第22話

 時は少し遡り、帝国を訪問したエルフの一行が神樹の森へ帰還した頃。

 葉の血族、ロウズの住む館にて。

「ロウズが今帰ったぞ!長老様に至急連絡を取れ!」

「ロウズ様!お帰りなさいませ。急ぎ、長老様とお話の時間をとる伺いを立てるという事でよろしいでしょうか?」

 使用人である枝の血族の女性は、ロウズに頭を下げてから確認を取る。

 苛立った彼相手でなければ、その行動で正しかったのだ。

 ロウズは怒りの感情のまま声を荒げる。

「至急、と言ったんだ!どの長老でも良いから今すぐ話す必要があると伝えろ!あの裏切者のハイエルフと話をする機会が出来たと!」

 彼は森の中では落ち着いた雰囲気の男だ。

 そんな彼がここまで声を荒げ、更には裏切者のハイエルフという言葉まで放ったという事であれば使用人も言う事を聞かざるを得ない。

 承知致しました、と礼もほどほどに走って連絡を取りに行った。

「あの女......絶対に許さないぞ......。俺を虚仮にしたこと、後悔させてやる」

 彼は、怒りに燃えていた。




 神樹の森の中で、ハイエルフを除いて最も位の高い葉の血族。

 その中でも長い年月を生きた、神樹の力を濃く受け継ぐとされる長老。

 その長老達が集まり、森の行く末を決める長老会というものがある。

 森の有事の際や、新しい事を始める際には必ず集まり、どうするかを話し合って神樹の仔であるハイエルフに伺いを立てるのだ。

 その長老会が開かれ、ロウズはそこに呼び出された。

 本来長老と、その側近以外は入れない神聖な空間に呼び出されたとあって、ロウズは冷や汗を体中から流しながら参上した。

 そこには円卓に座する長老達が待っていた。

「ロウズよ、儂らを呼び立ててまでしなくてはならない話とはなんだ?お前には、滅びかけの帝国へ赴いて貰った筈だが」

 ロウズは膝をつき、頭を垂れたまま話し始めた。

「申し上げます。帝国に攫われたという我らが同胞を餌に帝国に宣戦布告をしようとしました所、そこには『調律師バランサー』を名乗る傭兵隊がおりました。その長と会ったのですが、あれは間違いなく......」

