第5話

 ディアナ辺境伯と話を詰め、ひとまず怪しい金の流れを見つける事となった。

 そこは貴族の仕事、アナセマ達には関係ない為少々暇が出来た。そんなとき、ディアナ辺境伯が言ったのだ。

「では、うちの騎士たちを鍛えてやってはくれないか。腕がなまるのを防ぐのにもいいだろう」

 確かに、しばらく戦闘がないとなるとなまってしまうのは避けられない。

 二人は快く受け入れ数日後、現在に至る。

 ディアナ辺境伯騎士団、訓練場。

「あー、『調律師バランサー』終ノ玖アナセマだ。総合的な戦闘については俺に聞いてくれ」

「同じく弐番隊副隊長エリフェンです。魔法に関しては私に聞いてください」

 まず適当に騎士と模擬戦をしようと呼びかけるが、やはり『業火絢爛』を全滅させた事を知っているからか自ら名乗り出る者が出てこない。

「なんだ、お前達練習相手が怖いのか?練習で怖がってたら、実戦なんてできないぞ」

 そう言って前に出たのは、先日案内をしてくれた団長だ。

「マークだ。アナセマ殿、よろしく頼む」

「あ、ああ。じゃあ好きなタイミングで仕掛けてきてくれ」

 自らが模範となることで、部下を導く。アナセマも見習いたいと思いつつ、相手の動きに注目する。

 団長は地面に手を置き、魔力を込める。

「大地よ、かの地に泥濘を!アースバインド!」

 叫び、即座に剣を抜き跳びかかってくる。

 左に避けると、アースバインドの効果範囲に入り足がはまってしまう。

 しかし、右に避けると剣の射程範囲だ。

氷結ロック

 アナセマは左に避け、足を置く前に地面を凍らせた。

「な、魔法の籠った物質には上から魔法を掛けにくいはず......!」

「ああ。だが魔法ごと凍らせたんでな」

 これが幻創クオーレと魔法の差だ。

 有利不利を一気に覆し、圧勝することすら可能とする。

「氷の茨」

 強く引っ張れば破壊出来る程度の弱い拘束が足に巻き付くが、突然の事に対応出来ない。

 身体のバランスが崩れたところに近付き、マークの首に手を添える。

「これで氷を発生させれば、首が丸々氷漬けだ」

「……降参だ」

 マークは素直に両手を上げ、今回の戦闘の反省を始める。

幻創クオーレ持ちを相手にするなら、まず魔法が通じないと思うべきだな。気づかれていないならともかく、見えた罠は簡単に突破出来る」

「ふむ。しかし、それならどうすれば勝てた?戦う前に準備しておく以外に思いつかないな」

 マークの意見は悪くない。しかし、その考え方は危ういと指摘する。

「第一、幻創クオーレ持ちを一人で相手する気なのが良くないな。言っちゃ悪いが、幻創クオーレを使えるというだけで、並どころか精鋭魔法使い何人分にもなるんだからな。それを一人で相手するんだから、まず取るべき行動は?」

