第7話

 騎士達との訓練を続け、数日が経ったある日の事だった。

 ついに、現皇帝の現金を得ている手段が分かったらしいという事で、ディアナ辺境伯の部屋に召集を受けたのだ。

 部屋に入ると、重苦しい表情のディアナ辺境伯が二人を出迎える。

「来たな」

 そう呟いたディアナ辺境伯の顔は、数日前に訓練場で見た時より老け込んで見える。

 少なくとも、アナセマには疲れているように見えていた。

「あー、大丈夫ですか?随分とお疲れのようですが」

「まあ、な。なりふり構わず情報を集めてみれば、この国はとうに腐っていたのだと思い知った。私がこの国の盾として、ディアナ辺境伯をやっていたのはこんな外道共を守る為ではないというのに」

 超人に見えていたディアナ辺境伯が、普通の人間のように弱音を吐いている所を見て、アナセマは少し安心した。

 自分と同じように悩み、葛藤し、後悔する生き物なのだと分かったからだ。

「で、何をしていたんですか?現皇帝は」

「......大きな資金源は二つ。一つ目が、魔薬の製造及び国内、国外への販売」

 魔薬というのは、飲むと一定時間自分の限界以上の魔力を扱えるようになる代わりに、精神・身体のどちらか、もしくはその両方に異常をきたす薬だ。

 悪用されるのは間違いない上、この薬を使って攻められても守る側はこんな危険な薬を使えない為、人間を使い捨てに出来る外道にのみ有利に働く、許されてはならない物なのだ。

 当然、ミュール帝国でもガルダ王国でも製造・販売・使用の全てが禁じられている。

「確かに魔薬を売れば資金源としては充分ですが、この数の傭兵を集めるには足りないはず。『業火絢爛』、『暗昏』、その他多くの精鋭傭兵団。魔薬程度ではない、貴方の顔を曇らせる何かがあったのでしょう?」

