第13話

 レーゲンの炎の剣が頬を掠める。

 それだけで纏ったマスクの部分が抉れ、仮に少しでも触れていたらどうなっていたのかと思わせる熱量が頬を炙った。

「呪え!」

 アナセマの短い詠唱の中で、最も威力の高い攻撃だ。

 ソウとの模擬戦では抑えて発動していたが、そんな手加減をして生きていられる相手ではない。

 僅かに炎の揺らめきに変化があったようにも見えたが、全体の魔力量から見れば減っていないに等しい。

 あの模擬戦のように、鎧を削り切っての勝利は望めないと言える。

「肉弾戦はお好みか?」

「何を言うか。私は騎士ぞ。剣に勝る攻撃無し!」

 レーゲンは剣を振るい、それを魔力で最大限に保護した両爪で受ける。

「呪え」

 触れた瞬間、爪を経由して氷を這わせようとするが一瞬もしない内に溶けて空気に消える。

 ______熱すぎるだろ。こいつの魔力量はどうなってんだ。

 いくら魔力が多いと言えど、減っていないように見えるのは奇妙だ。

 敵が触れている際のアナセマの氷は、離れている時の比ではない威力を持つのだから。

「なんか、仕掛けがあるな?」

「あったとて、貴様に負けることは無い」

 それは暗に、あると言っているようなものだ。

 余裕気な表情に、更にアナセマの苛立ちが加速する。

 爪を振るい蹴りを入れ、触れた瞬間に氷を這わせる。何度もそれを繰り返すが、得たものは火傷と疲労だけだ。


 そんなことをしながら、少しずつ帝国の情報の記憶を手繰り寄せていく。

「はァ......。未熟な自分が嫌になる」

 剣を避け、受け、徒手の炎すらも致命傷なので必死に防御を繰り返す。

 そして思い出した情報の中に、とあるものがあった事を思い出したのだ。

「魔証が魔力を生んでるってパターン、聞いたことあったんだがな。それ、帝国の宝じゃなかったのか?」

「だからこそ、私が持っているのだ。小童のいる帝城に置いておくことに何の得がある」

 その言葉に少し引っかかる。

 彼は、現皇帝らしき相手を小童と呼ぶほどに敬いの念が一切ない。

「その宝の所有権は帝国の長だろ?そんな事言っていいのか?」

「私の剣は主席にのみ捧げている。主席が従う相手に私が従うのだ。だからと言って敬う相手まで縛られる筋合いはない」

 ______クソ、話し合いが出来るタイプかと思ったがこいつ狂信者カルトかよ!?面倒くせえ!

 彼の反応を見るに、魔証から魔力を得ているのは間違いないとみて良いだろう。

 であれば、帝国の宝である魔証が何だったのか思い出せればまだ勝ち目はある。

「その剣か?いや、違うな。何だったか......」

「思い出せたとて変わらん。黙って死ぬが良い」

 地面の氷も溶けており、滑るのには無理がある。

 機動力も奪われた状態で出来る事はあまり多くない。


 ______ここからは運とブライドの勝負だな......ん?

炎神の誇りプライド・オブ・フレア!思い出したぜ。確か鎧の真ん中に埋まった核が魔証だったな」

「無知ではないようだが、先ほども言ったように貴様に勝ち目はない」

 ______果たしてそうかな。

 アナセマが氷を這わせる、標的ターゲットが変わった。

 機動力・攻撃力を奪うための四肢から、魔証自体を狙った胸に氷を這わせるように蹴りを入れる。

 先ほどより、立ち昇る炎の揺らめきが大きくなったように見える。

「分かったぞォ?お前のその魔証、攻撃を受けると安定性が落ちるんだな?」

「燃えよ、我が剣」

 アナセマの挑発ともとれる発言には一切耳を貸さない。

 レーゲンの唱えた一節で、剣が纏う炎の熱量がぐんと上がった。

 彼の幻創クオーレの癖が、少しずつ分かってくるアナセマ。

「自分の幻創クオーレを常時展開型に限ることで、イメージを固めやすくする。その結果自ら魔力を放っているそれを魔証とする事に成功し、途轍もない威力を発揮する......お前の魔証ソレ、力を出し切れてねェな?」

