第6話

 翌朝。

 本来であれば、騎士達が集まっているだけの訓練場なのだが、今日は少し違う。

 近隣の住民、屋敷の使用人達、魔物を狩る専門職である冒険者達まで野次馬に馳せ参じたようだ。

 さらには、とある男までも。

「領主様、あの件はよろしいので?」

 多少身についてきた敬語で、ディアナ辺境伯領主であるディアナ・エルミラインその人に問う。

「今は指示を出して、結果を待っている段階だ。こんな重要な戦いを見逃してまでしなくてはいけない仕事はない」

 随分と力を買ってくれているようだが、アナセマとしては自分の情報を出す事に抵抗がある。

「終ノ玖、アナセマ隊長」

 それを悟ったのか、エリフェンが改まって口を開く。

「これは、模擬戦であると同時に『調律師バランサー』の力をミュール帝国に見せつける行為です。すぐに終わることだけは無いようにお願いします」

「分かってる。お前こそ、すぐに凍ったりするなよ」

 互いににやりと笑い、ある程度の距離を取る。

 わざわざディアナ辺境伯が用意してくれた防御壁の魔法に触れ、しっかりと機能していることを確認する。

 普段も展開してある防御壁だが、二人の攻撃には到底耐えられそうもなかったのでディアナ辺境伯が急遽用意した強化版だ。

「では、この場を代表して私が開始の合図をしよう」

 ディアナ辺境伯が防御壁の外側から、右手を掲げる。

「用意......始め!」

 右手が振り下ろされると同時に、二人は詠唱を始める。


 呪われた私の身体は、その氷に冷たさも、痛みも感じない。

 何も感じぬ事こそが、私の受けた呪いなのだから。


身にまとう白雪ホワイトコート

「この身体に、魔力の恩恵を。研ぎ澄まされし我が精神は、第六感をも凌駕する。未来視サキヨミ

 互いに、魔証を使わない詠唱。

 エリフェンがアナセマと同じような特殊な幻創クオーレ使いでないのなら、これは通常の魔法だ。

 しかし、魔証を用いない魔法はどんな効果か悟られにくいため、警戒を怠ることは出来ない。

 様子を見るために少し前に滑り、つららを数本生成、エリフェンに発射する。

 彼女は、それを危なげもなく全て躱してみせる。

 その間に距離を詰めていたアナセマが右足で蹴り上げるも、それも読んでいたのかくるりと左に回転して避ける。

 必要最低限の動作で攻撃を避けたエリフェンは、握っていた魔証に魔力を込める。

「昨日のソウさんに貸していたものの上位互換です。少々熱いですよ」

 詠唱無し、しかし充分以上に込められた魔力から喰らえばひとたまりもないことが分かる大きな火の玉だ。


 呪え


 咄嗟に出た魔法により、発射された火の玉を多少弱めることに成功した。

 身にまとう白雪ホワイトコートの防御力も含めて、余裕をもって守り切った。

「騎士の皆さんには、ソウ様がやったようなアナセマ様の得意をつぶすやり方以外の勝ち方をお見せしたいのです」

「待て。まず昨日負けてないからな、俺は。それに、昨日と違って身にまとう白雪ホワイトコートを使ってる。負ける要素が無い」

 お互いに軽口をたたく余裕はあるようで、詠唱をしない小さな魔法同士をぶつけ合いながら隙を探る。

 その様子見の段階で、昨日のどの戦闘よりも高度な動きと魔法の精度だ。

 それを理解した騎士達、特に団長であるマークとソウは食い入るようにその戦闘を眺める。

 まずエリフェンが炎の弾を一、二、三、四。生成して同時に発射し、炎の弾と共に前に出る。

 アナセマは炎の弾の中で、二個目と三個目が同じ部位である腹に当たる事を瞬時に察知し、三個目の炎の弾を冷気で相殺する。

 他の弾はアナセマの身にまとう白雪ホワイトコートによって防がれ、その数瞬後にはわずかに薄くなった防御が元通りになる。

