第4話
「止まれ!こちらは、ディアナ辺境伯領騎士団だ!国境付近の傭兵団はどうした!」
「こちらは傭兵隊、『
エリフェンが冷静に声を上げ、『
帝国が傭兵を集めていることは、末端の騎士ですら知っている周知の事実だったようだ。
一人の男が立派な馬から降り、彼女に近づく。
「ディアナ辺境伯騎士団の団長だ。本当にあの『
「今まで表舞台に出てこなかった我々に、世界で通じる証明はありません。ですが、先ほど戦闘になった『業火絢爛』のメンバーの死体が『
彼女の爆弾発言に、男は口を開けたままポカーンとしていた。
______分かる、分かるよ。『
彼女はアナセマのうんうんと頷く様子を見て、批判するような目をこちらに向けつつも言葉を続ける。
「確認が取れ次第、ディアナ辺境伯に会わせていただけるという事で良いのでしょうか?」
彼女の言葉に、我に返った団長が後ろの騎士を呼びつけ、確認するように命じる。
その騎士は馬を走らせ、すぐに見えなくなった。これなら、1時間もすれば戻ってくるだろう。
「傭兵を倒した他の仲間は何処にいる?」
「リーダーを含めた二十八人をこちらの隊長が、残りの二人を私が討伐しました。リーダーの男は、死体も残さずに消滅してしまいましたが......」
心底悲しそうに胸に手を置くエリフェン。
センチメンタルになるなとか言っていた女性の言動とは思えず、アナセマは思わずため息をついてしまう。
それが団長には死者を悼んでいるように見えたようで、恐ろしいものを見るような目で見られてしまった。
「確認なのだが、本当に二人であの傭兵団を?『
「嘘はつきませんよ。ただ帝国の未来の為、戦いに身を投じる準備が出来たというだけです。ね?隊長」
突然話を振られた
戻ってきた騎士が団長に耳打ちし、団長が頷く。
「確認が取れた。閣下にお会いいただくのでついてきてもらう。さあ乗ってくれ、女性の方は彼女の馬に」
アナセマ達を後ろに乗せ、馬を走らせる。職業柄今までも馬に乗った経験があるが、軍馬は初めてのアナセマはその力強さに驚いた。
「軍馬ってのはみんなこうなのか?揺れが少ないし速さも段違いだ」
その言葉に、団長は随分気を良くした様子で言った。
「はっはっは!そうだろう!ディアナ辺境伯領の軍馬は、帝国随一の評価を受けているからな。驚くのも無理はない」
自分の暮らす国、領地を愛しているのがよく伝わってくる善人だ。
アナセマはそんな温かな感情は持ち合わせていないものの、それを羨ましく思う感情は人並みにあった。
「お前たちは殺さないで済むことを祈ってるよ」
「ん?なんか言ったか?」
そのつぶやきは馬の力強い足音にかき消され、団長の問いかけに返事はなかった。
暫くして、ディアナ辺境伯の屋敷に到着。
団長の仲介を経て中に入れてもらい、ディアナ辺境伯その人を待っているところだ。
「隊長、もし話が上手く纏まらなくても屋敷を氷漬けにしないでくださいね」
「......するわけないだろ。どうした、珍しく冗談なんて言って」
彼は今まで、エリフェンが冗談を言ったところを聞いたことがない。
もっとも、出会って数日なので元からそういうキャラだと言われてしまえばそれまでなのだが。
「......私も、緊張しているのかもしれません。『
アナセマは、彼女の言葉にハッとする。失敗を恐れ、緊張していたのは自分だけではないのだ。
______いくらエリフェンがエルフで、俺より何十歳も年上だったとしても。こいつだって緊張してるんだ。俺より何十歳も年上だったとしても。
「......今失礼な事を考えていますか?」
「ん?いやいや、俺も緊張してきたなぁってだけさ」
アナセマの無理のある誤魔化しも、少しは緊張をほぐす材料になったようだ。
そんな時、ドアがノックされる。
エリフェンが返事をすると、当主がいらっしゃるので準備しろとのこと。
焦げた外套を羽織っているだけのアナセマはともかく、『
ちなみに、『
「お待たせしたかな」
心地の良いバリトンボイスで、扉を開きながら現れたのはディアナ辺境伯領現当主。
その姿に、ソラとはまた違った威圧感を感じるアナセマ。歴史そのものというか、国を背負う重みのような物を感じるのだ。
「いえ、突然の訪問に対応頂き、ありがとうございます。『
「挨拶が遅れたね。私がディアナ・エルミラインだ。ガルダ王国側についていると聞いていたが、どういった御用かな?」
そこまで知っていて平然と屋敷にあげたのか、とアナセマは驚愕する。
______俺はまだまだ弱いんだな。俺には、自分をその場で殺しかねない相手を自宅に招き入れるなんて、到底できない。
ここまで位の高い貴族と話した経験の無い傭兵の青年では、品格や威圧感というものに気圧されるのも無理はないのだ。
しかし、アナセマはそれが酷く惨めに感じて、まだ話も始まっていないのに鬱屈とした気分になり始めていた。
「いえ、私達『
「まあ、ね。と言っても、一度の戦争で付く側をとっかえひっかえというのは、少し面食らってしまうよ」
ディアナ辺境伯の言う通りだ。いくら規律や国境に縛られない傭兵であっても、一度付いた側を見限るのは大きな決断だ。
