第19話
何処からか取り出したボードの上に、様々な色の駒を置くソラ。
白い駒を動かして自分を指さす。
「まずはボク、始隊長ソラ。光に関係する
魔証無しで
「君よりお姉さんだから、普通の魔法も使えるけど。ボクの光は攻撃もピカイチだよ、光だけにね」
______沈黙。
「あー、笑うとこだったか?すまん」
「......もういいよ、次ね」
じとーっとアナセマを睨み、次の灰色の駒を掴んで切り替える。
「壱番隊隊長!アナセマ君も知ってると思うけど影ノ壱のカゲマル。影に関する
あの影から伸びた腕は、未だにアナセマの記憶に新しい。
「ボクの事になると少し厳しくなるけど、普段は優しいんだよ」
「そうは思えないけどな。でも優秀なのは分かる」
警戒していた『暗昏』達に一切バレることなく、隊長と副隊長を無力化したのだ。
隊長である彼も、隊員達も優秀なのだろう。
彼女は緑色の駒を掴み、金色の眼の前に持ってきた。
「次に弐番隊隊長。エリフェンの上司、眼ノ弐スイ。
自分の
「最後の隊長を探すのに使った
「一年!?ほとんど古典魔術じゃないか」
かつて魔法の概念が理論として形を成す前に、信じられていた魔法の発動方法だ。
魔証となるものを幾つも用意し、長い時間想いを込める古典魔術は、効率が悪いとされるが普通に発動する魔法より効果は高い。
それも当然で、長い時間魔証にイメージと魔力を込め続ける分威力が上がるのだ。
「古典魔術なんて、物知りなおじいさんくらいしか使ってないものよく知ってるねぇ。彼女の
古典魔術を
「いずれ会いたいな。知識人は嫌いじゃない」
「きっと会ったらビックリするよ。エリフェンとデストラの間みたいな子だから」
真面目堅物のエリフェンと、良いイメージが全くないデストラの間という表現に全くイメージが湧かないが、それが驚くという言葉の理由なのだろう。
「で、次があのデストラとかいう男か」
「うん、参番隊隊長で、焔ノ参って所までは伝えたよね。魔力を糧に燃え続けるランタン......君が煽ったアレが魔証ね。簡単に言うと『破壊』の概念を炎に乗せる
______概念?ただの炎じゃないってことか?
疑問が表情にそのまま出ていたようで、ソラは説明を続ける。
「うーんとね、彼は破壊のイメージを炎で補強して
炎の形をした破壊そのもの、というイメージで何となく理解するアナセマ。
「じゃあ次に......」
続く説明をしようとしたところで、誰かがソラの背後に跪く体勢で現れる。
「どしたの?」
「エルフの森から帝国に、武装した使節団が到着したようです」
その報告に、二人は揃って面倒気な顔をする。
まだ帝城は灰のまま、ただでさえやることも多いというのに何故タイミングを計ったかのように来たのか。
「皇帝が死んだから。彼らは森の中から特殊な魔法でこっちの状況を把握してて、多分威圧すれば何とかなると思われたからこのタイミングで来たんだと思う」
魔薬を使用し、その上自分達の森の貴族を襲った相手。
そんな非人道的な行為を厭わない相手より、皇帝の座を簒奪したばかりで戦力も整っていない相手の方が攻めやすいと考えたのだろう。
「武装もしてるって事は、ただの被害者ってわけには行かなそうだな」
「うん。君、デストラを呼んでおいて。ボク達もすぐ行くよ」
ソラに命じられ、跪いていた者は即座にデストラの向かった方向に走り去っていった。
「......ちなみにあれは、どこの部隊のだ?」
「あれは元壱番隊で、今はボクに情報を伝えたりする子だね。名前や能力はカゲマルしか知らないんじゃない?
