第6話 発明家になった気分の毎日



冬も少しずつ厳しさが弱まって来て獣道が凍結する日も減って来た。



まぁここが半年前まで百数十人しかいない集落だったから、遅れているだけかもしれないけれど


ここには油のランプはあるけれど、石油・ガス・電気はまだなくて日本で生活していた頃のような便利な生活とは程遠いのです。


あれから3週間位に一度、王都からの使者がやって来ている


こんなお腹では獣道どころか、この集落の中だって歩き回るのがきつくなって来てる。



最近は使者の方々は、この街の発展する様子を観察するために来ているようで、うちに来てもハーブティーを飲んで雑談だけして、後は街を見回って帰って行きます。


私との雑談は楽しいらしい、良く分からないけど。



何にしても、未だに、照明はランプや蝋燭だけど、人口が増えて来ているし火事が心配だなって思っている。


「ねぇ、ウィリアムこの集落って、火事は起きた事あるの?」


「最近だと君が来た頃に、落雷が原因で一軒燃えたなぁ、その前はアン婆さんの家が焼けてアンさんはショックですぐに神の世界に旅立って行ったっけ、あとは原因不明だけど鳥小屋が燃えて鶏が全滅した、ジェイコブさんの孫が焼け死んだ火事もあったな暖炉の火が引火したんじゃないかって話だった、後は空き家で酔っ払ったスティーブンが寝込んでランプを落としたのが元で燃えたっけ、最近はみんな注意しているから、前みたいには頻繁に火事は起きてないよ」


この数十件しか民家が無い集落で1年間に5件も悲しい火災が起きているのに、”前みたいに頻繁に”って言えるほど、火災は多いんだなって思った。


火災5件÷全戸数45件=11.1%って これって少ないとは言えないと思う。


こんなペースで火災が起きて、人口が1000人2000人と増えたら、本当に大惨事になっちゃう



今はまだ一軒一軒が離れているけれど、集合住宅が建ち始めているし、寒さが厳しいのにテント生活者も沢山いる。テントの人達は焚火をしているから余計に火災の危険性が高い


「ねぇ、最近テントの人達が焚火をしているし、人も増えているじゃない、もし大きな火災になったら本当に沢山の人が大変な目に合うと思うの」


そう言って、椅子に寄りかかっていた身体を起こした。



思わぬ深刻な話題を振られたウィリアムは、それまで読んでいた本を閉じると、


私の方を向いて言った。


「その事については、私も心配していたんだよ、だからいつもあなたが火を使う時に必ず水の入った桶を用意している事を思い出して、火を使っているテントのそばの全ヵ所に水の入った桶を用意して貰ったよ」



「ありがとう、あなた」


「本当に心配なの、最近凄い勢いで建物が建っているでしょ、


収拾が付かなくなる前に、防火や防災の話をしておきたいと思ってるの」


「分かった、明日みんなに集まってもらって話をしよう」



翌日ウィリアムに呼びかけてもらい我が家に、この集落でやっている大工のオリバーさんと隣町からやって来た弟子のジョージさんハリーさん、そして長老のジェイコブさんに集まってもらって、日本に居た頃に習った防災の事を話した。


鉄筋コンクリート造りは無理だとしても、やっぱり不燃材とかはこの世界にだってあるんだからね。


なんとしても安全なまちづくりは大切



学校でもやっていた避難訓練とかも教えたら


「じゃあ早速できる事、できる人たちから始めましょう」という事で、さっそく翌日から道路の幅とかが決められていった。


建物が建ってしまったら、区画を直すのが大変だからって言う事で、何もないうちに、地図を作って、道路は広くとられる事になった、防火区域として、ここは燃えるものを置いてはいけない場所っていう感じで区画を区切って行った。


