第11話

調律師バランサー』がルーンエルド公爵領での襲撃を成功させた翌日。

 帝城には、怒号が響き渡っていた。

「そんなバカなことがあってたまるか!」

 現皇帝は、唾を飛ばして弟であるルーンエルド公爵を詰問する。

 小心者な彼は、その大声に肩を震わせながら再度報告を繰り返す。

「この報告は、逃走してきた騎士達から直接聞いた話にございます。一応確認の為に騎士を向かわせましたが、ほぼその通りのようです」

「それでは何か!?雇っていた傭兵が反旗を翻し、的確に私達の収入源を潰し、あまつさえ氷漬けにしたと!?」

 ルーンエルド公爵も、そして襲撃に遭った騎士達自身ですら信じられないのだ。

 考える頭を持たない愚かな皇帝では、対応することはおろか、理解する事さえできない。

「工場の方はともかく、ガキ共のいる屋敷には幻創クオーレ使いである二人の傭兵を護衛に置いていました。それすらも破られたという事は、同じ幻創クオーレ使いが襲撃に参加していたのでしょう。そして氷漬けという手段を見るに、『暗昏』の副隊長に間違いないと思われます」

 圧倒的な制圧力を誇る、帝国の傭兵。

 弟である彼は、兄である皇帝よりは幾分か頭が回った。

 しかしその傭兵が何故、反旗を翻したかの予想までは出来なかった。

「大方、こちらより大きな額を王国側から提示されたのでしょう。それであれば、的確な破壊工作にも頷けます」

「下賤な傭兵如きがァ......!」

 歯を食いしばり、ギリギリと音を立てる皇帝。

 このままでは沸騰しきったその怒りをこちらにぶつけられかねない、と慌ててルーンエルド公爵が口を出す。

「でで、ですので、その相手をさせる為にアレを動かしてはどうか、と思いまして」

 その提案に、更に声を荒げて否定をする皇帝。

「アレは駄目だ!アレが居なくなれば、誰が余の身を護るのだ!アレを使う以外の案で、その傭兵の首を持ってこい!分かったな!?」

 ______無茶を言うな。超精鋭と呼ばれる『暗昏』が、収入源を潰したのだ。残った金であの『暗昏』を相手してくれる傭兵団がいる筈ないだろう。

 そんな反論が胸をよぎるが、小心者である彼にはそれを口に出すような度胸はない。

 尤も、そんな発言をしていれば、乱心した皇帝に叩き切られていた可能性が高いので、あながち間違った判断ではなかった。

「仰せのままに。皇帝陛下」

 言い残し、急いで部屋を後にする。

 皇帝は立ち上がり、大声で使用人に指示を出す。

「おい!ミミを余の寝室へ持ってこい!今すぐにだ!」

 哀れな皇帝は、今日の怒りを全てミミ・・に向ける事にした。


 △▼△▼△▼△▼△


 むしゃ、むしゃ......。

 声も出さず、一心不乱に食べ続ける。

 肉入りのパンなんてもう食べられないと思っていたのだろう、屋台で買っただけのものにされる食いつき方ではない。

「あっちじゃ何を食べてたんだ。一応売り物として捕まっていたのに、あまりにも管理が杜撰すぎる」

 人買いの被害を受けた本人たちに売り物だとか、嫌な思いをするような言葉が聞こえないように呟いたつもりのアナセマ。

 しかし、エルフというのは耳が良いのだ。

 いつの間にか、この子供達の代表のようになっているエルフの少女が答える。

「一人に付き一日一つ、蒸かした芋が出されていました。それに多少の汚れや怪我は関係ないでしょう、私達は帝国では薄汚れた他種族ですから」

 ______なるほど、腐った人間至上主義か。

 アナセマは傭兵として帝国と契約を結んでいただけで、長いこと住んでいたわけではない。

 その上、彼や、他の『暗昏』のメンバーの種族は人間だ。

 帝国の一部に深く根付く、人間至上主義に気付くことは無かったのだ。

「ちょっと数が増えやすいだけで、能力で言えば他種族の方が優れてる事が多いんだがな。傭兵をしてて実感することは多い」

 索敵には獣人の鼻がやエルフの耳が、単純な膂力では獣人やドワーフ、魔法の精密さではエルフや精霊。

 人間が一番だと自信を持って言えるところなんて、繁殖力くらいだ。少し多いことの何が偉いのだろうか。


「隊長。名前も聞かず、質問を始めてしまっています」

 少女の耳が良かったが故に、質問をしたかのようになってしまった事を指摘するエリフェン。

「ああ、悪い。改めて、名乗らせてもらう。俺達は『調律師バランサー』。俺はその玖番隊の隊長、終ノ玖アナセマだ」

「そんで私が、アナの婚約者兼玖番隊副隊長、マリーだよ。よろしくね」

 見るからに必要のない文言が入っていたことを指摘しようかと迷ったが、それを聞いた子供達______まあ、攫ってきた目的上女の子が大半だからというのもあるだろう______が、興味あり気にこちらを眺めていたので何も言わないことにした。

