第12話
ルーンエルド公爵領、出発前の少し早めの夕飯。
「エリフェン、あいつらは早めに行っちまったけど思い出したよ。お前今は玖番隊だろ?うちのルールに従って、飯、食うぞ」
「あぁ、前言っていた願掛けですか」
やれやれ、と店に入る。
今回の店は、前回のような個室の店ではない為、機密情報を話すことは出来ない。
しかし、作戦はもう二人共頭に入っている為、問題なく食事だけを楽しむことが出来る。
「絶対成功させんぞー、ほら乾杯!」
「はいはい、乾杯」
彼女はこちらに合わせてくれているようで、豪快に酒杯を呷った。
「っぷはぁ、無茶な飲み方して
「酒精の弱いものを注文しましたので、大丈夫です。隊長こそ気を付けてくださいね」
何をいうか、俺は
「油断が失敗を生むんですよ」
「そういうお前もな。普段酒なんて飲まないだろ」
酒精が弱く、こちらの作法に合わせているとはいえ、真面目で任務に真剣な彼女が酒を飲む理由。
アナセマは何となく察していたが、無用な詮索は傭兵間ではタブーだ。
「......なあ、聞いてもいいか?」
「随分優しく接してくれるのですね。お察しの通り、少し嫌忌しています。あのエルフの子も、エルフの森も」
エリフェンは、アナセマが敢えてこの願掛けに自分を誘った事に気付いていた。
普段であれば、自分の機嫌を自分でとりたがる彼女は断っていた。
しかし彼女も生きた人族、酒に逃げたくなることもあれば、誰かに話を聞いてもらいたくなることもある。
「ファーリ殿の言う通り、エルフの森では名が短ければ短いほど位が高いとされています。私の名はエリフェン、五文字以上の名は最低位のエルフにしか付けられない名です」
最低位の国民が国内でどのような扱いを受けるか。
人間だろうがエルフだろうが、それに大した違いはない。
つまりは、あの異常とも言える魔力の制御を見せた彼女が、奴隷に近い、もしくはそれ以下の扱いを受けていた事に他ならないのだ。
「......せっかくですから、昔話に付き合っていただけますか?」
完璧に見える副隊長の、昔話。
アナセマは沈黙を以て彼女に続きを促した。
「幼い頃から、魔力の扱いは得意でした。今でも使っている
相手の魔法を破壊するアンチマジック、その神業の補助をこなす魔法は森の中で既に開発されていたのだ。
使い勝手は良くないかもしれないが、彼女の才能なら周りの者達にも理解はされたはずだ。
いくら貴い血ではないからと言って、無下に扱うのは悪手と言えるだろう。
「エルフの血統主義は、度を越しています。私が同じ年代で血の勝るエルフたちより魔力を扱うのが得意だと知った貴族たちから、多くの辱めを受けました」
彼女にとっては地獄だっただろう。
ただでさえ裕福でない生活に、貴族たちから疎まれ蔑まれる毎日。
「ですが、私は耐えました。両親は私を愛してくれていましたし、自分が悪い事をしていないという誇りがありましたから。ですが、彼らにそれはありませんでした」
己の子より実力で勝った低位のエルフ。
いくら陰険な行為をしても、彼女はへこたれずに実力を伸ばし続ける。
そこで自らの子の実力を伸ばそうと思わない者が何をするか。
「彼らは、火を放ったのです。私達家族が住まう家を燃やしました。悪感情を伴った魔力には触れ慣れていましたから、私は自然と飛び起きました。ですが、両親には睡眠を深くする魔法が掛けられており、身体の成熟していなかった私には両親を運ぶ力はありませんでした」
