第12話
ネバンテ国には城はあるものの、要塞として役割が大きくヴァルターの執務の多くは屋敷で行われていた。
ヴァルターの執務室でコルネりアが本を読んでいると、トントンと控えめなノックの音がした。
「ヴァルター様。バルウィン・アンドロシュが参りました」
「入れ」
ヴァルターと短いやり取りをして入ってきたのは、青い色の長髪をゆったりと結んだ優しそうな男性だ。彼、バルウィンはネバンテ国の若き宰相であり、クルトと同様にヴァルターの幼馴染でもあった。
バルウィンの後ろから、大きなおなかをゆっさゆさと揺らしながら中年の男性も入ってくる。彼はヨリスと言い、ネバンテ国で最も大きな商店を営む商人でもある。
「揃ったな」
そう言ってヴァルターが立ち上がり、入室した二人をソファーへ座るように促す。コルネりアは読んでいた本を閉じ、二人へと頭を下げて挨拶をする。
「コルネリア。今後の天気について詳しく教えてもらいたい」
そう言うと、ヴァルターが地図を机の上に広げる。コルネリアはペンを手に取り、頷いてみせた。
コルネリアがここで予測した1か月先までの天気は、バルウィンがまとめて領土内へとすぐ通達をする。また、移動が多い商人たちについては、ヨリスを通じて伝えられる予定だ。
ネバンテ国全土の天気について、大まかに紙にまとめる。
【このようになりますわ】
「コルネリア様。海の方の天気も分かりますでしょうか?」
海を越えて商売を行うヨリスの言葉にうなずき、彼が指さす海域の天気についても伝える。
コルネリアの天気予報に関しては、女神信仰により得た神の御業だ。癒しの力とは異なり、10人の水色衣の聖女にしか扱えない。また、その予報は外れることがなかった。
「コルネリア様ありがとうございます」
バルウィンが胸に手を当て、コルネリアに頭を下げる。本当に天気予報が当たるか半信半疑だった彼だが、一か月前に最初の予報を行っており、それらがぴたりと当たっていたためもう疑っていない。
コルネリアはにっこりと微笑む。
【それでは、詳しく地域ごとに説明しますわ】
コルネリアがそう言って紙に情報を書き足していくと、男性陣3人は食い入るように紙を見つめた。
時間にすると3時間ほどだろうか。ヴァルターが机の端にある呼び鈴を手に取り、りんりんと鳴らす。
「およびでしょうか」
扉のすぐそばに待機していた老執事のマルコがすぐに現れる。
「客人にお茶を」
「かしこまりました」
ヴァルターの言葉に、バルウィンとヨリスがふぅ、と一息つく。この言葉はこの話し合いの終了を意味していた。
しばらくするとマルコがお盆を手に現れる。4人の前にコーヒーと皿に乗った小さなケーキを置いていった。ドライフルーツがたっぷり入ったケーキは甘さが控えめで、洋酒の香りがふわっと鼻をくすぐる。
「美味しそうですな。早速食べさせていただきます」
良い香りにくんくんと鼻を動かしたヨリスが、コーヒーに手を付けずにケーキを食べる。
(――美味しい!疲れた頭にしみわたりますわ)
にこにこ、とコルネリアが一口食べて嬉しそうな顔をする。そんな表情をじっとヴァルターが見つめる。
「美味しいか?足りなければ、すぐに追加を頼むが」
【大丈夫ですわ。あと少しで夜ご飯の時間なので】
「そうか。君は細すぎるからな。食べられるときに食べた方がいい」
ヴァルターはそう言うと、控えていたマルコへ目くばせをする。マルコは頷き返すと、手元のメモに『洋酒とドライフルーツのケーキ〇』と書いた。
この奥様メモは後ほど料理長へ伝えられる。コルネリアの知らぬところで、屋敷内の人間はコルネりアの趣味趣向を共有するようにしているのだ。
ぱくぱくと美味しそうにケーキを食べるコルネリアを、ヴァルターが穏やかな表情で見つめる。
「おほん」
放っておくと二人の世界に入りそうなヴァルターに、バルウィンがわざとらしく咳をする。
「それでは、私はこれで失礼します」
「儂も失礼します」
バルウィンとヨリスが立ち上がり、ヴァルターとコルネリアに一礼をして部屋を出ていく。
コルネリアのケーキ皿もコーヒーカップも空になり、ちょうどいいタイミングだと彼女も立ち上がる。
「奥様。次は紅茶をいかがですか?」
立ち上がったコルネリアにすかさずマルコが話しかけ、コルネリアは再びソファーに座る。
「せっかくだから、紅茶を飲みながら本を読んでいくと良い」
ヴァルターの言葉にコルネリアは少し悩み、頷いた。マルコはヴァルターの方を見て、彼女に見えないように主へウインクをした。
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