第15話 クエスト前に、打ち合わせ、すり合わせ

「この旧墓地の死体が、アンデッド化したってことかな?」

「そうなんじゃないカ?それ以外に考えられないだロ」

「死体ではないと思いますよ」



 ピーターはルークたちの間に入って口を挟んだ。


「……理由を聞いても?」



 ミーナが、いくらか棘のある語調で聞いてくる。

 先程の妻云々の話で、さらに態度を硬化させたようだ。

 彼には、なぜ態度が変わってしまったのかわからなかったが、それを意図的に無視して、ピーターは説明を続ける。



「資料によれば、ここに埋葬する死体は、元々灰になるまで焼いていたらしいからですよ。そこまで焼くと、ゾンビはもちろん、スケルトンにもなりません。仮にもしあるとしたらゴーストの類でしょうね」



 基本的にこの国では火葬が主流である。

 なぜかといえば、遺体がアンデッド化するのを防ぐためである。

 アンデッドは聖属性魔法以外にも、火や日光を嫌う。

 そして、炎で灰になるまで焼いた肉体は、アンデッド化することはないのだ。


 

 とはいえ肉体を持たない、怨念が集まってできるだけのゴーストやリビングアーマー、ゴーストハウスのようなアンデッドは、火葬しても発生を防げない。

 肉体を必要としない、死後の怨念のみを必要とする類のアンデッドは、どうにもならない。

 防ごうと思ったら、聖職者などに浄化魔法をかけてもらうしかないが、共同墓地に葬られているような人間の葬儀に、そこまで金がかけられるはずがない。

 それこそ、そこまでやれるのは王族貴族の類のみである。

 そういった立場のものがアンデッド化すれば、重要な情報が流出する恐れもあるため、そういう意味では逆に必須ともいえるが。

 浄化魔法もまた、同じ聖属性魔法である回復魔法と同様、というかそれ以上に高価なのだ。

 できるのが本当にごく一部の人間なので、一般市民にまでそれが行き渡らないというのは仕方がないともいえる。

 ゆえに仕方なく次善の策として、火葬が広く行われているのだ。

 ちなみに、蟲葬や鳥葬も行われていた時期があったそうだが、骨が残ってしまうのでアンデッドを増やさないための手法としては愚策である。

そのため、今は聖王国では行われていない。



「でもヨ、目撃情報はむしろゾンビやスケルトンが多いみたいだゼ?ゴーストはほとんどいないらしいけどヨ」



 とはいえ、彼女の言も一理ある。それは間違いなく事実だ。

 あるべき理屈と目撃情報が異なっている。

 そのスケルトンやゾンビにしても、目撃情報によれば、元人間が多いらしい。

 モンスターの死骸からできたものもあるそうだが、少ないという。



「遠くから、歩いて、きたとか?アンデッドって生者に群がるらしいし」

「ああ、その可能性もありますね」



アンデッドに疲労の概念はない。

 昼間は無理でも、一晩中歩き続けることだってできる。

 日光の影響を無視すれば、彼等にスタミナの限界はない。

 だから、仮説としてはありだろう。

 問題は、「素材」がどこからどうやってきたのかだ。



「自然発生の線ではなく、人為的なものの可能性もあるよなあ」

「自然発生か、人為的に作られたかは、見ればわかりますよ」

「……そうなの?」

「人工的なもののほうが、形が整ってるとカ?」

「それもありますけど、それより重要なのは怨念式か魔力式か、ですね」

「怨念?」

「ええと……」




 この世界では、聖気と邪気というものがある。

 それは、一般的にごく一部の人間しか感知できない。

 聖気は、人間にとって良いものであり、邪気は人間にとって悪影響をもたらすものが多い。

 逆に、アンデッドや悪魔のような邪気を好み、聖気を嫌うものもいる。

 ゆえに、聖気をつかさどる聖職者たちは、邪気を払って空間を聖気で満たし、邪気をつかさどる者たちを疎むのだ。

 邪気や聖気の発生源にも、様々なものがある。

 特殊な魔法や、人の死、或いはモンスターによるスキル、生物の感情などだ。



 そして、怨念とは、人間をはじめとした、生物が生み出す邪気の一つだ。

 一般的には、喜びなどといった生物の正の感情が聖気を、憎しみや怒りなどといった負の感情が邪気をーー怨念を生むとされている。 

 誰しも、いやどんな生物であっても、負の感情を抱くことはあり、それが怨念という負のエネルギーとして体外に放出される。

 特に、苦しんで死んだり、未練を残して死んだりすると、強大な怨念ができる。

 それが霊魂、いわば核となり、生前の肉体などの媒体を動かして、モンスターとして成立したのが自然発生型のアンデッド。

 いわゆる、怨念式。霊魂式、ともいうそうだ。

 これに対して、魔力で人工的な偽物の霊魂を作ったのが、魔力式である。

 生前の記憶などもない、いわゆるゴーレムに近い、製作者の操り人形だ。