 そして、前に出たエリフェンはこの数瞬の間に魔証に魔力を込め、その場で爆発を起こす。

 自らに爆風を向けないように魔法を操作し、即座に離脱、その後炎の弾を連射する。

 アナセマは爆風の勢いに逆らわず、あえて後ろに滑っていく。


 呪われた私を、愚者の攻撃から阻め。


凍れ、大気ダイヤモンドダスト

 アナセマの周囲に、大気すら凍らせる極寒の冷気が広がる。

 炎の弾は、その冷気に触れて消えていく。

 しかし、当然エリフェンもそれを予測している。

 アナセマの詠唱に合わせ、何かを詠唱していた。

「______を貫け。神無月の稲妻トドロキ

 響く轟音に、眩く光る訓練場。

 エリフェンは、これが初めにした自己強化の魔法を除いた、初の詠唱魔法だ。

 それをこのタイミングで、さらに先ほどまで使っていた炎の魔法とは違った種類の、雷の魔法だ。

 流石のアナセマも、これに対応することは出来なかった。

 大型の雷が彼を貫き、ダメージを受けた所まではエリフェンも観測出来ていた。

 その後どうなったか......光が収まり、目が慣れてくる。

 野次馬達も目を細めて、アナセマの生死を確認する。

「はァ......痛ぇなあ?」

 身にまとう白雪ホワイトコートの上半身部分が消え、少し蒸気が上がっているものの、致命傷には全く届かない。

 これが、彼の纏う魔力量の異常ともいえる防御力、幻創クオーレの底力だ。

「隊長格と模擬戦をするのは初めてではないですが、私の神無月の稲妻トドロキが直撃してほぼ無傷だったのはあなたが初めてですよ。終ノ玖」

「ちょっと身体動かすだけのつもりだったんだがな?少し興が乗った。遊んでやる」

 相手が強ければ強いほど、無意識的に幻創クオーレの火力を上げる為に負の感情が昂る。

 それが、アナセマの最も気にしている部分だ。この間の『業火絢爛』との戦いの後も、冷静になってからなんて恥ずかしい事をと一人後悔していたのだ。

 しかし、無意識的に感情が荒ぶるその不安定さが、彼の幻創クオーレの強さでもある。

「お手柔らかにお願いします」

「断る」


 敵を切り裂くその刃は、私の喉を掻っ切らんとす。

 敵を貫くその刃は、私の心臓を一突きにせんとす。

 惜しむらくは、その刃が冷たい氷の刃であることか。

 呪われた私には、到底届くことのない刃なのだから。


 今までで最も長い詠唱、それはアナセマがそうまでしなくてはイメージが難しいと思っている事の証明。

六花千刃スノーブロッサム

 無数の小さな氷が宙を舞い、互いにぶつかり合う。

 ぶつかった氷はこすれあい、刃のように尖っていく。

「これはな、氷以外にやいばと花をイメージに組み込んでる。だから、もともとコレしか使えない俺にはイメージが難しいんだ」

 尖った氷の刃たちは、エリフェンに切っ先を向けて停止する。その上この間にも、新たな刃が生成されていくのだ。

「お披露目の面もあるので少しは大技を出させようと邪魔しないでいましたが......随分と面倒な技を」

「普通に凍らせるんじゃ、つまらねぇからなァ!死ぬなよ副隊長!」

 氷の刃は彼女を包囲し、距離をじりじりと詰める。

「お、おい。お前達、それは流石に模擬戦と呼べないのでは......」

 ここまで黙って観ていた騎士団長も、エリフェンの状況を見ては黙ってはいられない。

 この戦いを中断させようと、足を踏み出したところでエリフェン本人から静止がかかる。

「大丈夫です。想定内の窮地ですので」

 表情を一切変えず、こちらを見る事も無く淡々と言った彼女。

 それが聞こえなかったアナセマではなく、ではやってみろと氷の刃たちを発射した。