 エリフェンが口を開くと、ディアナ辺境伯の目がさらに鋭くなる。

「......口に出したくもないがな、こんな国の恥を。あの畜生共は、他種族の子供......特にエルフを中心に攫い、性奴隷として販売していたのだ」

 性奴隷。傭兵というのは後ろ暗い過去や、人には言えないような事をすることもある。しかし、やむを得ずやってきたことだ。アナセマもそれに後悔はない。

 しかし、金の為に子供を売り買いするという邪悪な行為は、そんな傭兵の中でも許されない禁忌だ。

 当然アナセマも嫌悪する行為であるし、エリフェンは標的にされているその種族である。不快に思わないはずがない。

「クズだな」

「ええ。ですが、これで今後の動き方が分かりましたね」

 子供達が捕らえられている場所を襲撃する。二人の意見は一致していた。

 場所はもうわかっているらしく、帝国の中心である帝都から東進したルーンエルド公爵領だという。

「そう言うと思っていたよ。だが、魔薬の製造所も同時に襲撃しなければ、相手に逃げる隙を与えてしまう。それはどうする?」

 ディアナ辺境伯の言うことはもっともだ。とはいえ、ここの騎士達を動かすには距離が遠すぎる。

 馬を急がせても、二週間はかかるだろう。

「俺達二人なら移動にかかる時間は少ないが、二つの場所を同時に襲撃するのは無理だな」

「......少し本部に掛け合いましょう。他の部隊は多忙ですが、貴方の所の部隊を動かすくらいならしてくださるかもしれません」

 暇な部隊で悪かったな、と文句を言いつつもその案に賛成する。

「『調律師バランサー』様ともなれば、移動手段も特別製だもんな?」

「ええ」

 軽い意趣返しのつもりだったのだが、本当に特別な移動手段があると知って辟易するアナセマ。

「で、掛け合うったってどうする?連絡用の魔法でもあるのか?」

 似たようなものです、と隊証を出すように言うエリフェン。

 入隊した時に貰った小さいプレートを取り出し、何の変哲も無いプレートであることを確認する。

「隊証に魔力を込めて、コール・ゼロと唱えてください」

 彼女の言う通りにすると、隊証が発光しだす。

「こちら始隊長だよー」

 暫くすると、そんな気の抜けた声が聞こえる。この声は、紛れもなくアナセマを『調律師バランサー』に誘ったソラのものだ。

「な......!?」

「ほう、通信用の魔道具か。随分と小さいな」

 肝の据わったディアナ辺境伯はあまり驚かなかったようだが、アナセマはこのような通信用の魔道具一つで小さな領地一つがひっくり返るような値段なのを知っている。

 それ故に、こんな恐ろしいものを持たされているとは思わなかったのだ。

「お前、こんな物渡してたのか!先に言え!」

「でも、言ってたら受け取らないじゃない?」

 ソラの言葉に、全く反論が思いつかない。

 このネームプレートは各国が喉から手が出るほど欲しいものの小型化に成功した品で、常に持っていてもらうからね。なんて言われて受け取るはずがない。

「それ隊長の証だから、受け取ってもらわなきゃ困るから言わなかったんだ~。で、何の用かな?」

 この女性は人と話すと何かしら驚かさないと気が済まないのか、と思いながらも本題に入る。

「次の目標に取り掛かるのに人手が欲しい。うちの部隊はまだ動かせないのか?」

「ああ、マリーちゃんたちね。一応『調律師バランサー』流の歓迎は済んだみたいだし、必要なら動かせるよ」

「じゃあ早急に頼む」


 こうして、初めて元『暗昏』フルメンバーでの任務が遂行されることとなった。

「で、これどうなってるんだ?魔道具はその素材や造形からイメージに沿った効果を現すはずだが」

 魔法を使えない者でも魔力を込めるだけで自動的に発動する、簡易的インスタントな魔法。それが魔道具だ。

 しかし、アナセマの言う通りただのネームプレートが通信用の魔道具になるとは思えない。

 本来の通信用の魔道具はとても大きな仕掛けで、様々な物を組み合わせて奇跡的な調和を保つことで初めて通信機器としての役割を持つのだ。

「これに関しては何も分かっていません。というより、始隊長が持っている魔道具は大抵が原理の分からない枠を外れた魔道具オーパーツなんですが」

 相変わらず常識の通じない女性であることを再認識しつつ、そのプレートを大切そうにしまう。

「とにかく、これで数日後には作戦が開始できるわけだな」

「いえ、恐らく始隊長の幻創クオーレによって......」

 そこまでエリフェンが言うと、風の音が耳を撫でた。

 その後、数人のざわつく声が。

 その声の中心を見やると、元『暗昏』のフルメンバーが立っていたのだ。

「......あー、なんだ。始隊長のあの移動方法は、人も連れられるのか」

「ええ。ですから、今日にでも作戦を始めることが出来ますよ」

 喜ばしいやら、恐ろしいやらだ。

 しかし、流石に明日以降にしてほしいというディアナ辺境伯の申し出によって作戦決行は明日となった。


「私達、説明とか一切受けてないんだけど?」

「そうだそうだ!」

「大体、アナセマ坊もマリー嬢もこの数日で慣れすぎだ!俺達ぁ付いていくのに必死で、何が何だかだぜ!?」

 マリーの小言を皮切りに、他のメンバー達も一斉に文句を垂れる。

