第7話

 ネバンテ国に嫁いでから、コルネリアの毎日は忙しく充実している。


 兵士や国民の治療がメインの活動で、その他の時間には天気予報もしている。あっという間に毎日が過ぎていった。


 ヴァルターとコルネリアは毎日同じベッドで寝ているが、進展は何もない。ヴァルターも慣れたようで、隣にコルネリアが居ても眠れるようになっていた。


【おやすみなさい】


「ああ」


 コルネリアが口パクで寝る前の挨拶をすると、ヴァルターが自分の前髪をかき上げて止まった。


(ーーどうされたのかしら?)


 コルネリアが小首を傾げて見つめると、ヴァルターがコルネリアの身体近くに手を置いた。


 ヴァルターの唇がコルネリアのおでこに触れて、離れた。ちゅっ、と小さな音が、しんとした部屋に響いた。


 突然の出来事に、コルネリアがおでこを両手でおさえる。顔を赤くしたままのヴァルターを、じっと見つめた。


(ーーこれは、まさか!このまま進んでしまう感じですの?!)


 夜伽など、知識だけはあるコルネリアの頭はフル回転する。興奮してヴァルターを見ているが、顔が赤いため急な接触に驚いている少女に見える。


「お休みコルネリア。いい夢を」


 コルネリアの様子に、ヴァルターは顔を赤くしたまま微笑む。そして、そのまま体を離すと、反対の方向を向いて横になった。


(ーーす、進まないのですね!)


 ほっとしたような、がっかりなような。コルネリアが複雑な気持ちで、窓際の方を向いて横になる。


(ーーあ。満月ですわ)


 外に大きく輝く月の姿を見て、コルネリアがふふっと笑う。


 コルネリアを含む水色衣の聖女たちは、満月の夜を楽しみに毎日の激務をこなしていた。


 なぜ。毎日の掃除に質素な食事、貴族からの扱いに耐えられるのか?


 なぜ。遠くに嫁がされても、みんな悲観せずに生きていけるのか?


 それは、水色衣の聖女だけが、満月の夜にある夢を見ることができるからだった。


 その夢は……










「女神様にかんぱーい!」


 いえーい!と楽しそうな声が響く。ふわふわな雲の上に置かれたテーブルには、所狭しと料理や飲み物が置かれている。


 雲でできたソファーに座っているのは、10人の聖女たち。そして、この世界の女神と水色の狼だ。


「リアン。あーん」


 宴の中央にいる美しい女性は、この世界の女神だった。膝の上に前脚を乗せている狼に、摘んだフルーツを食べさせている。


 女神からフルーツをもらっている水色の狼、彼はブーテェ法国初代国王のフロリアンだ。


 狼の姿で女神のそばに居続けることで、神気を取り込んで神を目指している最中だ。


「カタリーナ姉さん!ヴァルター様がいい男すぎてつらいですわ!」


 老人の元へ大金と引き換えに嫁いだ聖女、カタリーナにコルネリアが抱きつく。


「あらあら。コルネリアのタイプってことは、がっしりさんかしら?」


 おっとりしたカタリーナは、ブーテェ法国では置いた国王の慰み者になっていると思われている。が、実際は娘のような扱いを受けているようだ。


「男の扱いなら私に任せなさい!」


 どんっと豊満な胸を叩いているのは、鉱石の代わりに小国へ嫁いだラウラだ。


 あんな小さな田舎に嫁ぐなんて、と法国では言われている。


 しかし実際は、国境沿いに来ていた小国の王にラウラが惚れ、泣きつかれた女神様が小国の土地に鉱石が出る山を作ったのだ。


 ラウラは一目惚れした国王と、幸せに暮らしているようだ。


「ラウラ姉さん。お元気そうで何よりですわ」


 久しぶりに大好きな先輩聖女に会えて、コルネリアは嬉しそうだ。


「コルネリアさーん!結婚生活聞かせてください!」


 リューイがピンク色のジュースを片手に、コルネリアの元へ走ってくる。


「ええ。まず、ブーテェ法国よりも周りの人がいいし。何より、ヴァルター様がかっこよくて可愛い方なの!」


 惚気だしたコルネリアに、周りは笑顔で頷いて話を聞いている。


「そういえば!ラウラ姉さんに聞きたいことがありますわ」


「何でも教えてあげるわよ」


「声が出ない状態で、夜伽ってどうやったらいいんでしょうか?」


 清楚そうな顔でとんでもないことを言うコルネリアに、ラウラ以外はなんとも言えない顔をしている。


「分かるよー。そこは悩みだよね!よし。コルネリアの悩みは私が解決してあげよう!」


 そう言うとどこから出したのか、鈴のついたブレスレットを取り出した。


「声が出せないなら楽器に頼ればいいんだよ」


「なるほど」


 ふむふむ、とラウラのアドバイスをコルネリアが真剣な表情で聞いている。


 満月の夜の宴は、まだ始まったばかりだ。


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