第21話
「マリー、待ってくれよ!」
「早く早く!今日はたくさん食べるんだから!」
現皇帝が皇帝の座に就いてから、少し経った。
帝城跡には館ほどの建物が建ち、『
そんな時、マリーがとある情報を掴んできたのだ。
ディ・ミュール帝国建国記念祭、開催の報を。
帝国に蓄えられていた金銭や食料を必要最低限を残して全て放出し、どんちゃん騒ぎをしようというものだ。
現在帝国は、様々な事件から国民の信頼を欠いている。
故に、こういった帝国主催の催しをやることで、少しでも国民の幸福度をあげようという試みなのだ。
皇帝曰く、「腹を満たし、酒を飲んで騒げば少しはストレスも紛れるだろう」とのことだ。
実際その通りなのだが、思い切った事をするなあとアナセマは感心していたのだった。
そして、今日がその日なのだ。
ここ最近、仕事にかまけてマリーの相手をしていなかったことでかなり寂しがらせていただろうと思ったアナセマから二人で出かけよう、と誘ったのだ。
「アナ、この串のお店全部の味試したいんだけど全部食べたらお腹いっぱいになっちゃう」
マリーが指差したのは、祭りならではの様々な色合い、様々な味付けをした串焼きの出店だ。
確かに全部頼んだらすぐに腹は膨れるだろうが、膨れさせたくないという事は興味ある店の物は全部食べてみる気なのだろう。
「......わかった、俺が残りを食べるから全部頼め」
わーい!と店主に走って向かっていくマリーを見て、呆れながらも幸福を感じる。
______あれ、何本あるんだ?
彼女が持ってきた、串でいっぱいになった入れ物を見て思わず突っ込んでしまいそうになるアナセマだったが、今日は水を差さずに好きな事をさせると決めていたのだ。
「マリー、ありがとうな」
「んぉ?わんふぉごご?」
口いっぱいに肉を詰めた彼女が、灰色の髪を揺らして首をかしげる仕草に笑ってしまう。
「......ふ、ははは!食べてからでいいよ。ゆっくり噛め」
アナセマの言う通り、しっかり噛んでから飲み込み、改めて話す。
「ありがとうって、何のこと?」
「俺が勝手に決めちまったのに、『
改まったアナセマの言葉に、マリーは少し不機嫌そうに膨れて見せた。
「何言ってるの?アナはいっつもそうじゃん。いつも勝手に決めるし、いつも無茶するし、いつも私の傍にいる。そんなアナが好きなんだよ?」
彼女からの、思わぬタイミングの好意に顔を背けてしまうアナセマ。
「......そういう事、恥ずかしがらずによく言えるよな」
まっすぐな好意に照れてしまうような、まだ幼い彼のそういった部分をとても愛おしく思うマリー。
「恥ずかしくないよ?アナを好きな事に恥ずかしい所なんて一つもないもの!」
ニコッと爽やかな笑顔を見せるマリーに、自分だけ恥ずかしがっていること自体が恥ずかしくなってくる。
だから、少し強がって言った。
「......俺も、マリーが好きだ」
強張った顔で、ちらちらとこちらを見ながら言うアナセマがどうしようもなく可愛くて、彼を抱きしめてしまう。
胸に顔を押し付けられ、もごもごと苦しんでいるアナセマを見て慌てて彼を解放する。
「ご、ごめん!大丈夫?これお詫びに......」
半分ほど食べた串焼きをアナセマに差し出し、申し訳なさそうにこちらを見つめている。
「満腹にならないように食べてって言ってたじゃないか。まあいいけどな」
串を受け取り、一口で串に残った肉を全て放り込む。
「......むぐ!?辛ぇ!」
舌に急激に広がる強烈な辛味に、慌ててコップに入った水を飲む。
見ると、マリーは口元を抑えて大笑いしている。
「はめやがったな!違うの寄越せ!」
「はっはっは!騙される方が悪いんだよ!あ、それまだ食べてないから駄目ぇ!」
アナセマはおぞましい色の串を奪い、マリーはそれを追う。
この喧騒の中、出店の串を奪い合って仲良く喧嘩する。
そんな幸せをかみしめていた。
「んだこれ!甘!」
「やーい!罰が当たったんだー!」
小憎らしい婚約者と共に。
△▼△▼△▼△▼△
「始、隊長。終ノ、玖の、
枯れた声で、絞り出すように数音ずつ発する。
