第3話
【出迎えありがとう】
コルネリアは紙にそう書いて、使用人の先頭にある執事長、マルコに渡す。白い髭の似合うダンディな執事だ。
「旦那様は本日帰宅が遅くなってしまうようで、おそらく今日中には帰られると思うのですが」
マルコは自身の白髭を触りながら、申し訳なさそうにそう言う。
「けして、奥様を軽んじているわけではありません。どうしても外せない用事でして」
ヴァルターの代わりに必死で弁明するマルコに、コルネリアがくすりと笑う。
大丈夫ですよ、と言う意味を込めて、コルネリアが微笑みながら頷いてみせる。
「旦那様はおりませんが、心から歓迎させていただきます」
マルコがそう言って頭を下げると、後ろにいる使用人たち全員が「歓迎いたします」と言いながら、頭を下げた。
コルネリアが頷いて返事をすると、マルコが屋敷の中にコルネリアを誘導する。
「長旅でお疲れでしょう。少しお部屋でお休みください。旦那様はおりませんが、料理長渾身の料理を用意しますので、楽しみにしてください」
マルコはそう言うと、カリンに一言声をかけて、その場から立ち去った。
「料理長の料理は本当に美味しいんですよ!さあ、奥様。ひとまずお部屋にご案内しますね」
カリンがそう声をかけ、コルネリアを連れて屋敷内を歩く。すれ違う使用人はみんな笑顔で、コルネリアを歓迎していることが分かる。
玄関から少し歩くと、二つの部屋がある。カリンは右にある方の部屋を開けた。
「こちらが奥様の部屋になります」
わあ、と声は出ないけれど、コルネリアの口から感嘆の空気が漏れた。日当たりの良いその部屋は、可愛らしい調度品が揃っていた。
「あちらの奥の扉は、ご夫婦の寝室へとつながっています」
角にあった部屋は夫婦の寝室のようだった。思わずぎょっとしたように、コルネリアはカリンを見る。
(―― 確かに夫婦だから寝室一緒でもおかしくないけれど、いきなり同じなの?!)
「まぁ。奥様。照れていらっしゃるのね」
儚げな見た目補正か、カリンの目には恥じらっているように映ったようだ。
寝室問題については考えないようにしよう、とコルネリアは扉から目を逸らし、可愛らしい調度品やカーテンの方を見つめた。
(――本当に帰ってこなかったわね)
ぱんぱんに膨らんだお腹を、寝巻きの上からそっと撫でるコルネリア。
コルネリアの好みが分からないから、という理由で夜ご飯には、沢山の料理がテーブル目一杯に並んでいた。
普段はスープとパンばかりを食べているコルネリアなので、もちろん美味しそうなご飯に大喜びで食べ進めた。が、限度がある。
限界まで食べた結果、現在ベッドの上でパンパンのお腹を満足げに撫でているわけだ。
(――それにしても。すごい歓迎っぷりだわ。なぜかしら?)
屋敷で出会った人たちを思い出し、胸がじんわりと熱くなる。ここでならやっていけそうかも、コルネリアがそう思っていると、寝室のドアがそっと開いた。
「す、すまない!」
ドアを開けて現れたのは、大柄の筋肉質な男性だった。さらりとした短髪に、端正な顔立ちをしている男性は、一言謝るとバタン!とドアを閉める。
(――もしかして、ヴァルター様?)
コルネリアは身体を起こし、ベッドの上に座って扉を見つめる。
少しの間が空いて、再びそおっと扉が開いた。
「入っても良いだろうか?」
大きな身体で申し訳なさそうに言うヴァルターに、コルネリアは少し面白い気持ちになる。
(――ご自分の寝室なのに気づかってくれてるのね)
笑顔でコルネリアが頷くと、怯えさせないようになのか。ゆっくりとヴァルターが部屋に入る。
よく見れば赤髪はしっとりと濡れ、湯浴みをしてから寝室にきたことが分かる。ヴァルターはコルネリアの隣に腰を下ろす。
じっとコルネリアが見つめると、ヴァルターは顔を真っ赤にして話し出す。
「今は何もしないから安心してくれ。同じベッドで寝ないと、不仲説が流れたら困るからな」
(――これが私の旦那様?何てかっこよくて可愛らしいんだろう!)
長らく戦争をしていないブーテェ法国では、筋肉の少なくすらっとした中性的な男性が、かっこいいともてはやされていた。
しかし、貴族に悪いイメージのあるコルネリアは、筋肉質な男らしい男性の方がタイプなのだ。そして、ヴァルターはそんなコルネリアのタイプど真ん中だった。
「心配か?」
はっとコルネリアは我にかえると、サイドテーブルの上にある紙とペンを手に取る。
【承知しました。私はコルネリア・エヴァルトと申します。末長くよろしくお願いしますね、旦那様】
「あ、俺はヴァルター・メラースだ。こちらこそ、よろしく頼む」
にこっと笑顔で言うコルネリアに、ヴァルターも口の端を少し持ち上げて笑った。
(――よし。挨拶は済んだし、手も出さないって言ってくれてるし。今日は疲れたからもう寝よっと!)
コルネリアはさっと布団の中に潜り込み、すぐにすうすうと寝息を立てて寝始めた。
まさかそんなにすぐ寝ると思っていなかったヴァルターは、呆然としたようにコルネリアの寝顔を見る。
「そうか。聖女だから、男女関係について詳しくないのか」
初対面の男性の前ですぐ寝てしまった無防備さを、無知からくる警戒心の無さと判断したヴァルターは一人頷いている。
実際コルネリア自身は、恋愛経験はないものの、周りから聞いているのでもちろん男女の営みについても知識はばっちりだ。眠れているのも、ただ図太いだけ。
そんなことも知らないヴァルターは、コルネリアを起こさないようにそっとベッドの端に横になる。
「眠れるだろうか…」
ヴァルターは真っ赤な顔でそう言うと、すやすや眠るコルネリアの横で目を閉じた。
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