「付く側を変えているつもりは、私達にはありません。何故なら、私達の指標は始隊長であり、彼女が白と言えば、黒も白になるのですから」
「なるほど。で、何用かな?帝国の傭兵になってくれるという申し出ではなさそうだが」
まだ何も言っていないが、鋭い指摘をするディアナ辺境伯。彼には何が見えているのか、と軽い恐怖を覚えるアナセマ。
「帝国の、
エリフェンのその言葉に、キッと目を鋭くさせるディアナ辺境伯。
「誰から聞いた?まだ機密のはずだ」
「どう見てもそうでしょう。お粗末な今回の戦術に、金に物を言わせた傭兵達の招集。前皇帝なら、こんな愚は起こしません。かの皇帝は、聡明な方でしたから」
彼女は真剣な眼差しで、現皇帝への罵倒と、思ってもいない前皇帝への賛辞を並べる。
「......そう、だな。確かに、前皇帝は崩御された。戦争が落ち着くまでは隠しておく予定だから、内密にな」
当然アナセマは誰に言う必要がないので軽く頷き、エリフェンは真剣な表情で頷いた。
「私たちは、この戦争を終わらせたいと考えております。現皇帝の死と、王城であるミュールライト城の破壊を以て」
「なんだと!?」
流石のディアナ辺境伯も、この発言には驚きを隠せないようで思わず声を張り上げ、自分が動揺していることに初めて気づいたように俯いた。
「失礼した。それを私に宣言して、どうしたいのかね?協力しろ、と?」
「いいえ、貴方には新皇帝となってもらいます」
......沈黙。
______だから言っただろ、少しは遠回りして伝えた方がいいって。
アナセマは呆れ、エリフェンは反応を待つ。
そのディアナ辺境伯は、かろうじて厳格な雰囲気の表情を保っている。
「何故、と聞く必要はないな。現皇帝の政治は余りに稚拙だ」
「えぇ。そして現皇帝の統治が潰えたのだと分かりやすくするための城の破壊です」
実はソラがその城を壊して『
「何故、私なのだ?ほかにも公爵やら何やらは居ただろう」
確かに、ディアナ辺境伯が上位貴族とはいえ、その上にも貴族は居る。
敢えて"ディアナ辺境伯"を選んだ理由が分からない、と彼は問う。
「理由は二つ。貴方は頭の回る方ですから、初めての国の統治も何とか出来るだろうと踏んだのが一つ。そして、貴方の騎士団は国内でも一、二を争う戦力を持っていると聞いたからです」
「......その為に騎士に危害を加えなかったのか」
______そうか。騎士団の戦力を削いで他の貴族に反発されない為に、傭兵以外に手を出すなって言ったのか。
この一瞬でそこまで気づき、『
「貴方が皇帝にならないのであれば、私達は皇帝と城を消滅させて消えます。内乱が起き、それを察知した王国からの攻勢も強まるでしょう」
彼女の言葉に、ディアナ辺境伯は苦し気な表情をする。皇帝が居なくなれば、内乱が起きることは間違いないからだ。
「ですが、辺境伯がこの話に乗ってくださるのであれば、城の跡地を私達『
そこらの貴族が聞けば、間違いなく飛びつくような超破格の条件だ。
何せこの提案をしているのが、あの伝説の『
「しかし私は、この国を守るために戦ってきたのだ。皇帝に反旗を翻すなど......」
「今の帝国は、本当に貴方が愛した帝国なのですか?ディアン・エルミライン辺境伯」
再び沈黙が流れる。
何分経っただろうか。一分?十分?それとも、一時間程だろうか?
アナセマには、一生にも感じられる重い雰囲気が漂っているように感じられた。
「分かった。私がやろう」
ディアナ辺境伯は決意を以てその言葉を口にし、アナセマはハァ、と息を吐いた。
______ひとまずは任務成功、か。
初めての隊長としての任務が成功したことに安堵しつつも、とある事に気付く。
「ちょっと待て。俺、まだ挨拶もしてなくないか?」
「やっと気付きましたか。随分と緊張しているようでしたので、気付くまで放っておいたんです」
言ってくれてもいいじゃないか、と少々ムッとするアナセマを、彼女は気にも留めずディアナ辺境伯に向き直る。
「改めましてご挨拶申し上げます。今回のミュール帝国再建の任務に就きました弐番隊副隊長エリフェンと」
突然話を振られたアナセマは、慌てつつもしっかりとその男を見据えた。
「玖番隊終ノ玖アナセマだ......じゃなくて、です」
「まだ入隊して数日で、このように礼儀が出来ていませんが実力は折り紙付きです。何でも申し付けてください」
二人して頭を下げる。いくら貴族との接し方を知らないアナセマといえど、このタイミングで頭を下げることくらいは察することが出来た。
少し誇らし気なアナセマを横目に、ディアナ辺境伯が問う。
「『暗昏』の副隊長、だったかな。随分大きな所に拾われたのだな」
「何故、俺の事を」
「当然だ。私達の国の為に戦う、ましてや私の領地で陣を敷いていた傭兵団の事など忘れるはずがない」
この時初めて、アナセマは彼女がこの男を選んだ理由を、本当の意味で理解した気がした。
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