Phase 09 真実 -True-

 重たくて冷たい空気が、辺りを包んでいる。ここは兵庫県警の取調室だ。目の前にいるのは、僕を潜入捜査官という名の捨て駒として使った大泉警部だ。しかし、その顔は厳しい顔ではなく、少し優しく見えた。

「古谷君、今回の潜入捜査、ご苦労だった。あのまま闇カジノを暫く泳がせておこうと思ったが、矢張りSNSと動画サイトの暴露チャンネルの影響もあって大迫嘉紀という大物サッカー選手と神戸羅生門のコネクションが世間にリークされそうになっていたから、こちらから手を打った。まあ、彼にとっては手遅れだったようだが……」

「だからって、僕を捨て駒として使わないでくださいよ!散々な目に遭いましたからね」

「ああ、その件に関してはすまなかった。それはともかく、古谷君への処遇が決まった」

「矢張り、僕は兵庫県警から追放されるんですか?」

「いや、真逆だ」

「真逆とは?」

「君には兵庫県警組織犯罪対策課の潜入捜査官として、これからも活躍してもらう。神戸羅生門は壊滅したが、この神戸に蔓延はびこる半グレ集団は後を立たない。もちろん、潜入捜査というのは危険な仕事ではあるが、古谷君なら信頼している」

「そうですか。なら、僕は引き続き『深井章博』という仮面を被り続けていく訳なんですね」

「いや、飽くまでも仮面は使い捨てだ。次に潜入するときには、また別の名前と人格を用意する。その時まで、君は『古谷善太郎』として普段どおりに生きていけばいい。ただし、余計な真似だけはしないように」

「……分かりました」


「次のニュースです。ビクトリア神戸の選手で元日本代表の大迫嘉紀容疑者が、賭博法違反で逮捕されました。大迫容疑者は、神戸を拠点とする半グレ集団である『神戸羅生門』との接点があり、同半グレ集団が運営するカジノで兵庫県警の組織犯罪対策課の刑事によって逮捕されました。犯行に対して、大迫容疑者は『深く反省している』と供述しています」

 結局のところ、神戸羅生門は僕と大泉警部の手によって壊滅した。しかし、僕が手柄を立てた訳じゃない。飽くまでも手柄を立てたのは大泉警部であって、仁美でもあるのだ。あの時、仁美に大迫嘉紀の画像と共に、あるメッセージを添えていた。


【仁美、いいか。この画像をプライベートのスマホに転送してSNSにリークさせるんだ。恐らく君は今、大泉警部と共に闇カジノの目の前に立っているだろう。僕が合図をするから、大泉警部と共に乗り込むんだ。それがどういう結果に転ぼうとも、僕には関係ない。僕は、飽くまでも「古谷善太郎」ではなく「深井章博」としてこの半グレ集団に潜入しているから。幸運を祈る。 兵庫県警組織犯罪対策課 古谷善太郎】

 何だ、このメッセージ。まあ、いいか。とりあえず、アタシは善太郎さんから送られたスマホの画像を自分のSNSで拡散させた。画像に写っているのは、大迫嘉紀選手と神戸羅生門のリーダーと思しき人物だった。結果的に、効果は覿面てきめんだった。「いいね」の数が止まらない。そして、次々と画像はシェアされていく。あまりにも通知が止まらないので、アタシはプライベートのスマホをマナーモードにしてしまった。


【拡散希望!ビクトリア神戸の大迫嘉紀選手と半グレ集団「神戸羅生門」が付き合っているという決定的な証拠です! ヒトミ】


 ただ、それだけのメッセージと画像を送信したのに、こんなにも反響が大きいとは思わなかった。もちろん、彼が元日本代表というのもあるのだけれど、拡散されていくスピードが尋常じんじょうじゃなかった。シェアと「いいね」の数は、10分にも満たないうちに1万人を越えようとしていた。

 やがて、善太郎さんの上司と思しき人から指示が出る。

「えっと、生田署の警官の西田君で良かったかな」

「はい、私が西田仁美ですけど……」

「古谷君の耳に盗聴器を仕込んであるが、どうやら彼は神戸羅生門のリーダーに捕らえられてしまったようだな。少し荒療治あらりょうじになってしまうが、我々組織犯罪対策課と生田署の刑事、そして警官でこの現場に乗り込む。もちろん、西田君にも協力してもらう」

「わ、分かりました……」

 こうして、アタシは善太郎さんの上司と共に闇カジノへと乗り込むことになった。中は暗くて、闇ロムを搭載したと思われるスロットマシンの音がうるさく鳴り響いている。そんな中で、闇カジノにいたのは大迫嘉紀だけではなかった。関西最大の暴力団である山谷組の組員や、神戸でも名の知れたセレブたちがそこにいた。当然、アタシは先輩刑事に頼んでアイツらを検挙してもらった。先輩刑事は、背が高くて顔が整った人形のような顔つきをしている。なんというか、日本人と外国人のハーフと言っても違和感がないような、そんな感じである。

鶴丸龍巳つるまるたつみ刑事、とりあえずこの場はあなたに任せます。私は、組織犯罪対策課の大泉警部と共に古谷刑事を救出します!」

「仁美ちゃん、そんな無茶な事を言わないでくださいよ」

「いや、私はあなたを信頼しています。だから、後のことは任せました」

「仕方ないなぁ。じゃあ、やってやるか!」

 鶴丸刑事が、啖呵たんかを切る。啖呵を合図に、生田署の刑事と警官、そして兵庫県警の組織犯罪対策課の刑事が次々と乗り込んでいく。鶴丸刑事は上司の刑事として常に信頼している。けれども、矢っ張りアタシにとってのパートナーは鶴丸刑事よりも善太郎さんかもしれない。そんな事を思いながら、アタシは群衆を掻き分けて善太郎さんが囚われているところへ向かう。善太郎さんが囚われていたのは、VIPルームと思しき場所の一角だった。趣味の悪い拘束具と鎖で、善太郎さんは囚われている。

