第16話

「貴方。皇帝の部屋は何処か教えなさい」

「こ、断る!略奪者に教えることなど何もない!」

 エリフェンが騎士の胸当てを引っ掴み、尋問の真似事をする。

 真似事と言っても、道具がないだけで経験が無いわけではない。

 何故なら、彼女は『調律師バランサー』において情報を司る、弐番隊の副隊長なのだから。

「私の得意な事を教えてあげましょうか?」

「うぁあああああ!!!」

 彼女が魔力を込めた手を騎士の腹の辺りに当てて、くるくると円を描くように撫でる。

「私は魔力を操作するのが得意なんです。それが他人の体内にある魔力でも」

 通常、身体の中を流れるように存在している魔力。

 その流れを意図的に崩し、ぐしゃぐしゃにするとどうなるか。

 騎士は虚ろな目で、涎を垂らして言葉にならないうめき声をあげる。

「私が優しくかき回している間に、話した方が身のためですよ。魔力のある生き物は全て魔力によって体内のバランスをとっています。それが修復不可能なほどかき混ぜられたら......どうなるかおわかりですか?」

 ちょん、と胸骨の中心辺りに触れる。

「あ、ぐああああうああうあああ」

「そうです、ただ生きているだけになります。自我を失い、生命活動のみが行われる肉の塊になるのです。どうです?話したくなりましたか?」

「あ、あなす......あなすああ......」

 快く話してくれるようで一安心のエリフェンは胸当てから手を離し、騎士はそのまま尻もちをついた。




 優しい・・・騎士から教えてもらった通りに城の奥へ進んでいくと、エルフの発達した耳がとある音を拾った。

 その音は、嫌な予感が当たっていたことを意味していた。

「人間という劣った種族、それも愚かで醜い男の種を孕んだエルフの貴族ですか。森の屑共がどうするのか考えたくもありませんね」

 独り言つエリフェン。

 リゼナという、哀れな人生を辿るであろう者に対して、せめて自分だけは優しくあろうという感情を胸に足を進める。

 パチン、パチン、と肌を打ち付ける音が聞こえる。

 ここまでくれば人間であっても容易に何が行われているかは理解でき、耳の良い者であれば女性の苦し気な声すら聞こえるかもしれない。

「終ノ玖、貴方の十八番を借りますよ......氷よ、冴え渡るその冷気ですべてを凍らせろ。凍気フリーズ

 扉に向けて凍気フリーズを放ち、部屋全体に冷気を充満させる。

 中から慌てた声や様子が聞こえてくるが、冷気を送り続ける。

 冷えた身体は動きが悪くなり、反撃が難しくなる。

 中に保護すべき対象と、その対象を辱めている存在がいるのならばまとめて無力化するのが最も効率が良い。


 バァンと勢いよく扉を開け放ち、周囲の確認をする。

 非常に趣味の悪い、黄金の装飾が各所にちりばめられた大きな寝室だ。

 寝台には二人の人族がおり、片方はエルフの女性のようだ。

 もう片方は醜い豚のような男であることから、現在の皇帝と仮定して宣言する。

「動くな。両者とも私と共に来てもらいます」

「な、なんだ貴様は!ここが皇帝の部屋と知っての......」

 予想通り反抗してきた男だったが、元々大した筋力があるわけでもない。

 贅肉まみれの身体ではこの冷気の中を飛び出すことなどできず、寝台から降りた途端に裸のまま躓いてつんのめった。

「ぐ、ぐああ!貴様!早く余を起こせ!不敬罪で首を叩き切るぞ!」

 未だ状況を理解していない男を心底見下しながらも、あくまで冷静に対応する。

「その発言を聞くに、貴方はミュール帝国皇帝で間違いないですね?」

 エリフェンが暴徒のような雰囲気でなかった為か、皇帝は少しだけ冷静になった。

 そして冷静になった結果、気付いたのはエリフェンの美貌だ。

 肌は雪のように白く、髪は艶やかで美しい緑色。

 その髪の色に合わせたような同じ色だが、宝石のように輝くその眼。

 更に、豊満ではないがしっかりと引き締まった身体。

 完璧な女性ではないかと舌なめずりをしようとするも、最後に男の目に映ったのはその長い耳だ。

「エルフか......弟からの貢ぎ物か?礼儀とまではいかずとも、主に逆らわないように教えておかないとは愚かな弟よ」

