様に笑った。
「う”ん、う”-ん」と咳払いをしてから、全員の前で明子巡査は言う。
「それじゃあ、これから何が起こったかを説明します。
何で自分で足場を崩したか。自殺ですが。「死への欲動」とも言いますが。
それと同時になんであの人は肛門性愛者なのか。
あと、何故トラニーが好きだったのか。つまり、何故ペニス羨望があったのか。
つまり、一つは、「死への欲動」、
もう一つは「肛門性愛」、
そして、もう一つの謎は、ペニス羨望、トラニーが好きな理由、
この3つについての謎解きですね。
この3つを謎と思わないんだったら、この謎解きを聞いてもつまらないけど」
明子巡査はトラニー達を見渡した。
「それじゃあ、まず、「死への欲動」から。
みなさん、フロイト博士って知ってますか?
フロイト博士によれば、人間にはそもそも原初の状態に戻ろうとする傾向があるとの事です。原初の状態とは、生まれる前の、原子の状態、つまり死の状態です。そこに戻りたいと思っている。これを、タナトスといいます。
でもみんながみんなそう思っている訳じゃない。この世で成熟した女性と上手く行っている人は、いちゃいちゃするのは楽しいから、ここにいたいと思う。快感原則ですね。これをエロスといいます。
では、どういう人が、エロスを捨ててタナトスに向かうか。
それがこの世で成熟した女性との関係が上手く行かない人。
どういう人が上手く行かないかっていうと、赤ちゃんの時に母親の無限の愛を得られなかった人ですね。
人って、胎内、母子関係、世界での男女の関係、と、人間関係を広げていきますが、このこの母子関係のところで、無限の愛が得られるか得られないかが重要なんです。
母子関係の愛って、無限の愛なんですね。だって赤ちゃんは言葉が喋れないから、何が欲しいとは言えないから、母親の方が「おっぱいが欲しいのかな、それともオムツが濡れているのかな、それとも何かな」と、無限の愛をくれないとならないんです。赤ちゃんは無限の愛が欲しいのだから、何をくれても泣く、泣く、だっておっぱいが欲しい訳でも、オムツを換えて欲しい訳でもなく、無限の愛が欲しいのだから、何をくれても泣く訳です。
でも、ここで無限の愛を得られたと感じれば泣き止む。そして、母は自分を愛している、だけれども、おっぱいはでない時もあるんだなあ、と納得するんですね。
ところが、この無限の愛が得られないと泣き続ける。おっぱいをやってもオムツを交換しても、無限の愛を求めて泣き続ける。そしてとうとう無限の愛を得られないままの赤ちゃんも居る。
こうやって、大人の世界に行くと、無限の愛を得た人は、例えば女が変な態度をとっても、「変な女だな、まあ、女にも色々あるからなぁ、つーか、女だって何時でも濡れている訳じゃないからなぁ」ぐらいに思うんですね。母は愛してくれているよ、でも何時でもおっぱいが出る訳じゃない。女だって何時でも濡れている訳じゃない。こういうのはエロス的ですね。
一方、母子関係で無限の愛が得られなかった人はどうなるのか。大人になっても、基本的に愛はないから、何時までも愛があるか調べ続ける、赤ちゃんの時に泣き続けた様に。こういうのはタナトス的なんですが。
どうやって調べるかというと、昔、岸田秀という心理学者が居たんですが、その人は、自分は母親に愛されなかった、と50歳になって言い出すんですね。母親とは20歳の頃に死別しているのに。母親は自分を家業の跡取りとしか考えておらず、愛してはいなかった、利用する事だけを考えていた、と言うんです。だから、ギターでも何でも買ってくれたが、勉強に関するものは買ってくれなかった、それは、学業の道に進まれると跡取りに出来ないからだ、とか。それで、50歳になって、ノートに線を引いて、左に「母は愛している」、右に「母は愛していない」と、昔の言葉を思い出して書くんですよ。そして愛していなかったと結論する。
心理学者でも、赤ちゃんの時に無限の愛を得られないとタナトス的になっちゃう、と気が付かないんですね。
さて、今回の事件のガイシャも、なんと、同じ事をしていたんですね。職場のコンシェルジュの言葉をアップルウォッチに録音して、愛はあるか、ないか、とチェックしていたんです。まったくタナトス的ですね。
こういうタナトス的な人間がどうなるかというと、この世での男女関係に上手く行かないものだから、母子関係、胎内へと逆行するんですね。更には生まれる前の状態、つまり死の状態に戻りたいと思う。これが「死への欲動」という奴です。
