第2話
コルリネアたち水色衣の聖女たちは、毎日規則正しい生活を送っている。それぞれ個室は与えられているものの、自室の掃除は自分で行う。
朝は起床後に神殿の掃除を、聖女見習いたちと行う。冷たい水でかじかんだ手を、自分の癒しの力で治しながら掃除していく。
掃除が終われば、朝食だ。朝食は見習い聖女たちが交代でスープを作る。野菜のスープと、硬いパンが定番のメニューだった。
昼や夜にはスープに肉や魚が入る程度で、あくまでも質素なものだった。ちなみに、貴族がなる青衣の聖女たちは、毎日午後に神殿にやってきて祈りを捧げ、聖なる湖を飲んで帰っていく。
食事は自分達の屋敷で食べてくるため、神殿で食べることはない。また、清掃や祈りなどの仕事を行うことはなく、基本的には貴族相手の癒しを行うだけだった。
祈りもしないのに癒しの力があるのは、聖なる湖のおかげだ。この湖の水を飲むことで、1~2日は簡単な癒しの力を使うことができるのだ。つまり、貴族の娘なら誰でも青衣の聖女になれた。
「ついにコルネリアさんがいなくなっちゃうのかー」
朝食後の少しの休憩時間に、コルネリアの周りに他の水色衣の聖女たちが集まる。みんな幼少期から一緒に育っているため、コルネリアにとって家族みたいなものだった。
「そうね。私が今やっている仕事も引き継ぐことになるから、この国のことお願いしますわ」
コルネリアの前で1番悲しそうな顔をしているショートカットの女の子リューイに、コルネリアが声をかける。
コルネリアは聖女としての自分が好きだし、聖女として守ってるこの国のことも好きだった。
「任せてくださいよ!」
どんっとリューイは自分の胸を叩く仕草をする。他国に嫁ぎたくない、という理由でショートカットにし続ける彼女は、優秀な聖女だった。
「コルネリアさん。満月の夜に」
リューイがコルネリアの耳元に顔を寄せ、そうささやく。
「ええ。満月の夜に」
コルネリアも意味ありげに笑みを浮かべて、そう言葉を返した。
そしてコルネリアは聖なる湖に己の声を捧げ、現在はネバンテ国へ向かう馬車に揺られている、というわけだ。
他国に嫁ぐ聖女は声を捧げる他、自分の財産も置いていくことになっている。そのため、コルネリアの持ち物は、替えの水色衣1着だけだった。
(――ヴァルター様がいい人だといいのだけど)
まだ見ぬヴァルターの情報は噂だけ。嫁ぐことが決まった後も、何の連絡も来ていなかった。
そのため、ネバンテ国から歓迎されているのか、それもとメヨ帝国の同盟国の聖女のため疎まれているのか、それすらコルネリアには分からなかった。
はあ、と思わずため息をついて外を見たコルネリアは、見慣れた風景に少し表情を明るくする。
(――昔、聖女の修行で来た村だわ!懐かしい。確か国境沿いの村だから、ネバンテ国ももうすぐだわ)
コルネリアがまだ幼い頃に、修行で来ていた村だ。水色衣の聖女たちは青衣の聖女と異なり、しっかりと修行をして聖力を身につけている。
(――この村の川でたくさん遊んだな)
どんどん遠ざかる思い出の村の姿に、コルネリアは懐かしい気持ちになる。
そして、村が見えなくなる頃に、馬車はネバンテ国の領土へと入った。国境には豪華な馬車が用意され、ネバンテ国の騎士たちが厳しい表情で立っていた。
「聖女様の乗る馬車だろうか!」
先頭の馬に乗った青年騎士、クルトがそう叫ぶ。顔に傷のあるクルトは、威圧感のある強面だ。
馬車にはコルネリア以外に御者しかいないため、彼女は自分で馬車の扉を開けた。
馬車の扉が開いたことに気がついたクルトが、慌てるように馬から降りて馬車に向かって走る。
「せ、聖女様」
息を乱したクルトが、コルネリアの前に腕を差し出す。コルリネアはにっこりと笑顔を浮かべると、その手を借りて馬車を降りた。
「で、では。あっしはこれで」