「ソラであった、と」

 ロウズは頷く。

 彼女は実際に名乗っていたし、我らが神であるハイエルフ様の名まで知っていた。

 そこまで伝えると、長老達が一斉にざわつきだす。

 ______やはり、あの女を見つけた事は俺の長老への近道になりそうだ。

 長老としてその座に就くには、知識を極める・力を極める・実績を積むなど様々な方法がある。

 彼は知識にも力にも自信がなかったため、こういった方法で長老の座を狙っていたのだ。

「して、あの者はなんと?」

「長老クラスを連れてこい、話をするのはそれからだ。と」

 長老は鬱陶しそうに息を吐きだした。

「儂らが知るアレは幼き頃の記憶だが、どうやら変わっていないようだ」

 ロウズから見ても、エルフの平均寿命の百四十を遥かに超える彼らでさえ幼い頃の記憶でしか彼女を知らない。

 生ける伝説に首を突っ込んでいる感覚に鳥肌が立つが、彼は言葉を続ける。

「彼女は争いを避けたいように思えました。私が試しに戦争になるかもしれぬと言った際に、それは困ると言っておりましたので」

「......」

 長老は考え込むようにロウズの話を聞いている。

 ______ここがチャンスだ。このまま長老へのポイント稼ぎをしなくては!

「ですから、私に任せていただければ必ず彼女に譲歩させ、神樹様の力を取り戻してご覧に」

 そこまで言った所で、彼の口に鋭い茨の蔓が詰め込まれる。

「ぐぅう!!ぐう!!!」

 彼はもがくが、長老は気にせずに言った。

「馬鹿が。あの女が譲歩するはずなど無いだろう。それに、争いがしたくない?馬鹿を言うでない。アレは生粋の戦闘狂だ」

 茨を口から放り出し、立ち上がった長老はロウズの胸倉を掴む。

「一応共に来てもらわねば体裁が保てぬのでな、殺さないでおいてやる。しかし、次に神樹様の力を取り戻すなどと軽々しく口にすれば貴様は死ぬ。覚えておけ」

「は、はい。胸に刻みます」

 汗と涙でぐちゃぐちゃの恐怖に歪んだ顔で、長老に誓う。

「分かったのなら下がれ。我々は誰が向かうの話し合いをする」

 もう用はない、と席に座りなおした長老に、ロウズは目を向けることなく部屋を飛び出した。

「さて......どうしたものか」

 彼らは得意の悪だくみを始めるのだった。


 △▼△▼△▼△▼△


 そして現在。

 再度訪ねてきたエルフ達一行。先日来訪したエルフ達の他に、年老いたエルフが一人いる。

 対して帝国は、今回は外交官が数人席についている。

 前回のように騎士達に対応させるはずも無く、今回はエルフ達が来る日程を知らせてから来たのでしっかりと準備してきている。

 そして『調律師バランサー』は、まず始隊長であるソラ。そしてリゼナを助けた立役者である玖番隊代表のアナセマが席についていた。

 ソラから、影に影ノ壱のカゲマルが潜んでいる為驚かないようにと言われている。

 ______こうして見ると本当に魔力を感じないな。流石隠密部隊。

 影をカツカツと踏んでみると、ちくりとした痛みが足の裏を襲う。

「いっ......」

 小さく声を出してしまい、恥をかかされるアナセマ。

 今度絶対に凍らせると決意しつつ、ひとまず真剣な表情を作り直す。

「ようこそ、神樹の森の皆さん。歓迎するよ」

 ソラは両手を広げ、ご機嫌に彼らを出迎えた。

 彼らとしては、森を裏切った彼女にこんな対応をされても不快なだけだ。

 彼女の歓迎を半ば無視する形で、長老は話し出す。

「貴様、神樹様から力を奪った者の分際で、儂と対等に話そうと言うのか」

 初めからけんか腰の長老に、ソラは肩を竦める。

「あれ、そっちの話を先にするの?ボクとしては先に二人を返還したかったんだけど」

「儂らにとっては二人の命より神樹様の力の方が大切だ」

 身も蓋もない言い方だが、彼らの優先順位としては百年以上求めていることもあってそちらの方が上だ。

「ふぅん。じゃあこの事を知らない人もいるし、神樹について順を追って話すから間違ってると思ったら止めてね」

「必要ない。貴様が力を返せば済む話だ」

 当然既に知っている話を聞きたくもない長老は、さっさと力を返すよう求める。

 少しくらい待ってればいいのにせっかちな奴だな、とアナセマは長老を憐みの目で見る。

「ボクがこの椅子に座っている理由は、君たちと話をするためだよ。あんまりわがまま言ってると何処かに飛んでっちゃうかも」

 彼女の持つ、圧倒的な移動速度を誇る幻創クオーレ

 あれを使われては誰も追いつくことが出来ないのをエルフ側も分かっているので、しぶしぶ続きを促した。

「じゃあ、ボクが生まれた頃の話からね」

 彼女は本当に初めから順を追うつもりのようだ。


 △▼△▼△▼△▼△


 ハイエルフというのは本来、神樹の力を受け継いだ者が一人だけ生まれる。