「そして、私は隊長の妾候補兼弐番隊副隊長のエリフェンです」

「お、おい!」

 妾って?男性の夜のお相手だけするお嫁さんのことだよ。わぁ......。

 そんな子供達のざわめきが聞こえ、アナセマは隣から生じる恐ろしい雰囲気を感じ取っていた。

「冗談です。ただの仕事仲間ですよ」

 彼女にとっては、子供達の心をつかむ為のひとくだりだったのだろう。

 しかし、アナセマにとっては余りにも心臓に悪い。

「アナ?」

「おいおいおい、今の聞いてただろ?冗談だって。氷、いるか?」

 アナセマが小さな氷をいくつか生成してやると、マリーはそれを掴んでアナセマの顔に向かって投げつけた。

 それは完全に油断していた彼の額に直撃し、体勢を崩して椅子から後ろに転げ落ちる。

「分かってるよ!もう!」

 ______女の機嫌ってのはわからねえ。

 完全に機嫌のとり方を間違えていたアナセマだったが、それに気づくことは無かった。


「......すまない、とりあえず君......あー、名前を聞かせてくれ」

 名乗り終え、椅子に座りなおしたところで質問を開始しようと思っていたが、名前を聞いていなかったことに気付く。

「ファーリです。リゼナお嬢様の傍付きの使用人として働いていました」

 リゼナお嬢様という名。先ほどの話を聞くに、恐らくここにはいない一人の女性の事だろう。

「補足しますと、エルフの森での名付けにはルールがあります。名前が短ければ短いほど、位が高い血筋のエルフになります。二文字なのは森を統べるハイエルフだけですので、エルフの森の中では最も高貴な血筋の一つです」

 つまり、早く帰してやらねば外交的に問題になる可能性が大いにあるということだ。

「あの森での血筋など、帝国どころか森の外のどこでも気にされることはありません。愚かな皇帝の事です、エルフのそういった事情も知らずに攫ってきたのでしょう」

 エリフェンが森での事を思い出すように遠くを見ながら、現皇帝に対する意見を口にする。

 彼女はエルフの森に対して良い感情を持っているようには見えないが、逆に怒りや恨みというような感情にも見えない。

「俺達は傭兵だ。お前の過去を詮索したりはしないさ。俺が知ってるエリフェンは、魔法に関して精通した隊の重要な頭脳。それだけだ」

 フォロー、というほど嘘を言っているわけではない。

 アナセマの純粋な言葉に、マリーがうんうんと頷いて見せる。

「お気遣い、ありがとうございます。ですが、早くその女性を森に帰さなくてはいけないという事には変わりありません」

「そうだね。それに、きっとリゼナさんも助けに来てくれるのを待ってるはず!アナ、一日休んだらすぐに向かうように!」

「分かってるさ。そのためにも、ディアナ辺境伯の所までの移送は任せたからな」


 三人の指針が決まったところで、改めて質問を始める。

「何があって攫われたんだ?そんなに偉いエルフなら、護衛もいただろうに」

 これから戦うことになるであろう敵戦力の把握だ。

 一応帝国内の傭兵団や有名な騎士は頭に入れてあるが、被害に遭った者から直接聞いた方が分かることもある。

「私たちは、帝国のルーンエルド公爵と交易の条件を話し合うために領地に向かう最中でした。全員黒いローブを被っていてわかりませんでしたが、傭兵というより暗殺者に見える集団に襲われ、六人しかいなかった護衛の方々は数に負けてしまい......」

