第18話
彼女の常軌を逸した行動に、叫喚する民衆。
皇帝の頭はころんと床に転がり、ソラはそれを貫いて持ち上げる。
「ボクはこの帝国を前皇帝が治めていた頃と同じか、それ以上にしたいと思ってる。その為に、信頼できる人を連れてきたよ!」
ソラの掛け声に合わせ、登壇した男。
「私は、元ディアナ辺境伯だ。国境の守りが忙しい事を言い訳に、皇帝の邪知暴虐を見て見ぬふりをしていた」
彼の告白に、他の貴族達も目を伏せる。
皇帝の犯罪行為に協調していなかった貴族で今生きているのは、苦言を呈して打ち首にされていた者を見て日和っていた貴族なのだ。
自分に重なるところを感じ、ざわざわとしていた貴族達が口をつぐむ。
「しかし、『
ディアナ辺境伯はソラから頭の刺さった剣を受け取る。
「これは私の罪だ。初めから愚かな皇帝を止めることが出来ていれば、ここまでの被害はなかったであろう」
剣を掲げ、胸に手を当てて皇帝への弔意を示す。
「ここに宣言する!ミュール帝国は今日を以てディ・ミュール帝国とし、帝城のある部分を『
ドォォォォォォォォォン!!!
その瞬間、帝城が大きな音を立てて崩れおちる。
この時ばかりは、貴族も平民も同じように驚きを隠せずにぽかんと口を開けたまま固まった。
演出のように吹き飛ばされたのが、帝国の強さの象徴である帝城なのだから無理もない。
帝城はそのままちりちりと粉になって行き、暫く呆然と眺めていると灰のような粉の山と化した。
爆発音は一回、その後に何かをしたようには見えない。
普通に爆発したのではないのが、ここにいる全員が理解する。
「『
ソラが宣言したのは、前代未聞の制度の確立だ。
まず、傭兵が依頼を受けるのは基本的に貴族からだ。
戦争の人数のかさ増しや、『華と鉄翼』や『業火絢爛』のような、特定の地域の防衛などが主な依頼だからである。
故に依頼を受けるのであれば、戦争や紛争のある地域の酒場などで飲んだくれていれば良い。
あちらから依頼をしてくるのだから。
もしくは有名になれば、『
依頼を受けるかは依頼内容がソラの眼鏡に適えばだが。
つまり、傭兵が自分達への依頼用の窓口を作ることなどあり得ないという事だ。
「噂で聞いたことあると思うけど、依頼に興味が無かったら無視する。それを分かった上で大金を用意してくれれば依頼を受けるよ」
彼女は言いたいことを言った後、こんな事をするに至った理由の説明をはじめる。
「このディ・ミュール帝国で宣言する!ボク達『
しぃん、と辺りが静まり返る。
アナセマを『
誰もが望んでいるが、子供のような夢物語だと誰もが諦める世界。
それを、伝説と呼ばれる傭兵隊の隊長が言っているのだ。悪い冗談ではないのは分かっている。
しかし、冗談だと思いたくなるような発言。
「その始まりとして、帝国を攻撃するっていうガルダ王国の依頼を受けたの。今この世界で、最も軍事力が高かったからまずその頭を潰した」
魔薬が横行し、王国への密輸入まで始まった事が今回の戦争の発端と言われている。
その流通元である帝国を潰す事は、間違いなく争いを無くす事の一歩になっただろう。
「ここを中心として、世界から攻めて攻められてを無くすよ。他国に攻め込まれている国があればボク達は格安で依頼を受ける。だから、何かあったら『
目標に関わる依頼であれば、格安で受ける事を宣言する。それが目標の為になるからだ。
「じゃあ、この話はおしまい!」
『
「ここにガルダ王国の諜報員がいる事前提で言うけど、これ以上帝国を攻める事は禁止するよ。これ以上の侵攻は敵とみなして排除するし、ボク達の宣言を聞いたにも関わらず暴力を行使しようって事なんだから帝国みたいに容赦はしないよ」
帝国相手の攻勢は、容赦していた事を暗に伝える。
そしてそれを聞いていた王国の諜報員は、慌てて広場を去る。
これから王国が行うであろう攻勢を止めなくては、帝国より悲惨な末路が待っている事を悟れないほど、諜報員達は愚かではなかったからだ。
「これでボクが話す事は無くなったから、失礼するよ。後は頑張ってね、新皇帝さん」
「ああ、感謝する」
ソラは眩い光と共に消え、皇帝であるディアナ辺境伯が残される。
