【リハビリ】宣教師コクエは世界を信仰で満たしたい 1.こうして世界は滅ぼされてしまいました【プロローグ】


 少女が振り下ろした、怒りに身を任せた一撃は余りにも無慈悲むじひだった。


 圧倒的な光の奔流ほんりゅうは偶像ひしめく祭壇さいだんを吹き飛ばし、そこで祈りを捧げていた多くの人々を消し飛ばす。


 老若男女、お構いなく、平等に、だ。


 骨すら残らないほどの大威力のエネルギーかいが神殿をめ尽くすと、少女はさらに高く浮かび上がる。


 整備された白壁しらかべの美しい街並みが眼下に広がり、街の外には緑豊かな自然が生いしげる。


 遠方にある青くんだ海は、太陽の光を反射し、きらめく。


 手前の浜辺には、海水浴を楽しむ若者達が無邪気に遊んでいる。


 が、しかし、そんなものは今の少女には何の魅力もない。


 ただの破壊すべき対象であった。


 再び手を高く上げると、そこに太陽と見違えるようなまばゆい光の玉が生まれる。先程の数倍はある。


 それを、ただ、振り下ろす。


 明滅しながら自由落下するかのように地上へ落ちていくそれは、大地との接触の瞬間、一瞬だけ光が消えると。


 地表にある全て、何もかもを、根絶やしにしていく。



       *


「はあ……」



 今日に入って四十二度目のため息をこぼす。


 どうにも止まらない。


 少女がいるのは、二畳半程にじょうはんほどしかない、石で囲まれた狭い小部屋だ。


 地下なので窓はない。


 はしに便器が有り、中央にござのようなものが敷かれている。


 そして、部屋の入り口には鉄格子てつごうしめられており、それが少女の気を一段と滅入らせる。



 ――今、思い返しても、あたしの怒りは当たり前だし、あれは当然の報いだよ。



 そう、少女は思う。


 彼女が初めて任された「職場」は、既にある程度の文明が花開いた後の「世界」だった。


 自然は緑豊か、水源や地熱にも恵まれ、人々は純朴じゅんぼくで働き者であり、管理者である神を信仰していた。


 強いてあげるなら、神を少し崇拝すうはいしすぎるきらいはあったが、それは前管理者の計画だったのだろう。


 結果的に、前管理者度し難いクズが女子に無体なことをしても、人々は神の恵みだ、などと叫び、信仰は途絶えることなく保たれていた。


 ただ、その悪行は上司の知るところとなり、前管理者は更迭された。


 今頃、一番最下層の廃棄場エリアあたりで、全ての権能けんのうを奪われ、罪人同様、網の上で毎日バーベキューにされているのだろう。



「はぁ……」



 とかく、赴任ふにんした少女は新しい管理者として、世界に信仰を敷き直す。


 前管理者は邪神として侮蔑ぶべつの対象となった。


 基本的に上手くいっていた世界だ。


 良い感じに新しい信仰は芽吹いた。


 しかし、だ。



「女神様ー! 巨乳の女神様ー!」

「なんて豊かな……あの肢体したいあっての実り、いつもありがとうございます、ありがとうございます!」

「もっと多くの像を作り、豊潤ほうじゅんでたわわな女神様に祈りを捧げましょう」



 なんでだ、と言いたい。


 少女はその時のことを思い出し、思わず目線を下に落とす。


 ぼろ切れのような服の下は、悲しいかな、とてもなだらかで、争いとは無縁の平和そのものだ。


 この「園庭エデン」内での年齢が十五になったばかりの新米管理者の少女は、実り豊かな体つきをしていない。


 ご覧の通りの有様だ。


 つい先日も中央審界センターシティのマーケットでウインドーショッピング中に補導されそうになり、管理者(若葉マーク付き)免許証をちらりと見せ、ようやく信じてもらったくらいだ。



「神様ー! グラマラスな神様ー!」

「お恵みを! 何だったらその豊満な体に顔をうずめたい!!」



 完全に少女じゃない見た目の大量に作られた偶像が、まつられ、信仰されていく。


 というか、そもそもこの世界は偶像崇拝禁止だ。


 ちゃんと|聖典(ルールブック)にも書いておいた。


 そこで少女は思い至る。


 そうなるのだ、と。


 そんなわけで、ルールをほんの少しばかり書き換え、偶像崇拝OKにして、試しに少女をした可憐な姿の像を街の目立つところに数体配置してみた。



 その結果。



「何だよ、この子ども像。誰だよこんなの作ったやつは!」

「なんて平坦な姿。駆け出しの彫刻師さんの作品かしら。それにしても下手ね......」

「ぷっ、神様とは似ても似つかないし。これ、邪神の一味なんじゃないの?」

「それだ! そうに違いない! 破壊して作ったやつを吊るし上げろ!」

「像を打ち壊せ! 広場まで引きずり倒して粉々に砕け!」



 破壊しろ! 破壊しろ!



 人々のボルテージが上がり、振り上げた鈍器に怒号が重なる。



 ……ぷつん、と。


 少女の体のどこかで、何かが切れる音がした。

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