羅生門の鬼-兵庫県警組織犯罪対策課・古谷善太郎-

卯月 絢華

Phase 00 序章 -Introduction-

羅城門鬼らじょうもんのおに

 都良香とりゃうかうらせうもんを過て一句を吟じていはく気霽風梳二新柳髪一きはれてかぜしんりうのかみをけづると。その時鬼神一句をつぎていはく、氷消波洗二旧苔鬚一こほりきえてはなみきうたいのひげをあらふと。のち渡辺綱わたなべのつながために腕を切られ、からきめ見たるもこの鬼神にや。

 ――今昔百鬼拾遺 雨


【準暴力団等の動向と特徴】

 暴走族の元構成員等を中心とする集団に属する者が、繁華街・歓楽街等において、集団的又は常習的に暴行、傷害等の事件を起こしている例がみられるほか、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動を活発化させている。こうした集団の中には、暴力団のような明確な組織構造は有しないが、犯罪組織との密接な関係がうかがわれるものも存在しており、警察では、こうした集団を暴力団に準ずる集団として「準暴力団」と位置付けている。

 準暴力団等は、犯罪ごとにメンバーが離合集散を繰り返すなど、そのつながりが流動的りゅうどうてきである点で、明確な組織構造を特徴とする暴力団と異なる。準暴力団等には、暴走族の元構成員や地下格闘技団体の元選手等を中核とするものがみられるほか、暴力団構成員や元暴力団構成員がメンバーとなっている場合もある。

 準暴力団等の中には、特殊詐欺や組織窃盗等の違法な資金獲得活動によって蓄えた資金を、更なる違法活動や自らの風俗営業等の事業資金に充てるなど、活発な資金獲得活動を行っていることがうかがわれる集団が数多くみられる。また、資金の一部を暴力団に上納するなど、暴力団と関係を持つ実態も認められるほか、暴力団構成員が準暴力団等と共謀して犯罪を行っている事例もあり、このような準暴力団等の中には、暴力団と準暴力団等との結節点の役割を果たす者が存在するとみられる。

 ――令和4年 警察白書


 僕は、鬼だ。

 本来、刑事と言うのは犯罪者と言う名の鬼をほふる側の人間である。しかし、父親にてられ母親は暴走族に犯され妊娠が発覚した挙げ句自ら首を括ってこの世を去った。その暴走族を壊滅させたい。ただ、それだけの理由で自ら刑事と言う名の鬼となった。

 今、目の前には半グレ集団のリーダーがいる。かつて、この半グレ集団は暴走族であり、僕の母親を犯して絶望に追いやった集団だった。十数年の時を経て、暴走族は半グレ集団へと変貌へんぼう。神戸の夜の街で暗躍していた。半グレ集団の名前は神戸羅生門こうべらしょうもんと言う。そういえば、羅生門と言うのは平安時代の荒廃した京都で老婆に対して盗みを働く下人げにんの話を書いた小説だったか。ならば、神戸羅生門のリーダーが老婆で僕が下人か。

 銃口を、神戸羅生門のリーダーへと向ける。僕が痛めつけたから、リーダーは荒い息遣いで僕をにらみつけている。

「最後に、何か話すことはないのか」

「お前に対して話すことなんて何もねぇよ」

「だったら、死ぬだけだな。お前たちがやったことは死刑が相応ふさわしい。どうせ裁判所で裁かれても懲役5年が良いところだ。だから、僕がこの手であの世に送る」

「それだけは厭だッ!」

「そうか。命いも大概たいがいにしろ」

 僕は、拳銃の引鉄ひきがねを引いた。銃声が鳴り響く。

 一応、万が一の場合に備えて拳銃は携帯しているが、相手に向けての発砲は威嚇いかく発砲のみ認められている。仮に僕が相手を拳銃で殺害したら、懲戒免職ちょうかいめんしょくどころでは済まない。最悪の場合、現行犯逮捕されてしまう。けれども、逮捕されるぐらいならいっそ相手を粛清しゅくせいしたほうがマシだ。

 弾丸が、相手の胸を目掛けて発射される。刹那せつな、相手は血を吐き出す。弾丸が急所を直撃したのだ。

「ぐはァッ!」

 神戸羅生門のリーダーだったモノが、その場に倒れ込む。血溜まりが、どくどくと僕の足元へと広がっていく。当然、僕も返り血を浴びている。半グレと言う言葉は、現行の法では裁けないから英語で灰色を意味するグレー、そして愚連隊との造語から来ていると言われている。しかし、その血はとても赤黒く感じた。

 サイレンが鳴り響く。どうせ、僕は逮捕されるんだ。ならば、殺人罪として逮捕されるべきだろう。

 パトカーから誰かが降りてくる。それが、上司の警部である事は分かっていた。

部下の刑事が、僕の手に手錠をかける。

古谷善太郎ふるやぜんたろう、君を殺人罪で逮捕する」

 そして、僕は刑事の身でありながらそのまま兵庫県警へと送還された。


 兵庫県警に到着すると、僕は取調室へと入れられた。当然、鍵はかけられている。

 取調室というおりの中で、上司の警部は話を進める。警部の名前は大泉旬おおいずみしゅんといい、元々は暴力団対策課に配属されていたので神戸の裏事情に詳しい。当然、神戸羅生門のことも把握していたので僕が報復としての殺人を犯すことも分かっていたようだ。

 大泉警部の低い声が、取調室に響き渡る。

「古谷君、仮令たとえ警察官といえども殺人はいけないことだ。それを分かった上で相手を殺したのならば、当然法で裁かれるべきだ」

「矢張り、相手が悪人であっても人を殺すことはいけないことなんですね」

「そうだ。君がやったことは大罪だ。殺人罪だと、最低でも5年は塀の中に閉じ込められることになる」

「5年か。刑期を軽くすることなんて、出来ないですよね」

「そうだな……。では、君に職務復帰のチャンスを与えてやろう。ミッションは簡単。神戸羅生門の内部へ潜入するんだ。彼らは裏社会で数々の悪行あくぎょうを働いていると聞く。当然、今回の事件は一握りに過ぎない。無事に神戸羅生門を壊滅させて手柄を立てたら、君の殺人罪は放免ほうめんしてやる」

 大泉警部からの提案に対して、僕は疑問を呈した。

「僕に潜入捜査官が務まるというのか」

 しかし、大泉警部からの答えは意外なものだった。

「君は兵庫県警組織犯罪対策局組織犯罪対策課の刑事。兵庫県警で一番激務と言われている部署だ。それぐらい、容易たやすいだろう」

 その言葉に、僕は正答するしか無かった。

「……。分かりました。やってみます」

 僕は、潜入捜査官として神戸羅生門に潜入する覚悟を決めた。当然、僕が潜入捜査官サツのイヌだということがバレたら、その時点でミッションは失敗。ゲームオーバーだ。だから、慎重にならないと。

「では、古谷君。後は自分の好きなようにしたら良い。ただし、自分がサツの犬であるという匂いは隠すんだ」


 ――僕は、吸っていた煙草たばこの火を消した。

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