長老のジェイコブさんは朝から領主様へ報告に行ってくれる事になった。



水道なんかも、早いうちに整備しておいた方がのちに楽だからと、かなり話が大事になってしまったけれど


みんな協力して貰って作業する事になった。


ただ、先行投資になるのに、先立つものが無い。



これはマズイ、今まではほぼお金が掛からなかった、ここの森の物を使って、すべて賄えていたから


しかし、集合住宅は男爵が建築しているので、


ここの集落の決定と言って建築を止めたり変える事は出来ない。


私達は全員平民だしね。



既に着工している建物は今更、場所を変えられないので、道路の方を曲げたりして対応する事になった。


そして、先ずは建設作業員達に呼びかけて、避難訓練を行った。


彼らはとても協力的だったので、少しこちらの緊張の糸が伸びてしまった。



その調子で、テント生活の人達にも呼びかけをしてしまったのだ


とにかく集落にいる全員に、避難訓練を経験してもらう計画を進めていくのでした。



「・・・という訳で、皆さんに避難訓練に参加して頂きたいと思っております」


「なんだよそれ、それに参加したら、何か貰えるの?」


「そーだぞー、俺たちだって暇じゃねーんだよ」


「そーよー私たち家が無くて、困ってるんだから、参加したら家に住まわせなさいよ」


「火事なんて起きてないだろうが、言いがかりをつけて、ここから追い出そうって言うのか」


「そーだー、おまえたち俺達を追い出そうって言うんだろう」



テント生活の人達に、避難訓練に参加してもらうのはなかなか大変そうです。


説得に時間が掛かるようならば、別の参加者を先に集って訓練するように指示を出して元からの住民だけでも避難訓練をして貰う事にしました。


とにかくやるべきことが沢山あり過ぎなのです。



以前は、全て集落の人たちだけで、協力し合って狩りも、農業も、工事もやって来た。


だから人件費は掛からなかった。材料も森から切り出した木だったので、領主様もここの住民だけで遣っている分には、特に何もおっしゃらなかった。


とにかく大らかだった。



しかし、今は集落の人間だけじゃなく、隣町からも工事に人が入って来ている。


人件費が掛かるようになってしまったのだ。


便器を作る職人も、建物を建てる大工さん達もみんな、近くの街から集まって来ている。


そして、続々とお店が出来て、貨幣経済が回り始めてしまった。



上水道と、浄化槽、水洗トイレの業績予想を立てて、表にして業務計画・業務予測を書いてみた。


ウィリアムに、その業務予測を持って、街の銀行へ行ってもらって融資の相談をして貰った。


が・・・結果は全敗だった。


いなかっぺの平民丸出しだったから、完全に門前払いだったよう。


ウィリアムはかなりへこたれていた。


しかし、ここで諦めたら、上水道や浄化槽の普及が止まってしまう。




それと並行して、電気を何とかしたかった私は、ウィリアムとレオナルド先生に電池とモーター、電球の話をした。


電池は、小学校の時に同級生の男の子が分解していたのを見ていたから、なんとなく分かる


けど、マンガンの棒とか亜鉛とかって、この世界にあるのかなぁ


って、正直心配していたんだけど、流石はレオナルド先生、数日後にはちゃんと用意されていました。


私の描いた分解図を基に電池を作って、まだ電球が無いので、針金でショートさせてみた


ぱちっ と小さな火花が飛んで実験は大成功。


私は心の中でガッツポーズをした。


これで電球やモーターが出来たら、便利な生活に近づくんだ~


流石に半導体とか習って無いから、スマホとかは無理だけどさ


モーターが出来たらポンプとか、色んなものが動かせるようになるからね。


楽しみだよ。


でも先ずは電球からかな?