彼女は幼いながらに、自分の力では両親を救うことは出来ないと理解して逃げ出したのだ。
エリフェンが今ここで生きているという事は、そういう事だ。
「自分の力を呪いました。何故、私はおとなしくしていなかったのか。炎に宿った魔力を視て、私は誰が炎を放った犯人だったのか気付きましたが、この
最低位のエルフの、証拠のない発言がどれだけ他人を動かせるか。
家と両親を燃やされて、頭がおかしくなったと判断されて終わりだ。
「このまま生きていても仕方ない、と思っていました。ですが、そんな時にとある勧誘を受けました。それが六十年ほど前の事です」
六十年、アナセマにすれば今までの人生三回分だ。
______小さい時に勧誘を受けて、六十年経ってるってことは今......?
「女性の年齢を想像するなんて、失礼ですよ。つまらない話を聞いてくださっているので教えても良いですけど。今七十一です」
「なな......いや、すまん。エルフと関わることがほとんどなくてな」
それも当然だ、と彼女は言う。
「帝国が他種族を蔑視しているように、エルフも基本的に人間を下に見ています。ですから、森から出る事が少ないのです」
人間如きと交流する必要などない、と思うエルフも多いという。
それにそういったエルフは、血統主義なことも多いのだとか。
「昔話に戻りますか......血統主義に疑問を持ったエルフたちの間で、とある噂が広がっていました。『かつて追い出され、外で力を蓄えているハイエルフがいる』と」
アナセマは察する。間違いなく『
______というか、それ以外のハイエルフが力を蓄えてちゃ困る。敵が増えるからな。
「お察しの通り始隊長の事です。自棄を起こそうとした私を連れ、森を抜けだした私達エルフの一行を始隊長は快く受け入れて下さいました」
それから隊長が入り、今の弐番隊になったのだとか。
「そういった過去があり、私個人としてはエルフの森に良い感情はありません。ですが、彼女達に罪がないのは事実です。助けるのに迷いは要りません」
「......強いな。でも、罪がないのはお前が我慢する理由にもなってないだろ。無理して関わる必要ないから俺に任せろ」
彼のその言葉に、エリフェンの顔が歪む。
理屈と本心は違う。
彼女の言っているのは理屈で、アナセマにとっては本心が大切なのだ。
仲間の気持ちを考えられないで、何が隊長か。
彼のその信念は、しっかりと彼女の胸に届いていた。
エリフェンは改めて注がれた酒杯を一息に飲み切り、ドンと置いて立ち上がった。
「出発まで少し時間があります。酔ってしまったので休憩してきますね」
彼女は歩き出し、アナセマはフッと笑った。
「ああ、時間になったら呼びに行くからゆっくりするといいさ」
彼女の目に、もう憂いはなかった。
△▼△▼△▼△▼△
「
「質が上がっていないのであれば、同じことでしょう。五十人も百人も」
身も蓋もねえな、と思いつつその通りだとも思う。
その結果、この惨状が繰り広げられている。
凍った魔法使いに、雷で焼け焦げた魔法使い。
岩に囚われた魔法使いもいる。
当然凍った魔法使いはアナセマの
辺りを眺めると、自分達を中心にそういった敵が並んでいるので一つの芸術のようにも見える。
「壮観だな。こいつら、どうする?」
「放置でいいかと。暫くすれば私の雷魔法で痺れている人たちが動けるようになりますから、その人たちが助けるでしょう」
敵を痺れさせて制圧すれば、あとの処理を任せる事が出来る事に若干の羨ましさを感じるアナセマ。
「お、俺の凍らせた奴らも氷が溶けたら動けるようになるぞ」
「溶けるまでに凍死しなければ、ですがね。溶けるまでにどれくらいかかります?」
アナセマはハッとして俯く。
今までどれだけの敵を凍らせられるか考えたことがあっても、どれくらいで溶けるかを考えながら
「あのくらいの薄い氷なら、十時間くらい......か?」