でも、実際には、タナトス的な愛って、録音でチェックする様なカチャカチャしたもので、おっぱいを吸う様なねっちょりしたものではないから、なんとなく臨場感がないから、それで鉄骨の下書きになって臨場感を出していたのかも。拒食症患者がリスカして臨場感を出すみたいに。
とにかくこれが「死への欲動」の解決編です。みなさん、「そうだったのかー」と膝を打ちました? まるでミステリー小説を読むみたいに。
「じゃあ、肛門性愛は?」とトラニーの一人が聞いてきた。「死への欲動と肛門性愛になんの関係があるの?」
「それは、成熟した男女の関係から、母子関係、胎内へと退行しているのだから、フロイト博士的に言えば、性の男根期から性の肛門期に退行した、って感じだけれども。
或いは、タナトスというのはアップルウォッチで録音してチェックする、みたいな厳密なものだから、排便の時の快楽を厳密にコントロールしたかった、とも言えるし。
でも、実際には、コンシェルジュに愛される事に絶望して、もう女はいらない、女性性器ではなく肛門がいい、と思ったのかも。
「じゃあ、ペニス羨望は?」と別のトラニーが聞いてきた。
「このオトコは、成熟した男女の関係から母子関係に退行したわよねえ。この時この赤ちゃんが欲望しているものは、自分の欲望ではなくて、母親が欲望しているものなのね。じゃあ、母親が何を欲望しているかというと、それは父親のペニスなの。だから赤ちゃん、つまりトラニーチェイサーにはペニス羨望があるのよ」
「ふーん」
「「死への欲動」と肛門性愛とペニス羨望は分かったわよ」とアリスが言った。「でも、実際には小っちゃんはロボコップみたいに鉄骨の下敷きになって死んだんでしょう? そんな洗脳が可能なの?」
(語るに落ちた。誰もロボコップなんて言っていない。こっちは、足場の下敷きになって死んだと言っただけだ。こいつがホシだ。もう少しせめてみよう)
「そうねぇー」明子巡査は腕組みをして右手で顎をつまんでみせた。「もともと「死への欲動」があったから「ロボコップ」のイメージだけであんな事をやっちゃったのかしら。
でも、プレイでトランスしている時に、無意識に、ロボコップが鉄骨の下敷きになるシーンを埋め込むなんて出来ないわ。そんな後催眠みたいな事はあり得ない。
それより重要なのは、さっき言ったペニス羨望って事なんだけれども。あの客はもの凄い勢いでペニスを羨望していたと思うんだけれども。
それはもう、母子関係に退行したらもの凄い勢いでペニスを羨望しちゃうんだけれども。
そのペニスの代わりにポケモンがきたら、そこいらの子供がポケモンカードに萌えている様になるし、ブランド品がきたらOLの様にブランド品に萌えるし、お経が来たらカルトの様に宗教にハマるし。そして、ペニスの代わりに「ロボコップ」のあのシーンが来たら、それはもう激しくあのシーンを羨望する。だから、洗脳というより、ペニス羨望の代替でロボコップ羨望した、って言えるかもね。
「分かったわ。ハウダニットは」と巨漢オカマが口を挟んできた。「じゃあ、誰がそれをやったのよ」
「それは多分この中にいるんじゃないの」明子巡査はトラニー達を見渡した。
「誰?」
「まず、みなさん、自己紹介してよ。はしから」
「はるなでーす」と左端のトラニーが言った。
「ちょっと待って。スペックも言ってよ。このお店のhpに、竿アリ、玉ナシとか、ニューハーフとか男の娘とかあるでしょう。ニューハーフっていうのはホルモンをやっていて、男の娘というのはホルモンをやっていない人の事?」
「そうよ」
「それも言って。左から」
「はるなです。竿アリ、玉無しです。玉無しだから当然ホルモンはやってます」
(これは完全は女だな)と思った。
「しのぶです。竿アリ、玉あり。ホルモンはやっていません。男の娘です」
(kpopのアイドルより男っぽい。ジャニーズのタレントレベルかな)
「アリスです。竿アリ、玉あり、ホルモンはやってます。ニューハーフです」
(これは微妙だな。ジャスティン・ビーバーがズラを被った様にも見える)
「しおりです。竿アリ、玉あり、ホルモンはやってます。ニューハーフです」
(こりゃあ、背は高いが、顔は女っぽい)
「ゆきです。竿アリ、玉あり、ホルモンはやってます。ニューハーフです」
(デブっているが、顔は女っぽい)
「なつきです。竿アリ、玉あり、ホルモンはやっていません。男の娘です」
(これも結構男の娘だな)