「ディアナ辺境伯改め、ディ・ミュール・エルミライン皇帝が馬鹿な貴族が現れる前に教えておく。この国を墜とす為に割かれた『
二人。
全員でも大多数でもなく、二人だ。
「先ほどの女性はその隊の長でな。聞いたところによると隊は九つもあり、玖番隊の隊長と弐番隊の副隊長だけで我らが帝国は墜とされた」
情報を補足されればされるほど、説得力が増す代わりに現実感が薄れていく。
様々な傭兵に依頼を出し、実力を見たことのある貴族であるほど信じられないのだ。
「傭兵を見る機会が少ないであろう、帝都の住人にも分かりやすく教えてやろう。帝国にいる魔法師団が十人もいれば、通常の傭兵には勝てる。その傭兵達が百人いようと敵わないのが『
戦火が及ぶことが少ない帝都でも、魔法を使った強盗などの犯罪は起きる。
騎士では対処できない犯罪者などは、魔法師団という魔法使いだけで構成された団体が対処するのだ。
その魔法師団の一分隊でやっと一人の傭兵が相手出来るという事が、平民たちにはショックなのだろう。
驚きの声や、何故傭兵は魔法師団に入らないのかといった疑問の声が聞こえる。
「その国で安定した収入を得たい、家族や国を守りたい、国から色々な優遇を受けたい......そういった者が国の魔法師団に入るのだ。しかし、傭兵達はまた違った目標のもと力をつける。一般的な欲が薄いから強くなるのか、強いから一般的な欲が無くなるのかは分からない。しかし、『
今この場にいる全員が。
平民から貴族、そして皇帝である彼でさえ。
そんな欲に縛られて生きているのだ。
それを否定することは出来ない。
「とにかく、彼らと敵対する事すなわち破滅、災害に見舞われたと思うしかない。であるなら、その災害がこちらに向かないようにする努力を私は惜しまない」
これからは法の下に貴族による理不尽な暴力を禁じ、他国に攻め入る事を計画する事すら禁じる法を制定するという事を告げる皇帝。
「以上、皇帝の宣言であった。特に最後にした話を忘れずに、君たちの知る人間すべてに伝えてくれ」
そう言って、皇帝のお披露目は幕を閉じた。
△▼△▼△▼△▼△
皇帝の降壇までを帝城跡の近くで見ていたアナセマと、話し終えてこちらに戻ってきたソラ。
「洒落た飾りを剣に施したもんだな」
皇帝が掲げていた生首付きの剣を作り上げた張本人であるソラに皮肉をかます。
「でしょ。ボクの渾身の一作だよ。プレゼントしても良かったんだけど、先に欲しがってる人がいるからまた今度ね」
______絶対いらねえけど。
口論で彼女に勝てる気がしないと溜息を吐きつつ、先に欲しがってる人についての話を聞く。
「リゼナ、だったか。あの子を森に帰した上で帝国が落ち度を認めたという証拠に、前皇帝と首謀者であるルーンエルド公爵の首を持っていくという事でいいのか?」
アナセマは、騎士王ジェストンとの戦いが終わった後疲れて眠っていた為に、そのあたりの事情を知らないのだ。
「うーん。エルフの爺達がそれでいいならそれで済ませようと思ってるけど。それで済まないなら少し手荒な真似をする事になるかも」
また揉め事か、と嫌そうにソラを見る。
「ボクだって嫌だよ?でもさ、あの子が葉の血族ってなると人間の首二つじゃどうも許してくれなさそうなんだよね」
葉の血族、という言葉に聞き覚えは無かった。
恐らく森での地位であるという事しかわからないアナセマは、それが何かをソラに問う。
「エルフの森、エルフたちの間で神樹の森と呼ばれる森では、神樹の力を受け継いでいる割合で地位が決まるんだ」
ハイエルフである、神樹の仔。
神樹の仔は割合などを調べる必要は無い。
ハイエルフとして生を受けた時点で、神樹の力を色濃く受け継いでいることが確定しているからだ。
この地位のエルフには、二文字の名が授けられる。
次に、葉の血族。
神樹の力が魔力の三十パーセント以上であれば、そう呼ばれる。
この地位のエルフには、神樹の仔より一文字多い三文字の名が授けられる。
そして、枝の血族。
神樹の力が魔力の一パーセント以上、三十パーセント未満であればそう呼ばれる。
最も絶対数が多く、葉の血族の従者や護衛などは、基本的にこの地位にいる。
