Phase 04 相棒 -Buddy-

 兵庫県警本部から出入り禁止処分を受けている僕は、三宮のハンバーガーショップで大泉警部と話をすることにした。僕はビッグバーガーを口に頬張り、大泉警部はテリヤキバーガーを口に頬張っている。

「古谷君、潜入捜査の方は順調そうだな」

「はい。ターゲットとしている人物の重要な情報こそ手に入りませんでしたが、矢張り闇カジノを運営しようとしているのは事実です」

「闇カジノを、なんとか壊滅できないのか」

「未然に防ぐことは組織犯罪対策課の方で出来るかもしれません。しかし、既に神戸羅生門は闇カジノの開業準備を行っているようです。少なくとも、あと2~3日あれば彼らも闇カジノを開業するでしょう」

「そうか。ならば、しばらく泳がせておけ」

「それって、正気なんですか?」

「ああ。私は至って正気だ。ところで、君は西田仁美という生田署の警官を覚えていないか?」

「あの、僕に警察手帳を届けようとしてくれた警官ですよね?もちろん、覚えていますけど、それがどうしたんですか?」

「実は、君と一緒にバディを組んでほしいとの依頼があった」

「ああいう捜査はあまり得意じゃないのですが……」

「まあ、顔は知っているだろう。とりあえず待ち合わせ場所はこちらで指定するから、彼女と会ってほしい」

「わ、分かりました……」


 アタシは、守時署長に懇願こんがんして神戸羅生門の摘発を依頼することにした。それはアタシの中にある正義感が芽生えたというよりも、善太郎さんのことが恋愛対象として気になったからという少し下世話げせわな理由でもあった。

守時兼定もりときかねさだ署長、お疲れ様です」

「ああ、西田君か。今回の神戸羅生門の摘発計画に対して乗り気になったんだな」

「もちろんです。私を犯した相手が赦せないというのもあるんですけど、なんだか悪の組織を壊滅させることに対してモチベーションが上がってきたのもあるんです」

「それは君らしい理由だな。流石警察学校をトップの成績で卒業しただけはある。それはともかく、今回の任務は大変な任務だということは分かっているな」

「はい。神戸羅生門は危険な半グレ集団だと分かっています。だからこそ、壊滅させなければいけないんです」

「そうだな。神戸、そして生田署管轄内の治安維持のためにも、頼む。ところで、前に神戸羅生門のメンバーを射殺して追放された古谷善太郎という刑事を知っているか?西田君には彼と組んでもらう。多分顔は覚えているだろうけど、僕が指定した待ち合わせ場所で落ち合うように連絡してある。後は、君に任せた」

「分かりました、署長」

 こうして、アタシは署長室を後にした。

 守時署長から指示された待ち合わせ場所は至ってシンプルだった。JRの三ノ宮駅の中央口を出てすぐのところにある広場だった。昔はパイ山公園と呼ばれていたけれども、再開発によりパイ山は撤去。大型の街頭広告ビジョンも設置されて、今では神戸市民の憩い、そして出会いの場となっている。そこに、守時署長からもらった警察手帳の写しと同じ背の高いスーツ姿の男性がいる。恐らく、善太郎さんだろう。そう確信したアタシは声をかけた。

「あの、古谷善太郎さんですよね?」

「そうだが、今はその名前で呼ばないでくれ。飽くまでも潜入捜査官としての僕は『深井章博』という名前だ」

「そ、そうですよね……失礼しました。コホン。深井さん、今回の潜入捜査でバディを組むことになった西田仁美です。前にお会いしているから、恐らく名前は知っていますよね?」

「ああ、犯されそうになった君を助けたのは覚えている。そして、君と同じく犯された萌葱光子という人物を保護するように君に託したのも僕だ。それより、ここじゃ場所が悪い。裏通りに行こうか」

「分かりました」

 こうして、アタシは善太郎さんに連れられて再開発エリアの裏路地へと向かった。いくら再開発が進んでいると雖も、矢張り裏通りは昔と全く変わっていない。ゴミや煙草がポイ捨てされていて、如何いかがわしい風俗店の看板がひしめき合っている。アタシは、小声で話を進める。

「闇カジノに関して何か情報は掴めているのでしょうか?」

「いや、全く掴めていない。しかし、大泉警部から指示されたターゲットに関する情報は掴めている」

「ターゲット?」

「ああ、話すと長くなる」

 アタシは、そうやって善太郎さんの長い話を聞くことにした。


 数日前。僕は大泉警部と面会する機会を得た。もちろん、面会場所は兵庫県警本部ではなく三宮にあるコーヒーショップだった。しかし、お洒落なコーヒーショップに相応しくない会話を僕たちはしている。そんな事を思いながら、僕はタブレットを大泉警部に見せた。仕事中に誰にも気づかれないところで、秘密裏に神戸羅生門の事をプロファイリングしていたのだ。そして、そのプロファイリングデータはタブレットの中に保存していた。