「仲間を呼ぶ。そして時間を稼ぐ......か?」

「それで八十点だな。ついでに、相手の幻創クオーレを分析しろ。さっきの俺の状態なら、一つ弱点がある。何だと思う?」

 さっきの状態というのは身にまとう白雪ホワイトコートを使っていない状態の事だが、見せていないので敢えて省いて説明する。

「......先ほどの足に巻き付いた氷、あとから思ったが魔力が弱いように感じた。発動の速さに応じて込められる魔力が変わる?」

 アナセマは理解の早いマークにニヤリと笑いかけながら、続きを言うように促す。

「つまり、詠唱をする暇がなくなるような攻め方をすれば、致命的なダメージは抑えられる?」

「良い読みだな。じゃあ、それを踏まえてもう一度やるぞ」


 二人は再度距離を取る。周りの兵士もマークの戦いを見てやる気が出てきたようで、興味深そうにこちらを見ている。

「周りの騎士達を含めたお前達、悪いが言っておくぞ。お前達の能力じゃ、一億回俺と戦っても俺が死ぬことは無い。つまりだ、マーク。殺す気で来い」

 敢えて挑発するような発言に、マークは冷静さを失ったりはしない。

 しかし、アナセマの言うことが事実なのは先ほどの戦いで理解した。

「ああ、本気で行かせてもらう」

 マークはまっすぐアナセマにとびかかり、首元めがけて袈裟斬りを放つ。

 アナセマは右に避け、反省会をしていた時のようなトーンで話し始める。

「さっき、俺はお前の言った弱点に対して否定はしなかったが、肯定もしていない。何故だか分かるか?」

 戦闘中に話している内容に惑わされるほど未熟ではない、と再び首元を狙って横なぎに剣を振るおうとしたマークに、アナセマは言った。

「その弱点は、ある程度力のある相手に対面した時に見えてくるものだ。残念だが、お前は......」


 凍てつけ。


「そのレベルに達していない」

 たった四文字。その詠唱が、彼を氷漬けにした。

 心配そうに声を上げる騎士達に対して、軽く手を上げてそれを制する。


 帰る処へ帰れ。

 ソレに氷の救済はまだ早い。


 先ほどより長い詠唱の末、アナセマが左手を振り下ろすと、氷が煙のように消え、中からマークが出てくる。

「......私は?」

「俺の魔法で数秒間凍ってたんだ。身体に異変はないな?」

 不思議そうに身体のあちこちを動かしたりして、異変が無い事を確認して頷いた。

 アナセマが次にやりたい奴は?と聞くと、順番を決めていたのかスムーズに騎士の一人が出てきた。

 ふとエリフェンの方を見やると、彼女は彼女で騎士に囲まれ、魔法について説明しているようだった。

「数日は暇だろうけど、希望者とは全員ちゃんと戦ってやりたいからな。どんどんいくぞー」

 人を仕切る立場だった自分を思い出し、生き生きとしながら模擬戦をしていくアナセマだった。


 △▼△▼△▼△▼△


 一日目、最後の騎士だ。

 アナセマとそう変わらない年齢、19歳前後だろうか。随分と若そうだが、身のこなしは団長であるマーク以上に見えた。

「随分やりそうな奴が最後なんだな。俺に一泡吹かせようってか?」

「最初に一億回やっても負けないって言うから、皆絶対どうにか吠え面掻かせたいって僕を最後にしたんだ。僕はエリフェンさんの所で魔法について聞いてたかったんだけど」

 勉強熱心だが、戦闘に対する熱意はあまり無いようだ。

「じゃあ、始めるぞ。名前は?」

「ソウだよ。じゃ、燃え盛れ!灼熱の大地!」

 彼は飄々としつつも、地面に何かをたたきつけ、魔力を込めた。

 それは、間違いなく並以上の魔証だった。

 何故なら、辺り一帯が炎で覆われているからだ。靴を履いているのでダメージというほどではないが、氷を放つのは難しくなる。

「お前、随分と戦闘慣れしてるんだな?」

「いえいえ、優秀な先生のおかげですよ」

 からかうように言うソウにアナセマは、間違いなくエリフェンの入れ知恵だと理解する。

 ______エリフェンの奴、やってくれやがったな?

 そうなると、自分の弱点は透けていることになる。何せ、未来の自分の姿を知っている部隊長の側近なのだから。


 凍てつけ。


 今朝隊長を凍らせた、アナセマが持つ中でも詠唱の短い幻創クオーレだ。

「威力が半減.....いや、7割は落ちてるな」

 試しに発動したそれは、若い騎士に届いたものの全くダメージになっていない。精々、今朝の初めの戦闘で使った氷の茨程度だろう。