「あの程度の魔力しか纏えない魔法使いなら、間違いなく凍死ですね」
困ったように溜息をつき、
助けを求めるような声も聞こえたが、こちらを襲った自分を恨むべしと無視して
暫く走り続け、ついにルーンエルド公爵領と帝都の境まで辿り着く。
そこは帝国でも屈指の大きさを誇る砦であり、帝都への侵略を防ぐ最後の砦だ。
ここに誰もいなければ、帝城まで走り抜ける事も可能だろう。
しかしそう上手く事が運ぶはずも無く、大きな魔力反応を感知して即座に
「凍てつけ!」
アナセマは即座に壁を全方位に生成し、詠唱する隙を作りだす。
弓矢より少し短く、太い。
恐らく
「
「
楽をしようとしているのか、と思うが彼女がそんな事をする筈がない。
彼女は冷静に戦況を見て、この割り振りをしたのだ。
という事は......。
「お前ら二人が隊長格だなァ!?」
身体を温めておこうと、負の感情を膨らませたアナセマの餌食になった事は、この二人の最も不幸な出来事の一つに死後挙げられることになるだろう。
「おい、最後の守りにしては歯応えが無さ過ぎねェか?」
血の滴る爪を揺らしながら、敵の弱さに不平を漏らすアナセマ。
普段であればこのようなことはしないが、今の彼は怒っていた。
ファーリという、罪のない少女にあんな顔をさせた皇帝に。
その結果、仲間であるエリフェンの古い傷を抉ってしまったこの現状に。
これまでにないほど、そして自覚している以上に憤怒していたのだ。
「隊長、まだ来ますよ。先ほどの隊長格が数人、
「そのやばい魔力は感じてる。残りを任せても大丈夫か?」
見くびらないでください、と即座に魔力を推進力にして飛び出していく。
「血気盛んで良いねえ。俺も行くかァ!!」
口角を吊り上げ、血を振り払って氷面鏡の上を駆けた。
その速度は凄まじく、敵との距離をいとも簡単に縮めた。
敵の先頭の精鋭以外には、突然魔力感知内に入ってきたように感じるだろう。
「そこの強ェの!俺の相手しろ!」
目視で敵を確認し、大声なら届く範囲に来た瞬間にアナセマは叫ぶ。
「貴様の挑発に乗るわけではないが、他の者では相手にならないようなのでな!」
隊長格の男はアナセマの向かう方向に合わせるように炎を放つ。
しかし、魔証を握っただけの詠唱も無い魔法がアナセマに効くはずがない。
一切気に留める様子もなく、炎を受け止めながら右翼側に転回する。
男も仕方なくそちらへ跳び、詠唱を開始する。
「我は剣。敵の鎧を食い破り燃やし尽くす剣なり。我は鎧。遍く総ての剣を通さぬ無敵の鎧なり。炎よ、我の四肢を喰らい、その身を此処に顕現せよ!
膨れ上がる魔力の圧。
最高潮に達しているアナセマの身の毛も、思わずよだつような圧倒的な力の権化。
「この国には、炎の魔法使いが多すぎやしねえか?炎龍の魔証も見た、炎鎧とやらも見た、ついには炎神だとよ。やってられないぜ」
アナセマのぼやきに少し気を取られたようで、彼の身体中から立ち昇る焔がゆらりと揺れた。
「炎鎧、と言ったか。貴様、私の弟子に会ったようだな」
弟子、という言葉にやっと合点がいくアナセマ。
「あァ、だから似てたのか。お前のそれと」
敢えて生死を口に出さず、揺さぶりをかけるようにニヤリと笑って見せる。
しかし、ソウの師匠という事は彼も騎士。
その程度のことで動じない精神を練り上げているのだ。
「私の
______とどのつまり、俺とは相性の悪い国ってことかよ。歴史なんかに興味なかったからなァ。
「神サマを降ろすとかいう
「違う」
男が剣をカチ、としまう動作を見せると、アナセマの
「炎神が私をお選びになったから、私が二席なのだ。帝国騎士第二席・レーゲンだ。名乗れ、雪を纏う若人よ」
「グッ.....面白え。『
傷が凍り付き、革を鞣すように肌を構成していく。
これで血が出ることは無く、脳内で分泌された
______仕切り直しだ。
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