第6話

 病院と呼ばれている場所は、大きなテントが張られているところだった。むき出しの土の上に、いくつものベッドが並んでいる。


「ヴァルター様!」


 ヴァルターがテントの中に入ると、医療隊の兵士が走り寄る。その様子を見て、軽傷な患者も立ちあがろうとするのを見て、ヴァルターがさっと片手を上げる。


「そのままでいい。コルネリア、大丈夫か?」


 ヴァルターに声をかけられたコルネリアは、テント内を見渡す。


【重傷者はここにはいないのかしら?】


「奥にいるが、大丈夫だろうか?」


 軽傷者のいるテント内も、けして衛生的に良いわけではない。怪我人が多くいるため、臭いも出てしまっている。


 その上、重症者たちのひどい様子をみても、コルネリアが耐えられるのかヴァルターは不安だったようだ。


(ーーこの国では法国で聖女がどんな活動をしていたのか、あまり知らないんだわ)


【重症者にも慣れているので大丈夫ですわ。治して差し上げたいので、連れて行ってください】


 コルネリアが紙に書いて伝えると、ヴァルターは渋い顔のまま頷いて歩く。


 テントの奥、垂れ幕で仕切られた先が、重傷者がいるエリアのようだった。


 ぐったりと横たわる人たち。手や足などが欠損している者、包帯でぐるぐる巻きにされている者。先ほどの軽傷者たちとは、全く違っている。


「コルネリア」


 やはり無理だろう、とヴァルターが声をかけようとすると、コルネリアは1番近い患者のところへ歩み寄る。


(ーー大丈夫。すぐに治して差し上げます)


 苦しむ患者が伸ばした手を、優しく両手で包み込む。そのままコルネリアが目を閉じると、ぱっと光が彼女を包み込んだ。


 光が収まると、コルネリアは立ち上がる。先ほどまで苦しんでいた患者は、穏やかな表情で眠っている。


【このようにして、治すことができます。怪我や病気を治すことができますが、体力は失ったままなので数日は眠ると思います】


 さらさら、と事実を紙に書いて、コルネリアがヴァルターに渡そうと顔を上げる。


「ああ。コルネリア!ありがとう!」


 コルネリアが顔を上げると同時に、ヴァルターがぎゅっと彼女を抱きしめる。渡そうとした紙が、ひらひらと床に落ちた。


(ーーびっくりしたわ!でも、みんな嬉しそう。こんなに喜んでもらえるなんて)


 急に抱きしめられて驚いたコルネリアだが、ヴァルターだけではなく、医療隊の兵士たちも喜んでいるのを見て嬉しくなった。


「あ。す、すまない」


 我に返ったヴァルターが、さっとコルネリアから離れる。コルネリアは穏やかな笑みを浮かべると、次の患者のところへ向かった。


 聖女の癒しの力は大きな対価なく使えるが、集中力が必要なので1日で全員を治すことはできない。


 コルネリアは治療の優先順位をヴァルターを通して、医療隊の兵士たちとか話し合った。


「ああ。聖女様」


 意識のある負傷者たちは、治療を行うコルネリアに両手を合わせて拝んだ。









 ふう、とコルネリアは息を吐くと、額に滲んだ汗をハンカチでそっと拭った。気がつけば、辺りは夕日で赤く染まっている。


 コルネリアは今日予定した最後の患者の治療を終えると、立ち上がった。水色の衣は、床などに跪いたため膝の部分などが汚れている。


 体力の限界を感じ、ふら、とコルネリアが体制を崩す。すぐに気がついたヴァルターが、背中に手を回して支える。


「ありがとうコルネリア。疲れただろう」


 そう言うとヴァルターは、そっとコルネリアを抱き上げた。びっくりしたらコルネリアが身体に力を入れると、ヴァルターが優しく声をかける。


「このまま馬車まで運ばせてくれ」


 こく、と頷くと、ヴァルターは穏やかな笑みを浮かべて歩き出した。


(ーー本当に噂のネバンテ国の王様とは思えないわ。噂は全部嘘だったんだわ)


 まだネバンテ国に来て2日目だが、コルネリアは噂は全て嘘だと確信が持てた。


 馬車に乗り込むと、コルネリアはさらさらと紙に文字を書く。


【失礼かもしれませんが、ヴァルター様の噂はご存じですか?】


 コルネリアの文字を見て、ヴァルターは苦笑する。


「ああ。悪名が高ければ高いほど、敵が勝手に怯えてくれるからな。わざと流していたんだ」


(ーーなるほど。それなら納得がいくわ。見た目も良くて、中身も優しいなんて。パトリック様に押し付けられた結婚だけど、結果的にはすごくいいわ!)


 ヴァルターの言葉が腑に落ち、コルネリアが内心納得をしている。その顔をヴァルターは、不安そうに見つめた。


「嫁ぐのに心配だっただろうが…た。大切にするから、安心してくれ」


 かっと顔を染めてそう言うと、そっとコルネリアの手を握った。コルネリアは恥じらうように、顔を伏せる。


(ーーヴァルター様。か、かわいいっ!顔がにやけてしまいますわ)


 実際はニヤケ面を見せないために俯いただけだが、ヴァルターは気がついていない。


 恥じらう(ように見える)コルネリアに、ヴァルターは窓際の方を向いてニヤける表情を、そっと手で隠した。似た者夫婦である。

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