Phase 08 急襲 -Suddenly-

 どーも、暴露チャンネルでーす。今日は、兵庫県警の組織犯罪対策課の実態を暴こうと思います!兵庫県警の組織犯罪対策課には、とある刑事が半グレ集団「神戸羅生門」に潜入しているとの噂です。しかし、その潜入捜査官はただの潜入捜査官ではありません。どうも、「神戸羅生門」のリーダーを射殺して、兵庫県警の職務を剥奪されたとの噂です。なぜ、そんな事をする必要があったのでしょうか?これが事実ならば、兵庫県警の信頼の失墜しっついにも繋がりかねないですねぇ。では、早速その証拠である動画を見てもらいましょうか……。


 闇カジノオープン当日。それが半グレ集団による罠だと気付かずに店内は多数の客で賑わっていた。その中には大泉警部が目を付けている大迫嘉紀の姿もあった。矢張り、彼が神戸羅生門と「黒いコネクション」を持っていたのは紛れもない事実なのだろう。僕は、その様子を記念撮影と称してスマホのカメラで撮影する。この写真が大泉警部と生田署に拡散されているとは、彼も思わないだろう。写真というのは、時に有効な証拠となる。それは動かぬ証拠でもあり、物言わぬ証拠でもある。しかし、最近ではその写真も手軽に改竄かいざんできるようになっている。だからこそ、僕は出来るだけ完全なカタチでその写真を大泉警部と仁美のスマホに送信した。

「章博、何やってるんすか?」

「ああ、啓太か。何でもない。少し写真を撮りたかっただけだ」

「まあ、大迫嘉紀はカタール大会の日本代表こそ落選しましたけど、神戸の英雄っすからね。写真を撮りたくなる気持ちも分かるっすよ」

「そうだな。彼がいなければビクトリア神戸は降格していたからな。でも、日本代表を蹴ってまでこんなところにいたら、コンプライアンス違反で処罰を受けるのがオチだ」

「それはともかく、大迫嘉紀がこちらに近づいてくるっすよ?」

「そうだな。一度挨拶しておこう」

 こうして。僕は大迫嘉紀と挨拶を交わすことになった。大迫嘉紀は、銀髪の髪に目鼻立ちの善い顔をしていた。母親が自ら命を絶ったことによってサッカー選手としての夢を立たれた者からすれば、大迫嘉紀という存在が羨ましいと思った。

「僕は深井章博です。あなたが大迫嘉紀さんですか?」

「そうです。僕が大迫嘉紀です。ビクトリア神戸でフォワードをやっています」

「そうか。君の活躍は聞いている。そもそも、君がいなければ神戸の残留は危うかった」

「お世辞も大概にしてくださいよ。僕はただチームとしてやるべきことをやっただけですよ?」

「それはともかく、単刀直入に聞くけど、どうして君は神戸羅生門とコネクションを持つようになったんだ?」

「ちょっと、深井さん!?その質問は拙いっすよ!?」

「啓太、黙っていろ」

「……」

「もしかして、君って?ネットで噂になっていましたけど」

(えっ……章博が刑事……?)

 大迫嘉紀からの予想外の言葉に、僕の心臓の鼓動が高鳴った。確かに、僕は訳ありで潜入させられている警察官だ。しかし、なぜネット上にその情報がリークされているのだろうか。僕は分からなかった。

「なぜ、君がそれを知っているんだ」

「有名な動画配信者が、ある動画を投稿したんですよ。その動画の再生回数は100万回を越えていて、SNSにも多数拡散されている。もしこの動画が事実だとしたら、兵庫県警はもう終わりですね。腐っています」

「その動画、見せてもらっていいか」

「いいですよ」

 僕は、覚悟決めて大迫嘉紀のスマホで動画を見ることにした。


「君が、縹大輔か」

「そうだよ。何か文句はあんのか」

「文句はない。ただ、君は僕の母親を犯していないよな」

「犯してなんかねえよ」

「そうか。じゃあ、なぜ『スナック沙織』を襲撃しようとしたんだ」

「それは、金が欲しかったからだよ」

「それだけの理由で、僕の母親を犯したのかッ!」

「それの何が悪いんだよッ!」

「悪いも何も、強制性交罪は立派な犯罪だ。当時はそんな罪は無かったけれども、君がやっていることは十分罪にあたいする」

「何か、罪をつぐなう事は出来ねぇのかよ!?」

「君に罪を償う価値はない。最後に、何か話すことはないのか」

「お前に対して話すことなんて何もねぇよ」

「だったら、死ぬだけだな。お前たちがやったことは死刑が相応ふさわしい。どうせ裁判所で裁かれても懲役5年が良いところだ。だから、僕がこの手であの世に送る」

「それだけは厭だッ!」

「そうか。命乞いも大概にしろ」

「ぐはァッ!」


 スマホの画面に映っていたのは、紛れもなく自分の姿だった。拳銃を持って、縹大輔を射殺している。返り血を浴びる自分の姿が、悪鬼あっきと重なっていた。まるで、羅生門で老婆に対して盗みを働こうとした下人のように、さげすんだ目で縹大輔を見ている。どうしてこんな動画が流出したのかは分からないけれども、恐らく神戸羅生門の誰かが動画を撮影していたのだろう。そんな事を考えている時だった。後ろから、誰かが僕の腕を掴んできた。そして、そのまま僕は腕に手錠をかけられた。

