Phase 07 堕天 -Fallen-

 神戸羅生門はね、元々神戸の夜の街で暗躍していたただの暴走族だったんだよ。夜のメリケンパークでさ、バイクをふかして爆音を轟かせて、旧居留地や2号線で暴れていた。メンバーは聖鷗せいおう学園っていうヤンキー校のメンバーが主体だったかな。ちなみに聖鷗学園は私の母校でもあるんだけど、学力が重視される兵庫の就職事情は厳しくて、そのせいでまともな就職先が見つからなかった。それは不景気の影響もあるとはいえ、勉強していなかった自分の自業自得でもあるんだ。それは置いておいて、神戸羅生門の話に戻らなければ。

 それから、神戸羅生門は斑鳩いかるが工業高校の不良たちとタイマンを張って見事勝利、当時の神戸の高校生の間では知らない人がいない巨大な不良グループになったってわけ。

「羅生門を見たら逃げろ」「夜のメリケンパークには近寄るな」「臙脂色の特攻服を見たら命はないと思え」……それが神戸羅生門に対する悪評だったのよ。善太郎ちゃんは組織犯罪対策課の刑事だったって聞くけど、恐らく少年課の方から何かしら情報は聞いているんじゃないのかな?


 美咲は話を続ける。まさかここまで神戸羅生門に詳しいとは、流石の僕でも予想外だった。聖鷗学園に関するトラブルは少年課の芦屋都美子あしやとみこという相談係から聞いていたといえ、組織犯罪対策課が関わる大事になるとは思ってもいなかったのだ。そもそもの話、半グレ集団と暴走族は似て非なるモノであり、半グレ集団は組織犯罪対策課の管轄であるが、暴走族は少年課の管轄である。ベクトルは明らかに逆方向だが、暴走族としての神戸羅生門の歴史は聞いておく必要がある。

「ここまで話すと神戸羅生門が半グレ集団と化す要素なんてどこにもないかもしれないけれども、半グレ集団になったのは『ある事件』がきっかけだったんだ」

「ある事件?」

「10年前に、三宮のアダルトDVD店が襲撃されるっていう事件があったのは知っているかな?」

「そういえば、そんな事件があったな。確か、18歳の少年がDVDを万引きしようとして、店員に捕まったんだけど、報復としてナイフで店員を刺殺しさつした事件だったかな。容疑者の少年が18歳ということもあって、少年事件ではなく殺人事件として処理されたのは知っている」

「そうそう。流石お巡りさんだけあって、そういうのには詳しいのね」

「ああ、厳密に言えば元お巡りさんだけどな」

「当然、その少年は現行犯逮捕されたんだけど、後日、そのアダルトDVD店に神戸羅生門のメンバーが押し寄せてきたんだ。奴らは鉄パイプや金属バットで少年を補導した店員を襲撃。挙句の果てには火炎瓶を投げつけてそのアダルトDVD店を燃やしたんだ」

「まあ、神戸最大の暴走族だったら、それぐらいのことをやっても可怪しくないな」

「それから、神戸羅生門は本格的な犯罪に手を染めるようになった。最初は窃盗事件や強姦事件が多かったけど、やがて殺人を犯すようになった。君が殺してしまった前リーダーの縹大輔はなだだいすけだって、神戸羅生門には欠かせない人物だったんだ」

「そうか。そんな人物を、僕は殺したのか」

「あっはっは。善太郎ちゃんって、もしかしてバーサーカーっぽい性格?」

「まあ、美咲の言葉を借りるならば、僕はバーサーカーかもしれない。でも、神戸羅生門という存在が赦せなかったのは事実だ」

「でも、お巡りさんと雖も殺人はいけないでしょ」

「それは分かっていたが、僕の中にある『何か』が、縹大輔を死へと追いやったのだろう」

「そっか。じゃあ、話を進めるね。その縹大輔と濡羽将平、そして蘇芳貴志が中心となって、今の神戸羅生門が成り立っているって訳。まあ、縹大輔が死んじゃった今は神戸羅生門もどうなっているのかは分からないけど」