「これが、神戸羅生門の現在のリーダーである濡羽将平と副リーダーである蘇芳貴志です。彼らは『有限会社濡羽カンパニー』という広告代理店でシノギをやっています。社名を見れば分かると思いますが、濡羽将平が社長で蘇芳貴志が副社長です」

「そうか。ならば、濡羽将平をターゲットとして徹底的に叩くべきだな。ただし、あの時のようにターゲットを射殺する行為は赦されない」

「……分かっています。でも、僕は神戸羅生門が赦せないんです!」

 僕は思わず激昂げきこうする。そして、テーブルを叩いた。

「古谷君、気持ちは分かるが落ち着くんだ」

 大泉警部は僕をなだめる。少し、熱くなりすぎていたようだ。自省しつつ、僕は話を続けた。

「どうやら、神戸羅生門は風俗店の広告やマッチングアプリの広告等で収入を得ているようです。昔、関東連合の関連会社が出会い系サイトの広告で収入を得ていたのはご存知ですよね。神戸羅生門も、同じような手口で活動資金を稼いでいるのでしょう」

「なるほど。君のプロファイリングは素晴らしいな、これからも、引き続き潜入捜査を頼むよ。ただし、余計な真似をしたらただじゃ済まないからな」

「分かっています」

 こうして、僕は大泉警部と話を終えた。手に力が入っていたのか、怒りの感情で拳を握りしめていた。それは、僕の神戸羅生門への復讐心から来るものだろう。


 善太郎さんの長い話が終わった。とりあえず、善太郎さんがやろうとしていることは大変な任務だということはアタシにも分かった。

「という訳だ。分かったか」

「もちろん、分かっています。でも、いくらなんでも半グレ集団のリーダーの射殺はやり過ぎですよ」

「そうだな。正直、あの時は僕も『鬼』になっていたのだろう」

「『鬼』?」

「そうだ。『鬼』だ。僕は神戸羅生門を『羅生門の鬼』として見ている。仁美、芥川龍之介の『羅生門』は知っているよな」

「知っています。荒れ果てた羅生門で治安を護るべき存在が下人となり、老婆を襲おうとする話ですよね」

「まあ、大体そうなるな。そして、下人のモデルは『羅生門の鬼』という妖怪と言われている。源氏四天王の一人である渡辺綱が退治した鬼だ。つまり、僕もまた『羅生門の鬼』の一員だ。そして、鬼は腕を斬られてそのまま息絶えたという伝承が残っている。ちなみに、よく茨木童子の伝承と混同されるけど、あれは羅生門ではなく一条戻橋だ」

「なるほど。善太郎さん……じゃなかった、深井さんって意外とこういうのにも詳しいんですね」

「まあな。知識はあればあるほど良い」

「分かっています。色々と勉強になりました」

「話がれてしまったが、本題に戻ろう。今回の僕のターゲットは濡羽翔平と蘇芳貴志だ。彼らはそれぞれ神戸羅生門のリーダーと副リーダーで、表の顔は『濡羽カンパニー』という広告代理店を営んでいる。しかし、取引先は風俗店やマッチングアプリが多い。つまり、そういう穢れ仕事の広告を中心に請け負っている。これは恐らく神戸羅生門が風俗店とのコネクションを持とうとしているということなのだろう。マッチングアプリの方も、顧客データを元に女性を風俗店に斡旋あっせんするという人道的にも倫理的にも赦されない行為をしようとしている。僕から話せるのはこんなところだ」

「つまり、濡羽翔平と蘇芳貴志をぶっ潰せばどうにかなるってことですよね」

「それはどうだろうか。僕にも分からない」

「やる前から諦めるって、悪いことですよ?私の母親の口癖でしたけど、やってみなければ分からないじゃないですか?」

「そうだな。仁美、ありがとう。少し、自信が湧いてきた」

「自信、無かったんですか?」

「実を言うと、今の潜入捜査に自信は無い。仮に、自分がサツの犬だとバレてしまったら、その時点で僕は兵庫県警から完全に追放される。どうせこの不景気で僕を再雇用してくれるような会社はない。だからこそ、この任務を成功させなければならないんだ」

「そうだったんですか……」

「まあ、そういうところだ。今日はここまでにしておいてやる。また、何か情報があれば随時連絡するから、スマホに電話番号を登録しておいてくれ」

「分かりました。えーっと、080-XXXX-XXXX……っと。これで大丈夫ですよね」

「ああ、大丈夫だ」

 こうして、善太郎さんは裏路地から去っていった。案外、気難しそうに見えて優しい人だと、アタシは思った。その優しさがどこから来るかは分からないけれども、父親のいないアタシにとっては、父親のような安心感を覚えたのは言うまでもない。そして、スマホの電話帳に電話番号を登録する。これで、アタシは善太郎さんの正式な相棒になったのだ。それはアタシが望んだことだし、生田署に対してももちろん了承済みだ。あとは、自分がどれだけ善太郎さんの力になれるのか。右手を握りしめると、少し勇気が湧いてきたような気がする。そして、アタシは鼻歌を歌いながら自分の独身寮へと戻っていった。


