Phase 01 邂逅 -Encounter-

「次のニュースです。神戸を中心に活動している半グレ集団『神戸羅生門』のリーダーが未明、警察官に殺害されました。殺害した警察官の名前は古谷善太郎容疑者で、年齢は35歳です。古谷容疑者は、『自分の母親を犯した集団に対して復讐がしたかった』と話しており、兵庫県警では――」

 僕は、テレビの電源を消した。このニュースは兵庫県警が用意した偽りのニュースであり、僕は大泉警部が用意したアパートへと監禁された。監禁と雖も、監視カメラが付いているだけであり、これと言って動きが制限されている訳では無い。とはいえ、矢張り「誰かに見張られている」と考えると気が重い。大泉警部から当面の衣食住と現金を支給され、ついでに「その無精髭ぶしょうひげるように」と言われた。仕方がないので、僕は剃刀かみそりで髭を剃ることにした。髭を剃ると、少し顔がすっきりしたような気がする。半グレ集団と雖も、矢張り身だしなみは大切である。半グレ集団というのは、昔はよくあるストリートファッションに身を包んでいたらしいのだが、最近の半グレ集団はスーツが基本らしい。スーツを着て、ネクタイを締める。黒いスーツに赤いネクタイが、善く似合っていると思った。

 神戸羅生門のアジトは、生田いくた神社の隣にあるビルの中にあるらしい。嘗ては東急ハンズの三宮店だったのだが、コロナと不景気により閉店。市営地下鉄山手線の駅がある関係で解体も出来ずに廃ビルとして放置されていたところに、神戸羅生門が買い取ったらしい。神戸羅生門は半グレ集団であって暴力団ではないので、不動産の売買に支障はない。だからこそ、購入することが出来たのだろう。

 僕は、指定されたオフィスへと向かう。銀色の看板で「有限会社濡羽カンパニー」と書かれている。そして、ドアをノックした。

「こんにちは、本日入社することになった深井章博ふかいあきひろと言います。濡羽将平ぬればしょうへいさんはいらっしゃいますでしょうか?」

 返事はぐに帰ってきた。

「ああ、君が深井君ね。話は聞いている」

 深井章博という偽名は、大泉警部からの指示だった。「古谷善太郎」という名前で潜入捜査を行うと、直ぐにサツの犬だということがバレてしまう。だから、ありふれた偽名を使うことになった。その結果が、深井章博という仮面だったのだ。なぜこの名前になったのかは教えてくれなかったが、曰く「とある有名人をもじった名前」とのことだった。

 オフィスの中に案内される。中は広く、よくあるオフィスのそれと変わらない雰囲気を醸し出していた。しかし、何かが可怪おかしい。ここが半グレ集団のアジトだと考えると、空気はとても重く感じた。

「君の席はここだ」

 そう言って案内された席には、パソコンが置いてあった。濡羽カンパニーの表の顔は広告代理店であり、取引先も多いらしい。しかし、取引先のほとんどは風俗関係の会社やマッチングアプリの運営会社なので、そういうけがれ仕事の広告を手掛けているのだろう。

「君にやってもらうのは事務の仕事だ。取引先の一ヶ月の売上を計算して、グラフとしてまとめる。パソコンさえ使えたら、誰でも出来る仕事だ」

「そうか。ならば、話は早い」

 僕は、今月分の売上を計算するかたわらでメモ帳に濡羽カンパニーの取引先をメモしていく。取引先の殆どが風俗店やホストクラブであり、京阪神エリアを対象とするマッチングアプリの運営会社も取引先として名をつらねていた。こう見えて、パソコンの扱いには慣れているので売上の計算は1時間弱で完了した。

「深井さん、仕事が早いですね」

「ああ。これぐらい朝飯前だ」

「ところで、取引先をメモしていたけど、?」

 濡羽将平からの問いに、僕の心臓の鼓動が早鐘を打つ。正直、冷や汗をかいていた。

「ぼ、僕がそんな事をする訳がないじゃないですか」

「だよな。僕は君のパソコンスキルを買って弊社に採用したんだ。くれぐれも同業者に情報をリークすることだけは止めてほしい」

「分かっています」

 僕は、テンプレート的な返事をするしかなかった。確かに兵庫県警に対して神戸羅生門の情報をリークするのが僕の仕事だけれども、仮に同業者の広告代理店にリークするとしたらどうするのだろうか。警察一筋15年の僕はそんな事を考えたことがなかった。

