第12話 お喋りシス

 シスが私の護衛になって、一週間が経った。


 景色は相変わらず土色が混じる野原が続いていたけど、今朝から遠くに薄っすらと山影が見え始めたところだ。あれが目指してる亜人街への目印なんだ、とシスは嬉々として教えてくれた。


 途中には他にも小さな町はあるけど、大体が種族毎に固まって暮らしているから、他種族が入り込むのは難しいらしい。そんな中、多種族が一箇所に集まって生活しているのが、その亜人街ということだった。


 ちなみに、あの山の向こう側にネクロポリスがあるんだとか。まだ大分先だなあと、それを聞いて一瞬目眩がした。


 この一週間、時折他の亜人が近付くことはあったけど、シスが横にいるからか、襲われることはなかった。


「お前ひとりだったら、もう十回は食われてるぞー」


 そう言って笑うシスに「ふん」と言ってそっぽを向いたけど、内心は本当にそうだよなー、と冷や汗をかいていた。


 単独でネクロポリスまで行くなんて、無謀だった。シスみたいなアホな割に強いお人好しが都合よく道端に転がってくれていて、本当に助かったというのが本音だ。


 頭の後ろで腕を組みながら、くっきりとした胸筋と腹筋とついでに上腕三頭筋を惜しげもなく晒しつつ、私の隣をにこやかに歩く朝から元気一杯なシス。


 黒の革製で襟がある服は背中も半分しか覆ってないし、袖もない。ファッション以外に意味はなさそうな肌を覆う部分が少ないその格好の所為で、私は毎日目のやり場に困っていた。


 ちなみに下の革パンも同じ素材で、こちらは長さはあるものの、あちこちが破けて間から肌が見えている。隙間から見える大腿直筋もかなりムキッと逞しくて、思わず見ちゃうから出来たら隠してほしい。これじゃ私が痴女みたいじゃない。


 私も正直なところ人のことは言えなくて、足も腕も剥き出し。そんな私と並んで歩くと、露出大好きな二人としか思われないかもしれない。亜人の服装事情は他をよく知らないから、実際のところは分からないけど。


 それにしても、私の心拍数ばかり上げられていて、うら若き乙女がかなり肌を露出させて隣を歩いているというのに、シスは全く興味がない様だ。あの人狼ですらあったのに、シスはそういった反応が一切ない。もう、ひとかけらすらも。


 まあ興味を持たれても困るからいいんだけど――ちょっと自信をなくす。少しくらい照れたりとかあってもよくないか? もしかして、外見は大人だけど、中身はアホっぽい上に子供なのか。そう思ってしまう程度には、シスは全てに対して子供の様に素直にはしゃいだ。……まあ、それはそれで、ちょっとは可愛いけど。


 それなのに、最初からそうだったけど、こいつには他人に対する遠慮とかそういったものがない。自分の方が強いという自負があるのかもしれないけど、まあ馴れ馴れしい。だから、私に興味がない訳じゃないらしいけど、とにかく無邪気のひと言に尽きた。


 そしてそれは、一週間経った今、更にエスカレートしている。私はお前の聞き役か? というくらい、こいつはとにかく喋って喋って喋りまくっている。静かなのは、食事の時と寝ている時だけかもしれない。


 弱みを見せたくなくてあまり詳細を語らない私に対し、シスはそりゃまあぺらぺらと吸血鬼やその他の亜人の事情を事細かに喋ってくれた。多分、今の私は済世地区サイセイ・ディストリクトの誰よりも亜人の普段の生活について詳しいかもしれない。


 一応、種族的には敵同士なのにいいのか。そんな疑問が湧いたけど、きっとこいつの頭にはそんな考えはないだろうから、早々に指摘は諦めた。多分、言ったところで笑顔で首を傾げるだけな気がする。


 そんなシスは、私が持参した胃の中で膨れる携帯食糧では食べた気がしないらしい。私の頸動脈の匂いを嗅ぐことも許可されないから、ずっと不平不満を述べていた。そして、結局は自分で狩るのが一番だと思ったらしい。あれからというもの、野営地点を見つけると、即座に狩りに出かける様になった。


 掴まえてくるのは幸いなことに亜人ではなく動物で、すでに血を吸い切った後のそれを、綺麗に捌いてくれる。はじめに見た時はおえーっと思ったけど、食べたら滅茶苦茶美味しかったので、次第に慣れた。そりゃ私だって、食感がある方がいいに決まってる。


 内臓と皮を剥いだものを火炙りにして、二人で分け合う毎日。美味しいな小町、とにっこりされると、つい私の目元も緩みそうになってしまうのは仕方がないだろう。……だって、美味しいし。


 そんな風に今朝も朝食をしっかりと食べた私たちは、元気にひたすら歩いていた。


「相手が亜人だと量はたっぷりなんだけど、後でうるさいからやめろってよく怒られてなーあはは」

「シスって食べ物の話が殆どよね」


 喧嘩を売られたら買うタイプらしいシスは、吸血鬼の集落の周りに迷い込んでくる亜人と喧嘩をしては、よくその血を勝者のご褒美としてもらっていたそうだ。


 そして、人の話はあまり聞かない。私のツッコミには一切反応しないまま、続けた。これも、もう大分慣れてきた。こいつはそういう奴だ。


「別に勝ったんだから、血をちょっともらうくらいは正当な権利だと思うんだよな。なあ、小町もそう思うだろー?」

「あんたそれ、あとで種族間の争いの火種になったんじゃないの?」

「お、よく分かったな! やっぱり小町は頭すげーいいんだな!」


 やっぱりな。周りの吸血鬼の苦労が分かる気がした。こいつは、強い。本人曰く、吸血鬼の集落の中でも一、二を争うくらい強いらしい。そんなのが好き勝手に暴れるから、周りはいつも尻拭いをさせられていたんだろう。憐れとしか言いようがない。


 私がハアー、と深い息を吐いていると、シスの足がぴたりと止まる。笑みが、その端正な顔から消えていた。


「小町」

「ひゃっ」


 突然私の腰を抱くと、軽々と横抱きにしてしまう。うひゃあ。


「なんか来る。捕まってろよ」

「う、うん」


 吸血鬼の五感はかなり鋭いらしく、私には聞こえない何かを察知したらしい。


 シスは暫くそのままの体勢で、警戒する様に辺りを見回していた。


 ハッとした瞬間、地面を強く蹴って私ごと宙に高く跳躍する。


 その直後、地面にボコッ! と大きな穴が開き、毛むくじゃらの何かが飛び出してくるのを眼下に捉えた。

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