第5話 来訪者
こうして集落はこの半年で物凄く清潔になった。
猟師が獲物を獲って帰って来ると、みんな共同で解体して、皮をなめしたり肉を加工したりあっという間にバラバラになる。
以前だったら、飛び散った体液とか、捨てる部位がそこら辺に無造作に捨てられて異臭を放ったり虫が湧く原因になっていたんだけど、こういった獲物の解体で出た体液なんかも綺麗に洗い流されて、その汚水は浄化槽に流れる、調理場の排水も全て処理されるのようになったので、
初めて集落に着いた時に感じていた血生臭さもなんかも集落から無くなったように思う。
水道が出来た事で、掃除もきちんと行われて、作業が終わったらみんな、自分の身体を洗うようになったおかげで、本当にみんなが清潔になった。
集落が清潔になった事で、みんな健康度合いも良くなった。
うちの集落から、川へ流れこむ水も綺麗になったので、下流の村も病気が減って来たらしい。
あとはお風呂も作って欲しいけれど、今とりあえず共同の風呂があるので、当分はそこで我慢って事らしい。 あー毎日お風呂に入りたいです。
そう言えば集落の中でも下流の方にある、トーマスの家の水源は川の水だった。
トーマスのお母さんも日常生活はかなり自力で出来るようになった。
トーマスは大工のオリバーさんについて見習いとして浄化槽を作るようになった。
将来は国中に浄化槽と水道を設置するのが夢なんだとか・・・
また、集落に毎日のように行商がやって来るようになり、私の念願の紙とペンが手に入ったので日記をつけるようになった。
集落全体が活気にあふれ、染物以外にも猟師が獲ってきた肉も加工した肉や漬物なんかも、次々と町に売れて行くようになった。
仕事があると人間がやって来る、移住してくる者が現れ始めたと思ったら、あっという間にただの集落の人口は200人に増加し、秋から冬へ季節が変わる頃には、もう移住者の方が今までの住民より多くなってしまった。
年を跨いだころには、人口だけはいっぱしの町へと変貌を遂げていた。
とにかく集落のあちらこちらから、トンカチの音が響いている。
家の新築ラッシュが進んで、町から何人も大工さんがやって来て、新築の集合住宅を建てている。
オリバーさんも本業の大工仕事に忙しくなり、レオナルド先生は医者として忙しくなってしまい、研究からは一歩引かざる得なくなった。
トーマスとウィリアムが技術指導者となって、他所からやってきた人たちが浄化槽&水道を作るようになった。
半年前5歳の男の子だったのに、今ではしっかりとした技術者の顔になっている。
仕事が終わると週に一度はトーマスが我が家に顔を出す。
「毎日来ても良いよ」と言うと
嬉しそうな顔で「家の食事を作らなくてはいけませんから」と答えるトーマス
そして、ウィリアムと実験や仕事の話をして、うちで夕食を食べると
お母さんの分の食事と、食事のレシピと数日分の食材などを私から渡されて、最後に私に抱き着いて、満足したように帰って行く。
家に帰れば、かなり元気になったとはいえ、何年も寝たきりだったお母さんの世話をしなければいけないし、仕事の時には、子供だからと馬鹿にされない様に、気を張って大人のように頑張っているけれど、まだ6歳の男の子なんだもん、もっと甘えさせてあげたいって思う。
ある晩、トーマスが帰った後、私は激しい吐き気を覚え
トイレに顔を突っ込んだまま朝を迎える事になった。
翌朝、慌てた様子のレオナルド先生が私を診療した。
じっくりお腹とか腕とか色々触って、難しい顔をしていた先生がいくつか質問をした。
私は、質問されてえって思った
そりゃ、確かに、そっか・・・そんな事無いと思ってた。
そして、質問に答えていると
先生は笑顔で
「カオリさん、動き過ぎですよ、少しゆっくり休んでください」
「おめでたですね。カオリさんは無理しまくるから、ほんと大事にしてください」
私は、頭がパニックになってた。
わ・・お父さんお母さんに連絡しなきゃ
どう頑張っても日本にいる両親に連絡なんて取れないのに、両親に連絡をしたいと思う。
ウィリアムも、おかしくなったようで変なポーズをとってる
「ウィリアムさん、落ち着いてください、カオリさんに無理をさせないでくださいね、また、見に来るから」