 神樹の圧倒的なまでの魔力が、一人のハイエルフの身体に注がれるのだ。

 森の中でしか使えない特殊な魔法も数多く使え、間違いなくエルフ達にとっては居なくてはならない存在だ。

「う、生まれた......二人!?」

 神樹の下にいつの間にか生まれる、という生物としてはあり得ない生まれ方をするのだが、今回はさらにあり得ないことが起きていたのだ。

 赤子は双子で、そのどちらからも強い魔力を感じたのだ。

「ハイエルフが二人もお生まれになったのか!これはさらに森を発展させよとの神樹様からのお告げである!」

 二人はソラとヨイと名付けられ、蝶よ花よと育てられた。

 生まれてから暫くは、とても良いことだと好意的に受け止められていた。

 しかし、数年もするとその異変が浮き彫りになってくる。

「神樹様の力が、薄い......?」

 他人の持つ神樹の力は、エルフであれば感じることが出来る。

 本来であれば、生まれてから数年でもう他のエルフとは違う圧倒的な神樹の力を放つはず。

 それを感じないということは、なにか原因があるはずなのだ。

「二人なのがいけないのかもしれない。調べなくてはならないぞ」

 エルフという種族は、物事をとても長い目で見ている。

 何十年もかけた研究は、やはり双子として生まれたのが良くなかったという結論を導き出した。

「お姉様、また勝手に幻創クオーレの研究をしてますね!?ババ様から魔力を勝手に使わないように言われているでしょう?」

 真面目なヨイは、教育係の女性から言い渡されていた指示を無視して幻創クオーレの研究をしているソラを叱る。

「ボクはヨイと違って、皆から期待されてない。前聞いたんだ。双子だと神樹様の力をしっかり受け継げなくて、どっちかを処分するって」

「そんな馬鹿な事、ババ様たちがする筈がありません。いいから研究をやめてください」

 ヨイの言葉をソラが聞くことは無く、毎日そんな日々が続いていた。


 雲一つない空が澄み渡る、ある日の事だった。

「ヨイ。ごめん」

 ハイエルフとしての第六感なのか、彼女は何かを感じた。

 まずソラはヨイに魔法をかけ、彼女を眠らせた。

 ソラを抑える事の出来る可能性があるのは、彼女だけだったからだ。

 ______きっと、今日彼らは私を殺しに来る。

 それを確信していた彼女は館を抜け出し、そのまま森を出ようとしていた。


「......最後に、神樹様に挨拶をしていこう」

 まだ一般的なエルフと同じように神樹に対する畏敬の念があったため、最後の挨拶くらいはと神樹のある所まで立ち寄ることにしたソラ。

 神樹の森の奥深く、彼女たちが生まれた場所。

 そこに神樹様は居た。

 ハイエルフである彼女たちでも、普段は立ち入ることのできない場所だ。

 彼女の持前の好奇心が無ければ、こんな事にはならなかったのかもしれない。

 あるいは、神樹が彼女を呼んでいたのかもしれない。

 ソラは、幾星霜の時を感じる神樹の太い幹に手のひらで触れた。

 その瞬間、ヨイや騎士団の者が神樹やソラの見える位置まで入ってくる。

「お姉様!それは......!」

 ヨイの指差す方向を見ると、そこには触れたままのソラの手があった。

 しかし、彼女が触れた時とは様子が変わっていた。

 彼女の手と神樹の触れている部分は強く光り輝いていたのだ。

「神樹様から、強い力が抜けていく......?」

 誰かが、そんな事を呟いた。

「違う、神樹様から力が勝手に」

 ソラの言い訳など、誰も聞く耳を持たなかった。

「悪魔が神樹様から力を奪っているぞ!」

「捕まえろ!」

「ヨイ様、御力を!」

 辺りが騒然としている中、二人だけが落ち着いていた。

 ソラと、ヨイだ。

「お姉様」

「随分早く起きたね。なぁに?ヨイ」

 ヨイの目は、潤んできらりと輝いた。

「信じてあげられなくて、ごめんなさい」

 ヨイは腕を振るい、辺りの植物を操る。

 森の植物たちは神樹の眷属であり、神樹の仔であるハイエルフの味方だ。

 今までであれば、幻創クオーレを使う事でわずかにソラがヨイを上回っていた。

 ......しかし。

「いいよ。ボクは誰にも縛られない、最強の生き物になるんだから」

 ソラは魔力を解き放つ。

 その刹那、全ての植物が動きを止めて平伏するように葉や枝、蔦を垂れさせた。

 今の彼女の力は、ヨイを遥かに上回っていた。

「また会える日を楽しみにしてるよ。ボクの可愛い妹」

「ええ、また」

 ソラは幻創クオーレを使って飛び去り、そこに残されたのは力をわずかに残した神樹と、興奮したままのエルフ達だけだった。

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