 自分に貢がれた女性だと勘違いし、品定めを始めた男にエリフェンは溜息を吐く。

「貴方がどうしようもないほど愚鈍なのはわかりました。で、皇帝で間違いないですね?」

「な、なな、この皇帝である余が愚鈍であると言ったのか!?許さん!今すぐ殺してやる!」

 いつまでも話の通じない男ではあるが、皇帝であるとの確認は取れたので作戦を継続する。

 詠唱もせずに茨の蔦を生成し、皇帝を縛る。

 棘の生えた蔦は、皇帝の肌に突き刺さり血を流す。

「痛い!何をするのだ、放せ!」

「教えておいてあげます。私は王国から依頼を受けた傭兵、『調律師バランサー』弐番隊の副隊長です。貴方を捕え、我らが始隊長に引き渡すためにここにいます」

 皇帝はエリフェンのその言葉を理解しようともせず、喚き散らし続ける。

 いい加減に鬱陶しくなった彼女は皇帝の口に固い氷を詰める。

「あまりうるさいと、死ぬより辛い目に遭わせますよ。こんな風に」

 詰めた氷を操作し、少しずつ口の奥に奥に向かわせる。

「ぐ、ぐおおぅおおおう」

 蛙の鳴き声のような、人間の声とは程遠い低い音が皇帝の口から漏れる。

 氷はそのまま進み、狭いところを越えたようで一気に腹の中まで落ちる。

 ごつごつとしている上、魔力で生成した固い氷は人間の身体には石と大きく変わらない。

 喉にいくつも切り傷をつくり、食道にも無数の傷を負わせた。

「ぐぅううううう!!!」

 皇帝は血を吐きながら、茨に縛られた身体で床にのたうつ。

「これ以上痛い目を見たくないのであれば、おとなしくついてきてください」

 彼女の言っているのが脅しではないと、流石に理解したのであろう。

 皇帝はおとなしくエリフェンを睨んだ。


「そちらは......失礼。身体を清める時間が必要ですね。この部屋に浴室は?」

 やっと落ち着いてエルフの女性に声を掛けれると思ったエリフェンだったが、この女性が今までされていた事を考えればせめて湯浴みの時間くらいは設けても良いと判断する。

 皇帝に問うと、静かに頷いたので入ることを促す。

 しかし、エルフの女性は虚ろな表情で何処かを見つめている。

 こちらの話が聞こえているのかも曖昧だ。

「ファーリ殿からリゼナという女性の救出を頼まれました。何か知っていますか?」

 ファーリ、リゼナという言葉に露骨に反応してこちらを見た女性。

「ファーリは、ファーリは無事なのか」

 掠れた声で、絞り出すようにファーリの安否を問う。

「私達が保護しています」

 エリフェンの言葉に、安心したのか堰を切ったように涙を流す女性。

 彼女が落ち着くのに暫くかかると判断し、その間に癒しの魔法をかける為に寝台に座った。




「すまなかった。取り乱してしまった」

 湯浴みも済ませ、とりあえず話は出来る程度に回復した女性はまずエリフェンに謝罪をした。

 その事実にエリフェンは驚愕する。

 ______なるほど、ファーリ殿の言う通り普通の貴族ではなさそうですね。

「いえ、問題ありません。貴方はリゼナ殿で間違いありませんね?」

 即座に頷くリゼナ。

「ではついてきて頂きます。隊長が騎士王と戦っている頃ですので加勢に行かなくてはいけません」

「ちょっと待ってくれ。『調律師バランサー』と言っていたが、ハイエルフが主を務めるというあの『調律師バランサー』か?」

 薄い金色の目がエリフェンを射抜く。

 彼女の表情を見るに、それだけ重要な質問なのだろう。

 エリフェンは一瞬答えに詰まるも、隊にとって最も無難な選択肢を取る。

「私からは答えられません。隊の情報を保護対象に渡すことは出来ません」

「では、保護対象ではなく神樹の森、葉の血族として質問させてもらう。貴殿らの主は、かつて神樹様から力を奪い、神樹の森を追われたハイエルフか?」

 神樹の森、葉の血族。

 懐かしくも忌々しい名を聞き、顔をゆがめるエリフェン。

 今のリゼナの雰囲気は、あの頃の森で感じていた貴族達のものと変わらない。

「では、一傭兵として答えましょう。仲間の情報は売れません。たとえ貴方を此処で殺すことになっても」