「マンションの警備員の証言によると、ガイシャは、ドタキャンされたからと誘い出された。早く買わないと、最後の一個だから、みたいに。心理学では、ハードトゥゲットとかゲインロス効果とか言われるけれども。
でも、こんなのにひっかかるのは、そもそもガイシャが、愛はあるんか、と、何時でも愛に飢えていたからなのね。コンシェルジュの言葉に愛はあるんか、みたいに。
だから、簡単にひっかかってしまう。
「ロボコップ」の洗脳をしたのはその人。その日にプレイをした人。
それって分かるんでしょう?」と明子巡査は巨漢オカマの方に言った。
「さぁ、令状がなければ言えないわ」
「hpに出ているスケジュールも、店でいくらでも調整出来るんでしょう?」
「そうね」
「じゃあ、こっちで当てなくっちゃ」明子巡査はトラニーの方を見た。「ガイシャは愛に飢えていたからひっかかったのだけれども、トラニーの方にも、自分は愛されていない、おちょくられているだけだ、という気持ちがあったんじゃないかしら。ガイシャが、遊びでホルモンをやろうとしたら激怒した、という情報もあるわ。トラニーの憎しみはホルモンに関するものね」
明子巡査はトラニー達を見回した。
はるな。竿アリ、玉無し。ホルモンはやっている。
しのぶ。竿アリ、玉あり。ホルモンはやっていない。男の娘。
アリス。竿アリ、玉あり、ホルモンはやっている。ニューハーフ。
しおり。竿アリ、玉あり、ホルモンはやっている。ニューハーフ。
ゆき 。竿アリ、玉あり、ホルモンはやっている。ニューハーフ。
なつき。竿アリ、玉あり、ホルモンはやっていない。男の娘。
(まず、男の娘は除外される。ホルモンをやっていないのだから。
あと、玉無しのはるなも除外。玉無しまで行っていれば、相当に女だろうから。
残るは、アリス、しおり、ゆき。
さっき語るに落ちたのはアリス。でも、トラニー同士で情報交換していたかも知れない。だから、ゼロから想像しないと。
この3匹の中でホルモンで苦労していそうなのは…)
「ずばり、言うわ。アリス。あなた」
「何で私?」
「直観よ。つーか、ちょっと顎が長いからホルモンが遅かったんじゃないの? だからホルモンをもてあそんでいたガイシャが気に入らなかったんじゃないの? 結構エラも張っているし。これが本当のエラハリウッド」
「そこまで言うううう。でもそんなの状況証拠もいいところだわ」
「ところがこれ」明子巡査は「ロボコップ」のDVDをかざした。「ここにはホシの指紋がべっとりついている筈。それと、そのトートバッグの中のSODのチューブについている指紋を照合すれば物証だわ」
突然アリスは、自分のトートバッグに飛びかかるとSOD ロングバケーションを引き抜いた。
「ほーら、ひっかかった」と明子巡査。「この「ロボコップ」のDVDは、さっき借りてきたものなんだから。ガイシャのは足場で木っ端みじんになっちゃったんだから」
「そんな…。だましたの?。そのDVD私のじゃないの?」
「まんまとトラップにひっかかったわね」
「だとして、犯罪になるの? 小っちゃんは死にたかったんでしょう? しかも後催眠でもないんでしょう。ペニス羨望みたいに死への羨望があっただけでしょう。それ、私に関係あるの? そんなんで起訴出来るの」
「それは分からない。ブランド品に夢中になるように洗脳するのは罪か、お布施をする様に洗脳するのは罪か、分からない。でも、死ぬ様に洗脳するのは問題があるんじゃないの?。たとえ、もともと死にたい人だったとしても。そこらへんはそれは検事さんが決める事だわ」
「とにかく署には来てもらうよ」と小林が言った。「ローションをひったくったからね。刑訴法221条、警察官は被疑者が任意に提出した物を領置することができる。それをひったくったんだから、公務執行妨害だ」
「勾留されるの?」と巨漢オカマ
「多分な」
「何日ぐらい?」
「最初10日、更に10日」
「留置場って、男と一緒なの? それとも女?」
「さあ、独居が空いているんじゃない」
「そうしてやって? 男と一緒になんて出来ないわよ」
加藤がアリスに手錠をかけた。
アリスと刑事3人は504から出て行った。
通りに出ると、警察車両に、ぽつりぽつりと雨が落ちていた。
梅雨明けまでにはまだ1週間はかかるだろう。アリスの勾留期間は恐らく20日間。
彼女が出てくる頃には、からっからに晴れているだろう。
【一応 了】
あるトラニーチェイサーの死 夕霧四郎 @sabu2022
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