Phase 05 過去 -Flashback-
僕は幼い頃に父親に棄てられた。厳密に言えば、母親が父親に対して
スナック沙織には前の職場で働いていた時からの常連客の他に、神戸の政財界や裏社会を握っている人物も常連客として名を連ねていた。特に、後に「神戸のIT王」としてその名を轟かせる
やがて、スナック沙織の売上が右肩上がりになるにつれ、僕も極貧生活から抜け出すことができた。父親がいないにも関わらず、僕は神戸でも屈指のエリート校である
それは、ある雨の晩だっただろうか。スナック沙織がその日の店じまいを行おうとした時だった。地元の暴走族として悪名を
――母親は、神戸羅生門のメンバーに犯された。
数日後、夕飯を作っている時に母親は突然吐き気を
そして、産婦人科での検査の結果は、母親を絶望の淵へと追いやってしまった。
「沙織さん、あなたは妊娠しています。先日の暴行事件で恐らく妊娠したものだと思います」
「嘘でしょ……」
「誰の子か分からなければ、
「も、もちろん堕ろしますけど。誰の子か分からないぐらいなら、堕ろしたほうがマシよ」
「まあ、ゆっくりと考えてください」
そして、その日から母親の様子が可怪しくなった。半ば廃人と化していたのである。上の空でブツブツ何かを言っていたり、
忘れもしない大雨の夜だったか。僕は無事にサッカー部を引退して、家へと帰ってきたのだ。
「オカン?いる?」
しかし、どこにも母親がいない。スナック沙織の店内にもいない。一体どこに言ってしまったのだろうか。僕は、なんとなく自分の部屋へ向かおうとした。厭な予感を覚えたからだ。その時だった。何か、頬に脚が触れるような感触を覚えた。上を見渡すと、母親だったモノが首を括って白目を剥いている。慌てた僕は、携帯電話で警察を呼んだ。警察と消防署は直ぐに来てくれたが、矢張り母親の生命は助からなかった。
「
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああッ!」
どうして首を括ったのかは分からなかったが、それが「自ら命を絶つ行為」だということは分かっていた。犯されて妊娠が発覚したことによるショックだと知ったのは、葬儀に来てくれた警察官からの一言だった。
「この度はご愁傷様でした。古谷沙織さんの息子さん、古谷善太郎さんですね。死因は首を括ったことによる自死で間違いないですけど、母親は思い悩んでいたみたいですよ?」
「何を思い悩んでいたんですか?」
「どうやら、あの暴行事件で母親は妊娠が発覚したようです」
警察官の一言で、僕は
「というわけよ。思い出した?善太郎ちゃん?」
「ああ。君の情報のお陰で、思い出したくないことまで思い出した」
「なんで私がこんなこと知っているかって?そりゃ、このキャバクラが神戸羅生門の傘下だということもあるんだけど、私、蘇芳貴志から気に入られているのよね。毎晩ヤることもあるし」
「ふ、
僕は、思わず梅鼠美咲の
「ごめん。でも、蘇芳貴志から気に入られているのは事実だし、サツの犬であるアンタに情報提供できることは全部教えてあげるわよ」
「そうか。それは助かる」
「ただし、ここじゃ場所が拙いわね。そうだ、今度別の場所で話すっていうのはどうかしら?アンタと一晩過ごしたホテルがあるじゃん?そこで話をするっていうのはどう?」
「そうだな、その手に乗るよ」
「じゃあ、明日そのホテルで待ってるから」
「ありがとう」
こうして、僕は「梅鼠美咲」という新たなコネクションを手に入れた。神戸羅生門を壊滅させるためならどんな手でも使いたいところだが、思わぬコネクションとなった。それがどういう結果に繋がるかは知らないけれども、少なくとも現状を打破できることは間違いないだろう。
そして、僕はキャバクラを後にした。ピンク色の淫靡なネオンが、神戸の夜の街を妖しく照らしている。このネオンのうち、どれだけ神戸羅生門の息がかかっている店なのだろうか。そんなこと、考えたくもないし、考えただけでも無駄なような気がする。しかし、梅鼠美咲という人物が気に入ったのは事実だ。
僕は、裏路地で煙草に火を点けた。紫煙が、淫靡なネオンを曇らせていく。長年吸っているが故に、煙草の味なんて分かるわけがないのだけれども、心が落ち着くのは事実だ。吸い終わった煙草を、ポケット灰皿へ捨てていく。流石に、道端に捨てるわけにも行かない。仮に大泉警部に煙草をポイ捨てするところを見られていたとしたら、
やがて、夜が明けていく。明け方の空を見上げながら、「古谷善太郎」と「深井章博」との間で、僕は苦悩している。このまま「深井章博」として闇の
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