この地位のエルフには、葉の血族より一文字多い四文字の名が授けられる。
そして最後に、血を継がぬ者、
神樹の力をほとんど受け継がず、奴隷やそれ以下の生き物として扱われる。
この地位のエルフには、四文字より多い文字数で名前を付ける事以外のルールはない。
そのため、基本的に五文字の名前を付けることがほとんどだ。
「短い名前を授かるエルフほど偉いという事は、神樹とほぼ同じ扱いを受けるハイエルフを除けば最も地位の高い大貴族様ってワケ。嫌んなっちゃうね」
森の中でかなりの力を持つ大貴族を騙して攫い、慰み者として扱ったのだ。
確かに首謀者や皇帝の首だけでは済まなそうな案件だ。
「ついでに、あの爺達には人間を劣った存在とみているお馬鹿さんたちがたくさんいる。そんな奴らに大事なお嬢様を攫われて弄ばれたんじゃ、って引っ込みがつかない人も多いんじゃないかな」
このまま戦争、となれば帝国は次こそ完全に滅びるだろう。
何せ、一番森と相性の良かった
大きく戦力を落とし、傭兵達も呼べない現状では、勝ち目など無いのだ。
「じゃあどうする?帝国に不利な同盟でも結ぶのか」
「それじゃあ新しくなった帝国の門出が弱点づくりから始まっちゃう。ボクはそれを望んでない」
あくまで対等に同盟を結ぶことを望んでいるソラは、それを良しとしない。
「だからね、ちょっとずつ動いていくよ。でもまずは帝城を『
その言葉でこの惨状を思い出したように振り向き、灰を吸い込まないように口元に手を当てながら話し出す。
「ってか、これ誰の仕業なんだ?ただの爆発系魔法じゃないだろ?」
アナセマの問いに答えるように、灰の奥から赤い髪の男が姿を見せる。
その左手には鎖が握られており、右手で持っているランタンにつながっている。恐らく魔証だろう。
「あの子。参番隊
「......地下がクソ大変だった。このクソ城は入り組みすぎだ」
首を鳴らしながらこちらに歩いてくるその男は、薄い褐色の肌以外に自分達と変わった場所がない......と思ったが、白目の部分が黒く、黒目の部分が真っ赤に光っている。
「なんて種族だ?見たことないな」
「デストラはね、
「始隊長、このクソガキは?クソ俺の話するってこた、メンバーか?」
______随分口にクソが詰まってるな。
そんな言葉が出かけて抑える。
参番隊の隊長、隊長格という事はあのカゲマルという男と同じくらい強い可能性があるのだ。
そんな相手を挑発するような発言は避けなければ、あの城のように灰になってしまうかもしれない。
それに、
魔力に魂が宿り、意思を持ったとされる生き物。自然に由来する魔力を持つことから、自然にまつわる魔法を魔証なしで使うのが得意な種族だ。
神と呼ばれていたが、レーゲンの持っていた
元々希少な種族と、人間の混じった個体なのだから珍しいのも頷ける。
「うん!最後の隊の隊長!終ノ玖アナセマ。こっちは見ての通り人間」
「見りゃわかる。クソ弱そうだな」
______は?
「お前こそ、その魔証は何だ?炎の精霊が混じってるのに魔証が無きゃ魔法も撃てねえのか?」
アナセマは、真剣な場でなければ挑発は買うタイプの人間なのだ。
罵倒には罵倒で、そう思って言い返す。
そのアナセマの足元は、既に灰になっていた。
突然地面の質が変わり、バランスを崩したアナセマは尻もちをつく。
「始隊長の前だからそれで勘弁してやる。クソ弱いクソガキは身の程を知れ」
そう言って二人の前を去ろうとするデストラ。
その足元を凍らせ、片足だけ接着する。
足を取られた上、滑って顔から地面にダイブするデストラ。
「ハッハハ!俺達は対等、そうだろ?始隊長!」
「もちろん!暇ならいくらでも模擬戦していいから、仲良くね!」
「......ッチ、クソいけ好かねえ」
彼は不満げに悪態をつきながら、足元を注意しつつ次こそ二人の下を去った。
「......で、あの男はどんな
「あ、そういえば全隊長の能力とかを伝えてなかったね。急に一緒に仕事する事もあるだろうから、今の内に教えてあげる!」
始隊長による、『
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