 この六十年、怯えて言う事を聞く練習をしていたわけではないのだ。

 ソラに救われ、傭兵として成長した彼女にとって、絶対に引いてはならないタイミングなのだ。

 魔力を込めた威圧までして、転がしておいた皇帝が気絶するのにも気付かない。

「......いや、失礼した。助けてもらった礼もせず、聞きたいことを無条件に教えろと言うのも虫の良い話だった。許してくれ」

 リゼナは、エリフェンが頑ななのには何か理由があることを察した。

 恐らくその理由が、かつて森で受けた何かしらであることも。

 その上でエリフェンの口を割らせる手札は現在の彼女にはない。

 それどころか、助けてもらった借りが出来たばかりだ。

「いえ、私も少し大人気なかったですね。この騒動が終われば始隊長自らお話になるでしょうから、質問はその時にお願いします」

「ああ、承知した。それでは隊長の所へ急ごう。騎士王ジェストンはとんでもない傑物だからな」

 エリフェンは頷き、皇帝を引きずって魔力を探り始めた。


 △▼△▼△▼△▼△


「隊長!」

 エリフェンの声が聞こえる。

 という事は、あちらは無事に作戦を終えたという事だ。

「あぁ、生きてたか」

「こっちの台詞です。間に合ったのが奇跡なくらい重傷ですよ」

 アナセマの右肩は綺麗に斬られ、動かすことが出来なくなっていた。

 綺麗に斬られているが故にまだ治す余地はあるが、即座の戦闘復帰は無理だろう。

「で、あいつジェストンは?お前が?」

「そんなはずないでしょう。すぐそこで治すのを見ていますよ」

 アナセマはエリフェンの言葉で飛び起きる。

 すると、まだつながりかけの肩が燃えるように痛み、地面をのたうつ。

「ぐ、あぁ!痛ぇ!!」

「当たり前です。動いてると余計に治りが遅くなりますよ」

 そう彼女が諫め、ばつが悪そうに再び横になるアナセマ。

「おい、何で攻撃してこない?俺達を殺すのがお前の目標だろ」

 アナセマの悪態に、ジェストンは実に余裕を持って答える。

「否。我の目標はあくまで皇帝を守ること。完全ではない男を斬るか、二対一で完璧に勝つかは我の勝手である」

「......聞いてはいましたが、尊大の極みですね。魔法使い二人相手に完璧に勝つおつもりで?」

 魔法使いを一人相手するのと、二人相手するのでは勝手が全く違う。

 射線が通らないようにする立ち位置、魔法一つ一つへの対処......挙げればきりがない。

 その上エリフェンも、副隊長と言えど自分の力にある程度の自信はある。

 だからこそ、彼のこちらを見下した様子に見かねて反論する。

「尊大?違う。我は自分の力を正しく理解しているからこそある程度の回復を待っている。貴様ら二人ではまだ対等にはならないが、先ほどよりは戦いになるだろう」

「......隊長、少し荒っぽい回復をしても良いでしょうか?あの男を倒すのには隊長が必要です」

 珍しく不機嫌な様子を隠そうともしないエリフェン。

 痛みに耐えるので必死なアナセマは気付いていないが、彼女も一つの壁を乗り越えたばかり。

 感情が表に出やすくなっているのだ。

「俺も頼もうと思ってたところだ。痛くしないでくれよ」

 アナセマはニヤッと笑い、エリフェンの治療を受け入れる。

「痛いから荒っぽい治療って言うんですよ。行きますよ」

 その後、訓練所にアナセマの叫び声が響き渡ることとなった。

 彼曰く、もう二度と荒っぽい治療は頼まない、と。




 治療には少々の時間を要した。

 治療を受けた本人曰く、何をしたのか聞きたくもないし、二度とされたくないと。

 とにかくアナセマは治療を受け、ひとまず戦闘出来るだけの身体に戻った。

「こんだけいじくりまわされたんだ、あのおっさんぼこぼこにしねェと気が済まねェ」

 一度瀕死にされ、なりを潜めた負の感情がまた表に出てくるほどには気が立っているらしい。

「それが作戦ですから。絶対に倒すんです」

「よろしい、最終戦といこう」

 最強の男ジェストンは立ち上がり、アナセマが何度も見た構えで二人を待ち構えた。

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