第35話
「ヴァルター様!王宮内はもぬけの殻です!」
「そうか」
前回の会合で、正面から法国の王宮へ侵入する役を買って出たのはヴァルターだった。帝国から攻められる心配のないネバンテ国は、半数を自国に残し、もう半数を引き連れて法国の王宮に侵入をしている。
レオンハルトたちは安全を考え、軍の後ろで待機をしていた。王宮を奪還した後で、王宮内へ呼び寄せることになっている。
「ひどいわ」
ヴァルターと共に馬に乗って王宮に入ったコルネリアは、思わず口元を覆う。美しく豪華な王宮は、そこにはなかった。多くの人でにぎわっていた正面玄関は、荒れ果てて人の気配が全くない。
「この先は俺だけが行こう」
コルネリアの様子を気遣ったようなヴァルターの言葉に、コルネリアは首を振る。
「いいえ。王が怪我や病気をしていたら、すぐに治さないといけませんので行きますわ」
いまだ法国の王は見つかっておらず、コルネリアは王宮の地下牢に捕らわれているだろうと考えていた。女神の愛した初代の王と同じ色の国王も、女神の愛の対象だ。確実に助けなければ、とコルネリアは思っている。
「そうか。馬から降りていくが、絶対に俺から離れないように。クルト、コルネリアから目を離すなよ」
「ありがとうございます」
先に馬から降りたヴァルターが手を伸ばし、コルネリアを抱きしめるようにして降ろす。ヴァルターの前と後ろに兵士がおり、クルトはヴァルターの言葉通りコルネリアを守るために、コルネリアの斜め後ろを歩く。
「コルネリア!」
建物に入ってしばらくすると、長い廊下の向こう側からパトリックの姿が見えた。彼はコルネリアを見つけると、にやっと狂気じみた笑みを浮かべた。
「うっ」
パトリックが近寄ってくると、異臭がしてコルネリアは眉をひそめた。すぐに兵士たちがコルネリアを囲み、パトリックへ剣を向ける。
「遅いぞ!なんですぐ来なかったんだ!」
ふらふらとした足取りのパトリックは、コルネリアしか見えていないようだ。兵士たちが剣を向けているにもかかわらず、コルネリアの方へ歩いてくる。
「取り押さえろ」
ヴァルターの言葉で兵士たちが動き、パトリックを無理やり抑え込んだ。
「おい!ふざけるな。俺を誰だと思っている」
「愚かにもクーデターを起こし、国を滅ぼしかけた罪人だな」
ヴァルターが吐き捨てるように言うと、パトリックは笑みを消して涙を浮かべる。
「なあ。コルネリア。助けてくれよ。幼いころからずっと一緒にいただろ?俺はお前によくしてきたよな?」
コルネリアはパトリックの意思に反することをしてこなかったため、パトリックは本気でコルネリアがどうにかしてくれると信じているようだった。
「コルネリア。こんなやつと話さなくてもいい」
「いいえ。ヴァルター様」
コルネリアが押さえつけられているパトリックの前まで歩く。パトリックは顔を上げて、すぐ目の前まで来たコルネリアに必死で話しかけた。
「聖女であるお前が女神に謝ってくれ!そうすれば、女神も許してくれるだろう」
「それをして、私に何の得があるのですか?」
「え?」
冷たい表情のままコルネリアが言い放つと、パトリックはぽかんと口を開けたまま彼女を見つめる。
「あなたの愚かな振る舞いのせいで、多くの国民が苦しみましたわ。一度は王になったのなら、せめて責任だけは自分で取りなさい」
「お、俺のせいじゃない!こうなるって教えてくれなかったコルネリア、お前が悪いんだ!」
「なんだと?」
パトリックの言葉にヴァルターが身を乗り出し、クルトも剣を握りなおす。
「全てを私のせいにする癖は、結局治りませんでしたわね」
そう言うとコルネリアはパトリックに背を向け、ヴァルターのもとへ歩いた。
「コルネリア。いつもの優しいお前に戻って、俺を助けてくれ!」
「私、あなたのことがずっと嫌いでしたわ。でも、ヴァルター様と結婚させてくださったことは感謝していますの。ネバンテ国で幸せになれたから、今となってはあなたは私にとってどうでもよい存在ですわ」
「連れていけ!」
コルネリアがパトリックに背を向けたまま言うと、ヴァルターが優しく抱きしめながら兵士に指示を出した。
コルネリア!と叫びながらパトリックが連れられて行く。段々とその声が遠くなっていくのを、コルネリアはヴァルターの胸の中で聞いた。
「泣くな。コルネリア」
ぽろぽろ、とコルネリアの両目から涙がこぼれ落ちる。パトリックに嫌いだったと告げた瞬間、物心ついたころからパトリックとマリアンネに虐げられてきた思い出がよみがえった。当時の頑張っていた自分を抱きしめてあげたい、コルネリアはそう思いながら涙が止まらなかった。
(――ずっと大変だったけど、頑張ってきてよかったわ。優しく抱きしめてくれるヴァルター様と出会えてよかった)
少しの間泣いていたコルネリアは、まだ王を救っていないことを思い出し涙をぬぐう。
「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。行きましょう」
そっとヴァルターから体を離す。周りの兵士たちにも申し訳ない、と頭を下げると、彼らはぶんぶんと首を横に振る。
「大丈夫ですよ!王妃様!」
「ヴァルター様がうらやましいくらいです!」
コルネリアは軽口にくすり、と笑う。本当にいい人に囲まれているな、と改めてコルネリアは実感した。
「王は地下にいる可能性が高いんだったな。行くか」
「はい」
ヴァルターの言葉にうなずき、コルネリア達は廊下を進んでいった。
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