「その通り。この国で最もこれを扱えるように幻創クオーレにまで昇華させたこの私でさえ、これを御しきれないのだ」

 そう言いつつも剣の一撃でアナセマの爪を折り、魔力の圧だけで吹き飛ばす。

「それを聞いて安心したよ。お前が本気を出してないだけだとか言ってたら、泣きたいところだったからな。呪え」

 吹き飛びながらおどけ、ついでとばかりに冷気を飛ばす。

 当然レーゲンの熱気に届くことは無かったが、驚いたような様子はない。

 彼は剣を斬り上げるように持ち上げ、その勢いのまま袈裟斬りにする。

 アナセマはそれを懐に入ることで無効化するが、懐の温度は人間には熱すぎる。

 身にまとう白雪ホワイトコートが少しずつ霧散していくが、その前にレーゲンの腕をつかんだ。

「ッツ......!」

 ジュウッと手のひらが焼ける音がするが、アナセマは腕を離さない。

 そのまま手に小さく鋭い氷の爪を生成し、彼の肌を穿つ。

「中から凍ってみようぜ。呪え」

 アナセマが今まで無駄に思える攻撃を続けた理由は二つあった。

 一つは相手の幻創クオーレの仕組みを探るため。

 もう一つは、肌から少しでも水分を取り込ませるためだ。

 いくら幻創クオーレ使いでも、炎を装備するなら自分まで焼けてしまわないように魔力を防御に回している。

 内部まで熱がこもっているわけではないということは、凍らせるなら肌から体内にかけた部分。

 とはいえ、周りが熱い状態で凍らせるには準備が必要なのだ。

 肌が十分に水を吸っている・・・・・・・・・・・・、とか。

 アナセマの氷は溶けることなく身体をめぐる......かと思われた。

「ふんッッッ!!」

「おいおいおい、お前躊躇無しかよォ!?」

 アナセマは笑った。レーゲンの余りのイカれ具合に、思わず笑みが零れたのだ。

 何しろ彼は、氷が這い上り始めていた左腕を躊躇いなく切り落としたのだから。

 その後剣で傷口を焼き、出血を防ぐ。

 痛みなど感じていないかのように、冷静な行動だ。

「私は、主席以外に負けるわけにはいかないのだ。あの方の教えを乞う身として、この剣が負ける事は許されない」

「あァあァ、お前がカルトなのは分かってるよ。だがその腕じゃ今まで通りとはいかねェな?」

 無尽蔵の魔力に、得意の氷を溶かす圧倒的な熱量。

 注意すべき部分はまだまだ残っているが、腕という重要なパーツを奪ったのも事実。

「腕の一本や二本、失おうとも」

 レーゲンは剣を両手で構える。

 まるで、たった今左腕を失ったことなど忘れたかのように。

「私の剣は折れぬ」

「折れぬ、ねぇ......。それ、魔力で剣を支えてるのか?その様子だともう一本の腕を落としても剣が握れそうだな」

 レーゲンの様子から、腕を落とされようとも剣を振り続ける闘志を感じたアナセマ。

 なので、剣を無効化することは諦めることにした。

 しかし腕が落ちたことで起きる弊害は、剣が握れない以外にも数多くあるのだ。

「おい、どうやって左側を守るのか言ってみろよ!」

 再び大きな爪を生成し、右から横なぎに振り払う。

 剣で防ごうと構えるが、アナセマの狙いはそこではない。剣と打ち合う瞬間に左の爪で胸を突く。

 剣と打ち合った方の爪は砕けたが、胸を突いた爪は溶けてなくなった。

 つまり、しっかりと衝撃を与える事は出来たという事だ。

 炎の揺らめきがさらに大きくなり、剣を支える左手側の魔力が不安定性を増していく。

 即座に距離を取り、氷を一面に展開する。

 レーゲン付近の氷は即座に気化したが、先ほどより範囲が狭まっている。

「所詮騎士は騎士だ。魔法使いとして卓越してるわけじゃねェ」

 確かに、幻創クオーレを使える事は精鋭の証だ。

 だが、幻創クオーレが使えない為に魔法使いの精鋭と呼ばれない者の中にも卓越した技術を持つ者はごまんといる。

 エリフェンもその一人であり、技術だけで言えばアナセマを遥かに上回る。

「技術が伴ってねェ。お前の魔力からは練り上げたものを感じねェよ」

 彼女がアナセマに勝てない理由は、自らの幻創クオーレと向き合い、研鑽してきたアナセマの努力故だ。

 でなければ、『華』のナナのように魔法を解除されて終わるのだから。


