第5話

(ーーもう少しでお昼だわ。しっかりと役目を果たさないと)


 コルネリアは自室で、じっと自分の両手を見ていた。思い出すのは、母国での出来事。





「お前は本当に役立たずだな」


「まあ。パトリック。本当のことを言ってしまったら可哀想ですわ」


 コルネリアの仕事は、平民相手の奉仕が多かった。病気や怪我の治療、商人相手に天気の予報などだ。


 貴族相手の仕事はないので、パトリックたちに会うこともない。ないはずだが、時々パトリックはわざと会いに来ては、嫌味を言っていた。


「奉仕の時間に遅れますので」


 頭を下げて通ろうとすると、水色衣にパトリックが持っていた飲み物をかける。


「ふん。平民相手なら汚れた服でも良いだろう。汚い服が似合っているぞ」






(ーーヴァルター様も。私が期待通りのことができなければ、冷たく接するのかしら)


 思わずコルネリアは自分をぎゅっと抱きしめ、震えた。パトリックがいないときは、同じ水色衣の聖女で愚痴を吐いてストレスは発散していた。


 けれど、パトリックやマリアンネの行いは、コルネリアの胸の中に消えないシミのように、べったりと広がっている。


 暗い表情で俯いていると、部屋の中にコンコンと控えめなノック音が響く。返事ができないコルネリアは、じっとドアを見つめる。


(ーー誰かしら?…あら!)


 扉を開けたのは、小さな花束を持っているヴァルターだった。白色の花びらに、ピンクのリボンが可愛らしい花束だ。


「これを」


 ずいっと花束を手渡され、コルネリアはパチパチと瞬きをしながら受け取る。


「屋敷に来てすぐの君に、結婚式の話なども飛ばして、すぐ仕事の話をしたことを反省している」


 どうやら、この花束は謝罪の気持ちのようだった。


(ーーなんて可愛らしい人なんだろう!)


 大きな身体を少し縮めているヴァルターに、思わずコルネリアの頬が緩む。


 コルネリア自身、妻としてというよりも、聖女としてのネバンテ国に来たという認識だったため、結婚式にもこだわりはない。


「帝国との戦争が完全に終わったら、式をしたいと思っている。それでも良いだろうか?」


 メヨ帝国と一時停戦中の今、いつ次の戦争になるか分からない状況で式は上げられないのだろう。


 コルネリアが頷くと、ヴァルターはほっとしたようだ。


 コルネリアはもらった花束をそばに控えていたカリンに渡し、近くの花瓶を指差す。笑顔で頷くカリンが、コルネリアに紙とペンを渡した。


【それでは病院へ連れて行ってください】


「ああ」


 短く返事をしたヴァルターが、コルネリアに腕を差し出す。


 病院へは馬車で移動をするようで、昨日コルネリアを出迎えてくれた馬車を使うようだ。


【良い国に、良い人たちですね】


 馬車の中でコルネリアがそう伝えると、ヴァルターが破顔した。


「そう言ってくれるとありがたい。けして楽な暮らしではないのに、みんな一生懸命に頑張ってくれている。…王とは名ばかりで、みんなに助けられてばかりだ」


 馬車の窓から外を見つめるヴァルター。畑で作業をしていた人々は、ヴァルターの乗る馬車を見つけると作業を止めて、嬉しそうに手を振る。


 ブーテェ法国の国境沿いにあるメヨ帝国の領土に過ぎなかったネバンテは、豊かな土壌があるため農業を生業としてきた。


 豊かではないが平和に暮らしていたところで、メヨ帝国が戦中心の政策をとり、帝国民たちへの税負担を一気に上げた。特に農業関係者へと負担が大きかった。


 その結果、ネバンテに住む人たちの暮らしは苦しくなり、周辺の領主たちで立ち上げた国がネバンテ国だ。元々領主と国民の関係だったため、距離が近くて親密だ。


「この国は苦しむ人が多くいる。だから、君が来てくれて本当に嬉しく思ってる」


【できる限りのことをさせていただきますわ】


「怪我や病気を治す以外に、天気がわかると言うのは本当だろうか?」


【はい。1ヶ月先の天気までなら分かります】


「本当か!」


 コルネリアの言葉にヴァルターが立ち上がる。馬車が少し揺れ、コルネリアは声に出ない悲鳴をあげた。


「す。すまない。まさか、それほどまでとは思っていなかった」


 農業が発展しているネバンテ国からすると、1ヶ月先まで天気がわかるというのは欲しくて仕方がない能力だった。


【お役に立てそうで嬉しいです】


 想像以上に自分の力が求められてそうだ、と感じたコルネリアが微笑む。


 正面からコルネリアの笑顔を見たヴァルターは、「感謝する」と言って顔を真っ赤にして座った。

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