「今までは私が攻勢をかけていましたので、ほとんど使っていませんでしたが。私が初めに使った強化魔法は未だ続いていますよ」

 未来視サキヨミと言った彼女の魔法。

 その力が発揮されるのは、相手の攻撃に対応する時だ。

「......へぇ!いいじゃねえか!魔力を視てるのか?」

 エリフェンは無数に襲い来る氷の刃を、ほとんど無傷で対応していた。

 大部分を避け、避けられないものは手甲で叩き落とす。傍から見れば、踊っているようにも見える美しい景色が繰り広げられている。


 彼女の未来視サキヨミは魔力の流れを詳細に見る事が出来る魔法だ。

 この魔法を使いこなすには魔力の流れから次の動きを予測する頭脳と、無数の魔力の動きに酔わないようにする尋常ではない努力の両方が必要だ。

 しかし、当然避けるのは彼女なので返事をする余裕まではないように伺える。

「このままじゃ埒が明かねぇし、追撃したいけど俺もこの魔法の制御で精一杯なんだよなぁ。どうしたもんか」

 お互いにこの状況を打破するため、何か動かないといけない場面。

 先に動いていたのは、エリフェンだった。

 余裕が無いが故に返事をしなかったのだと勘違いしていたアナセマは気付かなかったが、彼女は小さな声で詠唱しながら氷を避けていたのだ。

花は散る為に咲くのですアンチマジック

 その瞬間、辺りの氷の刃が全て砕け散った。何が起きたのかわからず、騎士や冒険者達、そしてアナセマまでもが一瞬呆気にとられた。

「お前、それ正気か?その魔法を使いこなしてて副隊長なのか?」

「この一瞬で私の魔法を理解するとは、流石隊長ですね。ですが、貴方も含めた隊長格が本気で私を殺そうとすれば、この魔法を使う前に私が死にます」

 今行われたのは、他人の魔法への干渉だ。

 魔法というのは、イメージの欠片である幻滓が集まって出来上がった現象だ。

 そして幻創クオーレは、幻滓に更に幻創力クオリアを混ぜ込んで出来上がる現象。

 であれば、幻滓が集まるのに必要な魔力を解いてやれば、結合がなくなって魔法として存在していられなくなる。

 しかし、魔力には幻創力クオリアが混ざりこんでおり、使う魔法、使用者の体調ですら質が変化する。

 そんな不安定なものを、読み取ったうえで適切に解くなんて、神業と呼んでなんら問題はない芸当だ。

「なるほど、それの弱点は魔力を解くまでにかかる観察、操作の時間か」

「ええ。先ほども何か追撃があれば、私は喰らっていたでしょうから」

 凍らせて終わらせるのはつまらない、と豪語していたアナセマに対してだから使えた魔法だったのかもしれない。

 だが、それは彼には途轍もなく眩しく映った。

「いいじゃァねえか!そんなお前には、敬意を以てこの戦いを終わらせてやる!舞え、六花千刃スノーブロッサム!」

 感情がさらに昂り、先ほどまで制御していた魔法だからか詠唱の必要もなく発動する六花千刃スノーブロッサム

 無数の氷が、またも彼女を包み込む。しかし、彼女はもうこの魔力を視終わっている。

花は散る為にアンチマ......」

「遅ェ。氷結ロック

 マークとの戦闘で使った、詠唱の必要ない幻創クオーレ

 それが、全ての氷の刃から・・・・・・・・放たれた。

 彼女はそれに対応する術を持たずに凍り付く。

 氷の刃たちは消えることなくそこに輝いていた。

「技術で言えば、俺の負けだった。ここまでやったお前を尊敬するよ」

 アナセマのその言葉と同時に氷は霧散し、息をするのも忘れていた野次馬たちはオオッと声を上げた。


 凍結から解放されたエリフェンは少し不服そうな顔で頭を下げ、濡れた服を着替えに行った。

 その間、騎士や冒険者達からの質問に答えていた。

「最後のはどうやってたんだ?媒介から魔法は使えないはずだ」