男か女かもわからない、種族も年齢も分からない生き物。
捌番隊・
「ありがと、コド。
彼の純粋さは彼の美点だが、
「怒り、と、恨み。一切、合切、ぜん、ぶ、消し、たい、という、感、情」
ふぅん、とつぶやくソラ。
彼女の表情からは何も読み取れなかったが、コドは次にこの始隊長が何を言うのか分かっていた。
「じゃあ、その用意をお願いね。丁度良いものもあることだし」
「承知、した」
コドは話が終わると、すぐに研究に戻った。
それをソラは我が子のように見つめ、暫くしてから部屋を後にした。
△▼△▼△▼△▼△
アナセマは氷で城を創り上げ、周りの子供達から拍手を受ける。
「相変わらず器用だよね、アナは」
泣いている子供を見つけ、氷を見せてあやしていたらこの有様だ。
小さい頃から氷と触れ合ってきた彼は氷をいじくるのに慣れており、マリーがそう言っている間に城を龍に変え、龍を大樹に変えている。
「そうか?マリーも霧で出来るだろ?」
「そんな精巧なのは無理だよ......ほら」
彼女は霧を生成し、その霧を人の形にしてみるが誰だか分かるレベルには至っていない。
「おねえちゃん、これは誰?」
「俺だろ」
子供の問いかけに、アナセマが答える。
「すごい、良く分かったね!どこが決め手?」
自分で作ったものの、まさか即答されるとは思っていなかったマリーは何処が似ていたのかを問う。
「あー、こういう時に人型の作るなら俺かなって思っただけだ」
______少々の沈黙が流れる。
その後、子供たちがきゃあーっと姦しい声を上げる。
マリーは頬を桃色に染め、すぐに霧を散らす。
「つ、次はもっと似てるのを作れるようにするね」
「楽しみにしてるよ」
照れている彼女を連れ、改めて出店を回ろうと立ち上がった瞬間。
いやぁ!!
そんな声が聞こえ、二人は同時に走り出す。
「アナ、周りの人は巻き込まないでね!」
「わーってる。マリーこそ混乱させすぎないようにな」
氷と違い、霧は視界を塞いでしまうため周囲の人間の混乱を招いてしまう。
彼女はサポートに徹する事が最適だという事を言わずとも理解している。
「了解!お!対象らしき女性発見!」
獣人の女性が豪華な服を着た男に腕を掴まれているのが、アナセマからも見えてくる。
「とりあえず周りに注意しつつ、俺が二人纏めて捕縛する。マリーは周囲の人に説明を頼む」
「はいよ!皆さーん!帝国の護り手、『
霧で辺りに被害がいかないように薄く壁を張り、万が一にもアナセマの魔力でダメージを受ける住民が出ないようにする。
アナセマは彼女が壁を張るのと同時に地面に氷を這わせ、渦中の二人を捕える。
「きゃっ」
「な、なんだ!?」
捕らえられた二人は自分たちの足が氷漬けになった事に気付き、驚きの声を上げる。
「何があったか聞かせてもらうぞ。抵抗するなら痛い目を見る羽目になる。頼むからおとなしくしててくれよな」
本当の衛兵が来る前に制圧してしまった上に、怪我をさせてしまってはこちらが罪に問われるかもしれない。
だからこそ、アナセマから出た本心からの願いだった。
「わ、わかりました」
「何を言っている!私はミュール帝国貴族のドンザ侯爵であるぞ!貴様ら傭兵が触れて良い存在ではないのだ!」
______ひとまず、第一印象が悪いのは男の方か。
それで判断を変える事はないが、イメージが低下するのは避けられない。
「ミュール帝国は滅びた。今はもうディ・ミュール帝国なわけだが、変わってから暫く経ってるのに知らないって事は優秀な貴族ではないみたいだな」
その言葉に、男は顔を真っ赤にして反論しようとするが、アナセマが先に口を開く。
「いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。お前達の言い分を一人ずつ聞かせてくれ。まずはお前から」
男は自分が置かれている状況を思い出したのか、そちらを優先して叫び始める。
「私がこの女を買ってやると言ったんだ!獣人風情が生意気にも嫌がるから、こうなっているんだろうが!」