 そのまま攫われ、あの地下室に。ということだろう。

「黒いローブで人数が多い暗殺者っぽいやつらと言えば......」

「ああ、間違いなく『黒蛇』だろうな」

『黒蛇』は、非人道的な依頼であろうと金さえ積めば請け負ってくれる傭兵団だ。

 あまり強い力を持った魔法使いがいないのをカバーするため、人数は多いが幻創クオーレ使いもいなければ警戒すべき実力者もいない。

「あれが相手なら問題ない。しかしまあ、護衛六人じゃあ厳しいだろうな」

 それこそアナセマのような制圧力が無ければ、数というのは大きな強みだ。

 その強みを活かされれば一端のエルフでは歯が立たないだろう。

「それと、捕まったあとに貴族らしき人が『皇帝がアレを動かせば』っていっているのを聞きました」

「アレ、か......エリフェン?」

 アナセマが問いかけ、彼女は頷く。

「帝国で唯一、始隊長すら警戒しているあの男でしょう」

 ______魔法を斬る剣・帝国騎士王ジェストン。

 彼の剣はその名の通り魔法を斬り、無効化する。

 幻創クオーレもその例外ではなく、かつての戦争では鎧袖一触だったと伝えられている。

 そして調律師バランサーの始隊長であるソラすら、警戒するように全員に命じている。

「とはいえ、今まで出てきてないなら皇帝の所にいると考えてもいいと思うが」

「どうかな?王国との戦争に出てるかも」

「いえ、そういった情報は入っていません。表に出ているのならあの男が目立たないはずがありませんから、極秘任務か隊長の言うように皇帝の護衛をしていると考えて良いでしょう」

 それであればと、ひとまず警戒の必要は無いと判断して早急に皇帝の元へ向かう事にする。


「次の質問だ。『調律師バランサー』は、一度帝国を作りなおそうと考えている。主犯として現皇帝やルーンエルド公爵をそちらに渡すのは良いが、賠償などを求められるのは困る。名は同じだが違う帝国として生まれ変わるわけだからな。その点についてはエルフの貴族たちはどう判断するとおもう?」

 これは重要だ。ディアナ辺境伯が皇帝になって初めての仕事が賠償から始まるのでは、幸先が悪いどころの話ではないだろう。

 しかし、ただの傍付きにそれが分かるとも思えない。

 だからこそ見解、なんであれば想像でも良いから教えてほしいのだ。

 何せ、現在の森の内部事情を詳しく知る人物はこの中ではファーリだけなのだから。

「......正直に言えば、森の長老たちがそれで手打ちにしてくれるとは思えません」

 ファーリの、嘘偽りなき意見。ここで耳触りの良い言葉を並べたところで、こちら側の印象が良くなることがないのを分かっているのだ。

「ですが!リゼナ様は恩義を重んじる方です!長老達に便宜を図ってくれるはずです!だから......だから!」

「わかったわかった。別に助けに行かないとは言ってないから落ち着いてくれ」

 この機会を逃せば、主人を助けることが絶望的なのが分かっているのだろう。

 必死にこちらに縋りつくその姿に、憐憫こそ催せど快楽を覚える趣味はアナセマになかった。

「元々行くことには変わりないから心配するな。ただ長老達とやらがうるさいのなら、始隊長に伺いを立てなくちゃいけないから確認したかったんだ」

「始隊長......『調律師バランサー』の主」

 そう聞くと厳かな雰囲気に感じるが、現実の始隊長はちゃらんぽらんで人を脅かすのが大好きなハイエルフだ。

 ______そういえば、エルフの森の名付けルール的には、ソラが森を統べるのか。そんなことしてるわけないし、何か理由があるんだろうなぁ。


「そんな大した存在じゃないがな。......よし、ここからは本格的に帝城へ向かう経路を考えるぞ」

 今は始隊長の事情を考えている暇はない。

 早速話し合いに移るが、現実的な経路は二つだ。

「北進して回り道する経路、このまま西進する経路の二つです。前者は大きな砦などが無く、他の傭兵の待ち伏せなどは考えにくい代わりに回り道をするため少々時間がかかります」

 こちらは、ルーンエルド公爵領の北側の領境をなぞるように帝都に入るルートだ。

 関所はあれど、国境や大きな交易路があるわけではないので大規模な待ち伏せなどは出来ないだろうし、元々兵を配置するような場所でもない。

「後者はまっすぐ向かうため半分近くの時間で向かえますが、一つ大きな砦があることと大きな通りを通ることになるため、待ち伏せの警戒、常駐の兵士たちの突破が必要になります」

 こちらの方が時間はかからないが、怪我や消耗のリスクがある。

 国境付近の戦線に顔を見せていない傭兵団も多くおり、その傭兵団が帝国に雇われている可能性も大いにある。

 エリフェンのそういった説明を聞き、アナセマは決断する。

「まっすぐ行くぞ。どうせ俺とエリフェンだけなんだし、敵は俺が倒せばいい」

 まさに脳筋的思考だが、実際アナセマ程の能力を持っていればそれでうまくいくことが多い。

 共に行くエリフェンも、別行動をするマリー達でさえも心配の言葉を掛けることは無い。

「俺とエリフェンは出発時間まで待機。残りのメンバーは疲れが取れ次第、子供達をディアナ辺境伯領に移送。以上、解散」

 了解、という声が暁天に響いた。

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