 騒がしいのだが、これがアナセマの守りたいと望む平和の形だ。

「分かった分かった。説明するから静かにしてくれ......すみませんね、領主様」

「はっはっは、構わないとも。存分にこの屋敷を使ってくれたまえ」

 ディアナ辺境伯もアナセマ達の雰囲気に毒気を抜かれたようで、先ほどの重苦しい雰囲気など感じさせないような笑顔を見せた。

「じゃあ、説明始めるぞ。エリフェン、俺が言い忘れてる事があったら補足してくれ」

「......」

 彼女はアナセマの言葉に、珍しく返事を返さない。『暗昏』のメンバーを見たまま、固まっている。

 不思議そうに彼女を見るアナセマに、ようやく気付いたようだ。

「し、失礼しました。なんでしたっけ」

「今からこいつらに状況を説明するから、足りないところは補足してくれって言ったんだ。具合でも悪いのか?」

 アナセマの無遠慮な問いに、マリーが彼の頭を小突く。

「っつ、何すんだよ!」

「アンタ、馬鹿じゃないの?自分以外仲良しこよしな雰囲気じゃ、気まずいに決まってるでしょ!ごめんなさいね、エリフェンさん......でしたっけ?」

 マリーの申し訳なさそうな顔に、かぶりを振る。

「いえ、大丈夫です。随分仲が良いんですね」

「ずっと一緒にいますから。それより、アナよりよっぽど頼りになりそうですから説明お願いしますね」

「頼りにならなくて悪かったな!」

 二人が笑うと、釣られてエリフェンも微笑んだ。

 彼女の笑顔を見るのは初めてだったアナセマは、意外そうな表情をしつつも説明を始めた。


 △▼△▼△▼△▼△


『暗昏』は、元はマリーの父が興した傭兵団だ。

 彼が亡くなった後、新たに加入したメンバーは居ない。

 つまり、マリーを自分の娘のように大切にするおっちゃん達の集いだ。

「こちらドド、裏口に着いた」

「こちらマリー、おなじく表口に到着。他の皆も所定の位置についたね?」

「「「「「「「おう」」」」」」」

 真夜中、製鉄所とされているこの魔薬製造所を目標ターゲットとするのはその団員と、元団長。


「じゃあ、作戦開始。霧よ、この地をその深い悲しみで覆い隠してしまえ。迷いの森ノウム

 マリーはちゃちなペンダントを握りこんで魔力を込める。幻創クオーレが展開されると同時に、全員が動き出す。

 深い霧が辺り一帯を覆い、建物の中にも勢いよく入っていく。

 一方は窓を土魔法で固め、裏口の団員は破壊の魔法で裏口付近を崩壊させる。

 それに合わせ、残りの団員で表口からなだれ込む。

 先代の......マリーやアナセマが小さな頃から『暗昏』に所属しているおっちゃん達の息が合わないはずがないのだ。

「なんだ、お前たちは!?」

 霧で視界が悪い中、ようやく中にいる研究員らしき男たちがこちらに気付くがもう遅い。

 団員の一人が木扇に魔力を込め、魔法を発動する。

「切り刻め!ウインドカッター!」

 吹き荒れる強風に、鎌鼬のような鋭さの風刃が混じっている。

 ただの非戦闘員では、切り刻まれて終わりだろう。

 しかし、一人防いだ者がいた。動きも良いし、間違いなく護衛だ。

「私の魂よ!呼びかけに答えてくれ!」

 その護衛が叫び、薬を口にする。

「まずい!」

 マリーが咄嗟に近づき、薬の入った瓶を叩き落とすが手遅れだった。

 少量ではあるが薬を飲み込んだ護衛は、苦しみの表情を浮かべながらも魔力の高まりを感じていた。

「這い廻れ!雷砲ライトニング!」

 短い詠唱での攻撃とは思えない、凄まじい威力の雷が後ろの団員達に放たれる。

霧よウォール

 マリーの呼びかけに、霧は瞬く間に応えた。

 一つの場所に集まり、より濃くなることで壁のように化した霧。

 それはしっかりと実体を持ち、雷の進行を防いだ。

「私の霧の中では、あんたらに勝ち目はない。おとなしくしててもらってもいい?」


 彼女の幻創クオーレは、霧。霧を発生させ、それを自由に操るというものだ。

 更に、既に辺りに霧がある場合、そこからつながるおおよその魔法は詠唱を破棄出来る。

 彼女の幻創クオーレは、アナセマの幻創クオーレのような破壊力が無い代わりに汎用性に富んでおり、彼にも時々羨ましいと言われるのだ。

 ______アナの方が、ずっと強い幻創クオーレなのに。団長の座も、私にくれちゃって。

 攻撃や破壊が主要な能力である自分より、能力の利用法が多岐にわたるお前の方が団長に向いている、と気にする様子もなく言ってのけた。

 そんな彼が是非も無く『調律師バランサー』の隊長になり、協力してほしいと言ったのだ。

「助けてあげるしかないよね。当然」

 彼女が思案に暮れている間に、団員達による拘束と、非戦闘員の応急処置が終了したようだ。

「高速な拘束......ってね。ふふ」

「マリー嬢、それつまんねえぜ」

 団員の常識的なツッコミに先ほどまでの笑みが消え、溜息をつく。

「うるさい。さっさと全員制圧して証拠の書類持って、アナに褒めてもらうの」

「惚気なら後にしましょうや。敵に聞かせるんは少々罰の方が重すぎる」

 おう!と奥に進み始める団員達に、マリーはどういう意味よ!と顔をしかめて後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る