男がそう言うと、獣人の女性は頷く。
概ね今言っていたことですべてなのだろう。
アナセマは面倒臭そうに溜息を吐き、この貴族に現実を伝えてやる。
「あのな、お前たちを黙認してくれていた皇帝は死んだんだ。新たな皇帝はこういう事を許さない」
獣人差別に、犯罪を犯していない者の奴隷化。
どちらもディ・ミュール帝国では許されていない行為だ。
「一応そっちにも聞いとくか。お前は何してたんだ?」
「あの、普通に給仕のお仕事を此処でしてて......」
見た目を気に入られ、声をかけられたという訳だ。
見れば、確かに酒場の制服を着ている。
「よーく分かった、後は衛兵が来るまで待ってな。そっちは給仕の仕事してていいぞ。衛兵が来たら話は聞くことになるだろうが」
「はい!ありがとうございます!」
兎耳の女性の拘束を解いてやり、男を引きずって店の商売の邪魔にならないところまで連れて行く。
「お、おい!何をする!」
「黙ってな。お前相手なら、多分何しても皇帝はお許しになるだろうから暴れない方が身のためだ」
ひと段落付いたと判断したのか、マリーが霧を解除して辺りの声が聞こえる。
「兄ちゃんたち、すげえな!最近この辺りに来た傭兵さんなんだって?」
「かっこよかった!お姉さんの事助けてくれてありがとう!」
「二人共途轍もない手練れだな。良かったら今度手合わせでも......」
様々な呼びかけを受け、対応に困るもそれを少しずつ相手していく。
良く見られること自体は、気分が悪くなるはずもないからだ。
「お手柄だね、アナ」
「マリーもな」
二人は拳をぶつけると、突如覚えのある魔力が近づいてくるのを感じた。
「この魔力は......」
衛兵の代わりとしてきたのは、元帝国第一席のジェストンだった。
「ジェストン!どうしたんだ?帝国軍の再編で忙しいんじゃなかったのか?」
彼は、アナセマ達に負けた後ディ・ミュール帝国の軍団長に皇帝から任命された。
初めは「負けだ自分が軍団長など」と言っていたものの、残った騎士や魔法師たちからの熱い希望でそうなったのだという。
「ああ、騎士だけを纏めていればよかった前と違い、大分苦労している。しかし、現在祭りをやっている影響で衛兵の数が足りていないという達しを受け、皇帝が我々に手伝うように命じたのだ」
旧騎士団は、旧魔法師団と合併して帝国軍となった。
その再編や、戦術の考案などを一手に担っているのがジェストンなのだが、今日ばかりは衛兵が忙しすぎるらしい。
「そうか。こいつが獣人の女を買うとかなんとか言って詰め寄ってたから、拘束しておいたんだ」
「......前皇帝の派閥の者か」
彼の皇帝は、甘い汁を啜りたいだけの貴族にとってはあまりにも適任すぎた。
故に、短い期間でここまで根を張ってしまったのだ。
「承知した。その女性にも少しだけ話を聞いて、この者を連行する」
「待て!私はドンザ侯爵だぞ!?何故言う事を聞かない!?」
未だに寝ぼけた事を抜かす男に、アナセマとマリーは目元を手で覆う。
その様子を見たジェストンは、男に答える。
「時代が変わったのだ。貴様は心を入れ替えるか、このまま堕ちていくか。その分岐点にいるのだ」
自分が間違えた道を、他人に間違えてほしくない。
そんな想いをにじませた彼の言葉は、男には通じなかった。
「何を言っているんだ!私は侯爵だ!こんなことがあってはならない!」
「分かった。続きは詰め所で聞かせてもらおう」
ジェストンは男を引っ張り、そのまま詰め所へ連れて行った。
「変わったんだってよ」
「うん」
帝国の歴史は新しく始まる。
「俺達がやったんだよな」
「そうだね」
『暗昏』として生きていた頃では、想像もできなかったたくさんの出来事がこの短い期間でたくさん起こった。
「ずっと一緒にいてね」
マリーは、彼が遠くへ行ってしまわないかと少し不安気に言った。
「当たり前だ。俺達はずっと一緒だ」
アナセマは彼女の手を取り、祭りの喧騒へ足を踏み出した。
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