そう言うと先生は、特に何もしないで出て行っちゃいました。
それから、ウィリアムは超絶過保護モードに突入
私の24時間監視体制に入ってしまった。
「お願いだから、それだと休まらないし、ウィリアムが疲れて倒れちゃうから、普通にしててください」
そういって何とかウィリアムに仕事に出て行ってもらった。
季節は変わり冬になった、今まで割と過ごしやすい気候の集落だったけれどやっぱり冬は寒くって
石油やガス・電気が無いのでファンヒーターもエアコンも無くて、ただの石油ストーブも無い
石炭や薪を燃やす暖炉とか、直火の暖房ばかりなので、一酸化炭素中毒とか家事が心配
とにかく寒いのが嫌いな私には厳しい冬です。
ここが魔法の使える世界だったらなぁって、本当に何度願った事か・・・
でも、魔法が無くても、魔法のような事は起きる訳で、
皆で、夕食を食べている時に、私が
「日本では窓から逃げる熱が一番大きいから、断熱二重窓にしたり
家の壁は気密性の高い断熱構造にして床や天井の裏にも断熱材を入れたりして熱が逃げないようにしていたんだよ」って話をしたおかげで
秋のうちから、暇を見つけてはオリバーさんがコツコツと我が家の大改造を行ってくれて、トイレを含めて気密性の高い家になった。
寒いトイレでヒートショックって言うのは、我が家では起こりそうもない位に暖かくなりました。
実験用の浄化槽に繋ぐ為に、お手洗いが4つもある狭い我が家
外にあった台所も壁と屋根と床が作られて、暖かい家の中で調理する事が出来るようになった。
しかしこんなにトイレがあってどうするんだろう。。。
トイレの事・外の浄化槽の事を考えると苦笑しか出てきません。
年が変わって、町の中に雪は無いけれどとにかく寒いので、隣町とここの町を繋ぐ道路や川が凍るようになった時に、王都から使者がやって来た。
最初人口の急増を受けての視察とかだと思っていたけれど、使者の目的はなんと私だった。
「カオリというのは、あなたかな?」
「はい、そうですがどういったご用件でしょうか」
集落では見た事のない身なりの良い人物が突然訪ねてきたので、私は驚いた。
それと、彼があと一歩横に移動したら、実験浄化槽の上に乗ってしまう。
あれを踏み抜いたら大事だから、気が気じゃない
表に”危険立ち入り禁止”の立て札を立てなくては、と思う
「あのすみません、足元が非常に危険ですので、下を見ながら土の所だけを歩いて、中におあがりください」
えっと、こういう偉い人に会う時って、カーテシーとかするんだっけ?
良く分からないけど、浴衣状の服の裾をつまみ上げて、上半身を倒し込んだ
「カオリでございます」
しまった、目上の人が名乗るまでしゃべっちゃいけないんだったっけ・・・
この体勢キツイ。。。やり慣れて無い事やるんじゃなかった。
お腹も少しキツイ、悪阻はもう無いけれど、お腹に異様に力を入れるポーズなので、これはキツイ。
「ああ、私はマルコム・ヴァヴィンティヨだ、楽にしてください」
はぁホッとした、私は立った姿勢に戻ると、
家の中の椅子へと案内する。
平民の家の物だからね、飲んじゃくれないんだろうなって思いながら、ハーブティーを淹れる。
あとで食べようと思っていた、クッキーも一緒に出した。
「薬草から作った、ハーブティーになります、寒い中をこの山奥までお尋ねくださってご足労様です」
「こちらこそ、突然なのにありがとう」
「どうぞ、あなた様もお掛けになってください」
優しげな笑みを湛えたまま、私が座るのを待って話し始める
ハーブティーを一口飲んでから
「噂通りの美味しいハーブティーですね」
私は、どんな要件なのか、緊張してじっと相手を見つめている。
「麓の街では、あなたが水回りの改革を行ってから街へ流れてくる川の水が綺麗になったと噂でしてね」
私は黙って頷いた
「その他にも、このハーブティーの話も、染物の話も、病気が減少しているという話も出ているので、是非あなたを王都にお招きして、お話を伺いたいという事になっているのです」
私は、驚いて、どうしたら良いものか分からなくなっていた。
「そのような、身分ではありませんので」
折角ここの生活に根付いて来たのに、偉い人の下に行ったら、こき使われて自由が無くなりそうだなって思った。
日本に居た頃と同じことになるの?