実用的な電球はイングランドのジョセフ・スワンさんがカーボン電球を発明したけれど寿命が短すぎるので



アメリカ人のトーマス・アルバ・エジソンさんが、


扇子に使われていた竹を蒸し焼きにしたフィラメントを作ったら、


長寿命の電球が出来たのが実用化された最初の電球って勉強した。



構造としては細くて電気の流れにくいフィラメントに電気を流したら、フィラメントが発熱して光輝くというのが電球の原理で


フィラメントが熱くならないと光らないんだけど、熱くなると空気中の酸素でフィラメントが燃えちゃったり蒸発しちゃうから真空にして寿命を延ばしてあるっていう事。


今では、炭じゃなくて、タングステンって言う熱に強い金属を使ってるってことと真空にする代わりに、窒素とかのガスを入れて蒸発しにくく改良されてるってところまでは、覚えてた



実用的になるまでは、本当に色々と知っていないと駄目なことだらけなんだよね。


世の発明家の皆様本当にありがとうございます。


便利な日本に生まれ育って本当に幸せだったなぁ・・・なんて事を思いながら


レオナルド先生に話したら、なんとなんと、先生は電球も作ってしまいました。



ただ、タングステンについては分からなかったそうで、竹から作った炭で作られていました。


今の所、寿命は1週間弱まだ実用にはちょっと遠い


ネットがあればタングステンも探せそうな気はするんだけどね。


ここの世界にネットが無い事が本当に残念です。



それでも明るく照らしてくれる電球の登場で私の未来が明るくなってきた気がしました。



電球と電池のおかげで、スイッチを入れると直ぐに明るくなる懐中電灯や、家の中の照明も安全に便利になりました。


先生は、数人の弟子に医術と共に必要になる技術だからと、自宅に電池・電球の研究をする部屋を作って


改良を続け3か月ほどしたところ、電球のフィラメントは手に入りにくい竹じゃなくて、


綿の糸から作るのがコストと寿命のバランスがいいっていう事と


電池も、かなり色々と改良が加えられて実用的な電池と電球になりました。



量産するにあたっては、街まで下りて行って、街に工場を作るかどうしようか悩みましたが、


広い土地が開いていない事と、獣道を広げれば馬車でも行き来できるようになることから、


ここの町に工場を作る事で決定しました。



ここでも銀行の融資を受けるのに、一苦労するのですが


意外な所から助けて頂きました。


なんと、2~3週間に一度、こちらに視察に来ていた、マルコム・ヴィヴィンティヨさんが


こっそりと私達の事を保証してくれたので銀行からの融資を得ることが出来たのです。



何回目かの融資を断られた旦那様が、落ち込んでいたある日


なんと銀行の人が我が家を訪ねてきました。


そして、私の書いた事業計画書をしっかりと読んで融資を約束してくれたのです。


なぜ、突然融資をしてくれる事になったのかは、全く分からなかったので


恐る恐る聞いてみましたが、教えてはくれませんでした。



その日の夕方に、領主様からの手紙を頂きました、私達が素晴らしい事業を行っていると聞いているが、融資を受けられず、事業が進められていないと聞いたので手を貸してあげたいという内容でした。


この国の貴族への作法なんて、全く分かりませんでしたが、領主様へのお返事は、


”ありがとうございます、是非今度お話をさせてください”と言う返事を送りました。



数日後、領主の執事の息子だと言うフィリップさんが、領主様からの手紙を持って


私達の会社の経理を手伝う為にやって来ました。


しかも給金は非常に低い金額を自ら言われたのです。


私達は驚いて、聞き返しました。


「領主様からも給金を頂いているので本当は必要ない位です、この領地全体の将来の為の投資だと考えています」


そう言われ、少し間をおいてから



「しかし無給だと、色々と問題もありますでしょうから、この価格で経理の仕事をさせていただければとおもっているのです」



まだ私たちは何にも決めてなかったのに、思わぬハイスペックな方の力添えに恐縮しながらも、


有り難く手伝って頂く事になりました。


「「「どうぞよろしくお願いいたします。」」」



おかげで、私達は資金の事で頭を悩ます事無く、研究開発と工事に全力投球出来るようになりました。



直ぐに電池・電球製造の会社を立ち上げ街から製造の為の工員を集いました。


大工のオリバーさんは、各工事現場への指示に忙しく、自分が工事をする事が出来ないと、ちょっぴり寂しそうに言っています。



工場と社宅が急ピッチで建設されています。


あっという間に只の集落が、この領地で一番の工業地域に変貌を遂げ始めていました。


集まった工員は生産の訓練を行って、工場が完成するまでの期間は、仮に作った小屋で試験生産を始めました。



同じ品質の電池・電球・そして便器や浄化槽・水道の部品も量産されるようになりました。


プラスチックはまだありませんが、鉄管で上水道&浄化槽が作られるようになりました。



便利な懐中電灯もデザインが改良されて夜間馬に乗る人たちから必需品とまで言ってもらえたり、火災の心配が無いからと家の照明に使う人たちも出て来て、電池電球製造はとても盛況でした。