「ちょっ、章博に何するんすか!?」

「ちょっと良いかな、深井君。いや、

「どうして僕の本当の名前を知っているんだ、濡羽将平」

「あの動画を撮影したのは、紛れもなく。そして、動画を流出させたのも俺だ」

 何か、痺れる感覚を覚える。それは、スタンガンによるものだったのは分かっていたのだけれども、僕は何も抵抗出来なかった。そして、そのまま深い眠りに落ちるように、僕は気を失った。


 目を覚ますと、僕は手足を鎖のようなもので縛られていた。ここは、どこだろうか。真っ暗で何も見えないじゃないか。

「おはよう、古谷善太郎君。今の気分はどうかな?」

「ああ、最悪だ。スタンガンで気を失い、目が覚めたら趣味の悪い拘束具で躰を縛られている。濡羽将平、君は一体何をしたいんだ」

「そうだな、単刀直入に質問しよう。?」

 その答えは、当然決まっていた。

「僕は、サツの犬だ。『深井章博』という人格も嘘を吐いていた。君の言う通り、僕の本当の名前は『古谷善太郎』だ。それの何が悪いんだ」

「悪いも何も、僕たち半グレにとって警察は敵だ。特に、組織犯罪対策課の刑事となると尚の事赦せない。だから、古谷善太郎君には消えてもらおうかなと思って」

「そうか。それは上等だ。どうせ穢れた刑事の僕に生きる価値なんてない。神戸羅生門での仕事は楽しかったけれども、矢張り僕が潜入捜査官だとバレてしまった以上、死ぬしかない」

「そうだな。ならば、死ぬまでだな」

「ちょっと待って下さい!」

「櫨染啓太、どうしたんだ」

「まだ、章博さんを殺さないでください!彼にはやってもらうべき仕事がまだたくさんあります。仮令サツの犬だとしても、殺すのはあんまりじゃないですかッ!」

「それはそうだが、コイツがサツの犬であることに変わりはない。それでもいいのか?」

「いいんです!僕は、章博さんから色んなことを学んできました。仕事上の付き合いから女の抱き方まで、章博さんから学ぶことはたくさんありました。それなのに、殺すなんて……」

「いいか、啓太。人間には2種類の人間がいる。それは、生きるべき人間と古谷善太郎君の様にの2種類だ。もちろん、古谷善太郎君は後者。残念だが、ここまでだな」

「くっ……」

 僕の額に、銃口が向けられている。あの時と違い、本当に僕は「深井章博」ではなく「古谷善太郎」として始末させられるのだろう。もう良いんだ。僕は組織犯罪対策課の刑事じゃなくて、ただの堕ちた潜入捜査官だ。正直、自分の中で母親の走馬灯が浮かんでいた。それは、母親の胎内から産み落とされた瞬間から、母親が神戸羅生門のメンバーに犯された瞬間まで、鮮明に蘇ってくる。仮に、この状況で僕が死んだらどうなるのだろうか。どうせ、兵庫県警からは追放されているので殉職扱いですらないのだろう。僕はこのまま野垂れ死ぬだけだ。その時だった。開かないはずのドアが蹴り倒された。ドアの向こうには、闇カジノをバックに2人の警官が立っていた。

「兵庫県警生田署の巡査、西田仁美ですッ!」

「兵庫県警組織犯罪対策課の大泉旬警部だ」

「ふ、二人共どうしてここに来たんだ……。逃げろ……。僕はもう兵庫県警の刑事なんかじゃない。ただの羅生門の鬼だ」

「いや、善太郎さんはまだ羅生門の鬼なんかじゃないですよ?」

「ど、どういうことだ……」

「詳しい話は後だ。とりあえず、ここにいる神戸羅生門のメンバー全員を検挙するッ!」

 大泉警部からの号令が下されると、ドアの向こうから刑事と警官がなだれ込んできた。そして、闇カジノの客と神戸羅生門のメンバーが一斉に摘発された。

「賭博法違反の疑いで、濡羽将平及び蘇芳貴志を逮捕するッ!」

 2人の腕に手錠がかけられる。果たして、これで良かったのだろうか。仮にも僕は「深井章博」として神戸羅生門に潜入していた。しかし、今の僕は化けの皮が剥がれて「古谷善太郎」として拘束されている。僕を拘束したメンバーは逮捕されたが、心の引っ掛かりは取れない。その心の引っ掛かりは、薔薇ばらとげの様に、チクチクと僕の心を突き刺して来るのかもしれない。いつか、この心の棘が取れる事を祈りつつ、僕は深井章博という人格を投げ棄てた。


 ――僕は、矢っ張り鬼だ。それも、羅生門に棲む悪鬼だ。

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