「それより長い詠唱はさせないよ。僕は近接戦の方が得意なんだ」

 そうなると、身にまとう白雪ホワイトコートどころか『凍てつけ』より長い詠唱は出来ないことになる。

「その剣身に、ほとばしる炎を纏え!エンチャント!」

 更に訓練用の剣に纏った炎は、相当な魔力を感じる。

「どうだい?降参する?」

 彼の挑発に、アナセマはそれをあざ笑うかのようにニヤリと笑った。

「馬鹿言うな。やっと少しは遊べそうって喜んだだけだよ」

 一般に、詠唱が長い方が強力な魔法、あるいは幻創クオーレとなる。

 それは、その方が発動させる現象のイメージが固まるからだ。

 であるなら、詠唱がどれだけ短くとも、膨大な幻創力クオリアにかかれば。


 呪え。


 その一言で、辺りに広がっていた炎は消え、ひんやりとした空気が辺りを覆った。

「これが、俺の一番短い詠唱だ。涼しいだろ?」

「......燃え盛れ、灼熱の大地」

 ソウの表情から余裕が消え、詠唱して即座に距離を詰める。

 またも辺りに炎が広がり、この距離からならいくら3文字でも詠唱は難しい。

 右切上斬りを放つソウに、アナセマは敢えてソウの剣に当たりに行く。

 最大威力となる前の斬撃にでは、アナセマに大きなダメージを与えることは出来ない。

 しかし、先ほど纏わせた炎が身体を蝕む。


 呪え。


 その一瞬が、アナセマには必要だった。

 いくら炎が辺りにあろうとも、剣に炎を纏わせようとも、接触した状態でアナセマの詠唱付きの幻創クオーレを防ぐことは難しい。

 剣は少しずつ凍っていき、それに気づいたソウは即座に剣から手を離した。

 それと同時に距離を取ったアナセマは、焼けた右の脇腹を抑えながら言う。

「あつつ。武器は奪ったが、まだやるか?」

「ここで諦めたら、あとで団長達にどやされちゃうよ......炎よ、膨らめ!僕の鎧となり、全てを焼き尽せ!炎鎧!」

 それは、炎で出来た騎士の鎧だった。

 武器がなくなった事には変わりないが、先ほどの剣に纏わせていた炎とは、使用している魔力の量と質が違う。生身で触れれば、間違いなく黒焦げだ。

 ソウはそのままアナセマに突進する。

 確かに、剣を当てるより簡単だ。どこか触れるだけで致命傷だし、こちらの半端な攻撃は鎧によって防がれる。

「だが、一つ忘れてるな。今のお前と、俺の違いを」


 呪え。


 氷が辺りに広がり鎧を半分ほどかき消すが、すぐに炎が鎧を修復する。

 愚直な突進を左に避け、もう一度。


 呪え。


 再び鎧を少し削る。この攻撃で彼の拳には一瞬炎がなかったため、ソウが放ったジャブはただの軽い殴打だ。


 呪え。呪え。呪え。


 そうして、何度もソウの鎧を削った。

 すぐに炎は、鎧を修復......しなかった。

 その代わりに、彼はバタリと音を立てて倒れた。

「お前のそれ、常時展開型の魔法だ。一部分でも損傷すれば自動的に魔力を消費して鎧を修復する。なら、魔力がなくなるまで鎧を直させてやればいい。お前の勝ち筋は2つ、最初の剣での攻撃、あれで俺をノックアウトさせる。あるいは、鎧を纏ってから最速で俺を捕まえて燃やしきる、だ」

「勉強に......なり、ました.....」

 かろうじて意識の残っているソウに、アドバイスを忘れずにして今日の模擬戦を終了する。

「じゃあ明日からは」

 アナセマが訓練を締めようとしたその時、エリフェンが割り込んで話し始める。

「明日の朝一番、私とアナセマさんで模擬戦をします。きっと勉強になると思いますから、強くなりたいのなら来てください。以上です」

「お、おい!俺が締めようとしてた......って、お前と模擬戦?」

「ええ、貴方もこのままでは鈍ってしまいますし、騎士たちの勉強にもなります」

 確かに、今日の模擬戦では大した幻創クオーレも使っていなければ、『業火絢爛』のフェンと戦った時のような過度な運動もしていない。

 はっきり言って不完全燃焼なのは、否めない。

「分かった。楽しみにしてるぞ」

「えぇ。弐番隊の名に恥じぬ戦いをします」

 こうして、アナセマは『調律師バランサー』の本当の力を知る機会を、図らずも手に入れたのだった。

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