去年まで殆ど人が通らなかった、山の中の獣道ほどだった道が


馬車の往来にも耐えられる道へと拡幅する話に繋がり


領主様の主導で道路の工事が始められる事になりました。




私は、ここにモーターを使ったケーブルカーを作る事を考えていました。


ケーブルカーがあれば、この斜面を楽に移動出来て、物流も人の移動も本当に楽になるから。


その為にも早くモーター&発電機を開発したかったのです。



いつもの夕食の時に私は、このケーブルカーの話をしました。


「ねぇ、モーターと発電機はまだ軌道に乗っていませんが、領主様の作ってくださっている道路と並行して、私はケーブルカーを作りたいと思っているんです」


そう言うと、今日も話をしに来ていたマルコム・ヴィヴィンティヨさんが言いました。


「ケーブルカーとはどんなものですか?」


私は、以前皆に見せた図を見せながら説明しました。


「山の山頂と麓の間にロープを通します。斜面に沿って鉄のレールを敷いて、そのレールの上をケーブルで引っ張られる籠が通ります」


「籠が大きければ一度に沢山の人が上り下りできます。」



「なるほど、それは自分で上り下りしなくて済むので、足腰の悪い人にも良さそうですね。」


レオナルド先生も、一緒に頷いている


「そのモーターの代わりに、馬で、リールを回したら直ぐにケーブルカーが作れますね」


そして、マルコム・ヴィヴィンティヨさんが驚きの提案をしました。


「そっか、モーターにこだわり過ぎてたんだ、早速、ケーブルカーも考えよう」


「道路が凍結する冬でも軌道が凍り付かなければ、ケーブルカーで人も物も運ぶことが出来ますね」


皆の顔が明るくなった。


次の日、マルコムさん達は麓へ帰って行きました。







翌日、都から、電池電球の製造差し止めの紙を持った人がやって来ました。


どうやら電池や電球の特許を取った人が居て、その人に特許侵害を訴えられたようです。


「ここの田舎者は、私たちの開発した電池や電球を無断で製造販売しているようだ」


「今までの売上全てと、製造工場を没収する」


にやりと笑ったその男たちは、私たちを一瞥すると、工場に入って行き完成した商品を次々と荷役人たちに運び出させました。


設計図や実験データは私たちの家と先生の研究所にあるのですが、いずれそれらも見つかってしまう可能性があります。



私たちが開発したものなのに・・・


電池も、電球もしっかり、全ての部位で特許の侵害を主張されました。


工員の中にもスパイが紛れていたようで、製造方法の事までもが特許をとられていました。


ここには、法律に長けた人が居なかったので、全く反論できなかった私たちは、茫然としていました。



この世界で特許制度がある事に頭が回らなかった自分が行けないのですが…


その上、そろそろ出産の時期の私は、焦るばかりで戦う知恵が全く出ませんでした。



私は、大きな布に包まれてハンモックのような格好で、


ウィリアムとレオナルド先生がまるで罪人のように街へと連行されました。


すぐ脇で工事が行われている、獣道を通り過ぎて、馬車が通れる場所まで来ると、



豪華な馬車と男の人たちが待っていて、私たちを連れてきた男たちと何やら話し合いをしていました。


暫くすると、私たちを連れてきた男たちは渋々といった表情で去って行きました。



御者は一礼すると私たちに、「大変な思いをされましたね、どうかほんのひと時ですが、私たちの主人が休んでいくようにと言っておりますのでお乗りください」と、とても豪華な馬車に乗せられました。

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