であるなら壱番隊の中で、隊長を除いた中では相当な精鋭の可能性が高い。
アナセマは全く気配を感じなかった自分を恥じていたが、その事実を知って少し安心した。
「さ、急ごう。今の帝国にはエルフの相手は荷が重いよ」
「ああ。パーティでも開いて歓迎してやるか。メニューは肉だけで」
エルフも肉は食べるって!とソラの声が遠くから聞こえる。目視可能なギリギリの所でアナセマを待っているらしい。
自分を置いてあんなに遠くにいる事に驚きつつ、急いでソラの後について行った。
△▼△▼△▼△▼△
「やあ、早速大変だね」
帝国の最北、国境を守る騎士や魔法使いがエルフの使節団と言い争っている。
そこに、唐突にソラが声を掛けて騎士達が驚きの声を上げる。
「バ、『
上位貴族には、既に通信用の魔道具によって皇帝が変わった事と『
それ故に国境を守る騎士達には、帝都からくる異様な雰囲気の傭兵に頼るように言ってあるのだ。
「はいはい、皆の隣人『
ソラの顔を見て、何かに気付いたように目を見開くエルフ達。
「『
「あ、気付いちゃった?どうしようかな、今はそっちの話をしに来たんじゃないんだけど」
______神樹から力を奪った?また別の厄介事かよ。
色々とソラに聞きたいことが出来たアナセマだったが、今はこの場を収めることが最優先だ。
交渉をするため、前に出ようとしたところでいつの間にか追いついていたデストラが前に出た。
「お前らは攫われたクソ女を助けに来たのか、ウチの始隊長にクソ難癖付けに来たのか、どっちだ?」
鎖でじゃらじゃらと手遊びをしながら、エルフ一行を睨み付ける。
「......前者だ。ひとまずはその一件を片付け、その後でしっかりと話をさせてもらう」
「別に構わないよー。その様子だとヨイも元気そうで良かったよ」
彼女が発した、ヨイという名前にまたも声を上げようとしたエルフ達だったが、デストラの目を見てそれを諦めた。
改めて場所を移動し、砦内で話を出来る場所で腰を下ろす。
「大したもん無かったから、茶だけで我慢してくれ」
「そっかぁ。でもありがと、アナセマ君」
砦には携帯食料などの食料はあったものの、嗜好品と呼べるものが極端に少なかった。
やっと見つけたものが、炊事場にあった紅茶だったのだ。
それをアナセマがここにいる全員、ソラにデストラ、国境を守る騎士の代表らしき人一人に、エルフ一行全員で計十六人分入れてきたのだ。
文句でも言う奴があれば爪の先まで凍らせて......。
「クソ不味そうな紅茶だな。まともなモン無ぇのか」
当然その言葉を放ったのはデストラだ。
お望み通りカチンコチンにしてやろうと思い、魔力を貯め始めた瞬間にソラがアナセマの手を握り、ささやくように言った。
「ごめん、今は抑えてね。後でボクからも言っておくから」
「......分かってるよ」
アナセマはここは自分が大人になってやろう、と魔力を収める。
「じゃあ、改めて知っていると思うけど初めから。ボクは『
真面目に話している時の、凛々しい表情の始隊長に頼もしさを感じるアナセマ。
______普段からこれなら、もう少しは頼れるんだけどなぁ。
「俺は神樹の森から使節団として派遣されてきた。葉の血族のロウズと、護衛の神樹守護兵だ。半月ほど前に交易を求めて、帝国に足を運んでいた筈の我らの同胞が帝国の者に攫われたと聞いている。その詳細を聞きに来たのと、場合によってはここで宣戦布告までしてしまえという命を受けている」
事態のあらましは理解しているであろうに、わざわざこちらから言わせるという陰湿さ。
そして、場合によってはなどと言っているが、真実をそのまま言えば間違いなく宣戦布告をするという圧を感じる。
それだけ彼らにとっては、葉の血族というのは大切なのだ。
「あの子達に関しては、『
「ほう、それでは一切怪我などはしてないと?」
分かってるならそんなまどろっこしい言い方をするな!と声を荒げたくなるアナセマとデストラだが、始隊長の邪魔をするわけにはいかないので黙って見ている。