「西田君、覚悟は出来ているな?」

「少し緊張しているけど、大丈夫です!」

「ならば、行くぞッ!」

 アタシは、深呼吸をして自分の心臓の鼓動を落ち着かせる。そして、善太郎さんの上司と共にVIPルームへと乗り込んだ。

「兵庫県警生田署の巡査、西田仁美ですッ!」

「兵庫県警組織犯罪対策課の大泉旬警部だ。神戸羅生門を賭博法違反の容疑で摘発するッ!」

 その後の事は所謂「ポリス・ハイ」で良く覚えていないけれども、善太郎さんを保護したことは鮮明に覚えている。

「仁美、僕を助けに来てくれたのか。僕は組織犯罪対策課の刑事じゃなくて、ただの半グレだ」

「善太郎さん、あなたは半グレなんかじゃありませんよ?あなたが組織犯罪対策課の刑事なのは紛れもない事実ですから」

「そうか。僕のことをそう思ってくれる人もいるのか」

「べ、別に善太郎さんのことが好きなわけじゃありませんからねッ!」

「そうか。それなら、良いのだが」

 正直、アタシは善太郎さんに惚れているのかもしれない。しかし、善太郎さんに恋人がいたらどうしよう。そんな下世話な事を考えつつも、アタシは善太郎さんを上司の警部に託すことにした。


 数日後。アタシは、善太郎さんと直接会うことにした。少し気恥ずかしいので、待ち合わせ場所はあの時と同じく嘗てパイ山があったJR三ノ宮駅の中央口の広場にした。その方が分かりやすいし、あの場所は「出会いと別れの場所」って言われているから、もしも別れを告げられても、大したダメージにはならないと思っていた。

「善太郎さん、こっちです」

「ああ、仁美か。先日は僕を助けてくれてありがとう。それで、どうして僕を呼んだんだ」

「それは……その……善太郎さんって、恋人とかいたりするんですか?」

「ああ、いない」

「本当に?」

「潜入捜査としての女性の付き合いはあったけど、任務が終わった以上用済みだ」

「そうなの?だったら、アタシと付き合っても良いのかな?」

「それは、どうだろうか。今はまだ、その時じゃないかもしれない」

「……そっかぁ」

 結局のところ、善太郎さんはアタシのことが好きじゃなかったのかもしれない。けれども、確かに神戸羅生門を壊滅させる上で得ることも多かったかもしれない。また次の任務で一緒になったときは、一緒に任務を熟すだけだ。そんな事を思っていた時だった。アタシは、善太郎さんに後ろから不意に抱きしめられた。

「なあ、仁美。僕が悪い鬼になっても、君は僕を助けてくれた。だから、これからも頼む」

「えっ……」

 善太郎さんの心臓の鼓動が、アタシの耳へと伝わる。なんだか、心が落ち着くような、そんな音だった。もしかしたら、これは善太郎さんなりの愛情表現かもしれない。アタシは毛布にくるまれるような感覚を覚えながら、まぶたを閉じた。


 僕は、仁美を抱きしめた。それは仁美に対して性的衝動を抱いたわけではなく、単に一人の女性として抱きしめることにした。仁美は、落ち着いている。しかし、こんな事をしていると美咲に対して申し訳ないと思っている。どこかで、落とし前を付けなければ。そう思って、僕は美咲と最後の夜を過ごすことにした。


「神戸羅生門、無くなっちゃったわね。もちろん、私も神戸羅生門の摘発と共にキャバクラを解雇されたわよ。これから先、どうすれば良いのよ」

「君は見た目も良いし、再就職先はいくらでもあると思うが」

「そうね。半グレ集団が関わっていない、クリーンなキャバクラからオファーが来るかもしれないわね」

「君は美しいから、いくらでもオファーは来ると思う」

「それって、お世辞じゃないでしょうね」

「お世辞ではない。しかし、君と付き合うのは、今日が最後だ」

「でしょうね。神戸羅生門が無くなった以上、情報提供先としての私は用済みよね」

「だから、最後に君と交わりたい」

「そう?確かに、アンタとヤッているときは気持ちいいけど、捨てられた子犬のような私でも受け入れてくれるわけ?」

「もちろんだ」

 こうして、僕と美咲は裸になる。相変わらず、美咲の乳房は果実のように瑞々しい。僕は、果実を頬張るように美咲の乳房を揉んでいく。当然、美咲は悦ぶような喘ぎ声を上げている。美咲の乳房越しに伝わる鼓動が、僕を性的衝動へと突き動かす。そして、美咲の子宮の中に己の黒い蛇を挿入していく。美咲は、苦痛とも恍惚こうこつとも受け取れる表情を浮かべていた。そして、美咲の心臓の鼓動に合わせるように、黒い蛇を動かしていく。やがて、軋むベッドの上で僕と美咲は一つの生命体になっていく。これが最後の儀式だとしても、美咲にはいい思い出を残したかった。

「善太郎ちゃん……、ありがとう」


 ――その言葉と共に、美咲は絶頂した。彼女の顔は、とても嬉しそうだった。

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