第11話 吸血鬼は無頓着

 街道が途切れた先には、所々に土が覗く野原が広がっていた。


 昨日人狼に襲われた時の様な林が、ポツポツと景色の中に点在している。大抵は、朽ちた建造物が近くに佇んでいた。その殆どは、遠目からでも分かるほどに崩れ落ち、原型を留めていない。


 時折、窓ガラスが嵌っていたと思われる場所だけ割れてぽっかりと空いているけど、建物としての外観を留めているものもあるにはあった。でも、少数だ。


 これまでは街道でごろ寝していたけど、もうその街道も途切れてしまってない。幸い、ヒトの町を出てから今日までの四日間、雨にあうことはなかった。だけど、これから先はああいった旧時代の建造物の内比較的安全そうなものを見つけ次第、野営の準備をした方がいいかもしれなかった。


 まあ、野営っていっても寝転がるだけだけど。


 ちなみに、これまで排泄は、目隠しになる粒子発生装置を使っていた。スイッチを入れると、半径1メートルの白い光の粒子の球が発生する。夜間に使うとちょっと目立つけど、日中はそこまで目立たない。


 この中で着替えも出来る優れものだけど、難点は、自分からも外が見えないから、近くに人が来て中に入られてもその時にならないと分からないことだった。


 そして、これから先は亜人とはいえ超絶美形のシスが傍にいる。いくら目隠しされるとはいえ、美形のすぐ横の開放的な場所で用を足すのは、音的にもうら若き乙女にはかなりハードルが高い。それに、用足し中に中に入られても困る。見られたら、多分絶対立ち直れない。


 ちなみにそのシスは、私が隣にいるのにも関わらず、一切気にすることなくその辺で堂々と立ちションをしていた。それを見て、私が思わず目を背けたのは、つい先程の話だ。いくら亜人がヒトを食糧としか見てなくても、もうちょっとデリカシーってものがほしい。


 亜人がこうなのか、それともシスが無頓着過ぎるのか。シスの周りの吸血鬼たちの話を聞いている限りだと、後者の方が濃厚そうだった。


「ちなみに、その亜人街の場所って分かるの?」

「一緒になら連れて行ってもらったことがあるから、分かるぞ!」


 私のすぐ隣をひょこひょこと歩く、背が高い美形の青髪男子で吸血鬼のシスは、相変わらずニコニコしている。しがらみから自由になれたのが、余程嬉しいのかな。


「小町の持ってる粒、凄えな! 食べた気がしないのに、腹が膨れたぞ!」


 違った。お腹がくちくなり満足しただけだった。本当にこいつ食欲の塊だな。


 シスが、少し残念そうに続ける。


「でもさ、腹は膨れても味気ないもんだな。やっぱりこう食ってるぞ! ていう感触が欲しいよなー」

「その辺の葉っぱでも齧ってたら」


 私が適当に返すと、シスが突然私の右腕を掴んでグイッと引っ張り、シスの方に引き寄せる。


「……えっ」


 ちなみに昨日シスに舐め取られた肩の傷は、もうほぼ塞がっていて、赤い肉の色が少し目立つくらいだ。鎮痛効果も傷の治りが早いのも、本当だった。


 まあ、嘘を吐くような頭がないだけかもしれないけど。


 伴侶マッチング前の乙女である私に、男性の免疫は少ない。父や弟といった家族の異性なら免疫はあるけど、こういうのは――ない!


 なので、私の心臓は笑っちゃうくらいに早鐘を打ち始めた。


「な、なに」


 シスの張りのある健康的な頬が、どんどん私の顔の横に近付いてくる。な、なに!? まさか、惚れちゃったとか!? 駄目よ、私はヒトだしシスは亜人だし――。


 と思ったら。


 人の耳元で鼻をクンカクンカさせたシスが、堪らないといった声色で言った。


「小町の頸動脈の臭いを嗅ぎながら食えば、凄い食った感あるかもしれねえ」

「おい」


 思わず乙女らしからぬ言葉が飛び出す。やっぱりコイツ、人のことを食糧としか思ってないぞ。


「スプレーを掛けてあげようか」


 私がホルスターからにんにくパウダーとオニオンパウダー入りのスペシャルブレンド水を取り出すと、シスが驚異の跳躍力を見せて飛び退った。顔色が悪いけど、まあこれは私の所為だ。ザマアミロ、あはは。


「だって……!」


 泣きそうな子供みたいな純粋な眼差しで見られても、駄目なものは駄目に決まってる。


「だってじゃない。さ、行くわよ」

「小町、厳しい……」


 何か言ってるけど、気にしないことにした。こいつは私を食糧としか見ていない。もしかしたら、亜人にとってヒトなんて、喋ることが出来る食べ物程度の認識しかないのかもしれなかった。


 だから、こっちだってそういうつもりで接しないと、馬鹿をみる。


 どんなにアホで単純で格好良くても、こいつは亜人だ。根本的な考え方が、ヒトとは違う。


 スタスタと先に歩き始めると、音を立てず近付いてきたシスが、また私の腕を掴んで引き止めた。


「な、なによ」

「小町、方向はあっち。こっちは今来た方」


 ちょっと困った様に苦笑するシスを見上げていたら、笑顔なんて絶対見せるつもりはなかったのに、つい吹き出してしまったのだった。

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