【リハビリ】その男は嗅ぐ①(仮題) 伝説の始まり【プロローグ】

 円形のホールは静かな熱気に包まれていた。


 集まった満場の観衆は、中央の舞台に立つ一人の男を見つめている。


 白手袋をしたタキシード姿の男は、右手に持ったモノを鼻に近づけ、深呼吸するように時間をかけて、ぐ。


 目を閉じ、何度もうなずくと、自らに語り掛けるかのように、言葉をつむぎだす。



「森のにおい、――濡れたアワマリの葉の瑞々みずみずしい香り、ほのかに漂う木苺の香り」

清廉せいれんな水で日々みがかれている、これは西方のトラマ山脈から湧き出てくる天然のものだ。その硬さは、塩サソリの表面を思い出させる」



 まるで呪文のように、あるいは恋の言葉のように、次々とフレーズが生まれていく。


 それらはヒントの数々だ。


 その嗅いだモノが何かを見つけ出す、ミステリーを解き明かす旅そのものだ。


 審査員たちは、それらフレーズが適切なものか、いかに核心に近づいているかを吟味し、観衆はそれぞれの記憶を頼りに、期待を膨らませる。


「ほんの少し、わずかなえた匂いとっぱさは年代を感じさせる。愛を知り、愛に破れた物語を感じさせる。かつて、妖精の国が人族に攻め入られた時、敵同士でありながら愛し合い新たな道を作り上げたノルーガとティリアムのように」

「そう、圧倒的な歴史とともにこれはあった。この高貴な甘さは最後のテイスト、南西の大森林にある聖樹の蜜を長年食してきた者にしか醸し出せない。つまり――」


 男は、最後にもう一度だけ、嗅ぐ。


 そして、審査員に向かって答えを述べる。



「これは、まごうことなき魔法のパンティマジック・パンティ。リスリア大森林、ロロナ族のハイ・エルフ、526年物だ」

「ッ! 正解ッッ!!」



 審査員長がマルの札を上げ、ホールは大歓声で満ちあふれる。

 終わることのない拍手を四方八方から浴びながら、男はパンティを片手に握りしめ、満足そうに天を仰ぐ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る