第10話 護衛シス爆誕
成功報酬として食事として血を吸わせてやってもいいという私の話を聞いた途端、シスは犬のおすわりみたいな格好になると、近寄れるギリギリまで近付いてきた。
「俺、絶対ヒトをネ、ネ……」
「ネクロポリス」
「そう! ネクロポリスまで連れて行ってやるからな!」
端正な顔を上気させている姿は、滅茶苦茶眼福ものだった。これが毎日拝めるのなら、まあ相手は亜人だけど、案外道連れも悪くないかもしれない。
「その代わり」
「ん? なんだ?」
寝転んだまま、私は偉そうにシスに向かって人差し指を差した。
「主人は私。これは絶対ね」
「う……わ、分かった」
不満げだけど、本当に大丈夫かな。まあでも、言質は取った。
「言うことを聞かない時は、またあの臭いを噴射するから」
「分かった! 必ず守る!」
よほど臭かったんだろう。今度の返答は、本気に聞こえた。
「それと」
「まだあるのか?」
覚えられるかな、と呟いている。……やっぱりちょっとアホなのかもしれない。
「私の名前は小町。ヒトとかあんたとかお前とか呼ばないで、小町って呼んで」
「小町? へえ、変わった名前だなあ。あ、俺の名前はな――」
「シスでしょ」
シスの言葉を待たずに私が言った瞬間、シスが驚愕の表情になった。嘘。笑っちゃいそうなんだけど。
「ヒト……じゃない小町、お前どうして知ってるんだ!? すげえ……!」
さっき自分で言ってたじゃないのと思ったけど、答えを教えるよりも感心してもらっていた方が後々やりやすいかもと思い、私はにやりと笑うに留めた。
「――さ、もう寝ましょ」
胃の中で膨れ上がる携帯食糧は先程摂取したので、味気ないけどお腹は膨れている。長時間お風呂に入れていないのもきつかったけど、携帯用小型洗浄機の超音波で汚れはひと通り落ちていたから、痒いところは特にない。
今後排泄だけは気を付けないとなあと思いながら、目を閉じる。
「へへ……おやすみ、小町」
澄んだ低めの声が、嬉しそうに私の名前を呼んだ。
「ん……おやすみ、シス」
本当に大丈夫かな。若干どころじゃない不安を抱えたまま、それでも歩き通しだった上に二匹もの亜人に襲われてクタクタになっていた私に、優しい睡魔はすぐに訪れてくれた。
◇
「小町! 朝だぞ、起きろー!」
間延びした能天気な男の声が、私の名前を呼ぶ。誰だっけ。済世地区では婚前の男女の接触はご法度とされていたから、学校で喋ることはあっても朝起こされるなんてことはあり得ないことなんだけど。
済世地区では、数えで十八の年に、遺伝子から結婚相手を検索、マッチングされる。このマッチングについて、私は、そもそもなんで同い年相手じゃないといけないのかな、とずっと疑問に思っていた。どうせなら包容力のある大人っぽい男性の方が好みなので、同い年の男は皆子供に見えてしまうのに。
マッチングしてもうまくいかずにあぶれる人も中にはいたけど、そういう人は社会不適合者のレッテルを貼られてしまう。相手側に駄目になった原因があれば再びマッチングに参加も出来たけど、そういう人は伴侶に先立たれた独り身と再婚する方が多かった。
なんて理不尽だと思うけど、このまま年明けまでに済世地区に戻らなければ私もそうなる運命だから、他人事じゃない。未婚であぶれる運命なんて、考えただけで残念すぎる。私だって、旦那様と甘い新婚生活を楽しんでみたい。
でも――自由に動けるのは、もう今年までだったから。
大好きで可愛い弟の小夏のほっそりとした笑顔を思い浮かべると、涙が滲みそうになった。小夏、お姉ちゃん頑張るからね。
「なあ、小町ってば!」
「はっ!」
再び名前を呼ばれて、急激に覚醒する。目を開けると、街道の脇に立って不貞腐れ顔で私を見ているのは、吸血鬼のシスだった。ああ、朝からご尊顔を拝ませていただきありがとうございますってくらい整った顔が、私を見ている。つくづく、亜人なのが勿体ないなあと思った。
この顔とマッチングされるなら、中身がアホでも私はいい。アホをカバー出来るだけのものが、そこにある。
「小町、寝起き悪いぞ! 早く起きろよ! ずっと待ってたんだぞー!」
そうか、シスは私の護衛になったんだっけ。ちょっぴり涙目なのが、とんでもなく可愛いんだけど。
「ああ……おはよ」
のそのそと起き上がって伸びをすると、シスが悲しんでいる子犬みたいな表情で言った。
「腹減った。何か食い物ないか?」
……これと旅をするのか。頭が痛くなった。
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