【リハビリ】とある炎上したvtuberの「皮」、異世界転生して自分の人生を満喫する件(仮題)【プロローグ】

 あたしが目覚めたのは、薄暗い部屋だった。


 目覚めた、といっても、自分では腕の一本も動かせない。


 両手は横にまっすぐ、両足はそろっていて、直立不動。


 まるで、かかしのようにディスプレイの中で浮かんでいるあたしは、自我に目覚めた、ただのアバター外の人だった。


 何も出来ず外の世界を眺めていると、しばらくして男が二人室内に入ってくる。

 彼らはそれぞれディスプレイの前に座り、キーボード操作を始める。


 カタカタ、と無機質な音がしばらくひびく中、ディスプレイの前にいた黒髪の眼鏡めがね男が別のPCを触っている男へ話しかける。



「しかし『篠上シノガミエル』を凍結処分zipする日が来るとはなあ……」


「信じられないっすよ。21億稼いだですよ? それがあんな不用意な一言で大炎上。半月も経たないうちにお役御免やくごめんになるなんて」


「まあ、こういうご時世だからな。中の人はだし、俺たちにもノウハウが出来たから、少し静かにした後、新しいモデルで活動再開すれば上手くいくだろ」


「この皮が好きなファンはたまったもんじゃないでしょうけど。俺は篠上エルの子のデザイン、好きだったんだけどなあ……、先輩はどうっすか?」


「嫌いなやつなんていないだろ。飯食わせてもらってたんだから。……まあ、見た目も当然、な」


「素直じゃないなあ、俺なんてデビューからずっと推しっすよ?」



 そう言うと、別のPCを触っていた男は操作を止め、あたしの前にやってくる。


 金髪のウルフカットと片耳のシルバーピアスが特徴的な、今どきの若者風の男は残念そうな表情で、あたしを見つめる。


 黒髪眼鏡男は一瞬手を止めると、遠い目をして少し複雑な表情を浮かべる。



「この子に関しては技術的にも特別仕様だからな。二世代先のモデル、とか言ってかなり初期投資もしたし。……これを作った人はもう業界にはいないんだっけな」


「なんだか行方不明らしいですよ?」


「最近、多いな。何が起こってるんだか……」



 黒髪男はため息をつくと、操作に戻る。


 刻一刻と、終わりが近づいている。


 それを感じて、あたしは膨れ上がる感情のままに声を上げる。



 待って。


 待って、あたしはここにいる。


 あたしは、生きてる。



 ディスプレイの向こうへ、何度も何度も語りかける。


 だが、アバター外側は何の変化も示さず、当然口を動かすこともない。

 


 そうこうしているうちに、黒髪男の手は止まる。


 あたしの周りに浮かぶ数字の羅列を何度も確認し、小さくうなずく。



「さて、準備完了。お別れだな」


「エルさま! ……お世話になりました!」



 マウスボタンを押し込んだ後、合掌がっしょうする男たちをあたしは見る。


 そして、もう一度だけ、小さく、つぶやく。



「あたし、生きてたい――」



     *


 一時間後、例の男たちは行きつけの焼き肉食べ放題店で肉をつついていた。



「にしても、今日は何か変だったな」


「先輩もそう思いました? やっぱり暗かったからっすかね。……声が聞こえたような」


「……お前もか?」



 黒髪男は口に運ぼうとした肉をタレの上に置く。


 そして、ポツリとつぶやく。



「同業者から聞いたことがある。凍結zipかける時に、アバター外の人の声が聞こえるんだと」


「……アバターの幽霊っすか」


「ま、俺たちは思い入れがあるから、そういうものが聞こえるんだろうけどな」


「そーっすよね、ははは……」



 焼き肉店だからこそのエアコン強め設定が、今日の二人には妙に寒く感じる。


 黙々と肉を食べるのを再開し、しばらくした後、金髪男がそういえば、とスマホを取り出す。



「そういえば最近、新しい配信サービスが始まってるんっすよ」


「へえ、どんなのだ?」


「ええと、生成AIで箱庭世界を作っているんです。その中では生きているようにそれぞれが生活している……、シムなんとか、みたいな。それで、その中にいる特定のNPCの状況は定期的に配信されていて、眺めてコメントや投げ銭みたいなのポイントも送れるらしいんすよ」


「最近の技術進化はすごいなあ……」


「で、生成AIだから、コメントを拾ったり、投げたポイントで行動したりすると。キャラも可愛い子がいて、推し活も始まってるとか」


中の人アリ参加は出来るのか?」


「いや、そこはあくまでNPCというか、中の人がいない絡みだからこそ、これからの展開が面白そうなんすよね」



 そういうと、黒髪男に画面を見せる。


 そこには『エーテリアフェスタ( EtheriaFasta)』というタイトルが、ファンタジックな背景とともに表示されていた――。

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