「しかし、闇カジノを開業しようとしている以上、彼らが準暴力団として要注意人物であることに変わりはない。僕が壊滅させなければ」

「そうは言うけど、簡単に壊滅させられるものじゃないでしょ?」

「大丈夫だ。僕には少なからず味方がいる」

「味方?」

「組織犯罪対策課の大泉旬警部と生田署の西田仁美巡査。この2人は僕にとって信頼できる。大泉旬は殺人を犯した僕に対して『このミッションを成功させたら組織犯罪対策課に復帰するチャンスを与える』と言ってくれたし、西田仁美はどうも個人的な理由で僕を気にいているようだ」

「個人的な理由?もしかして、性的対象として見ているとかそういう理由じゃないでしょうね?」

「多分、それはないと思う。それに、美咲との裸の付き合いも飽くまでも仕事上での話だ。実際に性的対象として見ている訳ではない」

「そうだったのね。まあ、あなたとヤッていると気持ちいいのは事実なんだけど」

「だからって、美咲を妊娠させるわけにはいかない。君は蘇芳貴志との付き合いもあると聞く」

「その通りだ」

 憎しみのこもった声と共に、ドアが開かれる。ドアの向こう側には、闇の眷属を引き連れた蘇芳貴志の姿がいた。

「最近、美咲が俺とヤッてくれないから、どうしたんだろうかと思っていたが、矢張り深井章博とヤッていたのか。尚更お前が赦せなくなってきた」

「やめてッ!この人とはそんなつもりで付き合っていたわけじゃないのよッ!」

 美咲は抵抗するが、蘇芳貴志は話を止めない。

「今更そんな事を言っても無駄だ。美咲は俺の大事な愛人ペットだ。他の男に手出しされたら困るな」

 銃口が、僕の額に向けられる。心臓の鼓動が、早鐘を打っている。拳銃の引鉄が、引かれていく。カチャリという音がする。僕は、ここで死ぬのだろうか。まだ何も成し遂げていないのに、死ぬのには早すぎる。

「……なんてな」

「えっ?」

「ああ、章博。悪かった。今のは冗談だ」

「なんだ、冗談か。それにしてはあまりにも悪い冗談だな」

「俺が章博を殺すとでも思ったのか?そんな訳はないだろう。しかし美咲は俺の男だ。お前に渡すわけにはいかない。今度美咲に手出ししたら、ただじゃ済まないからな」

 そう言って、蘇芳貴志はその場から去っていった。

「それにしても、なぜ蘇芳貴志は僕と美咲が付き合っているのを知っていたんだ。まさか、美咲がリークしたわけじゃないだろうな」

「私がそんな事をする訳がないじゃないの。とにかく、この事は貴志さんには内緒よ」

「ああ。しかし、あの様子だともう僕が美咲と付き合っている事はバレていそうだな。ただし、僕が潜入捜査官だということはまだバレていないようだが」

「そうね。善太郎ちゃんが潜入捜査官だということが神戸羅生門にバレたら、それこそ命が危ないわよ」

「そうだな」

 こうして、僕の死は間一髪のところで阻止された。しかし、蘇芳貴志に僕が潜入捜査官だとバレたら拙い。少しでもを消さなければ。そのために、僕は再び裸となり、美咲と一つの生命体になった。それが僕にとっての一時の安らぎだとしても、警察の匂いを消すためなら手段を選ばないのは事実だ。やがて、夜が更けていく。夜更けの空を照明に、美咲の白い乳房がなまめかしく照らされている。僕は、美咲の鼓動を感じながら、そのまま眠りについた。


「縹大輔がサツの犬に殺されたのは知っているな?そのサツの犬が分かった。恐らくホテルで梅鼠美咲とヤッていた野郎だ」

「そうか。なんとなく、俺はアイツが濡羽カンパニーに就職した時点で感づいていたけどな」

「アイツ?」

「濡羽カンパニーで善く働いている深井章博という社員がいるだろう?俺には、アイツが。もしかしたら、お前が言う『サツの犬』かもしれないな、貴志」

「まさか……」

「そうだ、その『まさか』」だ

「ならば、深井章博を処刑するだけだな。それは俺たちのやり方での処刑だ」

「貴志、俺はお前を信頼している。明日にでも処刑してやろう」

「ああ、甚振いたぶってやるよ。この通りなッ!」

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