 それにしても、西田仁美という人物はよく分からない。自分の正義のために。こんな危険な任務に首を突っ込もうとしているのか。確かに、彼女が犯されそうになったところを潜入捜査官ではなく一人の警官として助けたのは言うまでもないが、そこまで僕に好意を寄せられるものなのだろうか。そんな事を思いつつ、僕は所謂闇カジノの開業準備を手伝っていた。

 闇カジノは三宮の再開発エリアの裏路地に構えることになった。下手に表通りに堂々と闇カジノを開業すると。それこそ警察の目に留まってしまう。それだけは避けなければ。マッチングアプリの広告や風俗店への顧客の斡旋で得た利益を元に、韓国からイカサマ用の機械を輸入して、更に通常のスロットマシンとは異なる設定を施した違法なスロットマシン、所謂裏ロム機を多数設置した。パチンコやパチスロというのは、公安委員会で定められた機種しかパチンコ店に設置してはいけないという決まりがあるのだが、裏ロム機は当然公安委員会の目をすり抜けて流通している。それらは極端に当たりやすくしたり、極端に当たりにくくしたりしているのだ。そういうモノが、人の射幸心しゃこうしんを煽り、そして客は膨大な金額を闇カジノや闇スロットに注ぎ込むのである。

「深井さん、あのスロットのロムってどうなりましたか?」

 啓太はパチスロに向かって裏ロムを設定していく。機種は『パチスロオレの転生日記』の4号機である。パチスロにおける4号機というのは、ハイリスクハイリターンであることが多く、射幸心を煽る設定になっていることが多かった。当然、公安委員会はこれらを違法として認定、ホールから姿を消すことになった。

 僕は、啓太に対して確認を取った。

「『オレの転生日記』のことか」

「はい。『オレの転生日記』のロムの設定はこれで良いんですよね?」

「ああ。間違いない」

 公安委員会からパチンコの釘の配置やパチスロのロムの公平な設定を聞いていたこともあり、こういう設定には詳しかった。しかし、こういうところから僕がサツの犬だとバレることもある。油断は大敵だ。

「えーっと、当たる確率は……これでよしと」

「そうだな。それぐらいの設定にしておいたら、客も金を多く落としていくだろう」

「深井さん、今日も夜遅くまでお疲れ様でした!帰りに、キャバクラへ寄ってみたらどうっすか?」

「そうだな。啓太の言葉に甘えて、寄るとするか」

 こうして、僕はキャバクラへと寄ることにした。ただし、それは半グレとしての深井章博ではなく、組織犯罪対策課の刑事である古谷善太郎としての自分をさらけ出すためでもあった。


「いらっしゃいませー!ご指名は誰にしますか?」

「ああ、先日と同じ子で頼むよ」

「深井さんの指名は……、この子ですね!かしこまりました!」

 僕は、梅鼠美咲とコンタクトを取ることにした。どうやら、梅鼠美咲というのは本名らしく、源氏名げんじなは沙織だった。そういえば、僕の母親の名前も沙織だったな。なんとなく親近感を覚えつつも、梅鼠美咲が座っているテーブルへと向かうことにした。

「あら、深井くん。来てくれたのね」

「そうだ。しかし、僕の本当の名前は深井章博ではない」

「どういうこと?」

 僕は小声で話す。

「僕の本当の名前は古谷善太郎だ。そして、半グレであることも嘘だ。僕の本当の仕事は兵庫県警の組織犯罪対策課の刑事で、諸事情により神戸羅生門へと潜入している」

「ふーん。道理であの夜直ぐに果てたと思ったら、矢っ張りサツの犬だったのね」

「悪い、あの夜のことは無かったことにしてくれ。それはともかく、これは古谷善太郎としての仕事だ。何か、神戸羅生門にまつわる情報は持っているのか?」

「女の子にも守秘義務しゅひぎむってモノがあるのはご存知?まあ、蘇芳貴志に関することは教えてあげられるけど?」

「そうだ、どんな些細ささいな情報でもいいから教えて欲しい。例えば、彼の個人情報とか、素性とか、どんなモノでも良い。教えられる情報を全て教えてほしいんだ」

「仕方ないわね。教えてあげるわよ。蘇芳貴志はね、神戸羅生門が暴走族だった時に起こした

 梅鼠美咲の思わぬ言葉に、僕の心臓の鼓動が高鳴る。


 ――そして、あの時の忌々いまいましい記憶が鮮明にフラッシュバックした。

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