 そう、本来であれば己の身体以外から魔法を放つことは出来ない。

 当然幻創クオーレ使いのアナセマといってもそのルールを無視することは出来ない。

「あれはな、氷一つ一つに魔法を発動させたんだよ。そのための魔力は氷の刃本体から供給した。本体を保つための魔力だけ残してそれ以外は全部氷結ロックに回しても、本来の氷結ロックの百分の一くらいの威力なんだけどな」

 とはいえ、あの量の氷の全てが魔法を放つのだから普通の氷結ロックより圧倒的な威力を誇るのは間違いない。

 自分がこの男と戦う事になったら、と考え顔を青くする騎士に、そんな滅茶苦茶な魔物が居なくて良かったと胸をなでおろした冒険者。

幻創クオーレってのは、どうやって使えるようになったんだ?使えたら便利そうだし教えてくれよ」

 その言葉を発したのは、冒険者の後衛職のようだ。

 彼にとっては、何の気なしに放った言葉。悪気なんてあるはずもないのだが。

「......こんなもん、使えない方が良いに決まってる。俺はお前達が羨ましいよ」

 目を伏せ、拳を握るアナセマにかける言葉を失う者たち。

 この隊長がまだ十九の子供だ、という事をここにいる全員が忘れていたのだ。

 見かねて領主が声を掛けようとしたとき、着替え終わったエリフェンが戻ってくる。

「あの傭兵団を倒したときに、言った事を忘れましたか?」

 ______メランコリーを催しているような暇はないですよ。

「っせ、分かってる。すまない、感情的になった」

「い、いや。俺も軽率な質問だった」

 幻創クオーレについて憧れはあれど、詳しく知らない者がそのコツを知りたがるのは当然と言っても良い。

 それが分かっているアナセマには、冒険者の男を責めることは出来なかった。

「いいんだ。それで、幻創クオーレについてだったな」

「えっ、いや、でも」

 てっきり話を終わらせるものだとおもっていた男は、アナセマが話を続けたことに驚く。

「俺は『調律師バランサー』玖番隊の隊長だぞ?その程度のことで揺らいでいるようではいけないんだ」


 領主であるディアナ・エルミラインのような頭脳、エリフェンのような技術がないアナセマ。

 そんな自分がこれから隊長としてやっていくにはどうしたらよいのか、彼は今までずっと考えていた。

 ______簡単な事だった。俺にとっての隊長は、あいつしかいない。

 そんな時、『暗昏』の隊長であったマリーの笑顔を思い出した。

 彼女はアナセマのような知識や戦闘力を持たないが、間違いなく『暗昏』の中心にいた人物だ。

 マリーにあって自分にないもの、それは矜持だ。

 カゲマルに襲われた時も、自分の事より団員であるアナセマを助ける事を優先した。

 掴まれていたのがアナセマ以外のどの団員でも、彼女はそうしていただろうと理解している。

 その行為は、自分が隊長であるという矜持から来ているものだと、以前マリーは話していた。

 ______自分の出来る事なら、全部してあげる。それが、上に立つ人の仕事じゃない?

 彼女の言っていた言葉を反芻し、アナセマは決意した。

「俺は、自分の愛した女と仲間の為に戦う。その為に何でもするって決めたんだよ」

 プライドを捨てるというプライド。

 自己犠牲の最終形であるそれが、アナセマの望んだ隊長としての姿だった。

「だからこの程度の事、軽々と答えてやるのが当たり前だ」

 そう言って幻創クオーレについて解説しだす彼を、エリフェンは意外だという表情で見守っていた。

「これは、意外と早く幻創クオーレの進化を拝めそうですね」

 そんな呟きと共に。

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