ソラは頭を振り、悲し気な表情で言った。
「残念ながら、リゼナと名乗った子は既に皇帝に汚された後だった。一応子を孕んでいない事は確認したし、体調的には問題ないけど......辱められたっていう事実は変わらないね」
それを聞いた瞬間、男は勝ち誇ったような顔で声を上げた。
「なんと!我らが同胞を汚したと!?しかもリゼナは、俺の伴侶になるはずの女だったのだぞ!?よくもまあそんな事を、恥ずかしげもなく口にできたものだな!?」
______あぁ、屑か。
アナセマは、これからあの男が何と言おうとしているのか理解した。
まずは一度森にこの話を持ち帰り、どうするかを話し合うと言うだろう。
その際に、自分の伴侶になる予定だったために自分の意思が優先されることを伝え、自分を懐柔する為に金品などを渡せば戦争は避けられるかもしれない、と下卑た顔で言うのだ。
自らの伴侶になる予定だった女性が、顔も知らない男に犯されたと聞いてそんな笑顔を見せる男が、これよりマシな案を出すはずがない。
「この話は一度持ち帰らせてもらう!一応、体調的には問題ないと明言を貰ったからな。しかし、このままだと戦争は免れぬかもなあ」
ほら、とアナセマは溜息を吐く。
「そうなの?それは困るなぁ。ボク、帝国に自信を持って守るって言っちゃった手前逃げられないし」
ソラの困ったような素振りに、口を出そうとするがデストラがそれを止める。
______黙って見てろって事かよ。
少し納得がいかないアナセマだったが、それを理解したのはこの数瞬後だった。
ソラから恐ろしいほどの魔力があふれ出す。
______なんだ、この魔力は?精霊?魔物?そんなレベルじゃないだろ。これじゃあまるで......神だ。
あまりの魔力の強さに帝国の騎士は気絶し、エルフ一行も椅子から転げて膝をついた。
「神樹の、魔力......やはり、貴様は」
「黙って聞いててね。うるさいと出力を間違えちゃうかも」
初めて彼女を見た時ですら、このレベルの力を感じなかった。
これが、神樹から奪った、とロウズが言っていた力なのだ。
「先に言っておくね。ボクはお願いしてるんじゃなくて、命令してるの。逆らう事は許さないよ」
彼女の目が金色に眩く光り、言葉を続ける。
「君みたいな小物に興味はない。ボクと話をしたいなら、最低でも長老クラスを呼んできてね。それと、下らない心理戦モドキをするつもりならもう少し内容を詰めてね。その心理戦はお互いの立場が対等な場合にやるものだよ」
貴様と自分では立場が違うのだ、分を弁えろ。
彼女が言ったのは、そういう事だった。
「長老クラスを連れてくれば、君たちが気になっていた神樹についての話もしてあげる。分かった?」
ロウズはがくがくと首を縦に振り、それに満足したのかソラは魔力での威圧を解く。
「......っが、ハァ、ハァ......。この事は、長老殿にて話させてもらう。後悔するなよ」
せめてもの抵抗なのか、ソラを睨み付けたロウズはまだ少し震える脚で部屋を出て行った。
「騎士の子、気絶しちゃったか。おーい!誰か!エルフの方々がお帰りだよ!」
ソラが声を上げると、部屋の外からバタバタと音が聞こえてくる。
これで大丈夫だろう、と満足げに紅茶を飲んでこちらに笑顔を向けるソラ。
「どう?かっこよかったでしょ?」
「まあ、いつもよりはな」
「え、それどういう意味ー!?」
怒ったようにアナセマの胸をぽかぽかと叩く彼女を見ながら、彼は違う事を考えていた。
______かっこよかったとか、そういうんじゃないだろ。あれは。
余りに人間離れした魔力量と、その質。
自分が軽い気持ちで入ってしまったこの傭兵隊は、もしかしたら思った以上にとんでもないものだったのかもしれない。
彼はやっとそう思い始めたのだった。
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