 怨念式と異なり、スタンドアローンでの運用ができないが、裏切りや暴走の危険もない。

 逆を言えば、怨念式は完全にはコントロールできない。

 ピーターにしても、絆を結んだリタやハルに「お願い」して動いてもらっているのだ。

 また、霊魂を保存する効果のある【霊安室】の影響下になければ、周囲の怨念や邪気と反応して、自我を失い暴走するというリスクもある。

 そんなことを、ピーターは彼らに説明した。

 因みに、全て彼が図書館に通い詰めて得た知識である。



「怨念式は、普通に考えればリスクが高いです。だから、人為的なアンデッドならほぼ間違いなく魔力式です」

「……さっきから聞いてると、無敵の軍団のように思えるんだが、何か弱点とかないのか?」



 ミーナが聞いてくる。

 確かに、無尽蔵のスタミナを持つ軍団、と考えれば恐ろしくもあるだろう。

 ゴーレムほど素材が高価でもないし。



「魔力式なら、それほど数をそろえられないはずです。ゴーレムと同様かそれ以上に、定期的に魔力を注がないと動きませんから」

「ああ、ゴーレムに、近いんです、ね」



 加えて、配下を運用しようと思えば、パーティ枠という制限が付きまとう。

 〈従魔師〉などは【配下枠】というスキルで配下に対するパーティメンバーの枠を増やせるが、それにも限度がある。せいぜいで二つかそこらだ。

 ちなみに〈降霊術師〉にはこのスキルはない。

 〈降霊術師〉とアンデッドたちはあくまで対等であり、パーティーメンバーではあっても配下ではないからだ。

 それゆえに、ピーターとルーク達はそれぞれ二組のパーティとなっている。

 いざというとき、ハルを出せるように、全力で戦えるように。

 ちなみにパーティ外でモンスターを運用するのはあり得ない。

 モンスターの倒した経験値が所有者に入らないうえに、支援魔法の類も効かなくなる。

 加えて制御できないため、主に牙をむくものもいる。

 人間であれば、パーティー外であっても回復魔法や支援魔法は使えるが、モンスターにはできない。そういう仕様だ。

 そんな説明を加える。



「そう言えバ、アンデッドって光が弱点って聞いてるけど大丈夫なのカ?」



 イスラが、リタを気遣うように見る。

 言われた当の本人は、何を言われているのかわからない、というようにかわいらしさ千パーセント(ピーターの主観)で首をかしげているが。



「ああ、僕のスキルで日光や聖属性攻撃などははある程度防げますから、大丈夫ですよ」

「へえ、結構便利なんだナ、〈降霊術師〉っテ」

「ええ、まあ、それはそうですね。バフかけたり、アンデッド専用の回復魔法も使えますから」



 少なくとも、松明程度なら問題はない。

 彼女はそれなりに関心を持ったようだった。

 厳密には、それは職業ではなく彼のギフトによるものだが、ピーターはごまかした。

 秘匿できる情報は、秘匿したほうがいいと考えている。

 特に、オンリーワンのユニークスキルである、ギフトを持つ者はなおさらだ。

 ギフトは、生まれた時に既に存在しているものであり、

 もっとも、彼のギフトはデメリットも大きく、本来ならばないほうがいいと思えるようなものだったが。

 普通に考えれば、回復魔法も支援魔法も無効化してしまうスキルなどデメリットの方が勝る。

 それもまた、彼がパーティを組めない理由だった。



「アンデッドも多種多様ですからね」

「再生能力も個体によってまちまちですし」

「ものによっては、分隊を生成する子もいますからね」



 ちらりと、ピーターはリタを見る。

 しかし、リタは視線の意味に気付かなかったのか。



「すごいね!」

「うんうん、確かにすごいよね」



 あるいは単に肯定を求めたと思ったのか、特に照れる様子もなかった。

 少し残念だったが、喜んでいるのもピーターにとっては眼福なのでで良しとする。

   

 ◇◆◇


 そのまま、話し合いは具体的な作戦に進んでいった。


「とりあえずは、僕が先頭、ハルさん、イスラが前衛。そしてピーターさんとフレンが後衛、ミーナが最後尾、そしてリタちゃんは遊撃、こういう布陣で行こうか」

「「「異議なし」」」

「問題ありませんね」


 ピーターは、有能な少年に、舌を巻いていた。

 こちらの要望を組みつつ、しっかりと陣を作っている。

 さらに、他のメンバーからの信頼も厚い。

 


「んー?ながくておぼえられない!」

『奥様、覚えなくて大丈夫ですよ』



 なお、リタとハルは平常運転であった。



「とりあえず、明日の夜六時に集合しましょうか」

「賛成」

「異論はねえナ」

「そうしましょうか」

 


 その日は、そこで別れて、各々で明日の調査に備えることになった。

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