やがて、終業のチャイムが鳴る。深井章博としての1日目の仕事が終わった。そして、そのまま兵庫県警へと向かう。車は兵庫県警に没収されているので、電車と地下鉄で向かうしかない。濡羽カンパニーの地下が山手線の駅なので、そこから一駅で兵庫県警の本部が見えてくる。兵庫県における警察の心臓部。そして、組織犯罪を取り締まる組織犯罪対策課。そこに、古谷善太郎としての僕は配属されている。

 しかし、案の定デスクから「古谷善太郎」の名前は撤去されていた。

「古谷君、君は一応逮捕されたことになっている。だから、君は兵庫県警から抹消されたということだ」

 大泉警部がこちらへ向かってくる。僕は、怒りに震えていた。

「いくらなんでも、酷いじゃないですかッ!」

 冷たい顔で、大泉警部は話をする。

「仕方ないんだ。君が殺人犯であることに変わりはない。仮令それが悪人だとしても、殺すことはやり過ぎだ」

「それはそうですけど、扱いが酷すぎますッ!本当に僕は組織犯罪対策課に復帰できるのでしょうか?」

「それは君の頑張り次第しだいだな。何か、手掛かりは得られたのか」

僕は、例のメモ帳を大泉警部に見せる。

「これが、神戸羅生門のカタギである濡羽カンパニーの取引先です。神戸の風俗店の殆どは濡羽カンパニーと何らかの取引があるものと見られています。そして、現在急成長中のマッチングアプリの運営会社も取引先の中にありました。マッチングアプリの運営会社を叩けば、何かほこりが出てくるのではないでしょうか?」

「そうだな。初めてにしてはよくやった。だからといって、君が組織犯罪対策課に復帰できるとは限らない。これからも潜入捜査は続けていくしかない」

「そうですか。じゃあ、仕方ないですね」

 こうして、僕は兵庫県警本部を後にしようとした。その時だった。僕はある女性とすれ違った。華奢きゃしゃな見た目にベリーショートの髪。何となく、亡くなった母親の事を思い出すような見た目だった。僕はその女性に声をかけたかったけれども、そそくさと僕の前を通り過ぎてしまった。しかし、あの女性が気になって仕方ないのは確かだ。今度会ったら、声をかけようかと思っている。


 なんだか、妙な視線を感じる。アタシのことが気になるのだろうか。確かに、アタシは友人からよくモテるのではないかと言われている。けれども、あの視線は只者ただものではない。運命を感じるような、そんな視線だった。そんな事は置いておいて、アタシは用事が終わったので所轄しょかつである生田署に戻らなければいけない。パトカーを走らせて、生田署に戻る。中では、署長が待っていた。

「守時署長、お疲れ様です。ただいま戻りました」

「西田君、その様子だと無事に忘れ物を届けられたようだな。それにしても警察手帳をウチの所轄に忘れるとは、ずいぶんと間抜けな刑事がいたもんだ」

「仕方ないじゃないですか。大事な忘れ物ですから」

「警察手帳にはなんと書いてあったんだ」

「えーっと、確か……。古谷善太郎?うーん、知らない刑事だなぁ」

「古谷君といえば、最近半グレ集団を殺害して逮捕されたと聞いていたが……。何故生田署ウチに警察手帳を忘れて行ったんだろうか」

「うーん、こればかりは詮索せんさくしても仕方ないですね。そのうち古谷さんも気づくんじゃないでしょうか」

「そうだな。とりあえず、コーヒーでも飲んでいけ」

「砂糖抜きでお願いね」

「それは分かっている。ところで、『神戸羅生門』という半グレ集団は知っているか?」

「半グレ集団の話を振ってくるなんて、突然どうしたんですか?」

「ああ、神戸羅生門は最近ウチの管轄を悩ませている半グレ集団だ。賭博、薬物、窃盗、暴行、特殊詐欺、挙句の果てには強姦……。要するに、あらゆる限りの悪を尽くした半グレ集団だ。彼らは飽くまでも暴力団ではないので、法で裁こうにも裁けない。だから、余計とタチが悪いんだ」

「なるほどねぇ。その捜査、私も協力できませんか?」

「西田君ならそう言うと思って、現在兵庫県警本部と相談中だ」

「そうでしたか。守時署長、話が早いですね」

「しかし、これは危険なミッションだ。最悪の場合、命を落とすことも考えなければいけない。それでもいいのか?」

「良いんです。私、こう見えて正義感は強い方ですから」

「そうか。ならば、やるしかないな」

「ありがとうございます!」

 なんとなく厭な予感を覚えつつも、アタシは半グレ集団の捜査に協力する事になった。仮令、それが危険なミッションだとしても、アタシは絶対に奴らの尻尾を掴んでやるんだから。でも、どうすれば良いんだろうか。アタシは、自信が無かった。