 それと同じように、アナセマとレーゲンが戦えているのは、氷と炎という相性と魔力の尽きない魔証があるからだ。

「どうやら、貴様を侮っていたようだな。剣を重んじる騎士でいる限り、私は勝てないようだ」

 レーゲンもそれを理解し、騎士の誇りを捨て長所を活かす戦い方をする事を決意した。

「燃え広がれ。炎よ」

 鎧から炎が噴き出る。

 幻創クオーレを常時展開型に限っているレーゲンでは距離を取っているアナセマには全く届かないが、明らかに炎は広がっている。

「これじゃ、近づく前に氷が溶けて丸焦げ、か。こうなると余計にどうやって始末するか悩むところだなァ」

「お待たせしました。隊長」

 声のする方向を見ると、エリフェンが敵を倒し終わったようでこちらに合流していた。

「......ははは!丁度いいじゃねェか。時間は稼ぐからあれを止めてくれ」

「戦って戻ってきたばかりの私を随分こき使うんですね。ですが隊長と相性が悪そうなのも事実ですね。任せてください」

 愚痴を吐きつつも仕事をこなすためにレーゲンの幻創クオーレを観察する。

 彼は広げた炎を維持するのに必死で、こちらへの攻撃をするのに苦戦しているようだ。

「魔証が魔力を生み出していて、どうやら常時展開型。熱量と無尽蔵の魔力が対応できない要因、といったところでしょうか」

「お前、本当に今パッと見ただけなのか?俺が攻撃しつつ得た情報ほぼ丸々そのままだぞ」

 彼女の分析力にもはや呆れを感じ、膨れ上がっていた怒りの感情も身を隠すほどに関心する。

「ついでに言うなら、魔証の名前は炎神の誇りプライド・オブ・フレア。魔力の扱いは俺より下手だぜ」

 アナセマが情報を補足すると、冷静な彼女が目を見開く。

「隊長より?それは相当ですね」

「......はっ倒すぞ。さっさとどうにかしてくれ。熱くてたまらん」

 彼女の冗談の対応もほどほどに、アナセマは対処を急ぐ。

 アレが動き始めては対応も大変になるし、この戦闘を終えてもまだ任務は終わっていないのだから。

「わかってますよ______紡ぐは鎮火の歌、炎神の鎮魂歌。主上の力を御しきれぬ不埒な輩に奪われた、誇りを取り戻す力になりましょうぞ。小火の消火アンチマジック

 彼女の詠唱は、しっかりとレーゲンとその魔証に届いた。

 炎が消え、炎神の誇りプライド・オブ・フレアが魔力を生成しなくなったことを確認したその刹那に氷が辺りを覆う。

 その冷たさに手が滑り、魔証を落としたレーゲンが慌ててそれを拾おうと膝をつく。

「お前の負けだ。諦めろ」

 その膝を氷に接着するように上から氷をかぶせて移動を封じる。

 炎神の誇りプライド・オブ・フレアはそのまま転がり、アナセマの足元にコツンと当たる。

 拾い上げると、円形で手のひら大の金属に埋め込まれた大きな宝石のような魔証だということが分かる。

「触るな!それは選ばれし者以外が触れると燃え上がって死ぬ!」

 レーゲンが叫ぶ。しかしアナセマは死ぬどころか、ぴんぴんして魔証を弄繰り回している。

「誰から聞いた?そんな話。選民思想を強めるための帝国が考えたただの迷信だろ」

「違う!私は実際に燃え上がって死んだ人間を見たのだ!」

 彼の真剣さに、エリフェンに手招きをして事のあらましを伝える。

「確かに、何か細工された魔力の跡がありますね」

「跡?細工をして、その後渡す前にそれを解除したってことか」

 彼女は頭をふる。そんな簡単な話ではなかったらしい。

「残った魔力から見るに、解除されたのは今日ですね......やはりそうなのでしょうか」

「やはりってなんだよ。何か分かったのか?」

 アナセマは問うが、エリフェンは答えずに炎神の誇りプライド・オブ・フレアを雑嚢に放り込む。

 そのまま魔装馬グラーロの待つ方向に向かうので、アナセマは焦りつつも彼女を追った。

「魔証の無いお前は脅威じゃねえ。命は取らないからあとは好きにしろ」

「......傭兵は、介錯というものを知らんらしい。まったく不躾なものだ」

 アナセマは、レーゲンの呟きに応えなかった。

 それがわざとなのか、そうではなかったのか。

 それは彼にしかわからない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る