コルネリアを乗せていた馬車の御者が、気まずそうにそう言って馬車を法国の方へ走らせる。
「何と無礼なやつだろうか。さ。聖女様こちらへ」
御者の態度に腹を立てたようにクルトが言うと、自分達の方にある豪華な馬車へとコルネリアをエスコートする。
クルトがエスコートし、用意された馬車へとコルネリアが乗り込む。馬車の乗り口に赤毛を三つ編みにした少女が現れ、コルネリアに頭を下げる。
「失礼します。これから奥様付きの侍女になります。カリン・フラトーと申します。奥様!よろしくお願いいたしますね」
そう言うと、馬車に乗りコルネリアの向かいに腰を下ろした。
コルネリアは返事をしようとするが、手元に紙やペンがないため伝えられない。
仕方がなく微笑んで頷くと、カリンはにこっと微笑んだ。
「奥様は紅茶はどちらの産地のものがお好きでしょうか?」
カリンはにこにこと人懐っこい笑顔を浮かべながら、馬車内のテーブルに手際よくティーセットを並べていく。
(――なんだか、すごく歓迎されてる?)
目の前でせっせと動く子リスのようなカリンを見つめ、コルネリアはそう思った。
「奥様?」
ぼうっと自分を見ているコルネリアに、カリンは不思議そうに首を傾げて、そして小さく飛び上がった。
「わあ!ごめんなさい!ヴァルター様に言われていたのに、すっかり忘れていました」
そう言うと、カリンは手元のバッグを慌てたそぶりで開き、中から質の良い紙とペンを取り出した。
「こちらで奥様のお返事を聞かせてください」
【ありがとう。これからよろしくね】
さらさら、とコルネリアが紙に書いて手渡すと、カリンがぶんぶんと首を縦に激しく振って頷く。その動きに思わずコルネリアは、笑った。
(――ヴァルター様が紙とペンを用意してくださってってことは、私のことをお嫌いではなさそうね。それに、何だか幸先が良い感じがするわ)
機嫌が良さそうなコルネリアに、カリンはほっと一息つく。そして、テーブルの上のティーカップに、紅茶を注いだ。
先ほどまでコルネリアが乗っていた馬車とは違い、ほとんど揺れない。また、コルネリアの足の下に引かれているラグも、毛先が長くフサフサで良質なものだった。
出迎えてくれた騎士や侍女の態度。用意された馬車。コルネリアは気持ちが軽くなるのを感じ、柔らかな背もたれに身体をゆだねた。
「奥様。奥様」
優しく身体を揺さぶられながら、自分を呼ぶ声にコルネリアは目を開ける。
張っていた気持ちが緩み、睡魔に襲われていたようだ。コルネリアは控えにぐっと伸びると、起こしてくれたカリンの方を見つめる。
「せっかくお休みのところ、申し訳ございません。まもなく屋敷に到着いたします」
しょんぼり、とした様子のカリンに、コルネリアがサラサラと文字を書く。
【気持ちよく眠れたわ。起こしてくれてありがとう】
「喜んでくださって嬉しいです。この馬車はヴァルター様が、内装からこだわって用意されたんですよ」
そうなの?と言いたげな表情のコルネリアに、カリンが笑顔で言葉を続ける。
「この辺りは道がきちんと整備されている、とも言い難いですので。できるだけ奥様の身体に負担にならないように、急いで職人たちが仕上げたんです」
誇らしげな様子のカリン。その姿を見ると、ヴァルターを慕っていることが分かる。
コルネリアはふわふわと肌触りの良い背もたれを触りながら、ヴァルターに早く会ってみたいと思った。
コルネリアが馬車を降りると、目の前には手入れの行き届いた屋敷が現れた。一国の王が住むにはこじんまりとしているが、雰囲気は良い。
「奥様。よくおいでなさいました。これからよろしくお願いいたします」
クルトの手を借りて馬車を降りると、使用人たちが見事な整列でコルネリアを出迎えていた。
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