 ふと、壁に貼られたポスターを見てみる。ポスターには地元のサッカークラブであるビクトリア神戸の選手と共に、大きな赤文字で「準暴力団に注意!」と書かれていた。

【最近、暴力団ではないがそれに準ずる組織による犯罪が多発しています。特に、オンラインカジノや薬物、特殊詐欺による犯罪が増えています。怪しいと思ったら、すぐに110番を!】

 なるほど。それが奴らの狙いなのか。アタシは、なんとなくポスターをまじまじと見つめていた。

「西田君、そんなにそのポスターが気になるのか」

「いや、別に……」

「だったら、良いんだが」

 こうして、アタシは署長室を後にした。しかし、あの半グレ集団のことが気になるのは確かだ。なんとしても、奴らに対する手掛かりが欲しい。ならば、ネット上で探したほうが早いのだろうか。そう思いつつも、アタシは夜の三宮へと向かっていった。流石にこの時期になると寒くて仕方がない。11月の下旬だから当然だろう。危険を察知しつつ、アタシは裏通りへと向かっていく。その時だった。誰かがアタシの口に布を覆ってきた。そして、そのまま意識を失った。


目が覚めると、アタシはオフィスのような場所で監禁されていた。下着姿というあられもない姿で、手足を縛られていた。

「お前、サツのオンナだな」

「どうして、それが分かったの」

「匂いだよ。サツの犬はを持っているからな。それはともかく、お前を犯したくて仕方がない」

「な、なんですって!?」

 アタシの乳房ちぶさが揉まれていく。アタシは、思わず喘ぎ声を上げた。

「白い肌に華奢な肉体。そして、大きく張った乳房。こういうのは、男の大好物なんだよッ!」

「いやああああああああああああああああッ!」

 アタシは、自分の子宮の中にある花弁はなびらに相手の黒い蛇が絡みついていくのを感じていた。当然、アタシはそういう夜の遊びをしたことが無かったから、当然処女膜は破られていない。見知らぬ男性に犯されることって、こういうことなのかな。黒い蛇が前後に動いていく。アタシは無抵抗のままで犯されて、犯されて、子宮の中に黒い蛇が入っていく。やがて、アタシは絶頂に至る。脈を打つ相手の黒い蛇から白い液体を発射したのだろう。アタシを犯した相手は果てていた。

「お前、本当にヤッたことがないのか……」

「ないに……決まっているじゃないですか……」

 当然、アタシは身も心もボロボロだった。人生で初めて恥辱ちじょくを受けたのだから当然だろう。失意の中でこの場から逃げ出そうとした時だった。兵庫県警本部ですれ違った男性が、目の前に現れた。

 男性が、アタシに話してくる。彼は、半グレとは思えない澄んだ目ををしていた。

「君、名前は何て言うんだ」

「に、西田仁美にしだひとみですけど……。それがどうしたんですか」

「良いからよく聞け。僕は古谷善太郎。兵庫県警組織犯罪対策課の刑事だ。まあ、厳密に言えば元刑事なんだが。今は『深井章博』として身分を偽ってこの半グレ集団を追っている」

「元刑事が、どうして半グレ集団なんかに潜入捜査をしているんですか?」

「詳しくは話せない。しかし『古谷善太郎という刑事が半グレ集団のリーダーを拳銃で射殺して逮捕された』というニュースは聞いただろう」

「聞きましたけど……。それに、生田署で落とし物しましたよね?」

「ああ、警察手帳か」

「どうしてそれを知っているんですか」

「あの夜、事件の所轄である生田署に寄ったんだ。その時に警察手帳を署内で落としたみたいで……。たまたま誰かが届けてくれたのは良いが、ご存知の通り僕は刑事としての職権を剥奪はくだつされてしまってね。まあ、『ある条件』を満たしたら僕は組織犯罪対策課に復帰できる見込みだ」

「ある条件?」

「要するに『神戸羅生門』を壊滅させることだよ」

「なるほど。なんだか楽しそうじゃない?」

「そうか。そういう感情を持つ人もいるのか」

 古谷善太郎と名乗る兵庫県警の元刑事は、高笑いしている。

「それの何が可怪おかしいんですかぁ?」

 アタシは思わずツッコミを入れたけれども、善太郎さんは飽くまでも冷静だった。


 ――この2人で半グレ集団を壊滅させるのも、楽しいんじゃないのかな?

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