第36話

 王宮の地下にある地下牢は、しんと静まり返っていた。かんかんかんとコルネリア達の足音が響く。


 罪人たちが捕らえられている牢屋は別にあるため、王宮地下の牢にはほとんど囚人はいない。それでも牢の中には数名倒れている人がおり、兵士たちが確認をするが既に亡くなっていた。


(――国王様。無事でいてください)


 コルネリアが祈るように両手を握りしめながら歩いていると、牢の中で水色の髪色をした男性が倒れているのを見つけた。


「国王様!」


 コルネリア達が駆けつけると、中にいる男性の指がぴくりと動いた。あおむけに倒れているその男性こそ、パトリックの父でもあるブーテェ法国の国王だった。


 国王のすぐ隣には、たっぷりと水の入った桶がある。他の牢にはない水があったため、ぎりぎりのところで国王は生きていられたようだった。


「クルト」


「はっ」


 ヴァルターの合図でクルトが剣を南京錠の輪に差し込み、強引にカギを開けようとする。


「すぐに治して差し上げないと」


 コルネリアはクルトがカギを開けるのを待っていられず、鉄格子の間から手を差し入れて治療をしようと思い、鉄格子の方へ駆け寄った。その時。


「コルネリア!」


「きゃっ」


 ヴァルターが名前を呼び、ぐいっと腕を引っ張って何かからコルネリアをかばう。


「くっ」


 ヴァルターが顔をゆがめ、コルネリアはヴァルターが自分をかばって切りつけられたことに気が付き悲鳴を上げた。ヴァルターは肩から腕にかけて切られており、血がぽたりぽたりと腕を伝って床に落ちた。


「なんで庇われてるのよ!」


 震える手でナイフを持って叫ぶのはマリアンネ。コルネリアをにらみつけながら、再びナイフを持った手をかざした。


「この!」


「殺すな!」


 南京錠が壊れ、クルトが剣を振りかざしてマリアンネに切りかかる。剣が当たる寸前にヴァルタ―に止められ、剣の軌道を当たる直前で変えた。


「きゃあ!」


 クルトの剣はマリアンネの腹付近を浅く切りつけ、クルトはそのまま剣を離すと素手でマリアンネを床に押さえつけた。


「ざまあみろですわ!」


「ヴァルター様。すぐ治します」


 コルネリアは泣きそうになるのをこらえ、ヴァルターの体へ手を当てる。光がヴァルターを包み込み、傷は跡形もなく消えた。


「なんで。私は癒しの力使えないのに、あなたは使えますの?」


 マリアンネはそう叫ぶのを聞いて、コルネリアはマリアンネの方へ歩き出す。自分が傷つけられるのも嫌だったけれど、目の前でヴァルターを切られたことに我慢ができなかった。


「マリアンネ。あなたの力は女神様から借りてただけでしょう。だから、聖なる湖がなくなれば消えてしまうのは当然ですわ」


「な!気持ち悪い!そんな風に傷を癒せるなんて、人間のできることじゃないじゃない!化け物だわ!」


 ぎゃあぎゃあとわめくマリアンネの前に立つと、コルネリアは思いっきりマリアンネの頬をビンタした。地下牢にバシンと乾いた打撃音が響く。


「自分だって、女神様の力を借りていたのに。いざ使えなくなったらそんな風に文句を言って、恥ずかしいとは思わないんですの?」


「殴るなんてひどいわ。コルネリアがどうにかしてよ!」


 ずっと自分に従ってきたコルネリアに叩かれたことがショックだったのか、マリアンネが涙目になりながらそう言った。


「昔。儀式用の大切なコップをマリアンネが割ってしまって、その罪を私に着せたことは覚えてる?」


「あの時も、どうにかしてくれたじゃない!」


 めったに神殿に来ない幼い日のマリアンネは、ある日司祭がずっと大切に準備をしていた儀式用のコップを割ってしまったことがある。幼いマリアンネはコルネリアの部屋に割れたコップを置いて、コルネリアが割ったのを見たと証言したのだ。


 コルネリアが違うと否定しても信じてもらえず、3日間ご飯を食べることができなかった。


「全部私に罪を着せて、生きていけると本当に思ってらっしゃるの?」


 見習い聖女だったあの頃は、ご飯抜きでお腹を空かせるコルネリアのもとへ、ラウラたちが自分のご飯を持ってきてくれて何とかやり過ごした。だが、信じてもらえなかった悔しさは忘れていない。


「でも。だって。コルネリアが」


「いい加減にしてください!一時的なことだとしても、聖女だったのなら聖女として最後まで全うしてください。私からは、それしか言うことはありませんわ」


「嘘でしょう。コルネリア。助けてくれないんですの?」


 マリアンネの記憶の中のコルネリアは、いつも自分の要求を叶えてくれていた。そんなコルネリアが自分を助ける気がないと知り、唖然としたようにつぶやく。


 コルネリアはマリアンネのつぶやきに答えず、牢の中へ急いで入った。国王のそばまで行くと、両手をそっとかざして治療を始める。


「おい。行くぞ」


 クルトが無理やりマリアンネを立たせるが、クルトの言葉は耳に入ってはいないようだ。ぶつぶつと何かを呟いている。


 コルネリアが両手をかざして数分後、国王の顔色が少しだけ良くなる。国王自身に外傷はなく、栄養不足で倒れていると考えられた。


「ヴァルター様。これで大丈夫なはずです。国王様を運び出し、レオンハルト様を呼びましょう」


「ああ。コルネリア、君は大丈夫か?」


 立ち上がったコルネリアを気づかうヴァルターに、コルネリアはにっこりと笑顔を浮かべた。


「かばってくださってありがとうございました。ヴァルター様がいるから、大丈夫ですわ」


「そ、そうか」


 少しだけ照れたようにヴァルターは頬を赤く染め、周りの兵士がにやにやと初心な主を見つめる。


「ヴァルター様。そういった雰囲気は、外に出てから方がいいかと」


「分かっている!さあ、行こうか」


 ヴァルターが差し出す手に、自身の手を重ねてコルネリアは微笑んだ。

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