なんて、久しぶりに時間の自由の無い生活を思い出してうんざりした気持ちになった。
異世界から来た者っていう事は、この集落の人は知ってるんだけど、その辺はどう伝わってるのかな?
「それと、私 妊娠しております。家から外へ出る事もままならないのに、凍結した峠道を歩く事は出来かねます」
「それでは、人を用意するので、おぶさって来てはもらえないだろうか」
お腹が出て来てるのに、凍結した道をおぶさって移動しろって、何考えてるのよ
頭痛がするとばかりに、こめかみのあたりを抑える。
「どうしても、王城に来てはもらえないですか」
畳みかけるように、言って来た。この男、何も考えていないに違いない。
その時、ドアが開いて
「ちょっとぉ、お貴族様 妊婦にこの凍結した道を歩けなんて、無茶言ってるんじゃないでしょうね」
「全く何考えてるのよ」 「そうだそうだ」 「貴族だからって横暴だぞ」 「一昨日、来やがれってんだ」「妊娠してるんだから、相手の状況を考えてから来いよ」「とにかくここに居たら迷惑だよ」 「カオリちゃん好き」
次々とみんなが入って来て、文句を言ってくれた。一人だけ変な事言ってる気がするけど
と言うと、マルコム・ヴァヴィンティヨ氏は、深く目をつぶり
「失礼いたしました。 妊娠されていらっしゃったのですね。 ご自愛ください。」
と言うと一礼して、帰られていった。
せめて馬車で普通に行き来できるなら良いけど、って思ったけれど
もし私がいなくなったら、ウィリアムが発狂するような気がするから、あんまり行きたくない。
ウィリアムは本当にいつも大事にしてくれる
端っこの方で、赤い顔をしたウィリアムが居て
ご近所の皆さんは、笑顔で良かった良かったと言いながら帰って行った。
お願いだから、一人ずつ安全な所を歩いてくださいねと願った。
私は子供の頃からずっと周りの人を信じてなかった、けれどこの世界の人達の親切に甘えたら
日本に居た頃も、みんな周りの人たちが親切にしてくれていた事に気付く事が出来た。
お礼を言う事は叶わないけれど、今は心から感謝の気持ちで一杯。
そんな事があってから、住民の皆さんはこれまで以上に私を大事にしてくれるようになってしまって、なんていうか恐縮の日々を過ごしています。
それにしても、好景気って言うのはなんていうか、凍った獣道なんてものともしないようで
いっぱしの町に発展したこの集落に次から次へと新しい住民が増えている。
森が日々切り開かれて、何棟も集合住宅が建てられているのに、全然足りていなくて、今や入居出来ない人たちに自分達の住んでいる家の部屋を貸す商売も絶好調、お向かいのトムとジェーンは、家の部屋は全部人に貸してしまって、自分達がテントを張って住んでいるという、なんだかおかしな状況。
寒いでしょうにねぇ・・・
移住者たちとトムたちのようなテント生活者もいっぱい出て来ていて、
色々な食べ物屋さん、雑貨屋さん、道具屋さん、何でも屋さんとか毎日新商売も次々と誕生している。
私はのんびりお風呂に入る喜びを、みんなにも味わってほしくて、公衆大浴場の建設をお願いしている所だけど、暇な時にお願いしますって言ってしまった事が、仇となって、大工のオリバーさんが忙しくて寝る暇もない今日この頃、大浴場に入る事はなかなか実現しそうにないです。
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